7 サキトの出立
「通行許可証を。・・・確かに。お進み下さい」
門番はケンセリャニノフの差し出した許可証を返す。ユーカ一行はようやく城門をくぐることが出来た。
サキトが転生し、ユーカと出会い、たどり着いたここはキューゴ王国首都クリボイログ。街の中心部と周辺を城壁で囲った城郭都市である。街の一部は城壁外にも飛び出しており、人口は二十万人を超える。南の方に湖を利用した堀があり、北の城壁外には出城のサクサハン城が置かれて守りを固めている。そして、城域の南部には王宮と官公庁が置かれている。
(俺はさっきなんて事を言ってしまったんだ。こんなに優しくしてくれるユーカさんに・・謝らないと)
「ねぇ、サキト君、あれ見て!」
ユーカはサキトのすぐ横で窓の外の塔を指差した。彼女のはしゃぎ様と満面の笑みはサキトのブルーな気持ちを一瞬で吹き飛ばす。サキトは思わずツッコんだ。
「ど、どうしたんですか急に。ていうか近いです・・・」
「あ、ごめんなさい。貴方と言う転生者に会えた事に興奮しちゃって。ちなみにあの建物は教会よ」
「なるほど」
ユーカは目立つ建造物の紹介をしてくれた。
サキトたちは西側の門から入ったようだった。しかし、王宮のある南側ではなく、北側へ向かって道を曲がった。首都の城壁内なのに、かなりさびれた景色が広がっている。この時、別にサキトは王宮や街の地理を知らなかったが、少し疑問に思った。
「あの、ユーカさん、ここって本当に首都なんですか?言い方悪いですけど、城壁以外あんまりそういう風景じゃないような・・・」
少し道を進むたび、窓の外は傍に捨てられた廃材やゴミが多くなっていく。石畳の舗装もままならなくなり、ついには、ゴミの積もった山を汚いぼろきれを被った人物がゴソゴソと漁っている様子も目に入ってきた。もちろん、野犬と一緒に。
「地方からの流浪の民ね。生活が苦しくなると都に登ってくるのよ。この街は栄えている所は栄えているけど、貧乏な所は城壁の中でも貧乏なの」
ユーカは悲壮な面持ちで語った。ケンセリャニノフも口を開いた。
「こうなっているのも、政府が何もしないからですね・・・全く、貴族どもは権力闘争ばかりして・・!」
ユーカは彼をなだめて言った。
「まあまあ、それを将来私が解決するのよ。・・・あ、サキト君、あとちょっとで私の屋敷に着くわよ」
「はい。・・・ってあれ?ユーカさんって王族の方ですよね」
「ええ、そうよ。どうしたの?」
「いや、王族の方だったら、こんなスラムみたいなとこじゃなくて王宮の近くに住んでるんじゃないかなって思って。・・あ、もしかしたらこっちの方向に王宮と屋敷があるのかもしれないんですけど」
サキトはこんな所に王族であるユーカの屋敷があるのかということも疑問を口にした。
すると、ユーカは少しの間沈黙し、下を向いてしまった。何か言いたくなさそうな様子で、膝の上で拳を握りしめていた。
(やばっ、聞いたらダメなことだったのか?)
しかし、彼女はすぐ立ち直り答えてくれた。
「私、王宮に住んでないの。まあ、追い出されたっていう方が正しいのかも」
彼女はにこにこしていたが、どこか悲しそうだった。
「すみません、変なこと聞いちゃって・・」
「いいのよ。詳しくは話せないけど、お父様、つまり、王様からあんまり好かれていないの。だから、距離を取るために王宮とは反対の所に住んでるのよ」
ユーカは斜めに俯きながら話してくれた。彼女の目が少し潤んで見えた。
(俺みたいな見ず知らずの相手にも、あんなに優しくしてくれるようなユーカさんに何があったんだろう。ていうか娘に優しくしない父親って最低だな。あの人のためになんかできることはないかなぁ)
そしてサキトはいつか必ずユーカの恩に報いると心に誓った。
「お屋敷に到着いたしましたー」
御者の声が聞こえた。彼は今日一日働きっぱなしだった。それに加えてサキトと言い争い無駄な労力も費やした。ユーカは馬車を降りると彼に少しの休みを与えると言った。
彼女の屋敷はスラムに根を下ろす大樹のようだった。王に嫌われていると言っても彼女は王女。敷地はかなり広大で、低めの城壁も巡らされていた。
「さあサキト君、ありあわせしかないけどとりあえず約束通り、ご飯ご馳走するわ。ちょうどお昼だし」
「ありがとうございます!」
丁度お昼時。サキトは応接間に案内され、昼食を振る舞ってもらった。メイドたちが料理を運び、執事がそれを指示する。サキトは料理が出された瞬間、無我夢中で食べ始めた。
ひと段落するとユーカに転生前のことを聞かれたので、サキトは自分の半生や前の世界のことを話し始めた。ユーカは興味津々に聞いていた。
「ありがとう。やっぱり転生者っていたんだ〜。魔法の代わりに科学が発達した世界・・・」
もちろん、サキトが前世で行ってきた部活での横暴は語らなかった。
その後しばらく談笑したあと、ユーカがこんな事を言った。
「それで、今日はどうするの?泊まるあてはないでしょ」
「はい、でもこれ以上ユーカさんを頼る訳には・・・」
ユーカは止めようとしたが、サキトはこれ以上頼りっぱなしなのはいけないと思っていた。それにしても、サキトはこの後何をすれば良いか全く考えていなかった。本音を言えば元の世界に帰りたいが、それは不可能に近い。
「そっか〜・・・救貧院で雇ってあげたいけどお父様に報告しなきゃならないし・・・」
ユーカの父つまり、王にとって、サキトはどこの馬の骨かも分からない人物である。そんな人間を救貧院で雇ってはくれないだろう。
「ねえケンセリャニノフ、何かいい所はない?」
ケンセリャニノフは少し考えて、
「王立冒険者ギルドに行くのはどうでしょうか。あそこなら登録すれば宿舎に泊めてもらえますよ」
と提案した。
(え?冒険者!?冒険者ってあれだよな、異世界小説によく出てくる・・・)
サキトは冒険者という言葉に反応した。
「あ、そこならいいかもね。でも年齢確認があるかー・・・サキト君は何歳?」
「あ、はい、十五歳です」
サキトは十五歳にしては身長が小さい。
「なら大丈夫ね」
なろう小説あるある 冒険者ギルド。
そもそもギルドとは都市の同業者組合のことであり、大きく分けて商人ギルド、職人ギルド、そして冒険者ギルドがある。それぞれ議会で市政を担い、それぞれのギルドの取り決めにより経済が回り、闘争をしながら成り立っていた。
そのうち冒険者ギルドは、この異世界においては、魔物から都市を守る自衛団の制度が始まりだった。そこに土地を持たぬ騎士階級が流れてきて、本格的な軍事力を持つようになり、情報をもたらす旅人を保護する目的も加わり、『辺境を旅して情報を売り、都市を守る者』という形が出来上がり、それらを『冒険者』と呼ぶようになった。
最初はもちろん都市警備が仕事だったものの、辺境開拓や土地整備など、徐々に仕事内容が増えていき、副業や情報交換のために登録者が増加。さらに、市民が誰でも業務依頼を提出出来る「クエスト制」の導入により、この組織は市民に近い存在となった。
ドイッチュラントやガリアと呼ばれた地方で成立したこの制度は、そこで勢力を拡大したカロリンジャヌス帝国のカロルス大帝により整えられ、各都市に置かれ、それが広く普及した。
次第に活動範囲が増えていき、征魔軍戦争(教会が異教徒討伐の目的で集めた軍。数多くの勇者を世に出した)への参加などもあって、冒険者の数は瞬く間に増えた。そしてこの組織を王立だろうと市営だろうと関わらず、[冒険者の同業者組合]を意味する[冒険者ギルド]と今日では呼び表す。
しかし、冒険者と依頼先や地方とのトラブル、隣町のギルド同士の争いなど、デメリットも多かった。そして、ギルド運営の複雑化や冒険者の政界進出などで冒険者同士の階級も出来ていった。
国家が戦争に突入した場合、貴族からではなくギルドで義勇兵を集めることも出来るなど多くのメリットがあった。かつては軍事力供与で絶大な権力を持ち、王や貴族、商人職人などに対抗できる勢力にまで成長したが、時が進み、サキトの降り立ったこの時代では軍事的意味での冒険者は、ギルドに加入しているもののほぼ傭兵化していた。なお、市民依頼はどの国でも盛んである。
異世界ではこのような冒険者ギルドや魔法の存在、封建制度などの文化や条件の上に、中世的で独特な社会が成り立っていた。
「え、冒険者ってどういうやつですか?」
サキトは確認のため少し期待しながら聞いた。
「ざっくり言えば公立のなんでも屋みたいな感じかな。それでも社会の中心だけど。仕事を紹介してくれて、さっきの通り王立なら宿舎も貸してくれる所よ。十五歳以上なら誰でも登録して仕事を始められるから。いろいろと保障もしてくれるのよ」
(マジか。思ってた通りのやつだ。え?俺が冒険者デビュー!?)
サキトは今までマンガでしか見たことがない世界観に興奮していた。
「え、やっぱそれって依頼で好きな時にモンスターとかを退治したりするあの冒険者のことですよね!?」
はしゃぎ出すサキトを見て、ユーカは笑って言った。
「まあまあ、落ち着いて。ていうか知ってるんだ。冒険者ギルド、行ってみる?」
「はい!行きます!」
サキトは即答した。その後ユーカはケンセリャニノフに命じてサキトに最低限だが装備と金を持たせ、ギルドの位置を示した王都の地図を渡した。
「それじゃあ、行ってらっしゃい。転生者よ」
「ユーカさん、助けていただいたこととご馳走ありがとうございました。必ずお礼をします。それでは」
日の高い昼過ぎ、皆が晴れやかな気持ちだった。ユーカは最後まで優しく見送り、サキトは感謝の辞を述べてユーカの屋敷を後にした。
そこには、かつて卓球部を自分勝手に組織し、【独裁者】とまで呼ばれた男はいなかった。代わりに王女の助けで人の優しさに触れた半沢サキトという少年がいた。