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マガツヒの神 ~三つのお守り~  作者: 印西たかゆき
2/5

協力者

「――ほう……それで、私のどうしろと?」


 翌日、私は病院に着くなりアシュリン先生の研究室に向かって、昨日体験した出来事を話した。


「いえ……ですから、その……」

「その出来事を解決してくれという依頼なら、断らせてもらうわ」

「ど、どうしてですかっ!?」

「決まっているでしょ。あなたの勘違いの可能性が高いからよ。

 現に、あなたはその体験をする前に提灯の明かりやタクシーのライトでビビってたじゃない」

「そ、それはそうですけど……」

「それに、そもそも幽霊なんて非科学的な存在がいるわけないわ」

「そんなっ! アシュリン先生は、私が嘘をついていると言いたいんですか?」

「別にそういうわけじゃなくて、ただ単に科学的根拠がないということよ」

「でも、実際に私は見たんですよ!――いえ、この場合は体験したというべきですがっ!」

「はいはい、分かったから。あんまり大声で叫ばないでちょうだい」

「むぅ……」

「とにかく、今日の講義が終わったら一緒に調べてみましょう。何かわかれば、君の懸念も払拭されるでしょうし」

「はあ…よろしくお願いします」


 結局、そのあとの講義中もずっとモヤモヤしていた。

 アシュリン先生はああ言ったが、本当にあの経験は錯覚だったのだろうか? だとしたら、なぜ私はあの出来事をあんなにもはっきりと覚えているのか……?

……まぁ、考えても答えが出るはずもなく、私は悶々としたままその日の講義を終えた。


「エレノア、ちょっといいかしら?」

「はい?」


 教室で帰り支度をしている私のもとに、アシュリン先生がやってきた。彼女は手招きをして私を呼び寄せる。


「……なにかあったんですか?」

「ええ。例の件だけど、一応わかったことがあるの」

「本当ですかっ!?」

「ええ。だからまずはそちらの調査に行こうと思うの。いいかしら?」

「はい、わかりましたっ!」

「それじゃ、今日の用事が片付いたらということで……申し訳ないのだけど、終わるまで待ってもらえる?」

「ええ、もちろんですよ」

「ありがとう。それじゃ、また後でね」


 そう言って、アシュリン先生は足早に教室を出て行った。その後ろ姿を見送りながら、私は少しだけ嫌な予感を感じていた。

 もし……仮に、あの時と同じ状況になったら、アシュリン先生はどうするつもりだろう……? 少なくとも、私は咄嗟とっさに逃げることによって難を逃れたけれど、先生は……そのまま、得体の知れない何かに抵抗した挙句、ヤられてしまいそうだ。


「……」


 私は頭を振った。

 ダメだ……余計なことを考えるんじゃない。今は、先生の言葉を信じるしかないんだ。


「よし……!」


 私は自分を奮い立たせるように呟いて、その後はセンターのロビーで携帯を相手に時間を潰した。


「――さて、そろそろかな……」


 ロビーの受付に備え付けられた時計を見て、私は大きく息を吐いた。

 時刻はすでに午後5時過ぎ。外はもう薄暗くなってきている頃合いだが、まだ完全に日が暮れるまでは時間がある。


(とりあえず、先生の研究室に行ってみよ)


 私は荷物をまとめて立ち上がると、急ぎ足で目的の場所へと向かった。


(……あれ?)


 しかし、その時、不意にある違和感を覚えた。

 それは、昨日と同じような、誰かに見られている視線……振り返ると誰もいない。


(おかしい……)


 立ち止まって周囲を見回すが、やはり私以外の人影はない。気のせいだったのだろうか?


「……」


 私は不思議に思いながらも、ひとまずはアシュリン先生の研究室に向かうことにした。

 病院の正面入り口から入ってしばらく進み、職員専用のエリアを通って先生の研究室の前にたどり着き、そのまま中に入ろうとする。だが、扉には鍵がかかっていた。


「あれ……?」


 私は首を傾げてドアノブをひねるが、やはり開かない。


「……ん?」


 ふと、扉に貼られた張り紙に目が止まった。そこには『研究のため、本日より1週間ほど留守にする』と書かれていた。


「……あー、そうなんですか」


 つまり、これは完全なる無駄足だったということらしい。

 私はガックリと肩を落として、トボトボとその場を後にしようとしたその時だった。


「あ、先生」

「どうぞ、入って」


 なぜか、扉の鍵が開いて研究室の中からアシュリン先生が現れて私を部屋に招き入れる。私は中に入って適当にソファに座って言った。


「先生。扉に張ってあった張り紙は……」

「あぁ、あれはこれからあなたの身に起きた出来事を調査するために時間を割きたかったからね」

「そ、そんなに熱心に調査してくださるんですか?」

「もちろん。君に、この世には幽霊などという非科学的なものは存在しないということを証明し、納得してもらうには当然の代償よ」


……なんだか大事になってきた気がするが、アシュリン先生が全面的に力を貸してくれるならありがたい。


「それで、いったい何を調べていたんですか?」

「まあまあ、そう急ぐものではないわ」


 そう言うなり、アシュリン先生はお茶の準備を始めた。


「エレノア、あなたは紅茶派? それともコーヒーだったけ?」

「えっと……じゃあ、コーヒーをお願いします」

「わかったわ。ちょっと待っていて」


 アシュリン先生はそう言ってテキパキとコーヒーを淹れる準備を終えて、私が少し窓の景色を見入っている間に私の目の前には淹れ立てのコーヒーがあった。


「どうぞ。熱いから気を付けて」

「あ、はい。ありがとうございます」


 私は先生からマグカップを受け取って、コーヒーを飲む……相変わらず、おいしい……それはそれとして、私は先生に質問した。


「それで、先生。私の体験したことについてなんですが…」

「それなら、私の中ではもうある程度結論は出ている」

「はぁ?」


 私のいぶかしむ視線にもビクともせず、アシュリン先生はハッキリと言った。


「あなたが体験した状況……それはおそらく、あなたの勘違いだと思う」

「……はいぃっ!?」


 あまりに予想外の言葉に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう私。


「ちょ、ちょっと! なにを根拠にそんなことをっ!?」

「根拠も何も、実際にそう思っただけだもの。昨日も言ったと思うけど、あなたは提灯の明かりやタクシーのライトにさえ怯える状況だったわけでしょ?

 それなら、そういった体験もなにかしらの勘違いだった可能性が高いと思うの」

「で、でも」

「もちろん」


 そこで、先生はハッキリとした口調で言った。


「ただそう言うだけではあなたも不安だろうし納得もできないでしょうから、今夜は私も一緒にその場所へ行かせてもらうわ」

「えぇっ!?」

「もちろん、本当に幽霊がいるとは思ってない。勘違いをするにしても、そこには必ず何かしらの痕跡や物的証拠があるはず。それを見ればきっとあなたも安心すると思うわ」

「な、なるほど……」

「それと、念のために言っておくけれど……」


 アシュリン先生は、さらに続けた。


「もしも、仮に……仮にだけど、万が一、億が一にでも何かがあった場合は……必ず私の指示に従うこと。いい?」

「うぅ……」

「約束できる?」

「……はい、わかりました」


 結局、私は渋々ではあるが先生の言葉を信じることにした。確かに先生の言う通り、私があの体験をしたのには、何か理由があるはずだ。

 そして、私は先生と一緒に研究室を後にし、そのまま病院の駐車場に停めてある先生のバイクで現場に向かうことになった。


「さあ、乗って」

「は、はい……」


 私は恐る恐る先生の後ろに乗った。こんな大きなバイクに乗るのは初めてだ。というか、バイクに乗ること自体が初めてだ。


「しっかり掴まっておいてね」

「は、はい!」


 私は言われた通りにギュッと先生の腰にしがみつく。先生の背中は温かくて、どこか懐かしさを感じた。


「さあ、行くよ」

「は、はいっ!」


 そして、私たちは夜の街へと走り出した。そのまましばらく大通りを進み、私の指示で先生はバイクをどんどん奥まった道へ進めていく。

 やがて、見覚えのある場所にやって来た。私は先生にバイクを停めるように言って降りると、周囲を見渡す。

 そして見つけた……住宅街へと続く道にある、通行禁止の立て看板…昨日と同じように、その先にはポッカリと道路工事の大穴が空いていた。しかし、昨日よりは穴は塞がっている。


「なるほど、これが君の言っていた大穴か」バイクを押すアシュリン先生が言った。

「そうです。そして」私は周囲を見渡し、見覚えのある道を指差す。

「回り道しようと、あの道に行ったんです」

「よし、それなら行こう」


 そして、私と先生はその道から私の自宅のあるアパートへと続く帰り道を歩いていく。バイクのヘッドライトのおかげか、昨日よりは道も明るい。そして、目的の場所まであと少しという時――。


「……ん?」ふと、先生が足を止めた。

「どうかしましたか?」

「いや、今、誰かに見られたような気がして……」

「え、そうなんですか?」


 しかし、周囲に人影はない。

 不思議に思いながらも、再び歩き出す私たち。

 だが、その時だった。


「……ん!?」


 突然、先生が立ち止まって振り返った。


「ど、どうしたんですか?」

「い、いや……今、確かに誰かいた気がして……」


 先生はキョロキョロと周囲を見回している。


「え? 誰もいないですよ?」

「う~ん…すまない。どうやら、私の気のせいだったようだ」

「いえ、行きましょう」


……本当はそのまま先生に調査してもらいたいが、あいにく私の方はその視線を感じない……。

 そして、私達はそのまま少し歩いていくと、目的の場所に着いた。

 心もとない街灯に照らされた、商店街の一角……先生は周囲を見渡しながら言った。


「この辺りなのか?」

「はい」私はそう答えながら、じっと暗闇に目を凝らす。

「……特に何も見えませんね」

「そうみたいだな」


 先生も周囲を見渡しているが、やはり怪しいものは見当たらないらしい。


「……やっぱり、勘違いなんでしょうか?」

「さあ、それはわからないな」


 先生はバイクを路肩に停めて腕を組んで考え込む。


「とりあえず、もう少し周囲を調べてみよう」

「はい」


 それからしばらくの間、二人で周囲の調査を続けた。

 しかし、何の成果も得られないまま時間だけが過ぎていく。


「……もうそろそろいいんじゃないですか?」


 自分から調査してほしいと言っておきながら恐縮だが、私はアシュリン先生にそう言った。


「うーむ……」


 しかしアシュリン先生は何か考えているのか、顎に手を当てたまま動かない。


「せ、先生? もう遅いし、今日はこの辺で切り上げて……」

「ちょっと待ってくれ」


 先生はそう言うなり、地面にしゃがみ込んで何かを探し始めた。


「え? ちょ、ちょっと何をやってるんですかっ!?」

「シッ! 静かにしてくれ」


 そう言って何かを探す先生を、私はただ見つめることしかできなかった。

 だが、先生は満足いかないのか、やがて立ち上がって『ふぅ…』とため息を吐く。


「……すまない。今のところ、君の身に起きた出来事を説明するには証拠が足りないようだ」

「はぁ……」


 私が曖昧な返事をすると、先生は苦笑しながら言った。


「すまないな。私では役不足だったようだ」

「いえ、そんなことは――」


 ないですよ――そう言おうとした瞬間、私はあの強烈な気配を感じた。


「……っ!?」


 思わずビクッとして周囲を見渡す。だが、やはり周囲には何も見えない。


「……」


……先生もこの気配を感じているのか、ゆっくりと周囲の様子を探っているようだ。


「先生……」


 私が声をかけると、アシュリン先生はゆっくり頷く。


「ああ……いるな」

「はい……」

「……大丈夫かい?」先生は心配そうな表情で私を見る。

「だ、だいじょうぶです!」私は精一杯の笑顔で答える。


 正直、怖い。とても怖い。

 だけど、ここで逃げたらきっと後悔するだろうし、何より先生に申し訳ない。

 それに、私だって生徒という立場とは言え学究の徒だ。自分の身に起きた体験を科学的に解明したいという気持ちはそれなりにある。


「無理はしないように。危険だと思ったらすぐに逃げよう」

「はい!」


 先生の言葉に、私は力強く返事をする。

 そして、私たちは慎重に歩を進めていった。先生はバイクを手押しする。


「うっ……!」


 しばらく進んだところで、私は突然頭痛に襲われた。


「どうしたんだ?」


 先生が慌てて駆け寄ってくる。


「……あ、頭が……」

「なにっ!? くっ!」


 先生は私にバイクに乗るように言ってエンジンをふかした。

 その時――私達の体を、あの不快な生暖かい風が撫でていく。


「ひぃ!?」

「しっかり掴まっていろ!!」


 先生はそう叫ぶと、バイクを急発進させた。


「きゃあっ!?」


 私は必死になって先生にしがみつくが、先生の運転は荒っぽい。道中、なにやら英語でわめていたが、よく聞き取れなかった。というか、私自身英語が不得意だった。

 そのまま先生の背中にしがみついていると、いつの間にかあの嫌な感触は消え失せ、先生は最寄りのコンビニの駐車場にバイクを停めた。


「……大丈夫か?」

「は、はい……」


 先生は私の様子を見てから、再び周囲を警戒するように見る。


「……先生、一体どうなってるんですか?」

「わからない。しかし、君の身に起こった事は理解したよ」


 先生は険しい顔のまま、手に持っていたヘルメットを見つめた。


「……これは非常に由々(ゆゆ)しき事態だ。結局私達は、あの状況を科学的に解明することなく逃げることになってしまった」

「で、でも、私の話したことは信じてくれますよね?」

「ああ、もちろん信じる。そして、何が何でもあの現象を解き明かしてみたくなったよ」


 そう言って先生は再び周囲を見渡している。

 正直……私の心の中で、恐怖心よりも好奇心の方が勝ってきている。

 確かに状況は良くないのかもしれないけど……それでも私は、先生と一緒にこの謎に立ち向かってみたいと思うようになった。


「先生……」

「ん?」

「明日も調査に協力してくれますか?」

「もちろんっ!」即答された。

「じゃあ、また明日」

「ああ、私が送ろう……もう少し遠回りをしてね」


 先生はそう言って微笑むと、私を再びバイクに乗せてくれた。


「先生……」

「怖かったろう?」

「はい……」


 先生の優しさに涙が出そうになる。


「さあ、帰ろう」

「はい……」


 そうして私達は、バイクに乗って帰路きろについたのだった。

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