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4話 優しさはあのときから変わらずに

 朝食の後、就寝した部屋に戻って休憩しているとメイドが私を呼びに来た。


 王都にある洋裁店のお針子が城に到着したらしく、昨日、ルートリアに言われたドレスの直しのチェックをするというのだ。


 ファルも一緒に見たいというので、メイドの後をついて2人で別室に移動する。

 

 今日の予定は、午前中にドレスの試着、午後に皆でヘラルド王への謁見なので、ベクタードレインは午後まで就寝用の部屋で待機だ。

 人族の領土で緊張して疲れが溜まっているそうで、ゆっくり休憩出来て助かると言っていた。







 メイドの後ろについて階段を一つ降りる。

 2階の階段の前にあるフロアに警備兵が立っていたけど、ファルの事を見ても注意深く視線を送るだけで何も言わなかった。


 きっと、ルートリアがファルを信頼できる仲間だと伝達してくれたんだろう。


 そのまま2階の廊下を進んで両開きの扉を開けて部屋に入る。


 少し広めの部屋には机や椅子と大きなクローゼットが壁際に配置されてある。


 部屋の真ん中はわざと何も置かれていないようで、立派な絨毯だけが敷かれていた。


「それでは始めさせていただきますね?」


 部屋の中央でお針子と一緒に立っていた洋裁店の店主が、既に準備を終えていたようで私たちの顔色を伺ってきた。


 私は部屋の中央に立たされると、エルベの町で仕立てたドレスを試着する。


 流石に髪のセットも貴金属も今は必要ないので、ドレスとヒールの試着だけをする。


 ヒールは今日の明日では直せないけど、ドレスに合わせるために履くように言われたのよね。


 ドレスの直しを見たいと言ってついて来たファルは、部屋の隅に避けられた椅子に座って私の様子を見ていたけど「なかなか良いじゃない」と言ってくれる。

 その後「私もそろそろ新しくしようかしら。スモークに相談してみよ」と言いながら自分のワンピースを触っていた。


 私はお人形の様にじっとして洋裁店の店主の言いなりになっている。


 なんだか貴族のお嬢様体験ができて凄く新鮮だ。

 本当のお貴族様になるのは面倒事が多そうで嫌だけど、こうやってお針子やメイドにあれこれ世話して貰うのは庶民にはちょっとした憧れよね。




 それにしても午後の謁見は大丈夫かしら。


 私に対する城の人たちの対応を見る限り、私の事を犯罪者として見ている様子はないわ。

 という事は、私に罪を着せようとした勇者の企みは失敗したみたいなんだけど……。


 ヘラルド王は結構私を評価してくれていたわ。

 でも、最後に会ってからもう何年も経っているし、今は私の事をどう思っているのか……。


 勇者はきっと自分の都合のいい嘘を報告しているだろうし……。

 久しぶりにヘラルド王と顔を合わせる訳だけど、あの魔族の重鎮を勇者が殺した話とかどうやって説明したらいいものか……。


 こんなときこそ、ルートリアにも話を合わせて貰って、第三王子としてうまくまとめてくれたら助かるな。


「あの、アルトラン様とはいつ頃お会いできますか?」

 ドレスを着て突っ立ったまま、横に控えるメイドに聞いてみる。


「はい、アルトラン殿下は国王様と謁見される際に合流されると伺っております」


 そうなんだ……。

 それじゃ昼食のときに事前の相談をしたかったけど、それもできないなあ。


 プレシオはどうなんだろ。


「プレシオ様も謁見のときに合流ですか?」

「はい、プレシオス様と勇者様も謁見で一緒に合流されます」


 えっ!?


「……勇者、様ですか!?」

「はい、勇者デグラス様も謁見の際にご一緒です」


 マジなの??


 てっきり、勇者とは明日の婚約パーティで顔を合わせて勝負するのかと思っていたのに、今日から王城に滞在するのね……。

 

 どうしよう……。

 午後の謁見で会うのか……。


 嫌だなあ。

 昼から勇者と合うなんて心の準備ができてないよ!

 

 逃げたくなってきた。

 でも、逃げたらマズいよねぇ……。




 ……いや、でも今は頼りになる皆が居るんだ。


 午後のヘラルド王への謁見にはルートリアもプレシオも一緒に居てくれる。




 ……きっと大丈夫。


 だけど、ヘラルド王の前であのクズ勇者が何を言い出すのかが心配。

 多分、私に獣人族や妖精族たち異種族との交渉をさせたいんだと思う。


 別に私は獣人族や妖精族との関係を修復するのは、やぶさかではないのよ。


 でも、あの勇者の下では絶対に嫌!


 2年前、私の目の前で仲良くなった魔族の重鎮を平気で殺したように、きっとあいつは交渉で関係する皆を不幸にするような最悪な行動をとる。


 もし、もう一度私が平和に協力するとしても、あの勇者が排除されていなければとても受け入れられないわ。


 勇者にどんな理不尽な要求をされてもキッパリと跳ね退けよう。




「これで終了です」

 洋裁店の店主から声を掛けられた後、ドレスを脱がせてもらう。


 エルベの町が王都に次ぐ大きな町だった事もあり、あの洋裁店は地方都市にしては良い技術を持つ店だったようだ。

 幸い、体形に合わせた直しは必要無かった。


 ただ、ドレスにも流行りがあるので、少しだけ背中を見せる修正をしてから、レースで出来た花の装飾を増やして貰った。







 昼食もルートリアとプレシオが不在のまま、あの長い食卓テーブルのある部屋で3人ですませる。


 お茶をして少しの時間をくつろいでいると、謁見の準備ができたようでメイドが迎えに来てくれた。


 全員でヘラルド王に謁見するため、ぞろぞろとメイドの後をついて歩く。サラミとスモークは不在だけど仕方がないよね。




 何回も来たことのある玉座の間の扉で、メイドが立ち止まって横に避けたので自分で扉を開ける。

 すると見覚えのある光景が飛び込んできた。


 正面奥の一段上がった場所に玉座があり、その横に王太子の座る椅子がある。


 正面の玉座にはヘラルド王が座っている。

 隣の王太子の椅子には誰も座っておらず、その椅子の横にルートリアが立っていた。

 プレシオは一段下がった右横に立っている。


 正面扉の入り口には警備兵が、玉座から一段下がった左右壁際には鉄仮面を被った王国騎士団が並んでいる。


 ちょっと物々しくし過ぎじゃない?

 以前よりも厳重なんだけど……。




 王様の前まで進むとベクタードレインが跪き、私は淑女の礼をとる。

 ちらりと横を見ると、驚いた事に悪魔のファルまでちゃんと淑女の礼をしていた。

 ただ、ファルはヘラルド王に礼を尽くすというより、カーテシーをしたいだけのようだけど。


「ご無沙汰しております。ヘラルド王」


 私がかしこまって挨拶をすると、王様はうんうんと頷いて嬉しそうな悲しそうな顔をした。


「うむ、久しいなレイナ。そなたが無事で何よりだ」


 互いに無事を確認した後、少し間があってヘラルド王が口を開いた。


「だが……儂はそなたに立腹しておる」


 ま、まあ、そりゃそうよね……。


 勇者と一緒に旅に出てそれっきり、2年以上音沙汰無しだもん……。

 あまりの無責任さに、良くしてくれたヘラルド王だって呆れるよね。


「……なぜ、なぜ儂を頼って来なかった? 旅立つときにそなたに伝えたであろう。何があってもそなたを信じると」


 え?


「誰よりも平和を愛するそなたが、魔族に危害を加えるなどありえないと分かっておった」

「お、王様……?」


 予想していなかったヘラルド王の反応に突っ立ったままポカンとした。

 ヘラルド王は玉座から降りて私の前まで来ると私の手を握った。


「つらい思いをさせたな」

「ち、父上! おたわむれを」


 ルートリアが慌てて駆け寄ると、急いで王様と私の手を引き離した。


 玉座から王が立つときは自らが退出するとき。


 用があれば家臣を使うのが当たり前で、謁見者のもとに王自ら動くなんて本来の振る舞いではない。

 ましてや、壇上から降りて相手の前に行き、その者の手を握るなど、相手が自分の娘か孫くらいでしか有り得ない行動だ。




 ……。


 さっき王様は、私が無実だと分かっていたと言ってくれた。

 いや、ルートリアが説明してくれたのかもしれない。


 でも……、私の事を信じてくれていたのは間違いないんだ……。




 王様は私を信じてくれていた……。

 王様が私の事を心配してくれていたんだ……。




 勇者に裏切られたとき私は、世界中の人々に裏切られたと感じていた。

 あのときは勝手に誰にも頼れないと……、世界中で自分の味方は誰もいないんだと、そう思っていた。




 でも、いたんだ……。


 あのときも私の味方になってくれる人が……。




 わざわざ私なんかを気遣う王様の瞳には愛情に満ちた優しさが見えた。


 思えばあのときから王様の眼は優しかった。


 8歳になって神器の力を使い、伝手つてを作ってヘラルド王への謁見を実現したときはもの凄く驚かれた。


 だって最初は、神器で味方にした大臣に神器を運ぶのを手伝って貰いながらこの玉座の間に来たんだものね……。


 それからは年端もいかない少女が訴える世界平和の話を真剣に聞いてくれ、ときには厳しくときには優しく本当によくしてくれた。




 王様の優しさはあのときから変わらずに、今も……そのままなんだね……。




 私は自分の感情が抑えられなくなり、涙が溢れてとめどもなく流れた。


 そして理性ではダメだと分かっているのに、気持ちのままに自分からヘラルド王に抱きつくと嗚咽をもらして泣いた。


 王様は黙って抱きしめてくれた。


 その様子を誰も咎める人はいなかったし、今度はルートリアも間に入って引き離したりはしなかった。


曜日不定で週一回の更新をしています。


ブックマークをしていただけると小説が更新されたら……もう知ってますよね?

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