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6 転生者と王女

 馬車に乗ると、長身の若い男が乗っていた。彼は困ったような目でこちらを見つめてきた。


「またですか王女様、王様に怒られますよ」


執事か秘書であろう。ユーカは分がわるそうに答えた。


「ごめんごめん。困ってる人を見つけたらつい。でも、私一応救貧院の院長だよ。仕事しているようなもんじゃない」


「だからですね、身寄りのない子を院長自ら積極的に拾って帰ってくるからみんなびっくりしてるんじゃないですか。一日一人は連れてくるって・・・昨日だって受け入れすぎだと王様が。それで経営が成り立っているのが不思議ですよ」


「ふふん。積極的に動かないと孤児は減らないよ。自分で言うけど、私が上手く回しているからね。今のところあと百人は受け入れ可能よ」


「そんな資金どこから・・・」


サキトを置いて話をしているユーカたち。サキトはどうすればいいか分からず黙っていた。


「あ、ごめん、サキト君、置いてきぼりにしちゃって。さ、こっちに座って」


「あ、はい」


ユーカはサキトに気付き、座席に座らせ、御者に出発する様に命じた。そして、サキトに水を飲ませて喉の渇きを沈めた。


 馬車が出発すると、ユーカは改めて自己紹介をした。


「それでは改めまして、私はキューゴ・グランツバフィア・スキティア王国第二王女にして、ドフィンチスキー公兼ボスポロス公兼ゲニチェスク伯兼ノヴォアレクセイェユカ伯及びドルジャンスカヤの領主ユーカ・キミア・ヨジョナ・キューゴです。よろしくお願いします」


そして、ユーカの隣りにいる男も自己紹介をした。


「私はヴォロディームィル・ケンセリャニノフだ。第二王女様の侍従としてお仕えしている」


(なんかヨーロッパっぽい名前。てか、ユーカさんの自己紹介長いな。タンヌ・・・なんだって?)


ケンセリャニノフはいいとして、とてつもなく長いユーカの自己紹介。ただサキトはそれ以上に彼女の自己紹介を聞いてよくわからない違和感を感じた。それがなんだったのかわからなかったが、とりあえず長すぎる称号が気になった。


「あの、ユーカさんはなんでその、称号?・・・なになに公兼なんたら伯ってついてる(?)んですか?あと、キミアなんとかってミドルネームですか?」

ユーカは丁寧に教えてくれた。


「あ、爵位のこと?これはね、その通り、貴族の称号よ。例えば、ボスポロス公だったら、ボスポロス公爵領って言う土地を持っているから名乗っているものなの。大体この国の南東の土地ね。土地と爵位は一緒についてきて、その土地を領有していなければ名乗れないのよ」


「へ、へ〜え(世界史の勉強しときゃよかった)」


かなりわかりやすく説明してくれたのだが、サキトにはまだ難しかった。


「あと、キミア・ヨジョナはその通りミドルネームだよ。ユーカが諱、キミア・ヨジョナは代々まぁ、王女が名乗っている名前。キューゴは姓ね」


(ん?キューゴ?・・・顧問!?)


 長すぎる称号に霞んでいたが、サキトはようやくあの時の違和感に気づいた。


(なんで、顧問と苗字てか姓が同じ・・)


現実世界でサキトが所属していた卓球部の顧問の苗字は久後と書いてキューゴと読む。サキトにとっては聞き慣れた言葉。それゆえにキューゴという我々にはあまり馴染みのない音を全く意識せず聞き流していたのだった。そして、目の前にいる彼女の姓もキューゴ。


(いや、でも、うちの顧問とこの人は住む世界が違うだろ。さんざん混乱したけどここは確定で異世界だ。・・何故だ。異様な親近感を感じる)


前世で特に顧問と仲が良かったわけではないが、彼はユーカをじっと見ながら考えていた。


 そしてサキトはまたある事を思い出した。


(うん・・・タッキューゴと同じ名前・・・あれ?もしかして、あのアメノヒツクとかいうやつに言われたのはこの事か!)

サキトが死んだ後、この世界に転生させたであろうあの黒い服の男。サキトは彼が言った言葉がようやく理解できた。


(椅子に関係ある事って・・・まさかの三年寝太郎と苗字が似ているって事かよ・・真面目に考えた自分が今思えばとんでもなくおかしい)


サキトはユーカを見たまま唖然としてしまった。


 ユーカはサキトに見つめられたままで、キョトンとしていた。すると、


「おい、お前なに王女様を見つめている。無礼だぞ」


横にいたケンセリャニノフがサキトに注意した。ユーカはそれをなだめて、


「まあまあ、見る見ないはどうでもいいじゃない」


と、軽く笑った。


 しばらく馬車に揺られていたが、サキトはユーカたちと特に話すことはなかった。ユーカの質問には答えたが、それ以外は話したくなかった。すると徐々に石造の城壁が見えてきた。それは思ったよりも高く、手入れもされていることが近づくにつれて分かった。


「サキト君、あれが我が国の王都、クルビリフよ」


ユーカは窓の外の城壁を指差して言った。サキトは「へぇ」と呟いた。


 だんだんと城門が近づいてくる。もうすぐユーカの屋敷かどこかでご飯を食べさせてもらえる。疲れた体を休ませてもらえる。


(あの門潜ったら食事と睡眠・・・ああ、考えたらすげぇ眠くなった。あの門潜ったら、食事、睡眠。・・・あれ?)


なのに何故かサキトの心の中には次々と不安な感情が現れていた。そして今更気づいても遅いことを並べていった。


(あの門を潜ったら、もう元には戻れなくなるんじゃないか?現実世界の中学生の俺じゃなくなって、異世界のキューゴ王国の国民の俺に変わって・・しまうんじゃ・・・?)


現実世界ではもうサキトは死んだ。誰もサキトを救えない。だからこそ異世界で生きろと言った。


(いや、俺はこの世界で生きていくんだよ。それでいいんだよ。・・・この世界に、親は?今まで育ててくれた母さんは?父さんは?。でも、ユーカさんが。待て、たしか貧民院の院長してなかったっけ。俺を・・救貧院に預けて・・ということは孤児扱いになるのか?もう嫌だ!元の世界に帰してくれ!)


自分の今までの行いのせいでこんなことになっているのに願ってばっかりのサキト。彼は馬車の座席の上で震えていた。


(帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい)


「どうしたのサキト君、具合悪い?」


心配になってユーカは彼に話しかけた。しかし、何も届かなかった。


「あああああ!もう嫌だ!帰る!」


サキトは馬車の中で叫び、恐怖のままに戸を蹴破って走り去ってしまった。


 ユーカは戸惑ったが、すぐにサキトを追いかけようとした。


「ちょっと、サキト君、待って・・・」


すると、侍従のケンセリャニノフが彼女を止めた。


「王女様、追いかけなくて良いかと」


「ダメよ。食べ物あげるって言ったのにまだ果たせてないじゃない!」


「そもそも、王女様直々に助けていただいたことですら幸運なのに、王女様は彼にその後の生活保障までなさろうとされました。あの少年は自らそれを断ったのです」


「でも、困っている人を見殺しにはできないわ!」


彼の制止も聞かず、ユーカはサキトの後を追った。


 走り出したはいいものの、彼はこの世界に来てから全く休んでいない。少したって、またサキトは力尽きた。また痛い。全身とまではいかず、普通のこけた時の痛み。でも、疲労のせいで動けない。ユーカはすぐに追いつき、サキトを起こした。


「どうしたの、何か嫌なことでもあった?直すから・・」


サキトは彼女の手を振り払い泣き喚いた。


「離してください!どうせ俺とは関係ないのに、なんで関わってくるんですか!」


「それはあなたが苦しそうにしていたからよ!困っている人を見殺しには出来ないよ!」


「俺のことなんて知らないくせに・・どうせ俺は救貧院?かなんかに入れられるだけなんでしょ・・・」


サキトがそう言った瞬間、ユーカの表情が憐れみから怒りに変わった。


「俺のことなんて知らないって、それはあなたが自分のことを言わないからでしょ!そもそも、あなたを救貧院に入れるとは一言も言ってないわよ。自分勝手なこといわないでよ!」


サキトはそれを聞いてしょぼんとしてこう言った。


「だって、俺だって、自分からここにいるわけじゃないですよ・・・」


 サキトが自分の話をし始めた。すると、ユーカは態度を変え、先程の優しい表情を見せて耳を傾けた。


「自分からここにいるわけじゃないって、どういうこと?」


「俺、実は違う世界から来たんです」


サキトがこう答えたとき、

「違う・・世界?」


ユーカは少し戸惑った。


「それって・・・」


「あの、もしかしたら分かりにくいかもしれませんが、ユーカさんたちが住んでいる世界とは別の世界があって、俺、そこから来たんです。前の世界で死んでしまって、そしたらこの世界に・・・」


ユーカは思考がこんがらがるなか、こう言った。


「つまり、転生してきたってこと?・・それは本当?」


「はい。本当です」


サキトは正直に答えた。するとユーカはニッコリして


「ホントにいたんだ、転生者って!」


と、面白い物を見た時のような反応をした。


「あ、ええ?」


急に話し方と表情が高揚したユーカを見て、今度はサキトが戸惑った。


「サキト君って転生者なんだよね!?、向こうの世界はどんな感じなの?文化は?人間は!?」


「ええ、急にどうしたんですか・・」


「小さい頃におとぎ話で見たことが本当にあったなんて・・・詳しく聞かせてよ!」


ユーカが興味津々で詰め寄ってくると、後ろから、


「王女様、終わりましたでしょうか?」


と、ケンセリャニノフと御者がやってきた。


「ごめんなさい、今すぐ行くわ・・・サキト君もほら、私に話聞かせてね。行きましょう!」


「え、あはい!」


「はいって言ったわね。じゃあついてきて!」


サキトはいつのまにかユーカのペースに乗せられてしまった。

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