19話 ギルド職員の方を見るのが怖いよ
この2人は勇者が私の誘拐を依頼した組織に所属しているらしく、鬼ツムリの討伐依頼を受ける前に一度私に接触してきたのだ。
「勇者に命令されて働く気はないわ。私はあなたたちとは行かない!」
「それじゃ俺たちが困るんだよ。一体どんな条件なら来てくれるんだ?」
青髪のスモークは私たちの面子を見て、最初から暴力的な手段を諦めたのか条件交渉をしてきた。
「どんな条件を出されても行かないわよ」
「困ったなぁ。俺らも最後のチャンスと言われているんだ。これで失敗したら組織を首になっちまうよ」
そっちの事情は知らないよ。
食い下がるスモークに対して私が首を横に振ると、赤髪ロングのサラミがスモークの前に出てきた。
「ちょっとレイナ! 少しは譲歩しなさいよ! 一体何が問題なのよ? ただ勇者様に会って欲しいだけなのよ!?」
彼女は勇者がどんな奴か詳しく知らないようね。
勇者の本当の姿、裏の顔を見た事がないのだろう。
「な、なあレイナ。追手の正体ってさ、勇者なのか?」
プレシオが意外そうな顔をしている。
そう言えば皆には、私が浮浪者に堕ちてまで逃げていた相手が、勇者だとは説明していなかった。
「勇者デグラス、彼が最も早く今回の魔族の裏切りを察知したと聞いている。命からがら王国に帰還を果たして詳細を王に報告した。彼が今回の戦争の先導者なのだが……」
ルートリアの情報では魔族が先に裏切ったと報告されているらしい。
卑怯な勇者によって魔族は悪者に位置付けられ、今回の戦争で彼らに被害を与える事が正義であると国内で認識されているようだ。
それを聞いたベクタードレインが慌てて否定する。
「それは違いますよ。私は世事に疎いのですが、魔族領内の噂ではこれまで友好関係を先導した人物が、かの勇者を魔族領に連れ込み、魔族の外交長官を殺害させたと広まっています」
周りで聞き耳を立てていた冒険者たちがざわつき始めた。
「あの魔族、自分たちの都合のいいように話を変えているわ」
「先に友好を破棄しておいて、卑怯な奴らだ!」
「やっぱり魔族は敵だな!」
冒険者ギルド内の人たちが口々に魔族への批判を始めて憤り始めた。
「ち、違うんですよ!」
ベクタードレインは私たちに誤解だと説明しているけど、ギルド内の鋭い視線が彼に集中して、まるで彼や魔族が悪者のような空気になっている。
誤解を解けるのは私しかいない。
彼を、仲間を助けなければ!
「みんな! 聞いて欲しい事があるの!」
決意して少し大きな声で呼び掛けると、冒険者ギルドの中は静まり返った。
少し前は浮浪者だと蔑まれて馬鹿にされていたのに、今では私の声に耳を傾けてくれるようになったのだ。
変化に戸惑いながらも、落ち着いて2年前に起こった事を語り始めた。
2年前に勇者が魔族の重鎮を惨殺し、私が魔族領に置き去りにされた話を終えるとルートリアがゆっくりと頷いた。
「……レイナは本当に苦労したんだな。私も勇者デグラスが王城内で見せる裏の顔は、卑怯で独善的な人物だと聞いている」
「戦闘の実力があるのにさ、急に現れた交渉の達人に世界平和を実現されて活躍出来なくなったから妬んでたらしいな」
プレシオも王城内へ出入りしていたのか、勇者の悪評を聞いていたようだ。
ファルはなんだか嬉しそうな顔で私の事を見て八重歯を見せた。
「その交渉の達人がレイナで、あの魔道具で異種族との不可能な交渉を可能にしたのね?」
ファルの問いかけに無言でうなずくと、ベクタードレインが私の手を握って来た。
「誤解を解いてくださりありがとうレイナさん。その話、本当は隠していたかったんですよね? すいませんね……」
「いいの。いつか皆に伝えなきゃって思っていたし。ベクタードレイン……、魔族は悪くないわ。悪いのは勇者デグラスとその仲間、そして彼を止める事が出来なかった私、……私が悪いのよ」
神器を神から貸し与えられながら、その場に居合わせた勇者を止められなかった後悔の思いから、奥歯を噛みしめて下を見た。
それまでじっと私たちの話を聞いていたサラミが、吐き捨てるように言った。
「……なんだか馬鹿馬鹿しくなったわ。私、組織を抜ける事にしたから、もうあなたを追うのは止めるし」
組織の脱退宣言をしたサラミにスモークが慌てる。
「お、おいサラミ! それじゃどうやって稼ぐんだよ」
「稼ぎなんて他にどうとでもなるわ。ここの冒険者たちみたいに狩猟をしてもいいし……」
一旦口ごもったサラミが少し怒気を込めてスモークに話し始めた。
「私はねぇ、この仕事が正義のためだと聞いたから素直に受けたのよ。勇者様が平和を実現するにはレイナが必要だと言うからそれを正義だと信じて……。だけど平和が失われたのはあの勇者の所為じゃないの! ……ホント、とんだ茶番だわ」
「お、俺は急にそんな話を信じられない! だって勇者様が言ってるんだぞ! 勇者様とレイナのどちらを信じるのかって事だろ!?」
スモークの主張は当然の事だけど、私のパーティ『自由の剣』のメンバーはもちろん、この場にいる人たちは私の事を疑うような眼で見てはいない。
どうやらこの前騒ぎを起こしたときに居合わせた人が多い様で、私の話を信じてくれているみたいだ。
ありがとうルビカンテ。
あなたの実力のお陰で、ルビカンテの主人である私の言葉を皆が重く受け止めてくれたみたい。
サラミの前にプレシオが歩み出た。
「ありがとうサラミ。事情を汲んでくれてさ」
「いいえぇ~、だってプレシオさん、物分かりの悪い女は好きじゃないでしょ?」
サラミの返答にプレシオは笑顔で返した。
顔を真っ赤にしたサラミは嬉しそうに微笑み返した。
「く、くそ! 酷いな、オイ! まるで俺が物分かりが悪いみたいじゃないかよ!」
正論を主張しているのに、自分だけの少数派になってしまったスモークが、冒険者ギルドの床を踏み鳴らして不満を主張している。
相棒のはずのサラミはスモークの方を見ているが、何もフォローを入れない。
その表情は馬鹿にしているでも呆れているでもなく、じっと見据えている。
まるで、彼が自分から素直に事情を受け入れるのを待つかのように。
それでもスモークは私の話を受け入れて、今までの行動を振り返るのを拒むように、話だけでは信じられないと主張を続けている。
パーティのメンバーたちがもうスモークを納得させる事を諦めようとしたとき、皆を制して一歩前へ出た者がいた。
ファルだ。
ファルはいつになく真剣な表情をしたと思うと、つかつかと彼の目の前に出た。
「な、なんだよ」
彼の問いには答えずにスモークを見上げたファルは、こちらへ顔を寄せるように指を動かす。
「え? 何?」
スモークが腰を折って顔を下げた瞬間、ファルが彼の顔を平手打ちした。
思い切り手加減されたファルのビンタはパチンといい音を立てた。
「何よ、さっきから鬱陶しいわねぇ。あなたは一体勇者の何を信じているの? その勇者はあなたが信じるに値するような事をしたの?」
見た目、年端もいかない女の子にいい音で叩かれたからか、スモークは少し放心していたが、我に返るとファルの問いに応えようとして言葉に詰まった。
「人族の勇者ってのはね、何かを成し遂げた称号ではないのよ。人族の中で並外れた戦闘能力を有しているからそう呼ばれているだけ。ただ、異種族との闘争になったとき頼りになるからそう称えられているの」
「勇者と呼ばれる理由はただ強いだけなのか?」
「少なくとも今の勇者はそうね。でも大昔は違うわよ? 異種族の脅威から人族を救った勇者は、英雄として称えられて本当に凄かったのよ」
「き、君は大昔の事を見てきたように言うね。でも、仮に君の言う事が正しいとしても、今日初めて会ったのに信じられる理由が無いよ」
「あなたが相手を信じられる理由、それは何な訳?」
少し考えたスモークは胸を張って答えた。
「初見でも信用できるのは……まず人を超えた強さを持つ事。そして博識で俺より年上の先輩である事だ! だからあの勇者を信じた」
つまり、自分より強くて年上なら信じるに値するという事かしら、なんだか典型的な下っ端タイプね……。
「フフ……、それなら私も含まれるわね。さあ、私を信じなさい!!」
ファルは黒い翼を大きく広げると、風魔法で床から1メートル程ゆっくりと浮き上がる。
風魔法の浮遊とは別に、彼女の周りを風が包み込んでワンピースをはためかせ髪を揺らす。
気が付くとファルの眼はすっかり瞳孔が開き切って、あの恐ろしい群青色になっていた。
「私は邪神ゲヘナ様の配下、マレブランケ第11番目の悪魔、ファルファレルロよ」
ワンピースの裾を控えめにめくると、あの黒い尻尾を覗かせた。
尻尾の先の青いふわふわも、今はとても恐ろしく見える。
横のサラミ、後ろのプレシオとルートリアは黙って見ているけど、ベクタードレインだけが跪いて礼を尽くしていた。
周りで見ていたやじ馬たちが、一気に後ずさりして武器に手を掛ける。
尻もちをついて慌てているのはルーキーたちだろう。
後ろが騒がしく感じて振り返ると、奥の部屋から出てきた戦士風の初老の男が、武器に手を掛けて受付嬢と話をしているのが見えた。
「き、君が悪魔!? ほ、本物なのか!? いや、でも本物としか思えない……。っていうか何で悪魔がココに??」
呆気にとられたスモークが眼を見開いて自問自答しているが、どうやら本物の悪魔が目の前にいる事は疑っていないようね。
「ココに居る理由? それは、女友達のレイナがココに用があったんで付いて来たのよ」
ファルの発言を聞いたスモークとサラミ、冒険者たちの視線が私に降り注いだ。
特に後ろのギルド職員たちから、今までにない強い視線を感じる。
なんだか、騒ぎの原因がまた私の所為になっているみたいだわ!
実は前回のルビカンテのときも、建物内で騒ぎを起こさないように注意されたんだっけ。
振り返ってギルド職員の方を見るのが怖いよ……。




