《プロローグ》
初投稿作品
この物語はフィクションである。
眩しい太陽に照らされて、地面からの反射がさらに目をくらませる。海は透き通った藍色に染まり、光を揺らめかせている。ビニールを突き通し、視界が青っぽくなり、今にも気を失いそうだ。
「そろそろチェックインの時間だから海でゆったりするのは、後にしない?早くホテルで休みたいんだけど。」
逆光でよく見えないが、影のシルエットから妻だと分かった。
「まだ休みたいから先に行っていいよ。ちょっと今は久しぶりの休みで話す気力がない、きっとホテルに着くころには元気になるから。」
明日は、沖縄の人気のダイビングスポットで海の景色を見るつもりだ。ありきたりでつまらないがしょうがない。とりあえず、ライセンスが必要な場所へ行くのだが。
唸るように響くエンジン音の裏からボートにぶつかる波の音が聞こえてくる。遠くにいくつかのボートが見え、その近くで人々がまばらに浮かんでいる。そうやって周囲を見回しているうちにボートのエンジン音が止まり、波のさざなみだけが聞こえるようになった。
「ダイビングポイントに到着したので今から始めます。2人はダイビングの免許を確かに持っていますか?」
私たちは免許証を見せた。
諸々の確認を終え、ついに冷たく透き通った水に身体を浸した。空に浮かんでいるような感覚に陥った。潜っていくと周囲が暗くなり、体が締め付けられたように感じる。
水深20メートルまで来ると、海底が見えてきた。そのまま海底に足が着くまで潜って行く。ただ海底を歩いて、岩などを眺めることが多いが、妻は、私がダイビングに来てまで、岩を見る理由がよく理解できないようで、困った目で私を見つめているように感じる。ふと周りを見渡すと、何かが光っているように見えた。その光る物体までは15mほどあり、危険だと、インストラクターに止められてしまった。諦めて一旦船上の戻ったが、どうしても好奇心を抑えられない。
「何とかあそこまで行けないんでしょうか?私はある程度経験もあるので行けると思うのですが。」
インストラクターの顔をじっくりと見つめる。
「いいえ、あそこまで行くのは危険過ぎます。あのポイントは海流が乱れていていますし、何だか嫌な予感がします。なので、止めた方が。」
間髪を入れず押し切る。
「どうしても行きたいんです。命綱も1番丈夫なカーボンナノチューブ製のを使うので、相当なことがない限り、危険ではないと思います。どうかお願いします。」
インストラクターはため息をつくと、
「しょうがないですね。じゃあ5分だけですよ。私たちも助けられるような準備もしておくので。絶対に次からはやめてください。」
光る物体に近づくと、少し流れが強くなり今にもひっくり返ってしまいそうになった。奥にも何かが見えたような気もしたが、どんどん光る物体に近づいていくと、それは球体であり、それ自体が光源となっていることに気づいた。こんな場所でいつから動いているのだろうか、どことなく大昔から存在しているような貫禄がある。そのまま手に取ってみると、ずっしりとした重みを感じた。するとその瞬間足がすくわれてしまい、どんどん沈んで行き、海底に激突した。酸素ボンベが1つ破壊され、予備のタンクにしがみついて激流に揉まれながら、アクアラングを装着した。しかし次の瞬間視界が真っ暗になってしまった。
目を覚ますと、何かがリズムを刻んでいるように感じ、誰かが呼びかける声がかすかに耳に入る。
「田木さん、分かりますか?田木さん?」
どこで会ったかも知らない女性の穏やかな声が聞こえる。ぼんやりとした光の中に、女性のシルエットが見えた。すると、そこへ男も現れた。男は自分の名を何度も声に出して、肩を軽く叩いてくる。次第に、光は輪郭をはっきりさせ、窓のようなものが見える。音も広がりを取り戻し、計器がテンポ良く鳴り響いた。
「田木さん、大丈夫ですか?」
「あ、はい。」
私は、思いつく限りの言葉を発する。耳馴染みの声がずっと呼びかけて来ていたのに、気づいた。
「ふう、起きて良かった。大丈夫?」
妻が安堵し、今まで胸に溜めていた重々しい空気を吐き出した。
「ああ、別に気分はわるくないよ。」
「あんなもの持ってくる必要なかったのに。本当に死ぬかもしれなかったらしいよ。」
細い指を病室の低い棚の上の不思議な球体にみける。本当に不思議な球体だ。妻の手が触れると、そこから光が広がる。
「それにしても、不思議なものだよね。この地域の人も誰も知らないみたいよ。あなたが手に入れたくなった気持ちも分かる。」
透き通った高い声で呟いた。
あのとき、自然とあの物体に導かれたような気がした。妖しく光る美しい曲面は、光るブラックホールのように私を吸い込んだ。なぜだかとても気持ちよく感じたが、あの不思議な感覚は一度も味わったことがなかった。私が以前から海底を好んでいたのが、すべてこの丸いものに導かれていたためであったように思われた。
私はそのまま海の見える病室でしばらくリラックスしていた。波は浜辺に打ちつけ、眩しい太陽の光をギラギラと映し出し、網膜を刺激する。そんな景色を楽しんでいると、突然机においてあったタブレットが起動し、体調に関するアンケートが始まった。アンケートに答え終わると、タブレットから医師の声が聞こえて来た。
「本人確認のため、お名前と誕生日をお願いします。」
私は名前と誕生日を言った。
「ありがとうございます。AIが分析したアンケート結果を見る限りでは、特に異常はないようですね。他に異常がないか確認するために、今日はレントゲン検査とMRI検査をすることになっています。異常がなければ、すぐに退院できますので。あと30分後に検査エリアにお越しください。その間に何か不調があれば、そのタブレットで知らせてください。」
そう言うと、タブレットは真っ暗になった。30分後に検査を始めた。レントゲン検査はほぼ自動で行われ、MRIは磁力が強く危険なため、人が行う。
まず、レントゲンの部屋に入り、指定の位置に立ち、技師が何か操作すると自動で検査が行われる。退院したら何をしようか考えながら検査を受けた。観光客として石垣島に来ているが、那覇に住んでいるため、旅費はそれほどかかっていない。束の間の大人の夏休みの間に、楽しい思い出をつくるのがすっかり習慣になっていて、奮発してしまおうと考えたのだ。そして、幻想から意識が戻った。
《田木さん、お疲れさまでした。次はMRI検査です。待合室でお待ち下さい。》
意識が完全に現実に戻り、淡々と響く機械音が聞こえて来た。そのまま待合室に向かい、しばらく待っていると、見たことのある人物が歩いて来た。相手は私に気づいて話しかけてきた。
「あ、田木さん、偶然だね。」
「こんにちは、濱山さん。今日はどうしたんですか?」
にこやかに私は挨拶をした。
「ちょっと左肩が痛くてね。まあそこまで重症じゃないけど。そちらこそどうしたの?」
「ダイビングで無理なことしてたら、溺れかけて病院送りになったんですよ。」
その話を聞くなり濱山さんは驚いた顔で、私に言い返す。
「結構大事じゃないですか。大丈夫?」
「まあ平気です。そういえば、また夏のパーティやるつもりなんですが来ます?」
私は夏に毎回親しい人とパーティをしている。この濱山さんとも、敬語で話してはいるが、かなり仲が良い。たまに一緒にランチを食べに行くこともある。
「もちろん、今回も行くよ。」
彼は快く了解してくれた。そして、私はふとあの不思議な物体を思い出した。
「そういえば、今日奇妙な物を見つけて......」
濱山さんに例の球体の写真を見せた。それを見るなり、
「かなり不思議な玉だね。それにかなり古そうに見える。しかし、なんだろう、近未来感がある。」
「そうなんですよ、考古学者の濱山さんなら何かわかるかなと思って。」
「そうだなあ、一度も見たことがないよ。私としても気になるから、知り合いの考古学者に聞いてみよう、何か分かるかもしれない。」
「あ、ありがとうございます。じゃあまた今度連絡します。」
そんなことを言って私は彼と別れた。
――ピンポーン――と、インターホンが鳴った。インターホンの操作画面を見ると、濱山さんを始めとした、私の友人がカメラを見上げている映像があった。私が返事をし、鍵を開けるとみんないっぺんに入ってきた。
「今日は、みんなと合流してから来たんだよ。」濱山さんは、愛想よく言った。
「いやー、今年も豪華だなあ。七面鳥に寿司、餃子にサラダ、和洋折衷で美味そう。」私の大学時代からの友人である田中も、子供みたいに言った。
パーティーを楽しんでいると、例のスキューバダイビングの件に話が進んだ。
田中は、寿司を口に頬張りながら、
「そういえばさ、ダイビングで気を失って病院送りにになったって話で、妙な球体を見つけたって言ってただろ。あれはどうしたんだ。」
「ああ、濱山さんに聞いてたんだった。どうでした濱山さん。」私は言う。
私は、散らかった床の上を歩いて、棚の上においてある球体を手にした。
「なんと、知り合いの考古学者に聞いたら、メキシコの遺跡や地中海でも似たような球体が発見されたらしいんだよ。アジアでは初めての発見だよ。これは何か凄い発見が出来そうな気がするよ。」濱山さんは驚きを隠せない様子で目を輝かせながら語った。
――そもそも、私が考古学に興味を持ったきっかけと言えば、この新聞記事を見たことだったんだ。なぜかこのことを忘れてしまっていた。いつも持ち歩いているこの記事にはこう書いてある。〈謎の球体―メキシコで大発見―〉これは私が大学生の頃だった。20年ほど前の話になる。私は、考古学者を目指していたが、将来、具体的に何を研究するのかは決めていなかった。毎日悩みに悩んでいたが、思いつく様子は微塵も感じられなかった。そして、いつものように、新聞を開くとすぐにこの記事に目が止まった。新聞によると、球体は弱い光を発しているが、状態から推測して10万年前もものかもしれない、ということだった。その上――
誰もが飽きつつあったとき、ついに濱山さんは締めくくるようにこういった。
「これだけ不思議なものは、考古学者としては見逃せない。ぜひともこの球体の精密検査をさせてほしい。」
私は、さらに謎が分かるのならと、快く申し出を受け入れた。私の一人の友人である濱山さんにも活躍して欲しいと考えたのだった。精密検査には2ヶ月が必要らしく、少なくともそれまで謎の解明はお預けだろう。
次の投稿予定:2023年7月10日月曜日