アナスタ国の誇り
軍師は、言葉を掛けず酒を煽る。
戦友は、言葉を掛けずツマミに酔いしれる。
静かな時が支配する
彼等は求めながら、其処に永住する事は無いだろう。
彼等の場所は此処ではない
我々の場所は、限りなくここではないのだ。
アナスタ国。第二の首都とも呼ばれる工場都市”ストレルカ”
工業生産が主な産業のこの町は、鉄鋼の溶接形成などの音が日夜絶えない。あちらこちらで職人は汗水を垂らし、繁華街の夜の町は賑やかな様子を見せる。
その中の一軒。居酒屋が溢れる大通りから少し離れた路地。
今日はいつもよりも気分が良かった。煙管を炊きながら、新月に酔いしれるほどに。
居酒屋”ベルカ”。かの国を模したその居酒屋は、異人が運営する居酒屋。
客どおりは少ないものの、常連には政府高官が時折来る程、知る人ぞ知る場所。
排他的なこの国では経営が苦しいくせに、常連の為に開いているらしい。そんなもの好きな女将が切り盛りしているこの店は、俺にとっても思い出のある場所でもある。
「よお! 軍師、準備はどうだ!!」
鉄の香りが印象的で、調理されたほど良い匂いでかき消す店に、目当ての人物はグラスを傾けていた。
声を掛けたのは、同世代の青年。
相変わらずの肉嫌いで、色彩鮮やかな野菜の煮物に舌を興じている。
わずか三十の若さで老記となったこの男は、名をシュウといい。この間の戦争において精巧な指揮を執った。宗教における弾圧戦争。民主主義者との戦争。すべての戦争において、彼は無駄な血を流すことなく敵だけを滅した。
血を流すことを好む我らにとって、彼の存在を異端と思う輩もいる。
しかし、無駄な血を流さないことは、次に備える策略家にとって有能の証だ。
隣に座ると、嫌な顔をこちらに向け嘆息を吐く。
俺は気にせず、注文を行った。分かりました。と、お通しとやらと酒だけが並べられる。
「言われなくても準備は進んでいる、野蛮人。すでに部隊は作戦通りの配置だ。何時でも作戦を始める事が出来る」
部隊はすでに整っており、あとは互いの指揮の元戦争を行うのみ。
女将さんは、調理場の方に足を運んでいる香ばしい香りに期待を含ませ、置かれたグラス内の酒を一気に飲みほした。
このような話をする場所ではないことは理解している。……だが、気分がいいときは誰かと話したいものだ。
寄っていると誤認しているシュウは、愛用のスカーフで口元を隠しているモノの表情は分かる。めんどくささが顔に出ているが、こちらとしては知ったことではない。
実に気分がいい。
話を止まらなそうだ。
「それにしても、なかなか粒ぞろいじゃあないか! 異世界人ってやつは」
「ほとんどは隣の国に取られている。経済政策も効いていてな。こちらでは用能な奴が雇えていない。……まあ、一癖も二癖もある連中だよ。お前の部隊に配置している分で全員だ。……せいぜいこき使え」
異世界人。
我々とは違うスキルを使用し、そのどれもが脅威になる可能性を秘めている隣人。
彼らは別世界からの来客人らしいが、彼らが来たところで世界は変わらない。一人が変える事が出来る世界などたかがしれず、故に、人は徒党を組まねばならない。
強かった者を知っている。
だが。
脅威だが、無敵ではない。
自分の部下であった彼を思い出し、苦みを含めた含めた表情を浮かべる。
「まあ大丈夫だろ。レオルの件もあるしな」
「……あのバカか。今は元気なのか?」
「アイツは死んだよ。見事に、腹に鉄の塊を食らってな。……笑っていやがった」
部下の死は自分の責任だ。
だが、背負う事はあっても、引きずることはない。
俺たちは戦争をこよなく愛する異端児だ。戦争を望んでいるのだから、何があっても自己責任。その上で背負い込んでるのは、単に自分の矜持に過ぎない。
俺はグラスを天に掲げる。
女将の話では、これは祝い事でよく使われるものだ。
この国では、国のために命を落としたものを勇者と呼ぶ。
シュウもそれに倣い、グラスを天に掲げる。
「勇敢な同胞へ」
「勇敢な同胞へ!」
我らの勇者に、明日があることを願う。
我らも又、勇士たる様に剣を盾を振る。
「傭兵の数もこちらが少ない。兵士の質はこちらが上だが、あちらは数が多い」
「だが、奴らには俺たちが居ない。勇猛果敢な俺と、知略を尽くした知将がな」
兵力としては、常駐兵と傭兵共が主な戦力に数えられる。
住民の避難などを考えると、戦力差はこちらが三倍。質でも数でも勝ることはない。……だが、あの村を占拠したとして、広大なフェルナンドを侵略するとなれば兵の数が足りない。あちらこちらの民主主義を弾圧するために、動かせる兵は限られている。
「それで?相手側はどう出る?」
「すでに国境付近で動きが見られた。フェルナンドの旧街道付近で、森林を伐採している模様だ。大方専用の業者に頼んだのだろう。いち農村レベルの広さを一日でだそうだ」
「新兵器?」
「だから業者だと言っているだろ。お前は知らないが、四か国協定の中でそういう業者が居るんだよ。異世界人のな」
「ああ。なるほど。理解した。……農地を広げるという線は?」
「冬に入る前に。……という意味では理解できるがな。この時期だ。それ以外の意味合いを考えた方が賢明だろう?」
「……分からないな。確かに、あの森は俺たちの進行ルートの一つだが、連中もこちらの主力が足止めを食らうという利点は承知の上だろう?森の中ならば、奇襲にトラップなどのほうが戦略性は上がる。
何もない平地なぞ、少数の常駐兵では戦力不足に陥るだけだ。奴らの本隊が待ち構えている訳でもあるまい」
……問題は。
敵の動きが、予想以上に静かなところだ。
「国は我々の動きに気付いている。だが、本隊を動かしている様子は見られない」
「何かの罠か?」
「そうだろうな」
罠の可能性が高い。
情報戦略を得意としているかの国は、我々よりも攻撃系魔法の質が高く、火力面でこちらを勝っている。近づければ何ともなるが、血被く前に焼き切られては元も子もない。
……まあ、こちらにはそれに対する切り札が無いとは言ってないが。
「考えるられるのは、異世界の罠か。……もしくは」
「魔術的に調教したドラゴンも来るか?」
「連中が?それは考えられんな。少なくとも連中の得意分野は違う」
そのような取引の様子もなかった。
……考えるだけ無駄か。
「魔術大隊は何名だ?」
「強化術式が出来る者が五百。騎兵に割り当てているのが二百だから、三百人程度」
「……どうする気だ?」
「二百人は通常通りお前の部隊に配置する」
相棒の表情は変わらない。
仕事だと割り切って、精を出すのだろう。
「騎兵部隊は作戦通りだ。戦略は変わらん」
「お前は、天を飛べ。相棒」
天を飛べ。
……この軍師の考える事は何を考えても分からん。
腕を出す。
表情の半分を覆い隠した相棒は、相変わらず不機嫌な顔を変えることなくそれに応じる。
これは我々の信頼の証であり。
我々が対等であるという声なき言葉だ。
「明日の勝利に」
互に腕を交えた後、冗談交じりの会話を続ける。
戦争の時間は、一刻と迫っていく。
今は、こうして酒と料理を楽しだけだ。