5 私は王女。
「結局何も説明されてないし、第一、ここはどこだぁー!」
乾いた草原の中、サキトは一人意味もなく歩いていた。深く広がる青空は、かえってサキトを突き放すように見えた。周りに家など見当たらない。サキトはこれが悪い夢だと思いたかった。しかし、現実は、そう甘くない。
特に仮面の人物から、「どの方角へ向かえ」や、「こういう人物を探して頼れ」などといったことは言われてない。
「全く、なんだよ椅子に関係あるものって!やっぱり何のヒントにもなってないじゃないか・・・。・・・ていうか、今考えると何であの時妙に冷静だったんだろ。普通もっとパニくるだろ、いや、パニくる通り越して発狂するだろ。口からブレーキ音出すレベルで発狂するわ。あんな暗い部屋で椅子に縛り付けられて、知らないやつから転生しろって言われて・・・とりあえず、ここはホントに異世界なのか?でも、ちょいちょい元の世界にはないものがあるんだよな・・」
などと、ぶつぶつ文句を垂れ流しているサキト。彼の周りには草原と青空が限りなく広がっているが、その空中に、いくつか小さな大地が浮かんでいるのが見られる。空に浮かぶ島といえるその上から、鳥の群れが飛んでいく様子も確認できた。
サキトはそれを見てどこぞの天空の城を思い出したが、特に楽しい気持ちにはなれなかった。
他にも、鳥にしてはかなり尻尾と首が長く、コウモリのような翼と四本足を備えた飛行体を目にした。
(あれがもしかして・・ドラゴン!)
サキトはここが異世界だと、ゆっくり理解していった。
しかし、どこまで歩いても「椅子に関係あるもの」の椅子さえ見つからない。さらに、この世界にきてからというもの、何も食べていなかったので、普段は少食のサキトも、流石に腹が減った。
歩き続けてやく二時間。ついに、サキトは行き倒れた。また、体が動かない。腹が減りすぎて声も出せない。
(え、また死ぬの?。転生したばっかりなのに?せっかくまた生きれるっていうのに?・・・)
何故だか涙が止まらなくなったサキト。と、同時に部活のメンバーの顔が次々と頭に浮かび、前にも見たような光景が見えた。今まで起こった出来事が流れるように鮮明に現れる光景。
(こんな事になるなら、もっと部活頑張っとけばよかった・・・。もっとみんなに優しく接していればよかった。・・・今更、何になるって。こんな事考えても)
殺された時は、じっくり考えることができなかった自分のしてきたことを彼は反省していた。そして、サキトはボソッと呟いた。
「ママァ・・・今まで、ありがとう・・・」
転生皇帝の異世界覇道〜完〜
と、息を引き取ろうとしたとき、向こうから男の声が聞こえた。
「おい、平民、そこを退かんか!・・・っておい、聞いてるのか?」
(なんだよ。こっちはそれどころじゃないんだよ。飯をくれ飯を・・・そうだ、コイツに飯をもらおう)
サキトは自分のことで精一杯で全く気が付かなかったが、どうやらすぐ後ろまで馬車が来ているようだ。馬の吐息がブルンと音を立てている。さっきサキトに命令した男は、御者だった。しかし、サキトは全く動けない。見兼ねた御者がこちらへ近づいた。
「おい、第二王女様の馬車が通る。せめて道の端に寄ってくれ」
御者がサキトの手を掴んで道端へ引きずろうとすると、サキトは、今日二回目となる最後の力を振り絞って御者の手を掴み返し、
「助けてくだぢゃいい、ご飯をぐだぢゃいい・・!」
と、なろう主人公初(か、どうかは知らない)の乞食行為を行った。
「おい!何するんだ、離せ!お前、乞食か・・・ってお前、乞食のくせに力有り余ってるじゃないか」
「め〜し、め〜し」
サキトたちが退く退かないの攻防を繰り返していると、馬車の中から一人、麗しい衣装に身を包んだ人物が降りてきた。彼女は全く出発しない御者を咎めようとはせず向こうから彼に言った。
「どうしたの?何か大変なことでもあったの?」
まろやかで、透き通って、なおかつこころの強さと優しさが秘められたような美しい聲をしていた。聲をしっかり聴いてないサキトでも、その聲の持ち主がどういうこころを持っているか、はっきりとわかるくらいだった。
御者はサキトを投げすて、彼女の方へ向かい、体をすくめて言った。
「申し訳ございません、第二王女様・・・何せ、乞食がなかなか退かないもので、・・・」
「乞食?・・・こんな草原の中で珍しいね。どうしたのかしら」
その会話を聞いていたサキトは、うつ伏せで倒れながらようやくあることを考えた。
(第二王女・・?何だそれ・・・。え?本物?腹減ってて聞いてなかったけどなんか言ってたような・・。よく見たら馬車が豪華だな。・・・あ、食料、食料奢ってもらおう!この際相手が王女でもいい!)
第二王女という、普通に助けを請えば今後この世界で生きていく上でとても心強い味方になるであろう人物との出会いをみすみす無駄にしてしまいそうな事を考え出すサキト。サキトは最後の搾りかすのような声でその第二王女なる人物に食料をねだろうとして、彼女の方を向いた。その瞬間、サキトは固まってしまった。
さらさらとした金髪。透き通るようなだけれども程よく白い肌。絶世の美女というと言い過ぎだが、整った顔立ち。水晶玉のように優しく澄んだ瞳。歳はサキトとさほど変わらないであろう。誰もが一度は「可愛い」と、感想を述べるであろう容姿を目の当たりにしたサキトは、何も言えなくなり、心臓の鼓動が速くなった。彼女に乞食行為をしようとした自分を恥じる。
すると、彼女はサキトの方に歩み寄ってきた。異性とまともに関わったことのないサキトは、沸騰しそうな頭を何とか抑えて、平静を装おうとする。サキトの眼は、御者と争っていたときのような今にも死にそうな色から、想いをよせる人物に向ける眼差しに変わっていた。彼女はしゃがんで、まだ倒れているサキトと目線を合わせた。
「はじめまして。私の名前はユーカ。あなたのお名前は?」
サキトは空腹で死にそうなことを忘れたかのように童貞臭くおどおどと答えた。
「え、あ、は、はい、さ、ささささサキトです・・・」
そしてユーカはこう言った。
「サキトさんね。私の家に来る?丁度帰るとこだったの。そこなら食べ物、沢山ありますよ」
「え、い、いいんですか?いや、でも・・・」
サキトがそう聞くと、
「大丈夫。私はこう見えて王女だから。貰い物のお菓子ならたくさんあるの。さ、早く乗りましょ!」
ユーカはサキトに手を差し伸べた。
サキトは驚きつつもユーカの手を握った。