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1話 誰があんなクズ勇者のために働くか!

スコッパーの皆さま! 是非よろしくお願いします。

 過勤務が続いて過労死した私は、転生特典として神様から『尾根ギア』という神器を貸し与えられた。


 これが1対1なら無敵とも思える反則神器なんだけど、どうしてそんな凄い物を貸して貰えたのかというと……。

 神様曰く、死に際に送った社内メールが「以上、尾根ギアします」というタイプミスだから、だそうだ。


 封印されていた神器の名前と、ダイイングメッセージになってしまったメールのタイプミスがたまたま同じだからって、それを理由に封印を解いて転生特典にするなんて神様は安直じゃない!?


 とは言ってもせっかくの転生特典だし、使わなきゃもったいないので第二の人生では積極的にいくと心に誓ったわ。




 転生で前世の記憶を持ったまま、赤ん坊の状態で異世界に放り出された。

 神様により神器の歯車と自分が入った大きなカゴが孤児院の前に置かれて、異世界で第二の人生がスタートしたのだ。


 前世の記憶を持ったままなので、幼少の頃から既に「神器さえあれば異種族闘争で死人が多く出るこの異世界をきっと救える」と考えるようになった。

 そして7歳のときに、神器の力を使って大人の協力者を増やし孤児院を出る。


 それから数年掛けて神器で異種族の人脈を作りまくり、若干15歳にして異世界で不可能と言われた平和を実現したわ。


 でも、それを気に食わなかったのが勇者だったの。







 神器で平和を実現した後、勇者からの強い希望で各地に拠点を構える異種族の王たちのもとを訪れて、勇者に紹介する旅をしていた。


 そして、最後の異種族のトップ、魔王と会うために魔族の官僚である外交長官を訪ねていた。


 いくら魔族と人間の関係が良好になったとは言え、それは数年前に私の働きかけで始まったに過ぎない。

 元々は互いに対立していたんだから、取り次ぎなしでいきなり魔王に会えるわけではないのだ。


 魔族領の僻地へきちにある外交施設の待合室で、勇者パーティの4人に私を合わせた5人は外交長官であるヴィラハリアーを待つ。


「おい、レイナ! お前は人脈以外に何か取柄は無いのか?」


 いくら勇者だからって、ヘラルド王もなんでこんな奴の頼みを引き受けるのよ。

 他ならぬ勇者の頼みで断れなかったのは分からないでもないけど。


 私も最初は勇者がこんなにひどい男性とは思わなかった。


 紹介されたときは愛想よく笑い、口調も丁寧で物腰穏やかだった。

 前世に読んだ小説の勇者と変わらない素敵な人物だと好感を持って協力する事にしたんだ。


 ところが、最後に魔族の土地を訪れてこの外交施設に入った途端、勇者の態度が一変した。


 私に紹介できる有益な人脈がこれで最後と知るや、まるでもう私に価値がないような接し方に変わったのだ。


 もし勇者がこんなクズ男だと知っていたら、ヘラルド王に頼まれたときに断っていたわ。


「私の役割は異種族同士の良好な関係を維持する橋渡し役よ。それ以上でも以下でもないわ」


「もう主要な異種族のトップは紹介してもらったしなあ。これで引き継ぎも終わったわけだ。ありがとよ」


「引き継ぎ? え? どういうこと?」

「お前はもう要らないってこと。俺の役に立つような取柄があるなら、パーティの雑用に加えてもよかったんだがなあ、残念!」


 こいつのパーティは見ていて反吐が出る。


 全員打算で集まった奴らだ。互いを利用することしか考えていない。

 一致しているのは武力や魔力に自信があり、活躍して名声を上げたいということだけ。


「あなたじゃ異種族との関係を維持する事はできないと思うわ」

「ばっか、俺は勇者だぜ。勇者は万能だから何でもできんだよ。だいたい何が交渉人だ。そんなのカリスマがある奴には簡単にできんだよ。橋渡し役とか言ってるけど、単に事務方の代表同士で話を付けてるだけじゃないか」


「それが難しいのよ」

「ハッキリ言うけどよ、お前邪魔なんだよ。俺はねぇ、勇者なの! 分かる? 勇者は魔族を倒して人の世を取り戻すのが役割なの。お前がいると魔族との関係が良すぎて俺の活躍する場面が無いんだよ!」


「争いの無い世の中のどこが悪いのよ。異種族との交易もできて商売もうまくいくし、我々人間の世界も豊かになってきたじゃない!」


 私の言葉を聞いた勇者は待合室の床にペッと唾を吐き捨てた。


「他の種族との関係は維持するが、魔族との関係はぶち壊す。手始めに今からやって来る魔族の事務方トップを血祭にあげてやっから。これで俺が活躍できらぁ」


 勇者は扉の右寄り、戦士が扉の左寄りに移動すると扉の方を向いて立ち止まった。

 勇者も戦士も剣を抜くと片手で刀身を下げて持ち、体の後ろに隠した。


 狂っている。


 これが切っ掛けで発生した魔族との戦争で、罪の無い人々がどれだけ死ぬことになるか。


 自分が活躍して目立つために、家を失い、家族を失い、希望を失う人がどれだけ増えることになるか。




 止めなければならない。何としても。




 でも私の神器は『宛先』を1人しか指定できない。

 開放も魔力を満タンまで溜めて1回だけしかできない。

 でも幸い奴らは目の前にいるので、神器の効果を及ぼすための条件『私の声を聞かせる』は満たす事が出来る。


 勇者パーティは全部で4人いる。

 勇者の他には戦士、アサシン、魔導士だ。

 勇者を神器の力で止めても、それ以外の奴ら3人を止めることはできない。


 この神器は他の神器と一線を画す性能で神が禁断扱いする代物だが、1対複数の場面だけは不得意とするのだ。


 仕方ない。


 神様から神器を渡されるときに「神器で私に要求するのは迷惑だから絶対にやめろ、約束を破ったら神器を回収する」と言われていたが、もう神様に解決してもらうように要求するしかない。


 神様は地球やこの異世界を含めた、あらゆる世界を包むように存在していて、神様への祈りの言葉はどこからでも誰からでも届くらしい、神様がそう言っていた。


 それなら、この禁断の神器を開放して神様に要求をすることができる。


 事務方のトップが待合室に入ってくる前に、こいつらに天罰をお見舞いしてやらねば。

 そうとなれば、神器の力を開放するために背負った荷物を下ろそう。


「何もさせない」

 いつの間にか後ろに回ったアサシンに、あっという間に両腕を押さえ込まれた。


 マズいわ。

 両腕を押さえ込まれた状態じゃ、神器の力を開放して<起動>をしても、相手に要求するための<送信>ができない。


 勇者が私の方に向くと、顔の前で人差し指を横振った。

「チッチッチ、お前が妙な魔法を使うという情報は入ってるんだよ。まあ使ったところでお前のクソ魔法じゃどうにもならねぇだろうがな」

「そ、そう……」


 神器さえ使えればこんな奴は敵じゃないのに。


 この勇者は油断こそしないが、強さゆえのプライドがある。

 そのプライドを利用して神器を開放し<起動>から<送信>まで持ち込めば神に要求できる……。


「じゃ、じゃあ私のクソ魔法なんか怖くないよね? それとも勇者様ったら、耐える自信がないのかな? 私のクソ魔法にやられちゃうのかな? 勇者様がビビったら恥ずかしいわよ?」


 挑発に乗ってきて! お願い!


「ハ? 俺は勇者だぜ、お前のクソ魔法なんて効く訳ねぇだろ? 仕方ねぇ、全く効果が無い事を見せて、格の違いというもの(・・・・・・・・・)を分からせてやる(・・・・・・・・)か」


 やった!


 アサシンの拘束を振り払うと背負った荷物を下ろして、赤茶色に錆びた歯車を取り出す。




 さあ! 今から神様を降臨させて、格の違いというもの(・・・・・・・・・)を分からせてやる(・・・・・・・・)わ。




 さっそく神器の力を開放させ<起動>しようとしたときに待合室の扉が開いた。


「お待たせしました。私が魔族外交長官のヴィラハリアーです。それでは早速……」


 ちょっとぉ!!

 何でこのタイミングで部屋に入ってきちゃうのよー!


「うおりゃああー! 死ねぇやー!」

 

 勇者たちは容赦がなかった。


 今まで私が築き上げた信頼関係もあり、訪れた魔族2人は帯剣こそしていたものの全く警戒していなかった。

 勇者と戦士の凶行により、外交長官のヴィラハリアーと同行の執務官は滅多打ちにされた。


 おそらく警戒されないようにという理由だろうが、勇者に魔法のバフなど掛かってはいなかったと思う。

 にも関わらず一瞬で片が付いた。


 後ろで見ていた魔導士の女とさっき私の両腕を押さえたアサシンがへらへらと笑った。


「さあ、俺たちはズラかるぜ。お前はその魔族2人を殺した犯人として生きたまま置き去りだ。せいぜい悪名をあげろや」


 そう言い放つと勇者の周りに集まった3人とともに転移魔法を使って消えた。


 きっと王国の転移陣まで転移したのだろう。





 それからのことはよく覚えていない。


 とにかく必死に魔族側の交易港へ行き、神器の力を使って船に乗せてもらい人間側の交易港まで帰ってきた。


 きっと、魔族との関係は望み通りむちゃくちゃになっただろう。


 そして、ほかの獣人族や妖精族、昆虫人族、魚人族、精霊なんかとの関係もむちゃくちゃになったハズね。


 異種族相手の交渉は普通のやり方をしても全く通用しないわ。

 勇者のカリスマ程度で異種族と仲良くやれるならとっくに過去の先人たちが実現しているわよ。


 あとは、勇者が手紙を送ってきたのが異種族と上手くいっていない証拠ね。


 魔族領から命からがら逃げ延びてようやく家に戻ったら、私が生きていることが勇者に伝わったみたいで、勇者が使いの者を寄こして手紙を送って来たわ。

 手紙には「また一緒のパーティで楽しくやろう」と一言だけ書いてあった。


 あんたなんかと一緒のパーティだった試しはないわ!


 頭に来て「お断り」と伝えてもらったら、今度はきな臭い連中に拉致されそうになった。

 もし捕まって勇者の所へ連れて行かれたら、奴隷のように扱われて異種族との交渉を無理やりさせられるんだろう。


 私は拉致しようとする奴らから逃げるため、城下町からこのエルベの町に移り、身元を隠すため浮浪者に成り下がって路地裏に隠れた。


 誰があんなクズ勇者のために働くか!







 あれから2年後、私はエルベの町の表通りから少し歩いた薄暗い路地裏で、建物の壁に寄りかかって座っていた。

 服装は長袖シャツに長いパンツ、頭の上からフードの付いたコートを羽織っている。


 ただ、どれもとてもくすんだ灰色や黒の服でところどころ擦り切れているので、誰でも一見すれば浮浪者か物乞いだと思うはずよ。


 これだけ汚らしい恰好をしていれば、ひどい臭いもしそうだけどそんな事はないわ。


 なぜなら、私が嫌だから。


 顔は自分で炭や泥を付けて汚しただけで、ちゃんと毎日身体を拭いている。

 この服だって実は替えを持っていて2日に1度は洗っている、だから本当はキレイ。

 服の汚れはいわば模様ってところ。


 ところが、こんなに汚く見える恰好の私の元へ近づいてくる奴らがいるわ。


 せっかくの私の変装を無駄にして近づいて来た奴らの足元を見る。

 長旅用のブーツを履いた男性が4人ね、冒険者か何かみたい。何の用かしら。

 

「おい、お前! ちょっと聞きたいんだが」

 横柄な奴だわ。人にものをたずねるときは、もう少し下出に話したらどう?


「こういう奴を知らないか?」

 人相書きを見せてきた。

 どうせ冒険者ギルドで人探しの依頼でも受けたんでしょ。私には関係ない。


「知らない」

「もうちょっとちゃんと見ろよ」

「……」

「お前、もしかして本当は知ってるんじゃないか」


 相手にするのが嫌で適当に答えたら、見当違いの事を言いだした。


「知らないから」

「? お前は女か?」


 女よ。なんか悪い?

「汚ねぇ女だな」

 隣の男性が私の顔をのぞき込んでいる。

「おいおい、どうした? 女と分かった途端、顔色変えて意識しやがって。こういうのが好みなのか?」

「ばっかテメェそんな訳ねぇだろ」

 急に怒り出した隣の男性が私の事を足蹴にした。


 もう分かったから。今蹴った事も忘れるから。どっか行って、お願い。


 最初に話しかけてきた奴が、私の被っているフードをめくった。

「何だコイツ。髪だけキレイじゃねぇか」

 しまった。

「長くてサラサラだな?」

 私の髪は明るい栗色で肩よりも長い。


 今まではフードをめくってまで顔を確認してくる奴なんていなかったので油断していた。


 さっき蹴ってきた奴が急ににやにやしている、顔を近づけるな!

「なんだか金の匂いがするな。お前、どっかのお嬢様が逃げて変装してるんだろ?」


 アホか!

 お嬢様でも何でもないわ。見当違いも大概にしてよ。


 最初に話してきた奴が仲間3人と相談を始めた。

「なあ、依頼の人探しの件はとりあえず後回しにして、こいつを保護しねぇか?」

「なんでだ?」

「こりゃ、わざと汚く装っていやがる。何かから身を隠すためだな」


 あんたらみたいな奴らからよ!


「つまり何処かの金持ちがこいつを探しているって事か」

 それは間違っていない。

「じゃあ、とりあえず俺たちが囲ってから、捜索依頼が出されてないか調べるか」

「よし、捜索依頼が出されてなければ、俺たちが仲良くしてやろうぜ。ぐへへ」


 やれやれ、冒険者なんてこんなものだ。


 正義感に燃えた奴もいるけど、そんなのごく一部でほとんどがその日暮らしの便利屋ね。

 女性を物としか見ていないクズばっか。


 だから冒険者なんて嫌いなのよ!


「おい! 立て! いや、立ってくれないか」

 お嬢様だった場合を考えて急に言葉を直しても、もう遅い。


 誰が立つもんか。


「こいつ抵抗してやがる。やっぱり逃げたお嬢様だな?」

 3人掛かりで私を無理やり立たせた。

「何か変なもん背負ってやがる」

「コートの下に隠してるな」

「デカくてゴツゴツしてるぞ」

 大の男が3人掛かりで背中を撫で回すので気持ち悪い。


「やめて! ベタベタ触らないで」

「じゃあ、この隠している武器を出せ」

 武器じゃないし。

「危なくて連れて行けねぇ。早くこっちに寄こせ!」


 あーあ、せっかく頑張って魔力を溜めたのに。


 こんなつまらない奴ら相手に使うしかないのか。

 まあ、どうせ何かに使う当てがあった訳でもないしどうでもいいや。


 私が諦めて仕方なくコートを脱ごうとしたときだった。


※誤字脱字などがありましたら、ご連絡いただけますと大変助かります。

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