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15話 願いを叶えてあげる

 目の前にやって来た魔族は、私たちに背を向けてスケルトンたちの方を向くと何かの魔法を使った。


 広範囲を対象にした魔族の魔法で、スケルトンたちは動きを止める。


 一息ついた魔族は、胸ポケットから黒いハンカチを取り出すと、ケガをして血が出ている顔や手の甲を拭いている。

 血で赤黒く汚れたハンカチを再び胸ポケットにしまうと今度はこちらを上目遣いで見てきた。


「なんでこんな酷い事するんですか?」

「酷いって何がよ!」


 突然現れて意味の分からない事を言う魔族に対して、ファルが質問で返す。


「だって酷いでしょう。せっかくボーンアンデッドを準備しているのに勝手に連れて行って、挙句こんなに壊してしまって」

「これ、あなたが準備したっていうの?」

 目の前に広がる大量の骨たちにファルが信じられないという表情をした。


「お嬢さん! この子たちを、これ、なんて酷い言い方してはいけません。この子たちにも魂が……魂はもうありませんね。それでも命令に従おうと頑張っているのですから!」


 口調は丁寧だけど、何だが自分ワールドの中で生きている変わり者のようだ。


「あ、失礼しました。私の名前はベクタードレイン=エニスと申します」


 急にスケルトンたちと現れて名乗られても、私の名前は……、と名乗り返す気にもなれない。

 警戒したまま相手の出方を伺うが、全く気にも留めずに話を続けてくる。


「それにしてもお嬢さんは何者ですか? 黒い翼の魔物かと思いましたが、どうやらそうでもなさそうです。まるで文献に出て来る悪魔のようです」

「へー、私って本に紹介されているのね。今度その本を見せてくれる?」


 ファルのその言葉にベクタードレインが顔をしかめる。

「お嬢さん、確かにあなたは悪魔のファルファレルロ様に似ていますが、その本人であるかの様に振舞ってはいけませんよ。それは神邪なファルファレルロ様に失礼です」


 なんだろう神邪って。

 神聖の悪魔的表現だろうか。


「いいのよ。私が本人なんだから」

 ファルはそう言うとワンピースの裾から黒い尻尾を出した。

 先端に青いふさふさの毛が付いていて相変わらず可愛らしい尻尾だ。


「! な、なんと! 本当にファルファレルロ様でしたか。人間なんかと一緒にいるのでてっきりハーピーか何かがテイムされているものかと……」

「え? ……今、何て言ったの? まさか私の事をハーピーって言ったの!?」

 みるみるうちにファルの顔から笑みが消え、表情が険悪になっていく。


 自分の失言に気付いたベクタードレインが慌てて訂正する。

「め、滅相もございません! このベクタードレインが愚かである故に間違ったのでございます」

「あろうことか、私が人間にテイムされてるですって!?」

 すっかり瞳孔が開いて塗りつぶしたような群青色の瞳になった。


 彼女の髪の毛はさわさわと揺れ動き、場の空気は真冬の氷上のようにキンと張り詰める。


 私はすぐに理解した。


 悪魔である彼女にとって人間にテイムされたと言われるなんて、これ以上ない侮辱なのだということを。


「ちょ、ちょっとベクタードレインさん! あ、あなた失礼よ! ファルには私から友達になって欲しいと言って頼んだんだからっ」

 慌てた私はファルにフォローを入れる。

 今回はベクタードレインが蒔いた種なんだから少し悪者になってもらうしかない。


「レイナ?」

 急に喋り出した私に、無表情のファルがどうしたの? と首を傾けている。

 でもその瞳は、まだ瞳孔が開いたままの暗い群青色だ。


「そ、そりゃあ、ファルと私は悪魔と人間だもの。いろいろ違いがあって最初は戸惑ったわよ。でもね、ようやく女友達として仲良くなれたのよ? それなのに、あなたの不用意な物言いで大切な女の友情にヒビが入ったらどうしてくれる訳?」

「……大丈夫よレイナ、もう怒ってないわ。別にそこまで人間を下に見ている訳じゃないし。それにレイナは特別だから。……ただ、誰だってテイムされてるように見えると言われたら、いい気はしないでしょ」


 そう言ったファルの瞳は光輝く普段の綺麗な空色に戻った。


 よかった。

 姿は幼くても私の心配を推し量って、感情を抑えてくれた。

 伊達に私より長生きしていないわね。


 ベクタードレインは黒いシルクハットを脱ぐと、胸の前に構えて頭を下げる。


「ファルファレルロ様。先程のご無礼、どうかお許しください」

「まだ許してあげない! それよりスケルトンたちを集めていたのは何で?」


「はい、魔王軍統括本部よりアンデッド使いである私に指示があったのです」


「何! それは本当か!? 一体どんな指示だ?」

 さっきまで様子を見ていたルートリアが前に出てベクタードレインに確認する。


「人間と戦争になったタイミングで、人間領のこの一帯にスケルドラゴンの群れを出現させて、人間の兵力を分散させよとの指示がありました。苦労してやっとスケルドラゴン3体分のボーンアンデットを集めたところだったのですが、残念ながら1体分になってしまった……」


「とういうことは貴様も魔王軍なのだな!?」

 ルートリアが口調を荒げると、プレシオと共に武器を構える。


「いえいえ違います。私は戦争なんて興味はありませんから魔王軍に所属していません。ましてや人間を好きでも嫌いでもないのですよ」

「信じられないな! ならどうしてお前はさ、魔王軍の指示に従っているんだ?」

 今度は槍を構えたプレシオが語気を強めて問い詰める。


「私の興味の対象は死者の復活だけです。まだ魔法により骨や死体を動かせるだけですが、いずれは必ず死者蘇生をしてみせる。そのために資金が必要で、魔王軍への協力は金銭が目当てなだけなのです」

「傭兵みたいなものか?」

 ルートリアが首を傾げている。


「ねぇ、死者蘇生の資金が欲しいって事はマッドサイエンティストなの?」

「いえいえ、ネクロマンサーですよ」

 私からの質問に対して丁寧に訂正をしてくれた。


 ファルが腰に手を当ててさっきの無礼を許していないという態度でベクタードレインに問いかける。

「それでこの後どうするの? 私たちと戦う訳?」

「滅相もありません。私は魔王軍からの指示以外は致しません。ただ金銭が欲しいだけですから」


 つまり、戦争のタイミングでスケルドラゴンを誕生させるが、指示を受けていない事をする気が無いようだ。



 あ、いい事を思いついた!



「ちょっと確認だけど、あなたは人間を好きでも嫌いでもないのよね?」

「ええ、どちらでもないです」


「お金さえ調達出来れば、貰う相手は魔王軍でなくてもいいのかしら?」

「そうですね。金銭さえあれば……、死者復活に近づけるならば他はどうでも良いです」


「ねえ、プレシオ、ルートリア。これから私が突拍子もない提案をするけど、一笑に付さずに検討してくれない?」

「なんだ? 彼に金を払ってスケルドラゴンの誕生を阻止するのか?」


 スケルドラゴンと戦えない事が不満みたいで、ルートリアが詰まらなそうな顔をする。

 

「違うわ。彼を戦闘訓練用アンデッド生成係兼、有事戦闘用アンデッド生成係兼、魔王軍の行動予測係として雇うのよ」

「ま、魔族を雇うのか!?」

「そうよ」


「いやレイナ、魔族との戦争に備えようというのにさ、そりゃ無理があるんじゃないの?」

 プレシオが両手の平を体の横で上に向けて、何言ってんのというポーズを取った。


「まあ、それが普通の反応よね」

 うんうんと頷いたファルが相槌を打つがその後、私に加勢してくれた。

「でもねプレシオ。長い戦争の歴史で、人種の違いを無視して優秀な人材を確保した国が最後に勝利するのを私は何度も見てきたわ」


 数千年を生きるファルの言葉は重みがあるのか、あごに手を当てたプレシオはじっと考え込んだ。


 こんな可愛らしい声なのに、言っている事が真面目でちぐはぐなのが面白い。


 ルートリアがプレシオの方に向くと真剣な表情になる。

「プレシオ。私は彼を雇う事に魅力を感じる。兵を訓練させるにしても相手が仲間では殺すつもりの全力は出せない。でもアンデッドなら全力で攻撃できるし、全力で身を守る必要もある。優れた訓練が実現できる」

「え~、アルトはちょっと柔軟過ぎない? 俺たちだけなら魔族でも受け入れられなくもないけどさ、軍に戻ったときに周りの奴らを納得させるのは骨が折れると思うよ」


「それは私に任せて欲しい」

「うーん、まあそこまで言うなら構わないけど……」


 ファルのときもそうだけど、プレシオは慎重派のようだ。

 いや、悪魔や魔族を仲間に引き入れるのだから慎重なのが当たり前で、むしろ常識人であると言える。


 それとアルトってやっぱりルートリアの事ね。

 でもなんでアルトなのかしら?


「どうも私を雇う話をされていますが、私が欲しい金銭は高いですよ?」

「そもそも、そのお金でどんな事をしようとしているの?」

 何に使うのか分かれば必要な金額が見えてくる。


 するとベクタードレインが空に向かって両手を掲げた。


「女神様にお会いして、死者蘇生の魔術を授けていただくのです」

「あなた、魔族なのに女神様に頼るつもりなの!?」


「……いけませんか?」

「べ、別にいけなくはないけど……」


 予想の斜め上を行く回答を彼は本気で言っているので吹き出しそうになった。


「魔族の私が女神様の所に行くには、金で人間の力を借りるしかありません。更に女神様にお会い出来ても、願いを聞き入れて貰うには多額の寄付が必要だ、と人間の情報屋が言っていました」


「もし女神様に会えたとしても寄付でどうにかなるとは思えない」

 ネクロマンサーを人間側に引き入れる提案を魅力的に感じたのか、前のめりで話を聞いていたルートリアが表情を曇らせた。


「そうね、あの女神がお金で動くと思えないわ。あなた、情報屋に騙されているんじゃない?」

 ファルも同意見のようだ。


「なんと! ファルファレルロ様、女神様の心は供物や寄附では動かないのですか!? せっかく死者蘇生の魔術は女神様から授けて貰えると判明したのに……」


 今まで飄々と受け答えしていたベクタードレインが、明らかにガッカリした様子で落ち込んだ。


 よし、女神様には悪いけどそこは無理やり魔術を授けて貰えばいいか。


「ねぇ、ベクタードレイン! 提案だけど、魔族との戦争が終わったら私がその願いを叶えてあげるから、それまで私たちの仲間にならない?」


※誤字脱字などがありましたら、ご連絡いただけますと大変助かります。

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