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そのときはもう、  作者: 芳田文之介
3/3

第三話




「キミさ、ややこしい事態に直面すると、いつも、あれだね」


ふだんから、ぼくは上司に、しばしば、こうたしなめられる。


「見て見ぬふりを決め込むよね。だから、仕事ができないんだよ。もっと、現実を直視して事態に取り組むようにしないとね」


まったく、ぼくってヤツは、いつも、そう。ややこしい事態に直面すると、現実から目を逸らす。それだけに、そうやって、事あるごとにたしなめられる。


変わらないといけないと思っていても変われない……それじゃ、ダメじゃん、と頭ではわかっている。でも、心情としてはやっぱり首を横に振ってしまう自分がいる。


でもそれは、生まれつきの性分。したがって、谷中の不作……。


というわけで、ぼくは改めて、さっきのつづきをこころみる。要は、ベッドに向かおうと。だが――。


どうしたことか、てんで足が動かない。これでは、ベッドに向かどころか、おしっこにもいけやしない。


どういうことよ。ムッとして、唇を尖らせる。


天の不興を買って、体にまで異変?


そんなバカな……いや、ちょっと待て。もしかすると――。


思い直したとたん、胸が鈍くうずいた。ふいのうずきに、ぼくは、いささかめんくらう。


あたかも「今朝は、目を逸らさないで、ちゃんと見ていようね」という、「何か」の意思が働いている、という気がしたような、しないような……。





わかりましたよ、見ればいいんでしょ、見れば。半ば捨て鉢気味に、ぼくはつぶやき、しょぼい眼差しを、改めて、天に向ける。


うわあっ!! な、なんだ、これ⁇


見れば、天上に、コバルトブルーの道――のようなけしきが。


さっき、やや広がっていた切れ目が、コバルトブルーの空に蚕食されるようにして、それ以上にもっと広がり、まるで空の中道らしき様相に一変していたのだ。


この蠢動するドス黒い雲という高波は地上から見守るぼくに不気味なしぶきを浴びせ、ぼくのか弱い心を大いに揺さぶるのであった。


なんてぼくは、柄にもなく、キザなセリフを並べ立てる。どう考えたって、そんな悠長な夢想などしているいとまはないというのにだ……。


にしても、いったい、この様相は?


首をかしげたぼくはふと、既視感を覚える。


人間の想像力は自分の生きている世界に忠実に立脚している――。


これ、だれのことばだっけ。それは、まあ、ド忘れしちゃったけれど、とにかく、そういうことらしい。


その(ひそみ)(なら)えば、それほど経験値を積んでいないぼくが想像するのは、せいぜい、あれぐらい。


海が二つに割れるという、かつて見た映画のワンシーン――そう、モーゼの十戒の映画の、あのワンシーン。


ぼくが覚えた既視感というのは、とりもなおさず、神話を題材にした映画の、なかんずく名場面だったようだ。


ただ、あの神話で海が二つに割れたのは、カミが、民を救うためだった。


でもぼくは、ぼくだって民のひとりだというのに、それどころの騒ぎじゃない。なんといっても、てんで足が動かないのだから。


これって、やっぱり、「何か」の意思が働いているってこと……はは、まさかね。




つづく



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