4話 浮浪者だった女を彼らは一体どうしたいの?
プレシオとルートリアの後に続いて会議室を出た私が、冒険者ギルドのフロアテーブルにいる冒険者3人組の横を通ったときだった。
「きゃあ」
つまずいて転んでしまった。
何で? いくら能力が低い私でも何もない所で転んだりしない。
床にうつ伏せで倒れたまま足元を見ると、冒険者の1人に足を掛けられていた。
「おいおい、何でてめぇみたいな奴が入り込んでんだ?」
「ここは浮浪者がくるような所じゃないんだよ」
「俺たちは仕事をしに来てんだ。お前みたいな仕事をする気もないクズが来る場所じゃねぇんだ」
好き放題に罵られた後、私を転ばせた冒険者に脇腹を蹴られた。
こういう態度で絡まれるなんて正直慣れっこだった。
だって自分でこんな格好をしているんだから。
路地裏にいたときも私をクズ扱いする奴らばかりだった。
それに仕事もせずに毎日毎日座り込んでいたのも事実だ。
私は起き上がれず、黙って俯いたままだった。
「大丈夫か?」
プレシオが抱き起こしてくれた。
「おい貴様、我々の大切な仲間に随分な事をしたな?」
ルートリアが奴らの前に出て庇ってくれる。
「うるせぇ! お前らがこんな汚ぇ奴を連れて来たのが悪い」
「ゴミは早く処分してくれよ?」
「あははは」
ブチッ
何かが切れた音が聞こえた気がした。
凄い形相のルートリアが、私の脇腹を蹴った冒険者の胸倉を掴んで椅子から立たせた。
「な、なんだよ!」
慌てる奴の胸倉を掴んだまま蹴りに近い足払い仕掛けて転倒させた。
「いだっ」
ふくらはぎを蹴り上げられて仰向けに倒れている奴の脇腹へ続けざまに蹴りが入った。
「ぎゃあッ」
悲鳴を上げた後、声も出せずに悶絶している。
隣にいた連れの男性が慌てて立ち上がる。
「て、てめぇ! 俺の仲間に何をしやがる!」
「何をしやがる? 貴様の連れが私の仲間にした事をしたんだ」
ルートリアに冷酷な目で睨まれて虚勢を張る男性は黙り込んだ。
相手よりも一回り大きい長身のルートリアから威圧されて相手も目を逸らす。
「ちょっとあなた方!」
冒険者ギルドの受付嬢がケンカの現場に割って入った。
「見てましたよ。最初に彼女へ足を引っ掛けてもめ事を起こしたのはあなたですよね」
受付嬢の指摘も容赦がない。
ルートリアにふくらはぎと脇腹を蹴られて横向きに悶えている奴に向かって、見下ろしながら断罪した。
「くそが!」
絡んできた3人組が悪態をつきながら建物を出て行った。
「あなたも誤解されるような恰好で来るのは控えてくださいね」
受付嬢は私に指摘してから受付に戻って行った。
「助けてくれてありがとう」
「ケガはないか?」
ルートリアが心配してくれる。
「大丈夫みたい」
「またもめ事が起きても困るからさ、まずはレイナの服を買いに行こうぜ」
実力を見せる前に買い物に行こうとプレシオが誘ってくれた。
会議室で私は契約だと言ったのに、さっきルートリアは私の事を仲間と言っていた。
ケンカの勢いで言っただけなんだろうけど、それでも仲間と言われたのは少し嬉しかった。
裏切らない仲間、そんなの神器で要求すれば簡単に増やす事ができる。
それは分かっているのに、神器で裏切らない仲間を増やしても、心のどこかでそれって仲間とは言わないと思っている。
傷つきたくない気持ちがあって、でも神器の力を使うのは違うだろうという思いがあって、それで今まで自分1人で何とかしようとしてきた。
きっと私は本当の仲間に憧れているんだ。
まずは私の服を買うために冒険者ギルドを出ることにした。
それが終わってから2人の実力を見せてもらう。
新しい服か。
冒険者の服を着ているプレシオとルートリアに並んで歩くなら、町で着る普通の服は違和感があるかな。
冒険者ギルドから出た後で2人に聞いてみる。
「服を買うなら、普段着よりも2人と同じ冒険者向けの物を買うべきよね?」
「冒険者の服と替えの服の両方を買えばいいと思う」
私の質問を聞いたルートリアは、何でそんな質問をするんだろうと不思議そうな顔をした。
そんなこと言われても、今までの浮浪者暮らしはお金を掛けない生活だったから、今の持ち合わせはそんなに多くないよ。
両方なんて買えそうにない。
微妙な表情をプレシオに読み取られたようで、笑われてしまった。
「平気、平気。どっちの服も俺たちからプレゼントするよ。まずはさ、冒険者向けの服を買いに行こうか」
「え、買ってもらうのは悪いよ」
「気にしないでって。これは俺たちの頼みを聞いてもらうのに必要な準備だからさ。いわば必要経費ってやつ?」
そうか。
さっき契約にしようって言ったものね。
お互いの要望を叶えるためだもんね。
彼らの要望は、裏切った奴から失ったものを取り戻すのに、私の神器の力を借りたいんだった。
神器は私の専用ということにしてあるから、相手に使用するときは私も同席する必要がある。
そうすると浮浪者の恰好は彼らにも都合が悪い訳か。
ここは、あんまり遠慮せずに相手の希望に合わせた行動をしよう。
これは契約なんだ。
仲間に私物を買ってもらうなら申し訳ないけど、契約相手の都合で服を買うんだから私が気にすることもないわ。
自分で言い出した事だけど、2人が仲間では無く契約相手であることを確認して少し落ち込む。
3人で少し歩いて武具の店に到着した。
この世界に転生したときから、武具の店に来たことが無い。
神器のお陰でお金に困らなかったので、手っ取り早く仕事にありつける冒険者をする必要がなかった。
私の神器は相手へ要求するタイプだから、お金の交渉でもこちらが有利な条件で決着できてしまい、必要な金額はいつでも手に入れられた。
まあ、あまり相手の損失が大きくならないように自制はしたけど。
ということで、冒険者向けの服の知識が全く無いので、購入は彼ら2人と店主の言いなりになった。
店主は最初に私の服を見て嫌そうな顔をしたけど、本当に汚れている訳ではないと分かったのと、支払いをするプレシオがお金持ちだと分かってとても愛想がよくなった。
そう、この2人はお金持ちなのだ。
2人のお金はプレシオがまとめて管理しているようで、金貨ばかり入っている財布で支払いをしていた。
小銭は財布が重くなるからとお釣りを受け取らずに店主に渡している。
いわゆる「釣りはいらない」というやつだ。
ルートリアの方はもっと酷く、お金に無頓着で商品の価格などまるで興味が無いようだった。
もしかして、自分で買い物をしたことが無いのかもしれない。
彼らが何処のお金持ちなのか気になる。
気になりだすとすぐ知りたくなるものだけど、どっちみち彼らのために神器の力を使う頃には真相が分かるだろうから今は我慢しよう。
大体、冒険者の恰好をする意味があるのだろうか。
これだけお金があったら、冒険者ギルドで依頼を受ける意味なんかない。
私が浮浪者のような服を着ていたみたいに、何かから存在を隠すために冒険者の恰好をしているのだろうか。
ついでに1つだけ、自分のお金で神器が入るサイズの背負い袋を買った。
今は神器を背負い紐で背負ってから、汚いコートを羽織って隠しているんだけど、普通の服を着たら歯車が丸出しになって人目を引いてしまうもの。
プレシオが神器を持ってくれると言ったけど、神様から借りた物を他人に持たせる気にはなれない。
結構重いから悪いし、魔力も溜めなきゃだし。
「それじゃあさ、次は替えの服を買いに行こうか」
武具の店を出てからちょっと楽しそうにプレシオが言う。
人の服を見立てるのが好きらしい。
冒険者の服に着替えた私は、ちょっと困惑している。
だって、ひざ上のスカートだから。
女性向けでも、作業着みたいな味気ないパンツタイプもあったのに。
「女性はやっぱり可愛い服を着なきゃ」
店主に要求するプレシオの目が真剣だった。
「当然だ」
ルートリアまで実用なんて求めてない態度だった。
ちょっと前まで浮浪者だった女を彼らは一体どうしたいのか。
まあ私の立ち位置は、彼らに守られて最後の最後に神器を使うだけだから実用も何も無いのか。
私が着る冒険者の服に求められる事は、彼らと一緒に居て服装の違和感を無くせる事だけだから、多少可愛い服くらいがいいんだろう。
と言う訳で、編み上げブーツにひざ上スカート、皮のベストをブラウスの上から来て、大きめのリュックを背負ったのが今の私の恰好ね。
その足で生地から仕立てるお高い洋裁店に連れていかれた。
いやもう古着で良かったのよ、私は。
でもあんなにお金持っている人らの概念に古着なんて無いらしい。
そこからちょっと困った事態になった。
彼らは替えの服だと言っていたのに仕立てる服がドレスなのだから。
どういうつもりなんだろう。
靴もいるからと洋裁店の店員に靴職人を呼びに行かせる始末。
ドレスに合わせるんだから、仕立てるのは当然パーティ用のヒール。
私はどこかの令嬢ですか。
だから~、浮浪者だった女を彼らは一体どうしたいの?
意味わかんないよ!
もうどうにでもなれ。
どうせ私の持ち金では買えないのだ。
彼らの好きにさせよう。
と思っていたけど、最後にプレシオが言った言葉に驚かされた。
「彼女に合う貴金属をひと揃え買いたいんだけど」
さらにルートリアが無茶苦茶だった。
「金貨10枚じゃ足りないだろう?」
それを聞いたプレシオが金貨を30枚も渡していた。
あのねぇ、金貨1枚は日本円で10万円くらいの価値があるのよ。
どこの世界に浮浪者の女を掴まえて300万円以上の宝石を買い与える奴がいるのよ。
ああ……、目の前にいたか……。
ふう。
洋裁店で買い物をしたはずなのに、女性の私の方が疲れて店を出た。
今日頼んだドレスや靴は金貨の力を使い、10日間で作ってくれる事になった。
制作を分担できるドレスはともかく、靴職人が悲壮な顔をしていた。
もう夕方だ。
「あの……、実力を見せてもらうのはどうするの?」
それを聞いたプレシオが道の向かい側に見えるご飯屋さんに親指を向けてクイクイやった。
「もう腹が減ったしさ、飯でも食おうよ」
「食事して宿で休んで明日でもいいか?」
ルートリアもプレシオに賛成のようだ。
なんか調子狂うのよね。
きっと私とは違う世界に住む人たちなんだ。
一応これでも追放される前は、各種族の事務方トップたちと会食したりもしたんだけど、生まれながらの金持ちとは感覚が違い過ぎる。
結局、普通に美味しい食事をして、久しぶりに宿に泊まってしまった。
宿帳に偽名とはいえ名前も書いたし、こんな目立つことをしたら奴らに見つかるかもしれない。
これで2人が強くなかったら困ったことになる。
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