アナスタ国の英雄達
彼等は武器を取った
それは身を守るためではない。彼らの誇りを守るための戦い。
戦線に善悪は存在なく、其処に有るのは知力と武力。
剣を持て、盾を構えろ。
我々の誇りを守るために、我々の大切なモノを守るために
大切なモノに、悲惨な未来を見せないために
我々は、こうして英雄となるのだ。
~中央特区ケルファニア~
___大会議場。
「だから! 今すぐにでも、わが領土を奪い返さなければならぬのです!!」
大男の叫びは、静寂を切り裂くように響いた。
北の土地の英雄。フェス将軍。わずか三百人の精鋭たちを束ねる”鬼神”。古城を占拠した数千の反乱軍に対して、彼は勇猛果敢に攻め入り、戦果を残した。
アナスタ国の中心。経済的な中央特区であり、首都であるケルファニア。
連なる面々は、各地で名を上げた勇士の面々。世間一般的に、威厳のある顔立ちで知られているケルファニア人だが、その屈強な肉体が何よりの特徴的で、肉弾戦においては他の種族以上に。丈夫で。しなやかで。強靭である。
我らの祖先は炭鉱業。及び、鉱石の輸出などで生計を立てていた。屈強な体は何倍もの石を運び、鉱石目当ての俗物を追い払い。彼らはそれを誇りと語る。
誇りはただの自己満足でしかなく、誇りでは何も養えない。
資源地帯として有名だったこの国は、乱雑な採掘運用のせいで土地は乱れ、食料自給率も下がり。肝心の貴金属類の資源が枯渇寸前といった状況に陥った。貨幣価値が下がり始めたのは、金貨に対しての大幅な割合変更だけではなく、こうした国内状況の変化の上での事でもある。
嘆息をしたいのを堪え、私は彼等に語る。
「今は、国内の内政を正すことが先決です。貨幣価値が下がりつつある今は、現状を維持しつつ、民主派と協力をしながら状況の改善に努めるべきです」
「そのような事を言って、独立を促してしまったのが十年前の紛争ではないですか? ……女王陛下」
「国境線の資源地帯での話は、合意の元の結果です」
「しかし、その資源地帯もほとんどが採取済み。結果、我が国は財政難。このままでは、国民は冬も越せないでしょう」
狡猾な牙が特徴的なケルファニア人は、そう語り笑う。
乾いた表情を浮かべるのは、この国の参謀を務めるシュウ老記。アナスタでは力有るモノが正義とされる中で、唯一知力を以て国を支えた英雄の一人。
三十という若さで、将軍の補佐である老記の称号を得た彼は、各地の内戦に対して的確な作戦運用を行い、数年とも経たずに反乱兵士を押さえた。国防軍の知略士。
とはいうものの他の者たちと変わらない。略奪を好み、不審な噂しか聞いたことが無いような人だ。腹の内では何を考えているか分からないというのが共通の認識で、彼ら同士の探り合いは絶える事は無い。
誰もが戦争を渇望している中で、大人しいのは一人。
助けを求める訳にはいかず、助けを求める場合でもないため、私はどうにか彼らを抑えるための弁を飛ばそうとする。しかし、彼はそれを抑えるかのように発言を続ける。
「あそこは食糧確保地域としてとても有能です。テレジア軍団長の言葉を借りる訳ではありませんが、国民の為を思うのなら、わが領土であるフェルナンドを占拠。軍事特区として制定するべきでしょう。
民主主義を歌っている連中は確かにうるさい。
しかし、民主主義を謡うだけでは、腹は膨れぬのです。他の連中もこれが一番手っ取り早いと知るでしょう。」
「……カルタ国の常駐兵についてはどうするつもりですか?」
「無論、捕虜として取り扱います。何も全面戦争をする訳ではない。……それは効率的ではないですからね。」
……効率的。
戦争だけを渇望している彼は、そう答える。
それ以外の方法を考えていない。この場にいるほとんどは、戦争を渇望し、国民を先導している者ばかりだ。……彼らは争いが出来ればそれでよい。今回の事態も、体のいい理由になってしまった。
私が不甲斐ないばかりに、事態は深刻さを増していく。
「カルタ国にとっても、貴重な食糧地帯を占拠されて茫然としているわけにはいかないでしょう?有益だろうが無益だろうが争いは争いを生みます。」
「ですが、我々にはこの手段しかない。期限は迫っています。」
国の危機。
その言葉が圧し掛かる。
食糧問題は確かに重い問題だ。我が国の奇行は作物を育てるのに適しているわけではなく、それを他国からの輸入品で代用していた。その際に輸出品となったのが鉄鋼、貴金属類。鉱山資源が豊富だったこの土地を活用し、長く貿易を働いていた。
しかし、鉄鋼類に代わる金属が出回り、それが主流となっていったために国の産業が大打撃を受け、さらに、希少金属である金や銀の採取量が激減し、貨幣活が下がる事態となった。
我々に冬を越す能力はない。
そして、これを打開する案も無い。
「……リクルド。あなたはどう思います?」
「……あ~。俺っすか?」
軽薄そうな若者が声を上げた。
麻服に身を包み、ニット帽を欠かさない彼は、私の声にけだるそうな様相を見せる。他の将校たちは、その軽薄な態度に怒りを隠しきれない。
「貴方はどう考えますか?」
「どう……って言われても……っすね。おっさんの言いたいことも分かりますし、女王さんの言い分も理解できます。ですけど。俺はどんな状況になっても、槍を振るうだけなんで。難しいのは皆さんに任せます」
戦いを。
争いを。
戦争を。
渇望する将校たちの声に反して、リクルドだけは声を上げない。
我が国の最強の矛。真の槍使いに与えられる称号”真槍”を持つ彼は、国に忠を尽くす青年。彼の槍は数千の敵を薙ぎ払い、数千の敵を突き崩す。その力は、傭兵よりも最たる力だ。彼が居る限り負ける事は無い。将校たちはそう口をそろえる。……だけど、私は反対だった。
たった一人には何もできない。
それに、リクルドは強いのではなく、強くなってしまった被害者だから。
「どんなことがあっても、俺は、貴方の矛っす」
そう語るリクルドは、笑顔を絶やさない。
「……貴方は」
言葉は続かない。
思わず手を当てた。頭を悩ます様相だけは見せたくなかったけど、そんな強がりは何の意味も無くなった。改善する策を考えては破棄し、考えては破棄する作業を繰り返していた。考えるたびに思考は悪い方に引っ張られる。……そんな感覚が、拭えない。
「陛下。我々に時間はありません。国内の揉め事は、もはや我らだけでは抑えられないのです。ぜひ……ご決断を」
そう迫るシュウ老記。
彼の言葉に、さらに頭が重くなる。
私は、結論を出せないでいた。
____中央庭園
国賓用に季節の花々が植えられたこの場所は、歴代女王の趣味領域である共に、女王陛下の直接的な護衛を務める真槍の鍛錬場でもある。
屋外であるために、雪の季節はその冷たさに手がかじかみ、雨の季節はずぶぬれになりながらも槍を振らなければならないが、歴代の真槍からは好評かのようだ。
戦場ではどの気象か選ぶ事が出来ず、どのような場所であれ槍を振らなければならない故に、広々としたこの場所は格好の練習場所らしい。
しかし、うっかりと花を潰しかねないこの場所は、俺にとって好評な場所でなかった。
何せ、槍を振る事しか考えられないのだから。
………何回目か。
百を数え終えた時点で、数を数えるのを止めた。
何百と振った気もするし、何千と振った気もする。
長い時間、手に汗が垂れる程度には振り続けている事だけが確かだった。
休むことはない。
一つ一つの技に力を入れ。
一つ一つに手を抜かず。
自身以上の敵を想定し、常に隙が無い立ち回りを循環させる。
横の場合。
縦の場合。
突きの場合。
すべての形に対応できるように思考を凝らる。反応を促し、敵の隙を文字通り突き壊す。
勢い余った槍は、目標の空を切ることはなく、何者かに阻まれた。
鈍い音。衝撃とその音に、我に返る。
目の前では、知り合いが笑っていた。
「よお、リクルド。久しぶりだな」
「お?久しぶりっすね! ウル!!」
短剣を握っていた友人は、そういって腕を出してきた。
か細い腕からは想像できない力が宿っている。今の衝撃を止めた腕を差し出した理由は、もちろん親愛の証だ。同じくか細い自身の手を差し出し、腕を当てる。
この国の伝統的な挨拶。戦士同士の互いを認める挨拶。彼が好むこの国の風習の一つだ。強き戦士と収める女王のみが唯一とされるこの国で、この挨拶は対等を意味し、友情を示す。
傭兵であるウルは、この半年間サルデーニャ紛争で名を挙げた優秀な戦士だ。友人たちとともに戦場を掛ける彼は、自身は謙遜をするものの”勇士”と言って差し支えない活躍を見せた。
「どうしたんすか? 契約は切れたって聞いたんすけど!!」
「ちょっと野暮用。……んでんで?槍の修行か?」
「ただの運動っすよ! あ、ウルもやるっすか?」
そういって槍を構えるが、ウルはやる気がなさそうに短剣を仕舞う。
片耳を無くした兎の彼は、ルアナジア地方に伝わる伝統的な短剣と、特徴的な格好をしている。身内同士の中があまりいいとは言えないこの国は、他の種族に対しても排他的だ。
傭兵とは、異界から来た固有のスキルを持つ野蛮人という印象が多い。だから、元々排他的であるこの国では、戦争経済として需要はあるモノの歓迎はされない。
この男は、その環境で一年間。戦場に身を投じたのだ。
「”真槍”だからな。串刺しにされんの嫌だからやめとくわ」
「出来ないっすよ。ウルの方がヤバいっすからね!」
これは謙遜ではない。
互に実力が分かっているからこそ、同じような言葉が出る。ウルが自分の槍を警戒するのはなぜそうなのかを分かっているからこそ、自身の槍が届かない理由も分かる。本気で戦えばどうなるのかは知らないが、練習程度で貫ける相手出ないことぐらいは分かる相手だ。
何より、友人相手に練習であっても槍を抜きたくはない。
敵であれば容赦はないが、ウルはその気を見せていない。
少し歩こうという彼の提案を飲み、花咲く庭園を散策することにした。
真槍の仕事は、主に三つだ。
王女を守る事。
国を守る事。
そして、誰にも負けない事。
最強であるという称号故に、真槍は負けてはならない。自国の兵士にも、相手方の兵士にも。負け知らずの兵器であるからこその称号であり。王女を。国を守る資格がある。
……らしい。
実際、そういう事になっているようだけど、誰もが欲する称号という訳ではない。
国の英雄という訳ではないし、戦いの中で常に身を置いているわけでもない。
女王の命令のみに従い、女王の命により戦争をする。
何百という他人を、殺すために。
「んで?どうしたんすか?!」
「お嬢様のお使いだよ。お使い。VIPのお守りさ。山賊とかが襲ってきて実に面倒だったぜ?……あいつら、金銀財宝おいてったって逃がしてくれねえからな。やっぱこの手に限っちゃったわ」
「運が無かったっすね。……で?どんな感じにしちゃったんすか?」
「まあ、殺してはねえけどな。ああいう連中でもお客人の前で殺すのは信用問題に直結するからよ。無力化して、縄で縛っておいた。道行く人が優しければ死んでいないだろうな」
道行く人という言葉で察する。
この国の山岳地方は、著名な怪物や魔物が徘徊する無法地帯だ。一匹一匹はそうでなくても、集団で、しかも縄に縛られた状態で放置されたとなると、どのような結果が浮かぶか察しが付く。
ウルは基本的にむやみに人を殺す事は無いが、今回ばかりは運が無かったようだ。
傭兵は賃金のために働く。
兵士とは違い、無駄な事はしない。
ウルが無慈悲なのではなく、山賊自身の実力が不足なのだ。
「……山岳っすか?通っていたんなら、御愁傷様っすね」
「本当にご愁傷さまだ。今頃、モンスターのオヤツになってんだろうな……」
ご愁傷さまだ。
互に、そう語る。
「そういえば聞いたぞ?農村を攻めるって?」
「王女様は嫌々って言っていましたけどね。ま、しょうがないんじゃあないっすか?俺はどっちでもいいですけど」
ウルがその話題を切り出した時、俺は意外だと思った。
それを知っていたのが意外という訳じゃあ無く、彼がそれを聞くのが意外だった。
戦略的観点だとかそういった話に詳しい彼だが、自身の儲け以外の話には無頓着だ。そんな彼が、他人事の戦争に興味を持っている。……これは、少し嫌な気がする。
正直、自分でも何が嫌なのか分からない。
あの村を襲い食糧を奪ったとして、人々が飢えをしのげるかどうかを知る事はないし、彼の思案がどのようなモノなのかわかることはない。
槍を振るう事しか能が無い自分には、想像さえ出来ない。
「まあ、飯が食えないのは痛いだろうな」
「そうっすね。世の中、難しい限りっすわ」
………難しい事ばかりだ。
だから、何も考えることなく槍を振るしかない。
ウルは意味ありげな笑顔で手を振り、俺はいつもの様に曇り気の無い笑顔で答える。
少しばかりの雨雲が見えたので、練習は此処までにすることにした。
今日も又、退屈な日々だった。