ロボットに愛情を注ぐなんて
その工場には、たくさんのロボットが働いていた。ペシャンコの、まるで円盤型の台車が生命を持ったかのようなそのロボット達は、倉庫内の荷物の持ち運びから簡単な掃除までこなす汎用ロボットで、今では工場にとってなくてはならない存在だ。
パート勤務している猪俣さんはそんなロボット達の世話係で、同時に指示をする役割を担ってもいた。オイルを差したり、くたびれた部品を交換したり、彼女はロボット達の面倒をよく見ていた。彼女にはほとんど喋らないと言う変わった特質があったのだが、ボディランゲージや表情で察するのか、ロボット達は問題なく彼女の指示通りに動いていた。
「これこそ、愛情の為せる業だ」
そんな彼女の働きぶりを、工場の他の職員達はそんな風に高く評価していたりした。実際彼女はロボット達に、犬かなにか、否、下手すればまるで子供のように愛情をもって接していたのだ。
ところがどっこい、そんな彼女の働きぶりを、新しく親会社から赴任して来た工場長の海原さんは気に入っていなかったのだった。
彼は工場長という立場ではあったけど、実を言えば現場を経験した事はなく、典型的な天下り型の上司だった。プライドは高いのだけど、現場で役に立つようなスキルはあまり持っていない。だからこそ、却って役に立とうと気負うようなところがあり、それで猪俣さんの働きぶりに関しても思わず口を出してしまったのかもしれない。
「ロボットというのは、ただただプログラミングされた通りに動くだけの機械に過ぎない。愛情を注ぐなど馬鹿げているよ。それはテクノ・アニミズムというものだ。効率が落ちるだけだから止めなさい」
しかし猪俣さんはそう命令されても、ロボットへの対応を変えなかった。それもそのはず、彼女は意図的にロボット達に愛情を注いでいるというよりは、彼女の自然な性格から出た自然な行いをしているだけなのだ。
一生懸命に働いてくれているロボット達を、道具扱いなどできはしない。
そんな彼女に海原さんは、大いに不満があったのだけど、立場を利用して大人しく従わせる事もできなかった。無理にやれば、パワハラになってしまう。だから仕方なく、彼は見本を示そうと、自らロボットの指示をやり始めた。
ほら、こういう風にやるのだよ。愛情など不要だろう?
そう見せてやりたかったのだ。
ところがどっこい、ロボット達は彼の思ったようには動かなかったのだった。命令すればその通りに動こうとはするが、積極的に彼の意図を汲み取って働くような真似はしない。技術力が不足している? 彼はそう思おうとした。がしかし、猪俣さんは喋らないで指示を出しているのだ。言葉を発している自分の方が有利なのは明らかだった。
「信じられん。一体、これは、どういう事なのだ? ロボットはプログラミングされた通りに動くだけのはずなのに」
そう首を捻る海原さんに、叩き上げの副工場長は「それが、そうでもないのですよ」とそう言った。
不思議そうな顔を見せる海原さん。
再び口を開く副工場長。
「昨今のロボットは、実は自動学習機能によって仕事を覚えさせる場合がほとんどなのですよ。そして、そのロボットの本能とも呼べる基盤には生存本能もあります。
ですから、当然、自分に優してくれる存在を好むという特性も生まれます」
戸惑った表情で、海原さんは言う。
「つまり、愛情を注いでくれる相手の指示により従うという事か?」
「その通りです」と、それに副工場長。
ロボットに感情はないと人は言う。もちろん、ここで想定されたロボットの行動パターンは人間の感情とは違うだろう。機能的な理由から派生した行動パターンに過ぎないのだから。
だがしかし、そう言うのであれば人間の感情だって充分に機能的だ。
例えば、海原さんがプライドに拘ったのは、優れている点を示して雌を獲得しようという雄の本能に基づいているし、猪俣さんがロボット達に愛情を注ぐのは間違いなく子育ての本能が強く影響している。
このように考えた場合、果たしてロボットに感情がないと言い切れるのだろうか?
自らの概念が破壊された海原さんは、愛情たっぷりにロボット達のを世話をする猪俣さんを複雑な表情で眺めていた。