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8話 テイマーじゃないんですけど

「よう! フォルカスじゃねぇか!」


 私を追い込んでくるこいつの肩を叩いて話しかける奴がいる。

 昨日別れたばかりのデュクシだ。


 こいつはフォルカスというのね。


「デュクシの兄貴!」

「その兄貴っていうのはやめてくれよ。ところで何をもめてんだ?」

「いや、この女が浮浪者のくせにギルド内でフラフラしてやがったから出ていくように促してたんでさあ」


 それを聞いたデュクシがフォルカスの正面にいる私に気付いた。


「レ、レイナさんじゃないか!」

「おはよう、デュクシ。昨日ぶり」

「レイナさんたちも新しい依頼を探しに?」

「そうなの。プレシオとルートリアが私の訓練のために簡単な魔物退治の依頼を受けようって言いだしてね」

「あはは、面白い冗談だ。レイナさんに訓練なんて要らないでしょ」


 私とデュクシのやり取りをフォルカスがポカンと見ている。


 デュクシの後ろから『とにかく荒稼ぎ』の面々が顔を見せた。

「あー、レイナさんおはよう!」

 シーフの女性が挨拶してくれる。

「おはよう!」

 私も顔の横で小さく手を振って挨拶を返す。


「ところでフォルカス。浮浪者の女ってどこだ?」


 デュクシは浮浪者扱いされていたのが私だと知らない様子で辺りを見回している。


「目の前のこの女ですよ」

「……。お、お前、まさかとは思うが、レイナさんの事を言ってんじゃないよな?」

「この女、レイナって言うんすか? いやね、この浮浪者が4、5日前に汚い恰好でギルドに入ってきてうろうろしてやがったから、出て行けと言ってやったんですよ。それなのに懲りずにまた来やがったから……」


「そ、それで?」

「浮浪者じゃない、冒険者だと言い張るんでね、お前の実力を見せてみろと言ったんですよ」


 フォルカスの話を聞いたデュクシが急に青い顔になって私の事を見てきた。


 丁度いい。

 ここはデュクシに仲裁に入って貰い、助けてもらおう。

 上手くいけば、私が何もできない恥ずかしい醜態をさらさずに済む。


「本当の実力を見せろと言われて困っているのよ」

 私は右手を頬に当てて「困ったわ」という感じでデュクシに助けを求めた。


 デュクシはいい奴だから、こんな感じで女子が困っていればきっと男気を出して助けてくれるはず。


「す、す、すいません。レイナさん! このバカ、バカなんで許してやってください!」


 青い顔のデュクシが私の前に出ると頭を下げてきた。


「ちょっと兄貴! なんでこんな浮浪者女に頭なんか下げてんすか! 一緒にいるルートリアに実力があるのは知ってるけど、この女はただの浮浪者ですぜ?」


 納得がいかない表情のフォルカスがデュクシに詰め寄っている。


「あのなあ、この3人パーティ『自由のつるぎ』で一番ヤバいのはレイナさんなんだぞ!」


 周りに集まって成り行きを見守っていた野次馬たちから、ざわざわと声が出始めた。


「あれ? あの女は浮浪者じゃないのか?」

「どういうことなの? プレシオやルートリアよりもあのレイナっていう女の実力が上ってことなの? とてもそう見えないわよ?」

「だいたい、何でデュクシさんたちがあの女をさん付けで呼んでんだ?」


 荒くれ物が集う冒険者ギルドじゃ、職員たちもこれくらいのもめ事は止めたりしないようだ。


 職員たちが黙って見ているのは、冒険者たちの実力や順位なんかを確認しているのかもしれない。


 たぶん手が出ない限りはいちいち止めないのね。


「いーや納得いかねぇ。デュクシの兄貴が何をそんなにビビっているのか知らねぇが、俺はこの女を認めちゃいねぇ。だいたい前に足を引っ掛けたときも、気付きもしねぇで普通に転んでたしよお」

「お、お、お前、レイナさんに足を掛けて転ばせたのか?」

「ええ。その後、すぐ起きねぇから脇腹に蹴り入れてやりましたよ」


「あのときの痛みは忘れて無いからね!」

 思い出したら急に腹が立ってきたので、フォルカスを思いっきり睨んでやったわ。


「さ、最悪だ。か、勘弁してくれ……」

 声を震わせたデュクシが顔を引きつらせて苦笑いしている。


 他の『とにかく荒稼ぎ』の面々も表情が抜け落ちて動きが固まってしまっている。

 シーフの女性なんか涙目だわ。


 せっかくデュクシがこの場を収めようとしてくれていたのに、フォルカスが喋るたびに場の空気が悪くなる。


「なあフォルカス。頼むから今回は引いてくれねぇか?」


 フォルカスの腕を掴んでデュクシが何とか場を収めようとしてくれるが、フォルカスはその腕を振り払った。


「いーや、いくら兄貴の頼みとは言えそれは聞けないっすねぇ。こんな浮浪者女に舐められてこのまんま引き下がれるかってんだ」


 ギルド内で成り行きを見守る野次馬たちは、いつまでたってもイベントが始まらないのでイライラし始めたのかヤジを飛ばし始めた。


「おい! 早くやれよ。実力見せてくれんだろ?」

「もう、早く出発したいんだからさっさと決着付けなさいよ」

「邪魔すんじゃねぇよ、デュクシ!」

「『とにかく荒稼ぎ』の奴らも口出すなよ」


 野次馬の奴らが言いたい放題言っている。


 場を煽ろうとする野次馬たちに向かってデュクシが止めに入る。

「なあ、お前たち! 頼むから煽るのはやめてくれ。彼女は……、レイナさんはヤバいんだよ」


「何がどうヤバいんだよ? 見てねぇから分かんねぇだろうが!」

「そうよそうよ。どうヤバいかを今から見ようって話でしょう?」

「デュクシお前は黙ってろよ!」

「お前らパーティは腰抜けばかりじゃねぇのか?」


 野次馬たちに言いたい放題言われながらも、デュクシは必死にこの場を収めようとしてくれている。


 ありがとうデュクシ。


 私のピンチにこんなに親身になってくれて。

 でも、あんまり皆に酷いことを言われてとても申し訳ない。


 それでも諦めないデュクシは何を言われても皆の説得を続けている。


「お願いだ、頼むからレイナさんを挑発しないでくれ」


「もうどっか行けよデュクシ!」

「デュクシさんの腰抜け!」

「ちょっと実力見せるだけって話なのに何ビビッてんだよ! 腰抜けデュクシ!」


「デュクシ帰れ! デュクシ帰れ! デュクシ帰れ!」


 とうとうデュクシに対して退場コールが始まってしまった。


 ……これ私のせいだ。


 何にも悪くないデュクシが私のために酷いことを言われている。

 冒険者たちにこれ以上ない侮辱を受けている。


 まだ出会って数日だしお互い違うパーティのリーダーだけど、オーガ退治でお互いの命を預けた相手だ。

 仲間とまではいかなくても大切な知り合いで、その知り合いがいわれのない言葉の暴力に晒されている。


 私の事で動いてくれる人を助けることもできずに何が冒険者だ。


「ごめんねデュクシ。私は逃げないわ」


「だめだレイナさん、あの力を使っては! こいつら分かってねぇだけなんだ!」


 あの力って神器の事かしら。

 神器はまだ魔力が溜まっていないから使いたくても使えないんだけど……。

 

「でも、この状況でこれ以上デュクシに恥をかかせる訳にはいかないもの」

「くっ……、なら、せめてあのテイムしたアイツを呼ぶだけにしてもらえませんか」


 テイム?


 テイムってあのスライムとかを仲間にして一緒に戦ったりするやつかな?

 テイムした魔物なんていないのに、デュクシは何か勘違いしているのかな?


 ルビカンテなら下僕にしたけど。


 仕方ない。

 テイムした魔物はいないから下僕にした悪魔を呼ぼう。


 私は胸の前で両手の平を上に向けて小さくつぶやいた。


「おいで、ルビカンテ」


「だ、だめだレイナ! あいつを呼んじゃ!」


 慌てたルートリアが私を制止したが遅かった。


 目の前に黒いもやが現れるとそこからゆっくりと足が踏み出され、ルビカンテが転移魔法でこの場に登場した。


 横でルートリアが頭を抱えている。


 昨日の夜ぶりに登場したルビカンテは、相変わらず気色悪い笑みを浮かべている。


「こ、こいつは何だ!? 魔族か!?」

 フォルカスが後退りする。


 野次馬連中が瞬時に距離を取り武器を抜く。

 

「よかったなフォルカス。レイナさんが手加減してくれたぞ」

「て、手加減って……。デュクシの兄貴、この赤黒い魔族はいったい……、しかもどうやってここへ……」

 ルビカンテを目の前にしたフォルカスは純粋な悪意を正面から受けて声が震えている。


「魔族じゃない。レイナさんがテイムした悪魔だ」

「あ、あ、悪魔!? ……そんな……まさか」


「……彼の名はルビカンテ」


「てめぇぇえ! クソ雑魚があぁああ! 俺の名前を人間ごときが呼んでんじゃあねぇええよっっ!! ……です」


 あまりの威圧の強さに、多少はルビカンテと接した事のあるデュクシたちですら一歩後ずさる。


 脅威が冒険者ギルドに一瞬で伝播して、居合わせた全員に緊張が走る。


 ベテラン冒険者は完全な戦闘態勢を取っているが、経験の少ないルーキーたちは腰が抜けて座り込んだ。


「く、くそぅ! こ、こんなのコケ脅しだろ!?」


 驚いた事にフォルカスは声と足を震わせながらもまだ虚勢を張り、ルビカンテに相対している。


「うっひゃぁああッホウ! 勇気ィある貴様にはぁ、本当の地獄というやつを味合わせてやろうッッオ!! ……です」


 両手を広げたルビカンテは体の前に炎の塊を出現させた。

 現れた炎はどんどん大きくなる。


 あっという間に彼の体の前にある炎の大きさは3メートルを超えた。

 今にも建物に火が燃え移りそうだ。


「や、やばっ、やばっ……やばやばやばやば!!!!」

 巨大な炎の塊を前にしたフォルカスは、完全に腰を抜かし床にへたり込んだ。


「レ、レイナッ!! 早く奴に暇を与えるんだ。被害が出るぞ!」

 私の腕を掴んだルートリアが早口で言った。


「え? でもまだ実力を見せてないよ?」


「何言ってんのさ、もう十分だよ。……まったく、人がいない間に一体何やってんの?」

 呆れた様子のプレシオが私の元へ小走りにやって来た。


「こら、ルビカンテ。人間へは友好的な態度で接しなさいって言ったでしょ」

「もっちろんでさぁあ、ご主人。コケ脅しィって勘違いしてたからッ、ちょッと見せてぇあげただけですわぁあ」

 ルビカンテなりに腹が立ったみたいね。


「せっかく来てもらったのに嫌な思いさせてごめんね。本当に勝手で悪いんだけど、また自由行動にするから呼んだら来てくれる?」


 微笑みながらルビカンテに指示するとルビカンテも気味悪い微笑みを返してきた。


「はいぃぃ、ご主人。それじゃぁあ、空気の悪い人間ごみどもの町からは出て行きますわぁああ!!」


 さっき来たときと同様に黒いもやを出したルビカンテは、転移魔法で何処かへ去って行った。


 目の前の脅威が去って威圧が無くなったとたん、場の空気が緩んで構えていた冒険者たちが脱力した。

 

「すすす、すみませんでしたぁあ」


 急にフォルカスと仲間の2人が私の目の前で土下座をした。

 ズザザザと音がしそうなくらいのスライディング土下座だ。


「ももも、申し訳ありません、レイナさんっ!」

「こここ、このお詫びはどうしたら……」

「いいい、命だけは……」


 人を山賊みたいに言わないでよ。


「やべぇ、やべえよ。今の見たか?」

「あれ本当に悪魔なのか? 確かにそんな感じはしたけどよ」

「強さを肌で感じたわ。あの威圧、想像を超える化け物よ」

「本当にテイムしてるみたいだったな」

「ああ、ご主人って言ってたぜ。命令を聞いてたもんな」

「一体どうやったらあんなのをテイムできるんだよ?」

「あんな化け物をテイムできる奴ぁ、絶対普通じゃねぇ……」


 ほら変なこと言うからギルドの皆も私が悪者みたいに扱うじゃない。


「顔を上げてフォルカス。いいわよ。許してあげる」


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」


 よかった。

 これでもう絡まれるようなことも無くなるかな。


「レイナさん、彼らに慈悲を掛けてくれてありがとう」

「何言っているのよ。デュクシがお礼を言うなんておかしいでしょ。あなたのおかげで私が助かったのよ」

「とんでもない! むしろ助かったのはこの場にいる皆の方だから。なあ! お前たち?」


 野次馬たちが超頷いている。


 どういうことかよく分からないわ。


 この事件の後、エルベの街の冒険者ギルドに最強のテイマーがいると噂が広まり、私たちの耳にも入るようになった。


 ……あの、テイマーじゃなくて魔道具士なんですけど。


※誤字脱字などがありましたら、ご連絡いただけますと大変助かります。

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