兎達の弾丸
狙撃手は息を殺す。
標準だけに集中し、決して届かぬはずの弾丸を”確実に届ける”。
傭兵”兎の狩り”。世界に名を轟かせる凄腕は、最速の弾丸を放つ。
兎は虎を狩り
兎は狼を狩り
そして兎は、軍隊を狩る
フェルナンド攻防戦は、以下のようにして始まった。
南方。アナスタ国主力は、重武装歩兵を中心とした第一特務部隊エニエール。及び、後方予備隊三十二駐屯師団が進軍。森を抜けだし、ポイントⅮにその矛先を向けようと、規律乱れぬ足を進める。
フェルナンドは、東北を山に囲まれ西側には大きな川が流れており、川側からの進行は不可能に近い。
唯一架かる西側の橋は、西側の国境を渡るための主要な橋であり、その意も含め、彼らが西側から攻める事は無いだろう。
連合軍の見立てはこうだ。
情報戦略により、敵の情報網はこちらの魔道大隊の存在に気が付いていない。
元々、フェルナンド地方に配属されている魔道大隊。”ケルベロス”は、隠密行動。及び、情報戦略に秀でた千人規模の大隊だ。
その火力は他の魔道大隊には劣るモノの、こちらの戦力が漏れにくいという情報戦においては最優に数えられる部隊の一つであり、彼らを西側の高台に配置。町を見下ろすような形で、アナスタ軍主力に対して、最大級の魔力攻撃を行う。
地方に配属された大隊とはいえ、嘆くほどの弱さがある訳ではない彼ら。自身らの魔道攻撃に対して、少なからず自信を持っていた彼らは、アナスタ国に対しての痛烈な一撃を与えられると誰もが気を緩めていた。
保護魔法により、彼らは出来る限り見えにくくなっている。
何より、その崖を上るには、アナスタ国側からでは地形的な不備がある。
彼らは、それゆえ致命的に気を抜いてしまっていた。
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後方 フェルナンド中央山脈第八展望台。
元々、フェルナンドという地名は、この山脈から拝借したに過ぎない。広大な中央山脈と、それを円形に分かれるようにしてできたこの地方は、南フェルナンド、北フェルナンド、西フェルナンドの三地域に分かれ、それぞれが農業生産的な意味において重要な地点を意味している。
すべてはフェルナンド山脈から流れる良質な水による恩恵であり、中央山脈周辺の占拠は、アナスタ国にとっても有効な戦略の一つだ。
水資源の一端はフェルナンド地方が全権を担っている。南フェルナンドが落ちれば、彼らは良質な水資源を、敵国の妨害無くして手に入れる事が出来るようになる。
『主力大隊は作戦通りに配置についたって、ラステラ。』
インカムからは、親友の声。
私は、それに応えるように頷く。
『いよいよだね。』
「もし負けたら、契約は無かった事にされるのかな?」
この契約は、四か国の合意があるからこそ成り立っている。
ここで彼らが負けたとして、私達に価値はあるか。……私には分からない。
『それはあり得ない。彼ら傭兵が四か国の切り札という事は変わりないし、彼らの武器を作れるのは僕たち以外に他ならないからね。
武器促進を規律ある購買行動にしている僕達は、規律に厳しい軍部にとって、益にはなっても害にはならない。彼等だって、主力を弱体化させたくはないからね』
『それに、此処だけが私たちの生きている世界じゃあない。世界は君が思っている上に広いさ、クラン。』
もしも。と、ラステラは続けた。
『…もし、………失敗したら。別な国へいこう。そこで新しい生き方を探そうか?僕らには、生きる権利があるのだからね』
「……」
『その時は、きっと捨てられるかもしれない』
私は、武器を作る事しか能が無い。
装甲車だったり、機関銃だったり、ありとあらゆる興味が無い知識が頭の中に有って、ありとあらゆる武器を作ることが出来ても。……私は、真にそれに興味を持っているわけではない。
だけど、私は。誰かのために役に立てている今の生活に、不満があるとは言ったことが無いのだ。
私にはこれを捨てる自信が無い。
だから、私はその答えに答える事が出来なかった。
「……地雷か」
四か国通商協定が我々に依頼した武器は、千人規模の大隊を足止めできる罠の提供だった。
元々、転生者用の武装が主流の商品だが、携行地雷が販売できないとは一言も言っておらず、千人単位の人間を足止め出来るには、数はそろえなくてはならないが地雷という線が一番効果的であった。
標高を三千は越える山の中腹。
其処に陣取るは、世界最高の狙撃手と呼ばれる男。
RD。ラドと呼ばれる傭兵の仲間であり、彼の相棒。
「対歩兵地雷が千。クレイモア地雷を地雷原後方に数百配置。雑草はそれほど生い茂っていないけど、それなりの草むらがあるから、相手からしたら分からない所にランダムで仕掛けてある。強行突破しようとするもんなら、地雷の爆発で歩兵は重症。あたふたしているところに魔法大隊の面制圧
あなたの任務は、其処からこぼれてきた敵兵の掃討。それで、これがさっき特注で作り直したライフル」
私は彼にそう説明する。
私の客の一人でもあり、この仕事のパートナーでもある。
私は武器を届けに、彼は仕事をするためにここへ来た。
彼の名はイナギ。
片方の耳が欠けた、兎である。
「勝算はあるのか?」
「普通だったらこれで終わる。……けど」
「けど?」
「……確実とは言い切れない」
「……成程」
商談を開始しながら、雑談を交えて弾と現物について再度説明を付け加える。
いい品だ。そう呟くイナギに、ささやかながらお礼を言うのも忘れない。
「噛み付き兎は?」
「アイツは兵隊の中に紛れ込んでいる。流れ弾で死なないようにとだけ言っといたさ」
「……きちんと眉間を狙っておいて」
「了解。事故死に見せかけてやる。……ところで」
同じような毛並みを見せ。
同じような耳を見せる傭兵は、愛用の銃の確認を終えると、懐から袋を手渡した。
「お前は今でもあいつが好きなのか?」
私は憤慨し、頬を膨らせえて否定した。
私の胸の内にあるのは商売上としての感情だけだ。それ以上もそれ以下でもない。
私はそう吐き、言葉に示しながら。
「……誰があんな糞兎」
「……だろうな。顔に出ている」
五十口径 バレットM82
大口径の蝉オート狙撃銃。対物ライフルとして著名なこの兵器は、一キロ以上の目標に対する狙撃、及び、車両内の目標に対する攻撃を目的として開発された。
ライフル特有の長い銃身と、十キロ以上の重さを兼ね備えている本銃は、子供がラクラクと使いこなせるものではない。五十口径の反動は軽減されているものの、本体重量は、スナイパー特有の立ち回りの悪さを隠せない。
それを最後に、スナイパーは声を潜めた。
傭兵の一人は、確かに戦場を見据えている。
私は、眼下の戦場から目を伏せた。
その足音が聞こえてきたのは、やはり森の中からであった。
足並みは、土煙となってその勢いを示していた。身の丈以上もあるそれらを撒きながら、駆け出してきたのは、漆黒の面を付けた荷馬車。
多数の兵を載せたであろうその荷馬車は、迷うことなく戦場を突き進む。
これに対して、カルタ国は次のような対応を取る。
魔道大隊の存在は知る事が無い。敵は、地図上とは違う地形状況に、荷馬車を利用した強襲を仕掛ける算段を持っている。地雷原だけを活用し、機密性が高い魔道大隊の明確な隠密性の暴露を避ける。
故に、その荷馬車に対して、彼らは何をすることも無く見守った。
第一の罠が見破られたとして、第二の罠をみすみす見せる事は無い。地雷原は、それだけで抑制効果が高いとの報告を受けており、作戦としては魔道大隊の隠匿性の保持が最優先となった。
千を超えるであろうその馬は、荷馬車を引きながら異様な速さで走り続ける。
その動きは規則正しく、百に満たない列で彼らは足並みをそろえながら敵中央部へと向かう。
それは、突如として剥がれた。
一頭の馬が、吹き飛ぶ。
それに続くように、何百といった馬が次々に倒れていく。
有るモノは片足を失い。ある馬は姿勢が崩れ腸を焦がす。
対人地雷は、流動的な戦場においては無益な兵器だ。しかし、事地点防衛においては、奇襲や強襲攻撃に対応できる武装として注目を置かれる。
小型の爆風で敵の損傷を誘い、負傷兵を量産することで敵主力の足止め、及び、裏どりの阻止などでこの兵器は世界各地で使われていた。コストパフォーマンスも最良であり、低価格で威力ある行動が出来るが、敵味方問わず損傷を誘うという人的問題がある。
だがしかし、馬は止まらない。
自身と同様の屍を踏みつぶし、あるいは飛び越え。彼等は敵中央へと進んだ。
その勢いは止まることを知らず、片足を失おうが内臓が飛び出ようがお構いなしに足を駆ける。地雷は、人体の部分欠陥による精神的な後退効果を期待した兵器でもある。これ以上進んではならないという圧力は、動物なら誰しもが持っている感情だ。危機管理能力を失っているものは、もはや動物としての行為を逸脱している。
しかし、彼らは止まらない。
内臓が飛び出ようと、目の前で同じ生物が木っ端みじんとなろうと。
馬はその勢いを止めることはなく、荷馬車を背負い駆け続ける。
車輪が壊れ、荷馬車を誤認した横側の地雷が作動する。
地雷原は連鎖的に爆発を続け、ありとあらゆるものが飛び散っていく。
それは、こちら陣営の恐怖を誘う。
それが、歩兵に迫っていた。
一つの馬の覆面が取れた。
正確には、覆面だと思っていたモノ。
荷馬車であるのに座席は無く、人の気配も無い。
それには、首が無かった。
歩兵はその光景に息をのむ。何せ、荷馬車と思っていたモノの実態は違うもので、……それは、強いて言えば悪魔のような乗り物だ。
首の無い荷馬車は容赦なく駆け続け、歩兵戦列中央に差し迫る勢いを見せる。武器をまとわぬ馬の軍勢は、その脚力を以て歩兵を踏みつけようとし……。
……それに、撃ち砕かれた。
それは火を噴いていた。
狙撃手は息をのむ間もなく、二射目を装填する。
薬莢は静かな森に響き、私は双眼鏡をもって答えた。
動物の声さえ、森の厳かな声を消し飛ばす音。一瞬の光は、見えぬ速さで標的を打ち抜く。
対戦車ライフル。もとい、対物ライフル。
元々車両内の敵を射殺する目的で作られているこの銃は、その効果を威力のある銃だけにはとどまらせず、中距離からではない、一キロ以上に渡る目標に対しての狙撃にも効果を示している。
ライフル系の中でも一番重い五十口径。十三ミリと呼ばれるその弾は、質量においては世界最大級の銃弾であり、確実に遠距離から仕留める事が出来る狙撃用の銃弾だ。
だが、しかし。
狙撃を行うにも、適正距離というのがある。
「ヒット」
「知ってる」
淡々とした口調で、イナギは次の準備に戻る。
発射。
二度目の弾頭は、地雷原を抜けた二体の馬の胴を空けた。背中から赤黒い液体をまき散らし、半分を失った彼らはそこで途絶える。背負った荷馬車が邪魔となり、山となった死体が壁となりこれ以上は進めなそうにない。
馬はそれでも前へ前へと進むが、その足並みは勢いを無くしている。
道を間接的に防いだ英雄は、その状況に一息吐き。懐から水を取り出した。
「道は塞いだ。しばらくは持つだろ」
『立ち往生してやんの。超絶ウケる』
「ウケてないで仕事をしろ。魔術的な何かだろ」
相棒とそのような会話を返した彼は、胡坐をかきながら戦場を見下ろしていた。
時刻は正午を過ぎる。にぎやかな観光地であるフェルナンドでは、絶えない笑顔が食事を楽しんでいただろう。……少なくても、血の気が多いこの惨状は市民の本意ではない。
「精度いいな。今まで使っていたボルトアクションよりも使いやすい。何より、威力もある」
「元々、対戦車ライフルは車に対して考案された代物だからね。……まあ、現代戦車は無理だけど。」
「それでも高威力だ。……他の弾頭も試していいか?」
毎度あり。
私はそう言って、他の弾薬を渡す。
彼が二射命中させたそれ。
徹甲弾は、車両に対して。もしくは車上の敵兵に対して、物理的なダメージを通して破壊する弾頭。
私が彼と専門的な会話をしている際、ホローポイントやらダムダムやらと言っていた”あれら”がこれに含まれる。物理的なダメージを期待するための弾頭であるため、装甲が高ければ高い程にその効果は減少するが、一般兵が盾を構えた程度であれば、五十口径の銃弾は盾もろとも打ち抜くだろう。
それが人間であるなら、上半身が吹き飛ぶというのが五十口径の威力だ。
馬の胴体程度、何の盾にもならず同じように吹き飛ぶ。
「徹甲炸裂焼夷弾?」
「グレネードを遠方に、精密的に届ける逸品」
「……貸してみてくれ」
戦争屋は笑みを隠さず、マガジンを交換した。
先ほども言った通り、焼夷弾とはグレネードの威力を遠方に、正確に届ける弾頭だ。だから、対人狙撃に対する内部破壊でこれ以上の弾頭は無い。
可及的速やかに放たれた弾丸は、山のように連なる荷馬車を追い越し後方へ。爆発と共に、数体の馬が犠牲となった。
顔が無い死体はそれでも動き続ける。
しかし、物静かな彼はその威力に喜びを露にしており、そちらを見る事は無い。
「………いいな。」
「気に入っていただけて何より」
「代金は後で払う。いつもの貨幣でいいか?」
「オプションサービスにしておくよ。」
ありがとうとイナギは礼を語る。
どういたしましてと私は答えた。