自称“幽霊が見える子”
村上アキは、健康な高校生男子だ。
だから健全なレベルでモテたいと思っているし、可愛い子を見れば話してみたいとか仲良くなりたいとかあわよくばデートをしたいとかも思っているし、その先だってもちろん期待していたりする。
ただ、まぁ、「自分にはナンパなんて絶対に無理」というくらいのレベルには内気で、気になる子を目の前にしても話しかけるくらいしかできなくて、デートに誘うなんてとてもじゃないが無理そうだった。
その日、彼は偶然帰り道に会った同じクラスの河合さんとお喋りしながら帰っていた。他愛ない会話はそれなりに盛り上がり、自然な流れでデートにくらいなら誘えそうな雰囲気にもなっていた。
ただ、やっぱり彼にはその勇気が出せず、やがては別の道に行く所にまでついてしまって、そのままさよならをしたのだけれど……
一人になった後で、思わず独り言を漏らす。
「あー、惜しい事をしたかなぁ?」
或いは、彼女も誘って欲しいと期待をしていたのかもしれないし。
そんなタイミングだった。
「相変わらず、凄いオーラをしているわねぇ、村上君」
背後からの突然のその声に、彼はビックリしてしまう。見ると、そこには仏木さんという名の同じ学年の女生徒がいた。
「うわ! 仏木さん! いつからいたの?」
「わりとずっといたわね」
「後をつけていたの?」
仏木さんは校内ではちょっとした有名人で、そんな彼女は何故かよく彼に話しかけるのだった。
いや、“何故か”と言うのは語弊がある。理由は明白だからだ。ただ、村上からしてみれば理由を聞かされても“何故か”と付けざるを得ないのだけど。
彼女は言った。
「だって、それだけの凄いオーラを身に纏っていたら、嫌でもわたしには目に付いてしまうもの」
そう。仏木さんは、いわゆる“見える系”を自称しているのだった。幽霊やらなんやらといったものが視覚できるのだそうだ。それが本当かどうかは分からないけれど、少なくとも彼女は非常に説得力のある外見をしていて、彼女のその主張を信じている人も意外に多い。
仏木さんは、続ける。
「あなたのそのオーラのお陰で、今日も不浄霊が浄化されていたわ。無差別除霊ね」
「なんかそう聞くと“無差別殺人”みたいだね」
「あー、不浄霊の立場からすればそうかも」
「止めてよ。なんか理不尽に罪悪感を感じちゃいそうだから」
「感じる必要はないわよ。良い事をしているのだから。いい加減、その力をもっと積極的に使ってみない?」
実は仏木さんは、村上をずっと勧誘しているのだった。
“あなたには物凄いオーラがあって、たくさんの不浄霊を浄化できるから、霊障に苦しむ人達や霊達を助けてあげるべきなのよ”
とか、そんな事を言って。
ところがどっこい、村上はそんな話は信じない性質で、「いや、知らないよ」と、ずっと断り続けているのだ。
「いやいや、僕にはそんな力なんてないよ」
「あなたは鈍感だものね。信じられないのは分かるわ。でも、事実なの。わたしには見えるのだもの」
「そんな事を言われてもさー」
村上は優しい性格をしている。だから、彼女の主張を真っ向から否定するのはできる限り避けたいと思っていた。が、こうまでしつこいと流石に一度言っておかなければならないと、その時心を鬼にして口を開いた。
「そもそもね、君が見ているものって一体なんなのさ? オーラとか霊とか言われても何の事やら分からないよ」
彼としては彼女を困らせてやろうと思っていたのだけど、少しも動じず彼女は即答するのだった。
「それはわたしにも分からないわ」
「“分からない”って、そんな無責任な」
「そう? それじゃ聞くけど、あなたは自分の見ている物が何なのか説明できる? 光があるから見える。空気が振動するから音が聞こえる。そう言われてはいるけれど、あなた自身が確かめた訳でもないでしょう? もし、科学が発達していなければ、きっと何にも分からないと思うわよ?
わたしの場合もそれと同じなの。何なのかは分からない。それでもわたしには見えてしまう」
「そんなの、ただの幻かもしれないじゃないか」
「そうね。そうかもしれない」
そう言うと仏木さんは笑った。いかにも心霊が見えそうな、顔色の悪い彼女が笑うと少し怖い。
「でも、それでも、わたしの言葉で救われる人はいる。わたしが悪霊がいると言い、それが祓われたと言えば、気分が良くなって元気になる人はいるのだから」
その説明に、村上はちょっと納得をしかけた。がしかし、少し考えて口を開く。
「でも、それ、別に僕じゃなくってもいいよね?」
「あなたじゃなくちゃ駄目よ。だって、オーラが違うもの」
「だから、オーラって何? それとも人畜無害そうだから、そんな噂が流れても悪い事しなさそうとかそういう事?」
それに仏木さんは少し止まると、
「ああ、それももしかしたら関係があるかもしれないわね」
などと言う。
「だから、迷惑なんだってばー」
村上はそんな情けない声を上げた。それに対して仏木さんは言う。
「まぁまぁ、あなたにだってきっと良い事があるかさ」
「どんな良い事があるの?」
彼には彼女の言う事がまるで信じられなかったのだ。
がしかし、本当に良い事はあったのだった。
「――村上君、一緒に帰りましょ」
放課後、校舎の前で河合さんがそう誘って来た。
先日のように偶然に会った訳ではない。間違いなく村上を待っていた。彼はその嬉しい不意打ちに舞い上がってしまった。いつもよりも自然には話せなかったが、それでも彼女は楽しそうにしていた。
そして別れ際、なんと彼女は彼の手を握って来たのだった。
ギュッと。
どうしてなのかは分からない。何故か彼女の方から急速に距離を縮めて来た。
彼女が去った後、顔を赤くした彼は胸をときめかせていた。
が、そんなタイミングで声が聞こえる。
背後から。
「ね? 良い事があったでしょう?」
その突然の声に、村上はビックリしてしまう。
「うわ、仏木さん。どうしたの?」
また、彼女だったみたい。
「あなたのオーラが……」
「それはもういい」
うふ、と笑うと彼女は言う。
「とにかく、ちゃんと良い事があったでしょう?」
「良い事って、確かにあったけど、オーラが何たらとはまったく関係がないじゃない」
「それがあるのよ」
そう言うと仏木さんはにやりと笑う。
「河合さんね、霊障に苦しんでいるんだって、だからわたしはアドバイスをしてあげたのよ。
村上君は凄いオーラを持っているから、身体に触れればきっと霊は祓われるって」
その説明に村上は目を大きくした。
「彼女が握手したのって、除霊目的だったの?」
「そうよ。彼女、喜んでいたでしょう?」
「そういうのでモテても、何の意味もないんだよー」
彼はそう言って苦悩する。
「いや、この際、切っ掛けは何でも良いじゃない。それを利用して仲良くなっちゃいなさいよ」
仏木さんが慰めるように言うと、
「インチキで仲良くなっても仕方ないんだよ!」
と、ちょっと怒って村上は返す。
“本当の話なんだけどなー”
と、そんな彼を見ながら、仏木さんはそんな風に思っていた。