表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/57

3話 この方法しかなかったの

 逃げ出したオーガが坑道入り口を出ると、小屋の方に走っていく。


 私たちも外に出て奴を追い掛けるけど、本気で逃げるオーガは相当に早い。

 一歩の幅が人間の倍くらいあるのだから早くて当たり前ね。


「こらこらぁあ、人間相手に逃げ出すなんてッッ。魔族は所詮こんなもん? 大したことねぇ? 全然役に立たねぇーなぁああ!!」

 オーガの逃げる先に黒いもやが出ている。

 その空間が歪んだように見えて人が出てきた。


 いや人じゃない? 魔族?


 赤黒くて端正な顔立ち、切れ長の眼で眉やまつ毛が赤い。

 髪は赤毛と黒毛が混じっていて逆立っている。


 上半身は裸で顔と同じく赤黒い。

 下半身は真っ黒に塗りつぶされたようでまるで影絵のようだ。


「はーいはい止まってぇ。止まれつってんだよぉおおー!!」

 赤黒い人外はオーガにがなり立てた。


 我を忘れて走っていたオーガが赤黒い人外に驚いて目の前で転んだ。


「あはぁ、何かもう君はダメだねぇ? そうだねぇ? 命終らそうねぇ!」

 狂ったような笑みを浮かべて、半分も理解できないことを叫ぶとオーガに腕をかざした。


「あぁはあぁぁああ!」

 トチ狂ったように叫ぶとオーガの全身が燃え出す。

 炎に苦しみもだえるオーガはすぐに動かなくなった。


「人間があぁ! 仕事の邪魔してんじゃねぇ? 焼却しようねぇ? 焼却だぁあああ!」

 訳の分からない事を叫んで笑みを浮かべながらこちらに歩いてくる。


 何よあれ! あんなの私見たことない!


 数々の土地に行き、友好関係を築くためにいろんな種族と会ってきた。

 それこそ魔族なんて大概のタイプは会ったことがあるのに。まだ見たことの無い種族がいるなんて。

 

 魔王や魔族の幹部たち、獣王や妖精王を見てきた私は何となく相手の強さを感じる事ができる。


 あれはやばい。

 ダメなやつだ。

 

 早く、少しでも早く神器に魔力を溜めないと!

 急いで背中のバッグから赤茶色の歯車を出すと胸に抱えて全力で魔力を注ぐ。


 狂った赤黒い人外はこちらに歩いてくる。

 尻尾がある。黒い尻尾だ。

 先端が……燃えている?


「あ、悪魔だ」

 ルートリアがつぶやいた。

「え?」

「悪魔だ、たぶん。本で見たがあの赤黒い顔、ルビカンテだ」


「てめえぇは! 何、俺の名前呼んでんだよっ!」

 叫びながら右手を振り払った。

 炎の突風に吹き付けられてルートリアが吹っ飛ぶ。


「くそったれ!」

 プレシオが槍尻を地面に突いて槍を蜻蛉切とんぼきりへと変える。


 不意にルビカンテの後ろの繁みがキラリと光って何かがルビカンテに飛んだ。


「んっ?」

 後ろからの攻撃にルビカンテが振り返ると奴の背中にナイフが刺さっているのが見えた。

 女性シーフが投擲したんだ。


 これを合図に、背を向けたルビカンテへデュクシたちが飛び掛かる。

「どうせ逃げても、オーガみたいに殺されんだろ? 殺ってやるよ!」


 デュクシの斧がルビカンテの右腕に直撃する。

 斧の刃は腕に食い込んだが多少の傷を負わせたくらいで止まってしまった。


 続けざまに他の戦士たちが切りかかる。ショートソードの2人が真っ黒な足に切り掛ったが、カンッと高い音がして弾き返された。


 さらに槍を持った2人が続けざまに突く。

 背中に当たった槍先が刺さったようだがそれもわずかだ。


 ぐるりんと顔だけ後ろに向けたルビカンテが大きく左腕を振り払った。


 飛び掛かった5人全員が炎の突風を受けて一瞬で吹っ飛んだ。

 近距離にいたデュクシとショートソードの2人はルビカンテが振り払った左腕の直撃を受けて槍士たちの倍くらいの距離吹っ飛んだ。


 い、今の直撃はヤバいんじゃない?

 バキンって変な音が鳴ったわ。


 それを見たプレシオが私の方を見る。

「どう? 奇跡はまだ起こせそうにない?」

「奇跡? あ、あと少しかな。それに間に合ったとしても万能じゃないから……」

「そうかあ。さすがにまずいよね、この状況。ちょっと行ってくるからさ、ケガしたら介抱してくれよ!」


 そう言うと蜻蛉切を持ったプレシオがルビカンテの方に走っていく。

 5メートル先にある槍先を前方に向けながら助走をつけると、横薙ぎに大振りを始める。


「うぉぉおおおおー!!」


 ゆっくりと横回転を始めた槍先が、後方辺りを過ぎた辺りから急加速してルビカンテを襲う。

 

 目を見開いたルビカンテが左腕で攻撃を止めようと構えるが、猛スピードで直撃した槍先が構えた左腕を切り飛ばしてさらに刃先が胴体にめり込んだ。


 腕が切り飛ばされるという状況にルビカンテは驚いたのか、意外そうに切り飛ばされた腕の切断面を見ている。


 急に顔を歪めるとデュクシの斧が刺さったままの右腕で蜻蛉切を掴んで振り捨てた。


 蜻蛉切を握っていたプレシオがかなりの距離を吹っ飛んで木に激突する。


 死んじゃう。

 皆が死んじゃう。


「まだ俺がいる」

 炎で吹っ飛ばされたルートリアが立ち上がって剣を構えた。

 炎を受けた正面は一様に軽いヤケドを負っている。


 早く魔力溜まって! 早く! 早く!


 神器の中央部分を確認するがまだ青いままだ。

 魔力が溜まれば中央部分の石が白くなる。


 私は胸に抱えた神器に全力で魔力を注ぐ。

 

「最後に勝てばいい。俺は時間を稼ぐ。レイナ、後を頼む」

 右手に青白いショートソードを構えたルートリアがルビカンテに突貫とっかんする。


 それを見たルビカンテはへらへらした狂った笑みを止めた。

 奴もルートリアの剣はヤバいと分かったようね。


 右腕を前にして構えたルビカンテがトンと地面を蹴って一足飛びでルートリア前に移動すると、右手の爪を揃えて心臓目掛けた手刀を繰り出す。 

 

 迫りくる手刀にルートリアが左手を当てて斜め後ろに躱すと、そのまま青白い刀身がルビカンテの手刀に向けて振り下ろされる。


 刀身が一瞬だけ青く輝く。


 そのままルビカンテの右腕に当たると、豆腐でも切るかのようにすっと刃が入って地面に右腕を切り落とした。


 左手に続き右手も失ったルビカンテはそれでも動揺した様子はない。


 小さく体を捻りながら右足を蹴り上げた。


 ショートソードを持つルートリアの右腕が蹴り上げられると、ボキンと鈍い音が鳴って持っていたショートソードが後ろへ飛んで行った。


 ルートリアの右腕は変な方に曲がり、力が抜けたように肩から垂れ下がっている。


「逃げろ、レイナ。逃げろぉぉ!」


「やめてぇ! お願いもうやめてぇ!」


「おいおいうぅぉおいお前! 両腕切り落とされてこのザマアだぜぇ? やめる訳ねぇだろがぁぁああ!!」

 狂った笑みを浮かべたルビカンテがこちらに歩いてくる。


「行かせるか!」

 左手に握った青白いナイフでルートリアがルビカンテの足首を切りつけた。


 ナイフの刃は青く光った。


 が、さっきの様にダメージを与えることはできず、カンッと高い音がして弾き返された。

 

 ルビカンテがルートリアの方へ振り返るとニタァと笑った。

「俺の足はダメージを負わないんだ。ムテキィってねぇ。……お前は骨まで燃やす」

 笑うのを止めてルートリアの目の前に大火球を作り出す。

「燃えて無くなれぇぇぇえええ!!」


 ルビカンテが叫んぶと同時に、見つめ続けていた神器の真ん中の石がやっと白く変化した!


 溜まった!! ついに魔力が溜まった!!


「ルビカンテ、お前の負けよ!」




 私は神器の力を開放した。




 胸に抱える赤茶色に錆びた歯車から虹色のまばゆい光が周囲に放たれた。


 ルビカンテはこちらを見てきょとんとしている。


 赤茶色の歯車は私の胸の前で宙に浮くと、その周りに沢山の透明な歯車が出現した。

 透明な歯車の外側に、直径2メートルで内側に歯を備える黄金色の細い円形枠が出現する。

 

 歯車のどれかが動けば互いに動きが伝わる状態ですべての歯がかみ合っている。


 私は外側にある黄金色の円形枠を掴んで少し回す。

 円形枠の内側の歯が、噛み合わされた透明の歯車に回転を伝えて全ての歯車が動きだした。

 透明の歯車と噛み合う中心の赤茶色の歯車が、くるりと1回転するとカチリと音が鳴った。


「『宛先』は目の前の悪魔。『件名』は、私が死ぬまで私の下僕となる事」


 一区切りさせてから付け加えた。


「以上、尾根ギアします」


 小さく頭を下げた。


 その瞬間、ルビカンテの足元から巨大な白い光の柱が立ち上り空まで伸びた。


 ルビカンテは急に虚ろな目になり、目の前に出していた大火球が消失する。

 棒立ちになると一言つぶやいた。


「わっかりましたよぅ」


「ルビカンテに命じるわ。そのまま待機して。私が許可した対象以外には誰にも何も働きかけない事」

「わっかりましたよぅ」


 返事がおかしいが命令に従っているみたい。

 変な受け答えは元からみたいだ。


 役割を終えた神器を急いでバッグに入れて背負いながら、ルートリアのもとに駆け寄る。


「ルートリア! 大丈夫なの!?」

「た、助かったのか? 奴は立ったままだが、これは一体どういう状況だ?」

「もう大丈夫よ。私が終わりにしたわ。それよりもケガはどうなの?」

「命に別状はない。腕はかなり痛いが」

「ポーションは空間収納のバッグよね?」

「ああ、プレシオが持っているはずだ」

「ちょっと待ってて、プレシオの様子も見て来るわ」

 ルートリアを座らせるとプレシオのもとへ走る。


 プレシオが吹っ飛ばされた方向へ走っていくと、蜻蛉切を揺らしながら走って来る彼の姿が見えた。


「レイナ! 大丈夫か? 奴はどうなった?」

「私は平気よ。あいつは私が支配したわ。それよりルートリアやデュクシたちがダメージを受けているの。ポーションがあったら貰える?」

「し、支配!? ……ま、まあ後で聞こう。ルートリアを頼む。俺はデュクシたちの所へ行こう」

 そう言って、ポーションを2ビン渡してくれた。


 急いでルートリアのもとへ戻るとポーションを渡して、2ビン続けて飲んでもらう。

 

 ヤケドは大体完治したようだけど、折れた腕は瞬時には治らないみたいだ。


 肩が外れて脱臼していたので嵌めるのを手伝った後、折れた腕を当て木で固定する。「綺麗に折れているからすぐ治るだろう」と言っていたが見ているこっちが痛く感じた。


 プレシオは吹っ飛んで木に激突したが、打撲のみだったのでポーションで全快したようだ。


 近くにいた女性シーフ2人がプレシオと一緒にデュクシたちを介抱している。


 近距離で直撃を食らったデュクシと剣士2人は腕や肋骨の骨が折れていたが、何とか町へ帰還できる程度には手当できた。


 大方の応急手当が終わった後、全員でルビカンテの所に行く。

 私と女性シーフたち以外の皆は酷い目に遭わされたので、一様に恐る恐る近づいていた。


「大丈夫よ、安心して。この悪魔は私の命令に従う下僕にしたから。人に危害を加えないように命令してあるわ」


「下僕……命令……」


 全員の目がルビカンテから私の方を見た。


「ちょっと、変な目で見ないでよ。事情を聴き出すにはこれしかなかったのよ!」


 これは皆に説明が必要だわ。

 そうでないと変な誤解をされてしまう。


 あれだけ私たちを苦しめた凶暴な悪魔をあっという間に下僕にして、素直に命令に従わせているのだもの。


 でも、この分だと皆に誤解されないように説明するのはとても苦労しそう。


 うまく説明できるかしら……。


※誤字脱字などがありましたら、ご連絡いただけますと大変助かります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ