1.発見
2回目の投稿。少し慣れてきた。
2025年
蝶が羽ばたいているかのようなブラシの音と体を突き刺すような強い陽射しが共存している。その場所には人工的な形の穴が開いていて、奥を覗けば人間が岩とにらめっこしながら、作業をしている様子が見えるだろう。メキシコの北部のモングロバはヒューストンから700キロ弱離れている。現在はそこから数十キロほどの山の麓で、考古学者たちが発掘調査をしていた。古代アステカ文明時代の商人が残した野営地であり、もちろん車輪の痕跡などは見られなかった。遺跡ではすでにここで事切れた男性とラマの骨の一部が発掘されている。今の所ひときわ目立った物品は何も発掘されていない。しかし、もし万が一驚くべきものが発掘されたら、それはもう考古学者にとっての喜びは計り知れない。
「どうだ、ジェームズ、何か面白いものは見つかったか?」ローガンが、テントの下で休憩しながら言った。
「さっぱりだな。焚き火のあと以外は何も見つからない。何かしらの貿易商品でも見つかれば楽しいんだがなあ。そろそろ交代してくれないか、暑くてぶっ倒れそうだ。」額に汗を浮かべたジェームズは、文句のように吐き捨てた。ローガンはジェームズの方へよるやいなや、大きな声を上げた。
「おい、みんな!なんか右端の方に何か丸い物体が見えないか?なぜか輝いて見える。」
ローガンは疲労で弱々しくなったジェームズから、ブラシを悪意なく奪い取った。そして、輝く球体の周りを慎重かつ大胆に払い始めた。球体はゆっくりと姿を見せて、やがてローガンに丁寧に拾い上げられた。手柄を横取りするような行為にもかかわらず、興奮のあまりジェームズを始めとした考古学者たちは、気にしてなどいなかった。
球体は何か複雑な規則に従っているように輝いていて、非常に興味深かった。それと同時にジェームズとローガン、その他の調査員は、新発見の高揚感で舞い上がっていた。あまりの興奮状態に、話すこともできなくなっていたが、しばらくしてジェームズが口を開いた。
「非常に興味深いな。当時の技術力でここまで綺麗で輝いた球体を作ることができたとは、考古学界にとって、前代未聞の衝撃が走るだろう。このニュースは、考古学界に限らず、世界中の人々が知ることとなるかもしれない。私たち考古学者が誰もが一度は夢見たことだ。とにかく、球体をすぐに持ち帰って、詳しく研究をしよう。」
あまりに衝撃的なことに、正常な判断ができなくなっていた発掘隊長のローガンは、すぐに切り上げることに決めた。そして、数時間かけて研究道具やテントをまとめ、研究所への帰途についた。発掘隊が乗った数台のキャンピングカーは、陽射しが強く静かな荒野を爽やかに走って行くように見えた。
研究所に到着した発掘隊の面々は、大仕事を終えたような表情をとっていた。通常数年間続くこともある発掘作業が多い中、およそ一ヶ月で起こった大発見に驚きを隠せない考古学者は多く、発見に懐疑的な学者も少なくはなかった。どこからかこの話を嗅ぎつけたマスコミも多く、インタビューを受けたが、発見されたばかりの物体に対して何も言えることはなく、軽くあしらっていた。
そのような出来事を、考古学者たち――特にジェームズとローガン――は、往年の夢が叶ったと思い、内心とても歓喜していた。しかしながら、学者と言うものは大発見に弱い。早く詳細な調査を行わずにはいられないのだ。ローガンは早急に家族に連絡し、しばらく帰れないことを報告した。
「すまんがアンナ、さっきは調査が終わり早く帰れるなどと適当なことを言ってしまったが、それは嘘になってしまいそうだ。もっとも、調査が早く終わったのも、予想以上の大発見があったからだ。とにかくこんな発見は考古学者にとっては、夜も眠れないように―」
「―えぇ、そうね。とにかく楽しそうってことは分かった。」
長年、アンナはローガンという学者と添ってきただけあって、こんなことには慣れているのだ。
「ジョアンナとイアンもあなたと話したがってる。ほら2人ともお父さんが話したい、だって」
そう言ってアンナは子どもたちと電話を代わり、ビデオ通話をすることにした。SpaceXやAmazonをはじめとした大手企業のインターネット衛生の発展によって、テレビ電話で音声が乱れることは、ほとんどない。4歳のイアンは、拙いながらもなんとか英語を話し、6歳のジョアンナは喋り盛りでものすごい早口で話していた。どちらも活き活きとした話し方と、眩しい笑顔に、ローガンは癒やされていた。
連絡を終えて、周りを見渡すとやはり多くの学者は、家族と連絡を取っているようであった。みな会話を楽しみながらも、その声はどこか寂しく、複雑な心境らしい。そんな研究者たちに共感しながら、その一員であるローガンも通話を切った。
準備を終えた研究員たちは、早速調査に取り掛かった。一人の研究者が、美しいながらも土埃がついた球体を、ゴム手袋越しにそっと掴んで安定した場所へ移動させる。そして、鋭い音を立てるエアーダスターで慎重に汚れを吹き飛ばす。すると、徐々に輝きを増してきた。虹色のようでもあり、特定のパターンで色が移り変わっていて、なんとも美しいものであった。他のメンバーたちも感動のあまりぽかんとそれを眺めていた。報告書を書くのも忘れてじっと見つめていた。この雰囲気の中にいれば、考古学者とは縁もゆかりもない人々でも顔をそちらへ向けるに違いない。この場では、それほどまでにものすごいことを成し遂げようとしているのだ。
そして、球体の清掃作業が終わり、慎重に発掘品を専用の倉庫へ移動させる。その作業はリーダーのローガンと数人のメインメンバーで行われる。特に大発見につながる可能性が高い出土品は、厳重に管理されている。この倉庫を開けることができる人物はこの研究所に数人しかおらず、パスワード以外にも、指紋認証や顔認証、声紋認証や静脈認証などできる限り多くの生体認証が用いられる。さらに、一切通信能力を持っておらず、インターネットやラジオ電波にも接続できないため、ハッキングもほぼ不可能である。また、倉庫の壁や扉には、厚さ60cmの鉄鋼が使われており、戦車の徹甲弾を数発打ち込まなければ破壊することはできないだろう。とにかく、該当者以外にその倉庫から物体を移動させることができるものはいない。
移動作業も終わり、倉庫を開けることができるローガンは達成感に浸ると同時に、これから新発見の連続が始まる可能性のある現在の状況を噛み締めた。ドーパミンとアドレナリンで満たされたローガンの脳は、史上最高に興奮していた。と言っても、同じくらい興奮したことは数回あった。しかし、今までは中心メンバーとしてではなく、補助的なメンバーとしての参加であったし、ここまで不思議なものを見つけたわけではなかった。オーパーツの可能性があるものを見つけたのは今回が初めてであり、今までとは違う種類の喜びを感じていたのだ。
『高い山の見えないところ、一つの輝きが見えました。そこである男の人が誰かから話しかけられました。
「あなたは、よくぞここまでやってこれました。ご褒美としてこれをあげましょう。」
男の人は何かをもらいましたが、持ち物は増えませんでした。持ったのはどこか立派な気持ちだけ。
深い地面の奥深く、寂しく光がありました。ずっと一人でいるので、光はとっても寂しかった。しかし、誰かがみんなのところに連れて行ってくれました。
広い世界のどこかには、孤独な光るものがありました。友達と一緒になりたい光は、何かを伝えたかった。助けてくれる人に伝えたかった。』
これは、2024年に突如発売され、瞬く間に話題となった絵本の一節である。世界中の有名な画家が、ボランティアとして、絵画を提供したのである。このプロジェクトはアメリカ在住の日本人から始まり、本の売上の大半を、貧しい世界の地域の人々への寄付することにしていた。当時の流行りであった絵本ボランティア活動として、当初は話題となっていたのだが、絵本としてはあまりに不思議で理解が難しい文章であったことも拍車をかけた。多くのSFファンやミステリーファンの考察を呼び、各種のSNSで話題になった。さらに、オカルト宗教信者や陰謀論者も、活発に話題を挙げた。
しかし、文章が不気味であることを、多くの人が気持ち悪く思って、瞬く間に小さな話題となってしまった。今では、そんなことを話している人は、ごく一部の陰謀論者などに限られる。ただ、この絵本は一時期の盛り上がりから、未だに本を所有している人が多く、それを心配する声もある。それは、ローガンの家も無関係ではなく、買ったまま子ども用本棚に置いてある。アンナとローガンは、子供の興味を邪魔しない主義であり、それほど気にしていなかった。その絵本に対して、子どもたち、つまりジョアンナとイアンは興味を持っていた。二人とも意味はよく分かっておらず、語感や絵を気に入っているようであった。
次の投稿予定:7月16日日曜日