2.取材
3回目
2025年
考古学者らが大発見をしたかもしれないというネタを、私が掴んだのは、突然だった。
今日の夕方ごろ、誰かからタレコミ電話がかかってきた。電話に出た瞬間は、何の声も聞こえず、何度か声をかけた。しかし、反応は一切なく切ろうとした矢先、拙いような大人びたような不思議な声が聞こえた。違和感を感じたがとにかく会話をしてみることにした。
「丸い......もの......。古いものを学ぶ人、見つけたようです、メキシコに。ヒューストンの研究......。ミネテック......ス......です。」
あまりにも意味深長な喋り、ただのいたずらかもしれないが、今日は特にやることもなく、幸いヒューストンのミネテックスから、車で30分程度のサンディー・ポイントに住んでいるのだから、行かない意味はない。ミネテックス考古学研究所は、最新の古代の遺物を調査している。今すぐに向かうべきだろう。記者としてモタモタしているわけには行かない。いつも持ち歩いている取材用のスマートフォンを取り、小さなウエストポーチに入れた。すぐにでも行動できるように玄関先においてある。ミシミシと足音を立てながら塗装が少し剥げているドアノブを掴み、勢い良く開ける。ウエストポーチに自動車のキーを入れているため、車のドアノブに手をつけるだけで解錠できる。そのまま乗り込み、ミネテックス考古学研究所へのナビを音声入力で伝える。現代では、レベル4の自動運転が主流となっているが、のんびりとした自動運転に頼っている暇などない。すぐさま、アクセルを踏むと、電気自動車特有の急加速が始まる。もっとも、電気自動車が普及した今は、ガソリンエンジンが特有の低加速をする特徴という方が適切だろうが。最低限信号を守りながら、ナビの指示に従って進んでいく。
冷静かつ素早く車を操り、美しい夕日の逆光で見えにくかったが、考古学研究所のやけに新しい建物が見えてきた。しかし、あまり近づきすぎず、近くに見えたスペースに車を止めた。スマートフォンを忘れずに手に持った。そして、研究所の方を見ると、門に入っていくバンが見えた。ラフな格好で来ていたため、ランニングをしている様を装うことができた。門からは怪しまれないように早歩きで入っていった。研究所であるため、特別、注意などはされず入っていくことができた。その時、ちょうど薄汚れた格好をした、研究者と見られる団体がちょうど荷物を運び入れようとしていた。おそらく服は発掘作業か何かの土埃なのだろう。スマートフォンで録音を開始したあと、積極的に進んでいき、何人かの関係者に声をかけた。案の定、汚職をごまかす政治家のようにあしらわれてしまった。しかし、関係者たちは喜びを隠しきれておらず、達成感の混じった笑顔をみせていた。きっと何かの調査が終わったようなのだから、達成感が垣間見えるのは当然かもしれないが、私の第六感が働いていた。今回は、しっかりとネタを捕まえることはできなかったが、いつか物凄い特ダネが取れそうな気がした。他には記者の姿はさっぱり見えなかったため、これは私しか知るよしのないことだろう。ただし、これはタレコミ元が信用できて初めて、成立する理論である。
そして、車の場所に戻り、ため息を付きながら乗り込んだ。なぜか疲れ切ってしまい、数分スマートフォンを眺めていたら、急に震えだした。そのまま画面を見ると、妻からの電話だった。
「あなた、またどこか行っちゃったの?車もないし、取材セットもないから、衝動的にまた出かけちゃったんでしょうけど。とにかく、ジョンを迎えに行ってちょうだい。学校が終わる時間なのよ。」
「分かった。すぐに向かうよ。」
ジョンは、つい一ヶ月前に小学校に入学した。友達もたくさんできたと言っていたし、毎日の学校が楽しいようだ。それなのに、私は、小学校が好きではなく、すぐに帰ってゲームや読書ばかりやっていた。友達が全くいないわけではなかったが、学校でしか遊ばなかった。ただ、家族との仲は良く、高校生になっても一緒に旅行や食事などに行ったものだ。大学生の最初の頃までそうだった。
このように考え事をしているが、高度な運転補助ができるのだから、全く危なげはなかった。むしろ現代では、人間よりも自動運転システムの方が信頼されている。コンピュータが発明されて、多くの人が複雑な計算をコンピュータに任せるようになり、文明はますます発展した。自動運転AIの立場は、まさにその時代で言う「コンピュータ」そのものである。
いつもの癖で、なんだか煩雑な考え事をしていたが、ジョンの学校に到着していた。路肩には、迎えにきた保護者の自動車と、スクールバスが止まっていた。小さい子どもたちの団体が歩いてきていた。多くの児童が、家での出来事を話し合ったり、じゃれ合ったりしているようだった。私はしばらくジョンを探していたが、中々見つからない。ジョンのことだから、いつものように友達と教室に残って、のんびり帰りの支度をしているに違いない。朝も、家族たちが活動を開始する時間になってやっと起きてくる。酷いときには、登校時間10分前まで寝ていることもある。私の家では、なるべく自己責任で子どもを育てる方針であり、私自身もそのように育てられてきた。しかし、あまりにも遅すぎる場合には、どうしてもベットから起こしてしまう。ジョンがすやすや眠っている顔はとても愛らしく、そこに負けてしまうのである。
車の前で待っていたため、ジョンは目の前まですぐにやってきた。親しそうな友達も一緒にいた。ジョンは友達と一緒に家で遊びたいのだと言い張っている。ただ、私も私の妻も今日は暇なのだから、それを許すことにした。その友達は、マックスと言い、なぜだかずっとにこにこしていた。満面の笑み、これがマックスの真顔なのだろう。むしろ幸せな気分になるのだから素晴らしいことだ。そして、何やらひたすらジョンと会話していたが、どちらも元気で太陽のように明るい笑顔をしながら話していたため、話を折らないように静かに自動車を進めた。
家につくと、2人は急いでドアを開け、家に走って向かっていった。それを見ながら、私はゆっくりと家に向かって歩き始めた。2人をどう楽しませようか考えて、子どものような無邪気な心が顔を出していた。すると、腰のあたりがブルブルと震えている気がした。携帯に着信が来たのだろう。電話の相手は同僚の記者だった。彼は近くに住んでいて、私と仲もよく、時々一緒に食事をしたりしている。また、そういった類の電話なのだろうと思ったが、そうではなかった。
「やぁ、先週ぶりだね。俺が誘いか仕事の電話以外したことないよな。ただし、今回は例外ってわけだ。さっき散歩してたら、お前に似てる人がランニングをしていて、ラフな格好でウエストポーチをしてたんだ。」私はなぜか怪訝な顔をしていた。彼はそのまま続けた。
「それで、なんとなく眺めてたら、急にどっかに入っていったのをみた。あそこはたぶん研究所だろう。また、何か特ダネを見つけたのか?どんなネタだったんだ?」
彼は、こうやって人の見つけたネタを真似しようという所がある。私にとっては、その他の性格から特徴まで、友達として最適だと思っていて、悪い本性のことは特に気にしていなかった。
「ああ、そうだな。ただ、そんなに面白い話じゃない。様々な分野の学者に話を聞こうっていう企画だよ、だから今回は考古学者に仕事の様子を聞いたってわけだ。」なんとか誤魔化して言ってみた。しかし、彼はうーんと唸って納得している様子はない。
「でも、ずっと見てたけどすぐ出てきたじゃないか。ちゃんと取材できたんだろうな?」
「いや、今回は勘違いだったんだ。うっかり日程を間違えて......」
「なるほど、まあいいか。もし時間があったら、俺もその研究所に行ってみることにする。また、今度機会があったら食事に行こう。じゃあ。」
「分かった、じゃあな。」
結局押し切られてしまった。流石に入るところを見られたのだから無理もない。いつも彼は観察力も学者のように高い。今回もいつの間に見ていたのだろうか。それも策略なのだろうか。彼は記者として重要な能力を多く持ち合わせていて、非常に優秀である。まだ、大きなネタを掴んだわけではないのだから、特に支障はない。
しばらく話に夢中になって忘れていたが、今は家に帰ってきたところだった。これから、ジョンとマックスを楽しませようと計画を立てていたところだ。そのまま、強い日差しの中を芝生の擦れる音を立てながら、玄関に向かって行った。すでに2人の楽しそうな声が漏れていて、玄関の扉を開けると、さらに大きな声が響いていることが分かった。妻も帰って来ていて、2人の相手をしていた。私もリビングルームに入って、テーブルゲームでもやろうと思っていた。今日の午後は、楽しく充実したものになりそうだった。
次の投稿予定:8月6日日曜日
(大学の試験の関係で、2週間休みます。もし覚えていたら、また見てみてください。)