6話 次は無い様に気を付けるから
今日は疲れているので、宿で夕食を食べて早々にベッドに入った。
彼ら2人は2人部屋、私はもちろん1人部屋にしてある。
ちなみにルビカンテは寝る必要がないそうなので、人間に危害を加えない事と呼んだら来る事を条件に自由行動を許可したら、着ていた冒険者の服を脱いでから、黒いもやを出して転移魔法で何処かへ行ってしまった。
ベッドの中でさっきの事を思い出す。
今でも顔が赤くなり鼓動が早くなる。
ルートリアめ!
また、私の事をからかって酷いったらない。
おかげで楽しみにしていた夕食がまともにのどを通らなかったじゃないの!
思い出すほど恥ずかしさで体が熱くなる。
ちょっと火照りを冷まそう。
ベッドから出ると、窓を開けて部屋に夜風を入れる。
夜風が気持ちいい。
……ふう。
一通り憤慨していたら段々気持ちが落ち着いてきたわ。
窓はもう少し開けておく事にして、またベッドに潜り込む。
それにしても、プレシオとルートリアは一体何者なんだろう。
軍部を掌握していたと言うからには、少なくとも将軍以上のポジションよね。
それにしては2人とも随分若いんだけど。
もしかしたらハリオス侯爵みたいに、将軍の後ろ盾となるような貴族なのかもしれない。
今も国王に謁見できるという事は、貴族の地位まではく奪された訳じゃないのよね……。
ということはお貴族様な訳か。
冷静に考えればこんな仕事だけに人生を捧げてきた、恋愛と縁遠い地味な平民娘なんてプロポーズの対象になる訳ないのよね。
そもそも数日前まで浮浪者だったし。
さっきのフィアンセ発言も私との契約達成のための設定な訳だし。
あー、冷静になったら何だかバカバカしくなってきた。
私ったら、なに設定に舞い上がっているんだろ。
でもちょっとだけ嬉しかったな。
前世では結婚どころか告白もされずに過労死したんだもん、単なる設定でも少しだけ嬉しく感じたよ。
私は幸せな気持ちで眠りに落ちた。
「ああああッッッッ!!!!」
まずい、まずいよ! 大変なことになった!
「どうした!? レイナ?」
「何があったんだ!?」
扉の外からプレシオとルートリアの声が聞こえる。
「ない! ない! ない!」
気が動転して大慌てで部屋の中を探し回る。
「まず落ち着いて! ほら、扉を開けてよ」
プレシオに促されて部屋の扉を開ける。
何事かと部屋の中に踏み込んだプレシオとルートリアが私を見て固まってしまった。
「ないの! ないのよ!!」
2人の視線の意味に気付けない私は必死に状況を伝えようとするが、気が動転して説明にならない。
「あ、あのレイナ……。すまない、一旦部屋を出て待つから」
「な、何? 助けてくれるんじゃないの?」
ルートリアの困った顔に少しだけ冷静さを取り戻すと、2人の視線が私の目ではなく体を見ている事に気付いた。
恐る恐る自分の姿を見る。
シ、シミーズとパンティだけだ……。
「ぎ、ぎゃああああああああ!!!!」
急いで着替えを終えると戸惑いながらも扉のカギを開けた。
本来であれば起き抜けの下着姿をバッチリ見られて、とても顔を合わせることができない程恥ずかしい事態だ。
だけど、発生した事件が事件なので何とか羞恥心を殺して部屋に2人を招き入れた。
それでも恥ずかしさでまともに2人の顔を見ることもできず、ずっと下を向いたまま今朝起こった事件を説明する。
「しん……、魔道具が無いの……」
事の重大さに気付いた2人が前のめりになる。
「いや、そんなハズないよ。レイナは魔道具をバッグに入れてさ、背負ったまま部屋に入ったよな?」
「あれから部屋に誰も入っていないだろう?」
「それがね、寝る前に部屋の窓を開けたんだけど、そのまま寝ちゃって……」
ルートリアのフィアンセ発言にすっかり舞い上がり、体が火照って寝られないから窓を開けたなんて恥ずかしくて言えない。
「つまり、夜誰かに窓から部屋に侵入されてバッグごと盗まれたという訳か……」
「大丈夫だった? 何もされてない?」
「それは平気だったけど……」
「そうかあ、何もされて無くて安心したよ」
「ああ、よかった」
こんな状況になってもプレシオとルートリアは私の事を心配してくれる。
彼らにとって神器の無い私なんて何の価値もないハズなのにとても優しい。
下着姿を見られて恥ずかしかったけど、私の身を案じてくれる優しさに嬉しくなって、やっと顔を上げることができた。
「あ、あのね、前にも1回盗まれたことがあって……」
「そのときはさ、どうやって魔道具を見付けたんだ?」
「よろず屋の露店で二束三文で売られてたわ」
そんな訳ないだろうという表情で2人が私を見る。
「あれは発動条件が厳しくてたぶん私にしか使えないから、他の人から見たらガラクタなのよ」
「魔力が溜まってる訳だからさ、泥棒やよろず屋が魔力探知で調べれば魔道具だって気付かれるんじゃない?」
「どういう構造か分からないけど、溜めた魔力は完璧に内部へ封じられて遮断されてるみたいなの。だから魔力探知にも反応しないわ」
「魔道具だと知らない奴から見たらさ、錆びた歯車にしか見えないという訳だね」
「今頃、盗んだ奴が落胆して売りに出しているかもしれない」
「じゃ、じゃあ、慌てずに歯車を扱いそうなよろず屋を探せばいいのね」
町でジャンク品を扱う露店を調査することにして、まずは宿の朝食を済ませる。
まだ朝早いので露店へ慌てて行っても、泥棒も昨晩盗んだばかりでさすがにまだ露店へ売り払いに来ていないだろうと思われたからだ。
ただ私にとっては昨日の夕食に続いて喉を通らない朝食となってしまった。
いくら神器が転生特典として神様から貸し渡されたとはいえ、天界で大事に封印されていた神器であり、あくまで神様からの預かり物なのである。
それを2度も紛失してしまった。
1度目は何とか手元に戻ってきたからまだ良いけど、今度はどうなるか分からない。
プレシオやルートリアとの契約の事があるけど、それよりも神様の怒りを買って天罰を受ける方が恐ろしいのである。
さっさと朝食を済ませると居ても立っても居られないので、早々に3人でジャンク品を扱う店を見に行く。
ちゃんとした店舗を構えていない道端の露店は、町の端の方に密集しており地面にゴザが敷かれていろいろな商品が並べられている。
壺ばかり並べている店もあれば、野菜や果物を山積みにしている店もある。
肉は少し価格が高いのと衛生面もあってカウンターのある屋台か、店舗で販売されているようだ。
その中に様々な小道具を並べている店があった。
品揃えはシャベルやまな板、釘や金槌、あの棒はなんだろう?
食材をすり潰すスリコギだろうか。
「あったわ!! 私の大事なしん……魔道具!」
金槌の後ろに赤茶色の歯車が置かれているのを見つけた。
「この店主が泥棒とどういう関係か分からないから買い戻すしかないわよね……」
プレシオの顔を見るともちろんという感じで頷いてくれた。
プレシオには申し訳ないが、私の財布は神器と一緒に盗まれてしまい一文無しである。
彼の財布を当てにするしかない。
少しでも早く神器を手元に戻したいが、店主のおじさんが先に来ていた青髪の男性と商談をしているので少し待つ事にする。
「あ、あの歯車は! な、なあ、あの歯車も売り物なのか?」
「ああ、何かの部品だが中心が塞がってて軸が通らないんだ。でも、溶かせばきっといい武器を作れるぞ」
「買う! 買うよ! あの歯車! いくらだ!?」
「銀貨10枚……いや20枚だ」
ちょ、ちょっと待って、ちょっと待って!
このままじゃ知らない人に神器を買われてしまう!
「ちょぉっと待ったあ!!」
商談が決まる前に急いで待ったを掛けた。
店主のおじさんと青髪の男性が私の方に振り向く。
「お、おじさん、あの歯車は私に売って欲しいの!」
「はあ? 何だよ! 俺が先に買おうとしたんだぞ」
「いいじゃない! ねぇ、おじさん、私の方が高く買うわよ」
「ほう?」
店主のおじさんが悪い顔をする。
「ねぇ、銀貨30枚でどうかな?」
この世界の銀貨30枚は日本円で3万円ぐらいの価値がある。
ガラクタに見える歯車に対して、かなりの高値を提示していると思う。
私の提示額を聞いたおじさんが競り相手の男性を見る。
「く、くそ、売られたケンカは買うぞ! 銀貨35枚だ」
「じゃあ銀貨40枚ね」
「く、くぅぅ。でもこれがあればターゲットを誘い出す事ができるかも……。ようし! それなら銀貨50枚でどうだ!」
プレシオを見ると指を1本立てている。
ひと思いに止めを刺せという事ね。
「そうねぇ、なら金貨1枚でどうかしら」
「……なん、だと……?」
気合を入れて銀貨50枚を宣言したのに、瞬時に倍額を提示されて戦意を喪失したのか、競っていた男性が意気消沈してヒザを付いた。
「嬢ちゃん、ありがとうな。また来てくれよ!」
思わぬ高収益に店主のおじさんがホクホク顔で神器を渡してくれる。
運びにくいからバッグをオマケしてと頼んだら、盗まれた私のバッグも付けてくれた。
自分の物を取り返すのにお金を払うのは変な感じだが、泥棒と店主の関係が分からない以上どう仕様もない。
プレシオに代金の金貨1枚を払ってもらい、無事に神器を取り戻すことができた。
「ごめんね。次はこんなことが無い様に気を付けるから」
申し訳ないと頭を下げて2人に謝罪をしたらルートリアが「気にするな」と慰めてくれた。
残念だけどバッグに一緒に入れていた私の財布は残っていなかった。
まあ、銀貨が数枚入っていただけなので諦めよう。
店主にお礼を言ってから、3人で早々にこの場を立ち去ろうと歩き始めたときだった。
「あんた! バカなんじゃないの!?」
大声でこちらの方を罵る声が聞こえた。
振り向くと、赤髪ロングの女性が青髪の男性に罵声を浴びせたようだ。
「この女が指令書のターゲットなんだよ。なんで歯車の方に気を取られて、ターゲットの女を見過ごしてる訳!?」
赤髪ロングの女性はそう言うと、青髪の男性の隣に並び立って私の事を睨んできた。
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