4 タイトル通り転生
どれだけ時間が経っただろう。五分経ったか。十分経ったか。
しかし、秒針は十秒しか動いてない。サキトは一瞬だけ、今まで自分が出会った全ての人物の顔を不意に思い出した。そして気がつくとサキトは地面に転がっている血まみれの自分の頭と、おかしな方向に曲がった体を俯瞰で眺めているようだった。
臭いが感じられる。生臭かった。サビに似た匂い。
「どうなってんの?」
血まみれの頭に付いている目は白目を剥き、その役割を果たしていない。なのに、それを外から、上から見ている。体で痛いところは全くない。体の感覚がなくなっている。そして、今までにない浮遊感を感じた。サキト自身は『殺された』という怒りは全く感じなかったようだ。むしろ、『死んだ』と言う事に対しての驚きが大きかったのかもしれない。まあ、最も、理解が追いついていないのだ。
「体に戻らないと!」
咄嗟にそんなことを思った。
目線はどんどん上がっていった。
どうしようもなかった。
あれだけ生臭かった周囲の空気は、意識と共に徐々に薄くなっていった。
「あのドラマ、最終回まで見たかったな・・・」
サキトは全てを悟った。諦めた。ベタな台詞を言って。
え?誰?。意識を取り戻したサキトの感想はこれだった。サキトは椅子に座っていた。あたりは真っ暗だった。
「君にはすこし、私の話を聞いてもらおう」
目の前には、黒色のマントを羽織り、顔を仮面で隠し、金の装飾を体中の至るところにあしらった、特撮物に出てくる敵キャラのような見た目をした人物が立っていた。
それを目の当たりにしたサキトは恐怖に怯えながらもあることに気がついた。空気がある。息ができている。体の感覚が生きている。あちこちに痛みを感じる。浮遊感は全くない。代わりにとてつもない重さと気だるさを押し付けられている。気づいたとて、なんの得があっただろう。それはサキトをより締め付けるだけだった。感覚があるのに動かない手足は、鎖で椅子に縛り付けられていたのだった。
この時サキトは気がつかなかったが、サキトが縛り付けられているこの椅子、ただの椅子にしてはかなり豪華であった。柔らかく、この上で寝たくなるような心地よさが備え付けられた座面。優しい曲線を持つ肘掛け。そして、複雑で華美流麗な植物の彫刻。背もたれには、何かの紋章らしきものがつけられていた。
かと言って、サキトがいい気分かといったら大間違いである。
(なっ、なんで動かないんだよ・・・ああっ!)
少しでも力を入れて動かそうとすると、とてつもない気だるさがサキトを襲う。痛みと苦しさは、サキトの口から喋る機能を奪い、頭に思考停止を強制した。
「喜べ。きみは死んだけど生きているからね」
死んだのに生きている?また訳の分からない事を言われ、脳が働かない頭にさらに負荷がかかる。サキトは最後の力を振り絞って叫んだ。
「あなたは誰ですか!・・・なっ何がどうなってるんだ!」
「おっと、痛みを取るのを忘れていたね。すまないすまない」
仮面の人物はサキトの額に指を触れた。しばらくして、
サキトの五体からゆっくりと、すべての痛みが残らず溶
けるように消えていった。
「?・・・」
(何が、どうなって・・・)
特に薬を与えられた訳ではない。包帯を巻かれた訳でもない。なのに、サキトの体は痛みを忘れた。
「これで大丈夫かな?」
「う、ウエッヘ、ゲッホ・・・」
全ての苦しみから解放されて、サキトはようやく口を開くことができた。しかし、まだ手足は鎖で縛られているように動かない。サキトはパニックになっていた。
「あの、もう一回聞きますけど、あなたは誰ですか。で、どういうことが起きてるんですか。あと、ここはどこでなんで手足は動かないままなんですか!」
矢継ぎ早の質問に、仮面の人物はゆっくり優しく答えていった。
「わかったわかった。混乱しているようだね。大丈夫。危害は加えない。まず、私の名前だが、
アメノヒツク
とでも読んでくれたまえ。神だ」
「は、はい・・って神?」
一応、返事はするサキト。
「それでだ。サキト君、君は死んだ。・・・しかし!私は君にチャンスを与えようと思う」
「はい・・・」
「じゃ、転生してね。いってらっしゃーい」
仮面の人物は嬉しそうにいきなりこの真っ暗な空間の、どこからともなく現れたドアを開き、サキトを椅子ごと持ち上げ放り出そうとした。サキトはさらに混乱した。
「いやいやいや!なんで、なんでいきなり・・ストップ、ストップ!ていうか、転生ってなんですか!」
「はっはっは、ごめんごめん。まあ、君には人生をやり直すために異世界へと転生してもらうよ」
仮面の人物はあっさりと言ってサキトと椅子を戻した。
「え?異世界?ていうか、俺はどうなって・・死んだんですか?」
「さっきから言ってるじゃないか。君は、七月の卓球大会を控え、練習中のパワハラを逆恨みした後輩に窓から突き落とされて亡くなった、当時十五歳の半沢サキト君だ」
「は、はあ・・・?」
サキトはようやく少しだけ理解した。でもなんで?俺は何も、アイツらに悪いことなんて・・・。サキトの頭の中にはその考えが浮かんでいた。そして、目の前の人物はサキトを責め立てた。
「自分の行いを客観的に見れていない時点でダメだな。君は何をした。他人の意見を聞かず、勝手に部活を運営しただろ?力に物を言わせて部長を不登校にしただろ?そして、逆恨みで殺されただろ?」
「それは、そ、それは・・・そうでもしないと部活が良くならないから・・・」
サキトはこれ以上言い返せなかった。
「そんなに何かを良くしたいなら、君に命ずる」
そして、仮面の人物はこう言った。
「全てをやり直し、異世界で君主となれ。君には異世界の歴史に名を残す人物に」
「あ?え?君主・・・?」
サキトの頭の中はより多くの疑問符で溢れかえった。
「え?どゆこと?いや、それ以前に、どうして俺はまだ椅子に縛り付けられているんですか?」
「うーむ、まあ、どのみち、君は椅子を死守することになるからね。慣れといた方がいいんじゃない?」
「どういう意味ですかそれ」
「あと、転生後は君の前に、椅子に関係あるものが現れるからね。覚えときな。・・・さ、目を閉じて」
仮面の人物はそう言ってサキトから離れていった。
「はい・・・・・・」
(結局、何も詳しく説明されてない・・・)
サキトはゆっくり瞼を下げた。
十秒ほど経ってサキトは目を開けた。先程までサキトを掴んでいた椅子は無くなっていた。サキトは途方もなく広がる草原の道中に一人ぽつんと立っていた。
カラッとした空気、爽やかな風。少しの雲と、吸い込まれそうになるくらい綺麗な空。
ここは異世界。科学と魔法が並立した世界。
いたずら好きの神が、多くの転生者を送り込んだ世界である。