9話 私って非力な女子ではないみたい
魔物退治の依頼の方はというと、プレシオが隣村の案件を選んでくれていた。
その場で依頼書の中身を確認したかったけど、冒険者ギルド内が騒然としていて私への視線が凄かったので、とても耐えきれずにそそくさと建物の外に出た。
「もうこれからはさ、人のいるところでルビカンテを呼んじゃだめだよ?」
「えー、でも彼はちゃんと言うことを聞くよ?」
「言うことを聞いてもだめだ」
プレシオもルートリアも激おこである。
それだけ悪魔は特別な存在なんだろう。
下僕とはいえ既に身内みたいな感覚でいたのが良くなかったみたいだわ。
素直に彼らの言う事を聞いて、夜寝るとき以外にルビカンテを呼ぶのは止めておこう。
少し歩くと乗合馬車の出発場所に着いた。
ここから隣村『ソド』まで乗合馬車で行くのだ。
丁度、他のお客が乗って待っていたところで、人数が集まったので出発した。
乗合馬車での移動は2時間程なので、プレシオから依頼書を受け取って依頼の内容を確認しようかな。
一体、プレシオはどんな魔物退治の依頼を受けて来たんだろう?
「えーと、何々、スケルドラゴンの調査なのね……。スケルドラゴン!? ちょっと! こんなの無理に決まってるでしょ!」
「あ、ごめん、それは俺たちのだった。レイナの案件の近くだったからさ、ついでに俺たちもやってみようと思ったんだ」
「おお、アンデッド系か! 魔王軍にはアンデッドもいるから、今の内に経験が積めるのは助かる!」
ルートリアのやる気がみなぎっている。
この人たちの趣味は放っておいて、私の依頼はと……。
「鬼ツムリの討伐? 何、鬼ツムリって……」
「人くらいの大きさのカタツムリといえば分かるか? 農村の畑の害魔獣だ」
「普通はさ、農家の男手が集まって大ハンマーでひっぱたいて倒すんだけど、何かのきっかけで異常発生すると凄い数になって手に負えなくなるみたいなんだ」
どうやら時間を掛ければ農民でも倒せるようなんだけど、それまでの間は沢山の鬼ツムリに家の周りをうろつかれて村で生活できなくなるので、退治に参加しない女性や子供は近くの村に避難しているようだ。
作物も被害を受けるし生活ができず避難を余儀なくされるので、農民たちが止む無く冒険者ギルドに討伐依頼を出したそうだ。
「あんまり危険が無さそうでありがたいけど、100匹倒して金貨1枚ってどうなの?」
「農村ではさ、報酬に金貨1枚出すので限界なんだろうね」
「さっさと倒してスケルドラゴンに挑もう!」
ルートリアの気持ちは既にスケルドラゴンの退治にあるみたいだわ。
でも依頼内容は退治するんじゃなくて調査だったと思うんだけど。
「この依頼が私でもできそうなのは分かったけど、さすがに何か武器がいるわよねぇ……」
空の両手を2人に見せる。
財布は盗まれて無いので、私の持ち物は神器と替えの下着が入ったバッグだけだ。
「レイナが装備する武器の事なんだけどさ、前から思ってた事があるんだ」
「何?」
「レイナって実は筋力や体力が相当あるぐぶぅッッ!?」
プレシオが女子に失礼な事を言うので脇腹を突いてやった。
「地味に痛い……。いや、冒険者の能力としての話だからさぁ」
「あ、そ、そうか、ごめんね……」
ついうっかり、OL時代に失礼ブッコいてきた新入社員にしたのと同じ対応をしてしまった。
「でも、その魔道具を背負った状態で他の武器を使うのは、高い身体能力を活かせないと思うんだ」
私に筋力や体力があるのはこの重たい神器をいつでもどこでも持ち歩いているからだ。
何の金属で出来てるのか不明だけど、たぶん40キロくらいはあるんじゃないかな。
神器の代わりに武器を持てばそれなりに振り回せるだろうけど、神器を背負ったまま武器を持つのは大変だろうな。
「そこで思ったんだけどさ、その魔道具で敵を殴ってはどうかな?」
「それはいいアイデアだ。威力はかなりあると思う」
「はあ? だめよ、凄く大事な物なんだから」
何を言い出すんだこの人たちは。
乗合馬車の中で座るため前向きに抱えていたバッグを、守るように両手で抱え込んで2人を睨む。
「破損することを心配していると思うけどさ、魔道具の素材ってそもそもとても丈夫なんだよ」
「魔道具は得られる効果の大きさに比例して壊れにくくなる。つまりレイナの魔道具が壊れる事はとても想定できない」
私の魔道具が凄いと分かるような会話を他に人がいる馬車で平気でしてくる。
「ちょっと! 何で他にも人がいるところでそんな話するのよ」
小声で2人に注意する。
ほら、同乗している人が私のバッグを見ているじゃない!
今朝、神器を取り返したばかりなのにまた盗難されたらたまらないわ。
敵の脅威度とか戦闘に関する事に凄く敏感な彼らは、金や物を盗難される心配とか経済観念とかを持ち合わせていない。
まるで私と逆なのだ。
これが庶民と軍部に所属するお貴族様の違いなんだろうか。
それからは乗合馬車の中で今回の依頼の話をして過ごし、隣村へ到着した。
街道は隣村の横を通って続いているが、街道には討伐依頼のあった鬼ツムリはいないので、乗合馬車の行き来には影響が無いようだ。
街道沿いにある家の周りに鬼ツムリはいないようだけど、村の中心地に向かうと巨大なカタツムリがそこかしこで見えてきた。
「大きい! 凄い!」
こんな巨大なカタツムリがいるのね。
殻が無い部分はナメクジみたいで多少気持ち悪いけど、割と私はこういうのに耐えられる。
そうじゃなきゃ2年も浮浪者なんてできない。
家の前とか何も生えていないところにはいないようね。
裏路地とかで草の生えている場所に数匹固まって草を食べている。
家の途切れる辺りに来て、広がっている光景に口があいてしまった。
「あわわわわわわ……」
畑と思われる土地が広がっているのだけど、そこを巨大なカタツムリが埋め尽くすほどひしめきあっているのだ。
「うげ、き、気持ち悪い……」
「大丈夫か?」
今ばかりはルートリアに心配してもらっても、心がときめく状態にならない。
「さあ、討伐にチャレンジしてみようか!」
爽やかにプレシオが提案するが、目の前に広がる光景がちっとも爽やかじゃない。
よく見ると土地の端の方に人が何人かいて、大ハンマーを振り回して鬼ツムリを叩いている。
農民たちだろうか。
これは困っているんだろうなあ。
早く何とかしてあげなくちゃ。
困っている人がいると何とかしたいという性分なので、気持ち悪いのは我慢して退治する気になって来た。
どうせ私たちは報酬とか気にするパーティじゃないんだ。
農民と挨拶をして依頼内容の確認をするよりも、少しでも早く退治する方がいいわね。
それにしても、乗合馬車の中でプレシオとルートリアが話していた事だわ。
本当に神器で魔物をぶっ叩いても神器は平気なのかな?
馬車の中でずうっと考えていたんだけど、魔道具で得られる効果と丈夫さが比例するなら、神様すら操れるこの神器にキズなんか付く訳がない。
9歳のときに神器を妖精族の塔から誤って落とした事があったけど、確かにキズ一つ付いてなかった。
地面に空いた穴の大きさを考えると相当の衝撃だったはずよ。
……落としたときは慌て過ぎてちょっとちびったのよね。忘れたい過去だわ。
きっと何をしても壊れたりなんかしないんだろうな。
ならば、これまでこいつに振り回された思いを、こいつを振り回して晴らしてやるわ!
神器の内側にある円形の段差に両手の指を引っ掛けて持つ。
タイヤならばホイールに指を掛けて両手の平でゴムの部分を挟む感じだ。
「覚悟を決めたわ! この魔獣は何処を攻撃したらいいの?」
「殻の渦巻きに内臓が詰まっているから、そこを殻ごと破壊すればいい」
「ある程度レイナの様子を見てるからさ、レイナが1人で倒せるようになったら俺たちも討伐を始めるよ」
渦巻きの部分にサザエみたいに緑の腸があるのかな?
かなりキモイけど、もうやるって決めたんだ。
やってやる!
目の前にいる鬼ツムリを獲物に決めて、殻の渦巻きが目の前になる位置に移動する。
神器を鬼ツムリの方に向けてから、左足を軸に1回転させて神器をぐるりと振り回す。
「えいっ☆」
神器の出っ張った歯の部分を鬼ツムリの殻にぶつけた。
固い物を叩いた感触がなかった。
まるでミルフィーユでも潰すように簡単に粉砕して、殻の向こう側まで振り抜いてしまった。
「うゎあ、マジかぁ……。信じられない破壊力だよ」
「……純粋な打撃力は負けたかもしれない!」
プレシオが驚き、ルートリアが真剣になる。
「ちょっと! 何でそんなに驚くのよ? 鬼ツムリってすごく弱いんでしょ?」
人を歴戦の戦士みたいに言わないでよ!
私が憤慨しているとプレシオが農民の方を指さした。
鬼ツムリを農民が大ハンマーで攻撃しているようだけど、3人掛かりで計10発叩いてようやく1匹倒すのが見えた。
私って非力な女子ではないみたい……。
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