7話 私、精神的に絶体絶命
赤髪ロングの女性は少し目つきが鋭く快活な感じで、赤い口紅が特徴的。
年は私よりは上のようで少し苦労を経験しているように見えるわ。
青髪の男性は優しい目つきで草食男子の雰囲気がある。
この男性も私より年上みたいだけど、あまり苦労はしていないようね。
2人とも上下揃いの地味な作業服を着ている。
浮浪者のような服を着ていた私が言うのもなんだけど、この女性は美人なんだからもう少し女性らしい恰好をすればいいのに。
それにしても、この女性が言う指令書のターゲットって私の事のようね。
私がターゲットになるなんて、あの勇者関連の事しか思い浮かばない。
危機感を抱いたので隣にいるプレシオの後ろに隠れる。
「あいつらが私の追手かもしれない」
「そうだね。ターゲットと言っているからきっと間違いない。彼女らに見覚えはあるの?」
「無いわ。前に襲われたときは……」
私とプレシオが話していると赤髪ロングの女性がキツイ口調で会話を遮ってきた。
「ちょっと、あんた! そのイケメン2人はどうしたのよ?」
何故かプレシオとルートリアの事を聞いてくる。
「どうしたも何も、あなたは何者なの?」
「質問してるのはこっち! あんたは誰とも組まないソロのハズ。いつの間にか仲間が出来てるなんて計算外だわ。しかもイケメンだし!」
やっぱりこいつら人攫いだ。
絶対勇者からの差し金だわ。
「ねえ、お嬢さん。彼女がソロだなんてさ、どうして思ったんだ?」
「お、お嬢さん!?」
慌てた彼女がきょろきょろ周りを見るが隣には青髪の男性しかいない。
「え? え? お嬢さんって私の事なの?」
「もちろんそうだよ。お嬢さん!」
プレシオが白い歯を見せて微笑む。
「ちょっと! 私なんかをお嬢さんと呼ぶなんて、な、何を企んでるの!?」
「いや、俺は君を見たそのままを言ってるよ」
「え……、そ、そうかしら?」
急に嬉しそうになった赤髪の女性は、頬を赤らめてプレシオの事を見つめた。
「ねえ、お嬢さん。どうして彼女がソロだって思ったの?」
「は、はい! 組織の指令書に彼女はソロだと書いてあったんです」
何かもう彼女のプレシオを見る目がすっかり乙女になっている。
さわやかイケメンのプレシオにお嬢さん呼びされた赤髪の女性は、心を持っていかれてしまったみたいだ。
そうなのだ。
いつも一緒にいるプレシオは長身でかなりの男前なのだ。
短い濃紺色の髪で清潔感があり、端正な顔立ちをしているプレシオは、日本なら楽勝でアイドルや俳優をやっていけるレベルなのである。
慣れとは恐ろしいもので、彼ら2人としばらく一緒にいた私は、もう普通の会話くらいでは動揺しなくなっている。
でもまあ、私も初めてプレシオにお嬢さん呼びされたときは、かなり嬉しかった気がするわね。
ルートリアも赤髪の彼女に微笑みかける。
「君らの名前は?」
「そんな事言える訳ないでしょ!」
おや? ルートリアの微笑みが通じない。
個人的にはルートリアの方が攻撃力は高いと思っているのだけど。
今度はプレシオが微笑みかける。
「そんな事言わないでさ。お嬢さんたちの名前、教えて欲しいな」
「は、はい! 私はサラミです! こいつはスモークです」
あっさり名前を教えてくれた。
隣にいたスモークが慌ててサラミの前に立つと小声でまくし立てた。
「なんで本名の方を言っちゃうんだ! 油断させるにしても仕事の通称か偽名にしろよ!」
本名なんだね。
「ちょっと、あの人との会話を邪魔しないでよ!」
すごい勢いで両手を動かして、前に立つスモークを横にどかした。
可哀そうに、スモークが転んじゃったよ。
「そ、それで、あなたの名前は何ていうの? お、教えて欲しいです」
少し上目づかいでサラミがプレシオを見つめる。
普段と喋り口調を変えているようで抑揚が何となく変だ。
「君はサラミっていうんだね。俺の名前はプレシオだ。サラミ、よろしくね」
「は、はい。よ、よろしくお願いしますぅ」
今の彼女は最初の登場とはまるで違う、しなしな状態だ。
この状態を一般に腰砕けというのだろう。
「もう終わり!! もう終わりだー!!!!」
スモークが大声で叫ぶとサラミの腕を引っ張って、引きずって行こうとする。
サラミの方は引きずられるのを抵抗しているけど、プレシオに名前を呼んで貰い、さらに「よろしく」と言われたのが効いたのか、さっきと同じでしなしな状態のままだ。
その場に留まろうと抵抗するも全く力が入っておらず、結局ズルズルとスモークに引きずられて連れて行かれた。
プレシオと顔を見合わせる。
「なあ、あのサラミとスモークがレイナの言っていた追手でいいのかな?」
「ち、違うわ。前に攫われそうになったときはもっと男臭いゴロツキたちだったんだけど……」
本当に彼女らが私を攫おうとしている追手ならば、警戒するレベルではないかもしれない。
何のために2年間も浮浪者をやって身を隠していたのだろうか。
でも追手の顔と名前が分かったのは収穫だったわ。
今後は追手に対する警戒が少しだけ容易になる。
ちょっと気になるのが、奴らにプレシオの名前を知られてしまった事ね。
「ねえ、プレシオの名前を教えたのは良かったの?」
「まあ平気なんじゃないかな。彼女らに名前を知られたからと言って大したことにはならないと思うよ」
そうね。大した連中じゃなさそうだもんね。
ふと横を見ると、黙って私とプレシオの会話を聞いていたルートリアの表情が何となく不機嫌に見えた。
3人で歩きながら話した結果、私が夜寝るときはルビカンテに護衛して貰おうという事になった。
ルビカンテなら私の下僕なので忠実だし、何より圧倒的な強さがある。
私みたいな人間の女なんてあの悪魔は興味ないだろうから、寝込みを襲われる心配もないのでそういう意味でも安心である。
その代わり、昼間は自由行動にしてあげよう。
彼にだって悪魔の生活があるだろうし。
そんな感じの事を話しながら冒険者ギルドに到着した。
目的のお貴族様パーティまでに日数があるので、何かトラブルがあってもすぐ危機に陥らないように私の事を強化しようということになったのだ。
2人が私の事を守ってくれる契約だったのに、私の能力をアップさせるの? と最初は反発したのだけど、よく考えるともっと効率よく神器を使えるようになるかもだし、今回の神器盗難みたいにプレシオとルートリアが対応できない場合もあるかもだしね。
私もとうとう物頼みを卒業して、本気を出すときが来たようだわ。
という訳で冒険者ギルドに来たんだけど、これからギルドの依頼ボードを確認して一番簡単な依頼を受けてみる事になった。
でも、素人の私が身を守る技術を練習するのだから、ほら、武器を持って素振りするとか、攻撃の避け方を教わるとか、魔法を覚えるとか、そういうのでいいと思うのよ。
いきなり魔物退治はしなくてもいいんじゃないかしら。
ていうか私に魔物退治なんて出来ないわよ、きっと。
だけど、この武術の達人2人は男の子の血が騒ぐのか「ただ練習するだけじゃつまらないよね」とか「実践が最良の教師だ」と勝手な事を言うのだ。
「いざとなったら、私がレイナの事を守るから安心して取り組もう」
プレシオが簡単な依頼を探してくれている間、ルートリアは私が安心出来るように優しい言葉を掛けてくれる。
でもね、本当に魔物1匹倒したことないのよ私は。
いざ魔物退治になって、私が何もできないお荷物だと判明したらこの2人に幻滅されるだろうか?
そんな別の意味での不安を感じていると、後ろのフロアでたむろしている連中から声を掛けられた。
「おいおい、また浮浪者が来てるぜ?」
この前、私に足を引っ掛けたりして絡んできた3人組だ。
「なんか冒険者っぽい恰好してるが一体どういうつもりだ?」
「この前も言ったがここは浮浪者が来るところじゃないんだよ。帰んな!」
この前、罵られたときは浮浪者の服を着ていたから、というか正真正銘の浮浪者だったから酷いことを言われても仕方ないと我慢していたけど、今はちゃんとした恰好をしているし、冒険者登録もしている列記とした冒険者なのだ。
にもかかわらず私の事を浮浪者扱いしてくるのは、本当に浮浪者だと思ってる訳じゃないわね。
明らかにこの前の遺恨があって突っかかって来ているみたい。
ルートリアが私の前に出てかばってくれようとしたけど、それを私が制する。
もう私も冒険者なんだ。
ちょっとくらいの荒事で誰かに守ってもらっているようじゃだめだ。
「私は冒険者登録をした冒険者よ! それなのに浮浪者扱いをするのはどういうこと?」
「何が、冒険者よ! だ。浮浪者が数日前に冒険者登録しただけで中身は浮浪者じゃねぇか」
くうぅぅ、中身が浮浪者だというのはその通りだよ。
何の技術もなく、体術も使えず、魔法も使えない、それって冒険者ってレベルじゃないのは自分でもよく分かっているのよ。
「それでも一端の冒険者をかたるなら、お前の本当の実力を俺たちに分からせてくれねぇか?」
「い、いいわよ!」
あ、私バカだ。
売り言葉に買い言葉で相手の土俵に乗ってしまった。
私たちの口論が元浮浪者の本当の実力を見せるという内容のためか、周りにいたベテラン冒険者やギルドの職員がざわついた。
ギルドに居合わせた人たちに面白いイベントが始まるとでも思わせてしまったのか、かなりの注目を集めてしまったみたいだ。
ベテラン冒険者たちのひそひそ話が聞こえてくる。
「おい、浮浪者に実力なんかあるのか?」
「うーんどうだろう。見たところ若い女だからな」
「でも、一緒にいるのルートリアだぜ? 奴の仲間ならそれなりの実力者かもしれん」
「いや、身体つきや身のこなしを見るからに実力なんて無いだろうな。けど、浮浪者だったってのが引っ掛かる」
「訳ありで浮浪者まで身を落としたけど、実は大魔法使いの孫とか?」
「それだったらすげぇなあ。だとすれば自信満々のあの態度も納得いくってもんだ」
じ、自信満々じゃないよぅ。
ごめんなさい~。
期待されても、がっかりされるだけなんだよ。
ルートリアが私の耳元で囁く。
「もう魔道具の魔力は溜まったのか?」
「まだなのよ。それ以前に魔力が溜まっててもこんなことに魔道具を使えないわ。目立って騒ぎが大きくなっちゃうのは嫌だし」
別に私は名声を上げたい訳でも目立ちたい訳でもない。
冒険者になったんだから、ちゃんと冒険者として扱って欲しいだけなのだ。
しかし、彼らに何か見せられるような実力は持ち合わせていない。
困った。
このままじゃ、また浮浪者だと馬鹿にされる。
下を向いて考えるが、元々何も出来ないのだから何かを思いつく訳がない。
「なんだ。偉そうに啖呵を切るから実は凄いのかと思ったが、やっぱりただの浮浪者か?」
いんねんを付けて来た冒険者が、蔑むような眼で私の事を見ている。
私、精神的に絶体絶命。
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