8 冒険者ギルド
地図を見ると、サキトの目指す冒険者ギルドは町の南側、内郭の城壁内にあることがわかった。ユーカの屋敷の裏から大通りに出て、そこから南にまっすぐ二キロほど進めばその正門が見える。そこに至るまでの道路沿いはとても賑わっていた。さっきまでいたスラムのような所とは、同じ街だと思えなかったくらいに。
服屋、果物屋、鍛冶屋に飲食店など、隙間もなく多くの店が立ち並び、客引きは大きな声で宣伝する。進むにつれ、建物はどんどん高く大きくなる。東西南北の大通りが交差する街の中心部には、大きな噴水も置かれていた。
サキトは心なしか笑顔になっていた。こういう雰囲気は好きだった。
「これが『黄金の門』か・・・でかい」
内郭、そして王宮の正門である『黄金の門』。べつに金で出来ているわけではない。しかし、細かい装飾が施され、高さ十メートル以上はあるであろうその石造りの門は、見る者全てにキューゴ王国の威厳を示し、その文化と歴史を語り、国の中枢を守っていた。この内郭には宮殿、ギルド、各種国の機関や重臣、王族の屋敷がある。
「ええっと?『この門をくぐって左を向いて、手前から二つ目の建物がギルドハウス』か・・」
サキトはユーカが渡してくれた地図に貼ってある注意書きを読んだ。サキトはいつのまにかこの国の文字が読めるようになっている。
そして、門をくぐると左手には目指す場所と役所が立ち並んでいる。そして、右手前には国立競馬場、奥にはもう一つの城壁があり、その内側にに王の住む宮殿が立っていた。
「あれって・・宮殿かな?。あそこにユーカさんの親がいるのか・・・意外とギルドに近いんだな」
冒険者ギルドの周りには商人ギルドやその他多くの職人ギルドが並んでいた。どれも石造りの立派な建物であった。
サキトは目当ての建物の前に立った。ドアには紋章が飾られてある。様子をうかがおうとすると、中から四人組の男女が喋りながら出てきた。剣士、魔法使い、格闘家、治癒術士。一目見ただけで分かるような服装をしていた。サキトはそれを見て、これから先起こる事に期待をよせ、胸を躍らせた。もうすぐ夕方になりつつあった。
「こんにちは。冒険者ギルドへようこそ。今日はどのような御依頼でしょうか」
「えっと、依頼じゃなくて、冒険者の新規登録?をしたいんですけど・・」
「あ、本当ですか!?・・かしこまりました。それなら、こちらの書類に、生年月日とお名前、他必要事項をお書きください」
(ギルドの受付嬢ってほんとにいるのか。はえー、すっごい)
受付嬢の彼女は綺麗な声で説明する。サキトは受付嬢の存在に勝手に感心していた。ギルドの内装は一部木造で、居心地が良い。この受付窓口の隣には依頼掲示板が設置されていて、あちらには冒険者同士の交流や情報交換の場として使われる酒場がある。さらに、訓練所、宿舎なども完備されていて、さすが王立冒険者ギルドと言った感じだった。
サキトは名前の欄に
「サキト・ハンザワ 」
と書こうとしたその時、ある事に気づいた。
(そうか、ここは日本じゃないのか。ええと、なんて書けば)
来たばかりのサキトにキューゴ王国の文字などわかるわけがない。咄嗟に彼はいい方法を思いついた。
「すみません、俺、田舎の出身なんで、文字書けなくて・・・」
「わかりました。なら私が代わりに書きますね」
サキトが言ったことを受付嬢に書いてもらうことにした。
「・・・はい、年齢は十五歳。今何年でしたっけ?」
「今はメシア暦一七九八年ですよ」
メシア暦または救世主暦は、この地域で信仰されているヨァシュエァ教の教祖にして救世主、ヨァシュエァの生まれた年を基準に紀元前後をわけている暦。
サキトは一七八三年生まれと書いてもらい、それを提出しようとすると、今度は、
「専門分野は何をご希望ですか?」
受付嬢は書類の下側を指して言った。サキトは
「専門分野ってなんですか?」
そう聞くと彼女は答えてくれた。
「専門分野というのは、剣士、魔術師などの役割のことです。それぞれの得意なことを極めて、自分を必要とする相手に示したり、仲間との冒険をスムーズに進めるために設定します。いつでも変更が可能てすよ」
(へぇ〜職業とかスキルみたいなものか・・・。本格的に異世界らしくなってきたじゃん!)
サキトは期待をさらに膨らませた。しかし、彼はろくに剣を持ったことはない。魔法も使えるわけがない。一応ユーカが持たせてくれた剣と鎧を装備してはいるが、実戦で使えば替えも要るし手入れもせねばならない。すると、サキトの期待で溢れた表情が元に戻って言った。
「すみません、僕、剣の腕前はあんまりで、あと、魔法も使えないんですけど、出来そうなやつってありますか?」
そんな質問に対して、「じゃあ何で冒険者になろうとしたん」のような冷たい言葉をかけずに、受付嬢はまともに答えてくれた。
「そうですねぇ、それならば、【隠密】はどうでしょう。敵の内情や町の情報を拾って仲間に伝える仕事です。この仕事なら、特に剣が使えなくても大丈夫です」
「なるほど。でも、敵にバレたりしたらどうするんですか?」
「そんな時のための仲間です。あと、私の偏見ですが、あなたは体が身軽そうですので、向いていると思いますよ【隠密】に」
彼女は指で四角を作ってサキトを囲って見た。
「まあしかし、予備戦力として決まったポジションを持たないという選択肢もあります。それでは仲間が集まりにくいのですが」
サキトは少し考えた後、
「じゃあ、隠密と予備戦力を両方書いておきます。その方がいいかもしれないですし」
そして書類を提出した。彼女はそれを受け取ると、
「ありがとうございます。あとでギルドマスターの元で印をもらっておきます。今からあなたはこのギルドのメンバー、徒弟冒険者・サキト。よろしくな!兄弟!」
高らかに宣言した。サキトはつられて
「お、うおー」
と半笑いで叫んだ。
(今日から俺も冒険者・・・うへへ。あ、そうだ、宿舎借りないと)
サキトには戻る場所がない。本来なら、ギルドマスターの印を貰って、その他条件を満たさないと入れないのだが、無理を言って入れてもらった。
一室に案内され、ベッドに寝転ぶ。そんなに柔らかくないはずのベッドがサキトにはこれ以上ない物に感じられた。窓の外を見ると、日が暮れて夜空が顔を出す。彼にとって、今日は長い一日だった。転生して、出会って、冒険者になって。気がつけば寝てしまった。
(明日はもっとちゃんと生きよう)
生きていることが奇跡。それを実感していた。
次の日。
「いででででででで!、あ、足がぁぁ!」
昨日、一日歩いた後の筋肉痛は恐ろしい。サキトは昼になるまでベッドから起き上がれなかった。