兎達の境界
我々は、利益の追求を図り続ける。
しかし、状況はそれを許さず障害を送り続けるだろう。
僕らに必要なのは、困難に抗う力。
そして、困難を糧とし、前を向く力。
僕らは常に有益であり続ける。
僕らの為に、僕らはすべてのミッションをこなすだろう。
そして、僕らは。
より良い世界を目指すのだ。
無機質な駆動音と共に、鋼鉄の箱は悪路を進む。
大方部の悪い対談と商談を含めた帰りというのに、実に楽しそうな様子で運転する彼は、お気に入りの音楽に耳を澄ませながら細指を躍らせていた。
天候は快晴。
秋空は透き通るような空気で、肺まで清々しくなる。
気温、清爽な空気。それをぶち破るようなヘビメタ。
社内では煙厳禁だと語る友人に、苦笑いをして煙草を仕舞う。
空調が無いのは不便だなと、俺は答えた。
音楽を薬だと呼称する隣の友人は、清涼な空気に対して悪びれも無く車を飛ばす。途中何度か荷馬車をよけながら、それでも速度を上げるその男は、別名を”部長”と呼ばれている。
本来の名は、紅茶。
俺たちの隊長でもあり、この車を愛車とする男。
「んで?結局はどんな話だったんだ?部長」
「実にくだらない話だったよ。……ま、収穫はあったね」
「ラド。彼らはね、諜報員だったのさ。地雷の効力と、それに合わせた作戦能力に対する評価の為のね」
戦略は情報あっての代物で
戦力があってこその戦略で
彼らが得た利益という物は、地雷という未知の兵器の情報であり、転生者の武器を応用した戦略だった。他の国が異世界者の武器に注目するのは目に見えている。故に、転生者の武器に関する詮索と情報収集が、発展国の中で激化していくのも時間の問題だろう。
その為にクラフトノーツは武装に関する制限を設けていた。唯一といっていい程、現代武装が入手できるのは私達からのルートで有った為。直接的な紛争介入に足を突っ込まないようにしていた。
何より一番恐れているのは、転生者の現代武器に対して対策が施されるという事。
確かに、重火器ではなく地雷ならばあまり使用している個人的な業者はない。この世界で唯一使用されている地雷兵器が、彼女達の協力の元運営されているのにも意味がある。
……しかし、それだけには止まらない。
「……本部のか?前線が崩壊してからの逃げ足の速さは、まあ、確かに驚いたが」
「知っていたからこそは止めにあの場所にいて、速やかな撤退が出来たんでしょ?後、彼等が配備されていたのはどれも後方だ」
「……成程、あの子もそうだったのか」
屋根上に挙げた少年を思い出す。
彼は幼い身でありながら、そのような仕事に手を出していた。熟練したそういう類の人間には見えない。今回の戦場もそうだろう。
多分、一民間人に過ぎないであろう彼は、本当に命がけで戦っていたのだ。
其処に志があるかどうかは別として。
「君子供って言える年じゃあないでしょ?十八歳のガキなんだし」
「お前も等しくガキだろうが?」
「でも、君よりはいろいろ経験しているよ?経験っていうのは、年を取る以上に大切なモノなのさ」
年よりも記憶容量だと付け足す。
自称理系の語りには、時折意味も分からぬ造語を作ることで有名だ。
今回出たのは得意の造語ではなく、彼曰くの理知的な考えという物だ。
「……そんなモノかね……」
「少なくとも君より理知的だし、頭は回るし、応用もある」
「誰もお前を否定していないだろ?」
「知っているよ。君だって、天邪鬼たる所以を知っているだろ?」
所以ね。
そんなもの、吐き捨てるほどにあることを理解している。どれと捉えるのかさえ難しい限りだ。
ジョークと語句を紡ぐのを愛するこの男には、それ以外の言葉が似合わないのだから。
ホルダーから愛銃を取り出し、マガジンを取り出す。煙草を取られたので、こんなことしか暇つぶしに出来ない。考える事は彼の仕事であり、相槌を打つのが俺の仕事だ。
時折、その役割を交換したらどうかと提案されることもあるが。
正直、自分はこちらが似合っていると理解している。
公道らしくない砂利道を経て、町を出る。
目指すは標高千メートルを超え、西フェルナンドへ。休憩スペースも文化的な建物も見えない道は、唯文明的に切られた道だけが続いている。
「ま、どっちもどっちって話だよ。それで、ラド。話の続きなんだけどさ」
「ん?」
「日の少女。聞き覚えは?」
日の少女。
その単語に聞き覚えは無い。
「……何かの隠語か?」
「そういう想像が出来るから、モテないんじゃあないかな?」
「オープンスケベには言われたくないな。それで?」
そっか。
その質問に対して、理解をしていなかった事に不満が残るのか。それとも特段意味がないいつもの癖なのか。ありそうで何もなさそうな間をおいて、彼は続ける。
「日の少女というのは、神の能力を持つ者のだね。というか、カルタ国の守護神。戦士シャルトスの聖剣に守護を与えた女神の別称さ」
「……神のか」
「そ。祝福よりも災害を広める迷惑な存在。災害って言葉が似合う忌々しい汚物。ぶっちゃけ殴って殺したいくらいには頭にくる存在」
「被害者が言うと説得力があるな」
「まあ、迷惑な限りなだけなのは全人類の総意だけどね」
「んで、その神様がどうした?神が気分転換に災害をまき散らすのは日常茶飯事だろ。それこそ、あいつらの構成されている大半は暇つぶしだ」
災害と書き、神様と呼ばれる連中は、どこの世界でも不運ばかりをまき散らす。
事例を挙げるならいくらでもあるが、そんな事例をだれよりも知っている目の前の男に、それをわざわざ語るべき話であることも又然り。
転生者の中でも、被害を被った人間の一人。
神に愛され、神から災害を授かった人間。
彼は、その内の一人だ。
「どうやら良からぬことを考えているらしいんだよね。他国の土地を、もう四つも焼き消している」
「……そいつは穏やかじゃあないな。日の少女って奴は、どんな性格をしているんだよ」
「まあ、軍部の命令も含めているんだろうけど。噂では、大人しく従っているって話らしいよ?」
「そいつが焼いた街の名は?」
「僕らが言った場所ばっかり。ペティスチヲって漁村知ってる?あそこも焼かれたそうだ」
その名に、驚きを隠せない。
何せ、辺鄙な場所だ。軍部が関わるような要所でもない。
隣国としては意味ある場所だけど、この国では無関係な場所。
知り合いがいる村だから。
「……マジか。村の人間はどうなった?」
「幸い、祭りで離れている連中がほとんど。……ただ、助けられることが出来なかった人間もいる」
「……そか」
「幼女には手を出さない方がいいと思うよ?」
「ペドフェリアじゃあねえから安心だろ?」
口角を上げるのは、この男と共通した癖だ。
互に仮面の様に表情を隠し、人間社会に生きるために本質を隠し。そんな生活を続けていたからこそ、常に崩れる事は無い表情は出来上がる。
ペティスチヲの村。丘上に祭られたちいさな神様と、巫女殿がいる小さな村。
一度、他国に対する攻撃を退け、その過程で彼らと知り合った。二度目の攻撃で村の何人かが串刺しにされても、彼等はそこを離れることなく過ごす事を伝統と踏むと誓い。言葉通りに村を守った。
彼らの覚悟は本物であり、少女たちの覚悟は本物だった。
だから、思う事はある。
何が出来る訳でもないが。
「……少なくとも、司祭の彼女は大丈夫だと思うよ?何せ、今の祭りは彼女が執り行っているはずだからね」
「……まあ、俺達には関係のない話だな」
懐かしい話に花を添える。
其処には、少しばかりしんみりとした空気も香る。
「今、日の少女は軍務管轄の特殊部隊の一員だ。聖剣が所属している部隊でね。……まあ、いいうわさが多い反面、悪いうわさも流れている」
「聖剣様が悪さをするとは思えんがな」
「彼女たちは全くの別動隊さ。特殊って意味では同じだけど」
「……お前みたいに加護を与えられているわけではないのか?」
「そこらへんは何とも言えないけどね。……まあ、彼女が与えているのは聖剣への加護であって、使用人物へは特定されていない。と考えると辻褄は在っちゃうんだ」
特定の人物への加護ではなく、特定の物に対する加護か。
まあ、加護を与えず災害だけを振りまく、迷惑極まりない神様もいる訳だから。
その辺りの解釈はどうだってもいいだろう。
問題は、迷惑極まりない神がいかなる意識をもってやったか。
どうやら、話の概要では目的のある災害らしいが、迷惑極まりないことも確かで。
「んで?今回の話にどうつながる?」
「今回の話って訳じゃあ無いけどね」
途中途中に危なげなくハンドルを動かす彼は、次のように答える。
「どうやら、近く西フェルナンドに対して機密作戦が実行されるらしい。それが迷惑極まりない神様も含む作戦だ。……この意味、分かる?」
「自国の領土を焼くと?」
「察しがいいね。節穴の方がそんな顔せずに済んだけど」
「こんなにもなるだろ。自分の領土を焼くのか?何故?」
「敵の目下の目標はたんまりと詰め込まれた食糧だ。それを扱っているのは?」
西フェルナンドの要塞。
四方を壁に囲まれた逃げる場所もない場所。
「敵に渡るくらいなら焼く……と?」
「戦争理由がなくなった敵は本国に帰還する。敵も長期的な戦闘は避けたいはずだ。だから、そのうちぐうの音が出ないくらいに疲弊する。……それが本国の考えらしい」
「……」
火で町を焼く。
その光景を実際見た事は無い。
ただ、同じような光景だけは知っている。
苦虫をかみしめているような思いを抱いて。
俺は一言、長い長い溜息を吐いた。
悪路を抜けると、視界は晴れてのどかな草原に出た。
山の頂。高度が高くなるにつれてなくなる木々の代わりに映える緑。その色は少しばかり秋を思わせる色合いも見られる。凹凸が激しいのぼり道とは違い、帰りの道は実に平和的な運転になるだろう。
面倒事は得意ではない。
しかし、仕事であればそうも言っていられない。
其処に利益があるのなら、神様だって殺してみせるのが傭兵の仕事だ。
そして、その単語がティーンの口からこぼれた時。
意図としてであろうその言葉の意味に。
俺は、無視をすることが出来なかった。
「ああ。それと、一つお話が」
「何だ?」
「日居花縁」
人はだれしも吐き捨てたい思い出がある。
無意識でも意識的でも、トラウマというのは確実に存在するし、それは罪悪感、劣等感、繰り返される行動。そんなワードが取り繕い離れない枷となる事がある。
作っていた表情を固めた。
その名前がどうして出るのか理解が出来なかった。
日のように明るく。
火のように熱く。
非の打ちどころを時折見せ。
それでも、明るさだけを止めることが無かった彼女。
印象的な、燃えるように赤い瞳の少女の名前が出た時。
どうしても、言葉に詰まってしまった。
「どうやら、彼女は君の関係者のようだね」
「……一つ聞いていいか?」
……ティーンは俺の反応に合点がいっている。
つまり、俺と彼女の関係を少なからず知っており、彼が言う最悪の災害にそれは関係している。混乱する頭の中。それだけは考え付いて、彼女が関係しているらしい。
火の神。
火で焼き尽くす物。
彼女の死因を理解している。
だからこそ、それに基づくのは理解している。
「その神様は、俺の知り合いを殺しているのか?」
「……良く分かったね」
「お前がその話をしたってことは、あいつが自分の名前を言ったんだろ。それ以外に、この世界で元の名前を詮索する方法はないからな。」
彼女の死因は、……火だ。
神様となった人間は、その原因を思い出の中に含まれている。
それが正しいのなら、彼女の一番の思い出はあの日。あの瞬間。
もしそれが正しいのなら。
もしそれが当たっているのなら。
「どんな知り合いかな?」
「……お前だったら察せるだろ?」
「まあ、大体ね」
どうにか言葉として吐き出した。
……多分、平時でも同じことを言ったかもしれない。
言葉に出来ない程、心臓に突き立てた十字架のような存在だ。忘れる事なんて到底できないし、それを軽くいなせる事でもない。そうしたら尊厳が死ぬ。あの日送った哀悼の意さえゴミになる。
それは彼女に対して。
人間として。生物として。
やってはいけない。
出来てはいけない。
「一つ言っておく。政府高官があの町を狙うのは、何も作物だけの話じゃあない。あの町には、彼等にとってもうっとうしい存在もいるからだ」
「……」
「今回の事態に積極的に関与して、上方から関係性の継続に疑問を抱かせるようになった存在といえば、……何だと思う?」
「クラフトノーツか」
「正解。しかも、それは相手国も同じだ」
……これはだめだ。
少しばかり冷静さを欠いている。少し所じゃアない気がするけど、確かに冷静さは欠いている。欠陥品があるままでは仕事にならない。原因を取り除く必要がある。混乱する頭で、通常に戻る手段を考慮しなければならない。
「……あいつらは四か国に対して、傭兵の紹介やらのビジネスも行っているはずだ。今更縁を切られるとは思えない」
「カルタ国については、日の少女が対応している。大半の護衛任務や国家間の戦争で負けは無いと思っているんだろうね。彼らは」
腹が煮えたぎっている。
これは、彼等に対して賠償を要求しなければならない。
傭兵は、価値ある対価を請求する義務がある。
俺はその傭兵であり、目の前の彼も同じ傭兵だ。
なら何をするか?
このまま他の国に渡り、他の仕事に精を打つか。
それとも、このまま糞野郎どもに関わるか。
「脳筋の馬鹿どもが。……っち。面倒くさい」
「どうする?ラド。僕はどちらでも構わない」
答えは変わらない。
価値ある者にそれ相応の対価を。
価値無い者にそれ相応の対価を。
肉を千切られたら、同じ部位を千切り、ナイフを添えて仕返しとする。
目をえぐられたら、同じ部分をえぐり、静脈に薬剤を流し込む。
目には目を、歯には歯を。
「指示をくれ、部長。アイツらも助けて、日の少女も止める。あの馬鹿どもに損害を払わせる。」
声は震えていた。
それは、怒りか。残った動揺か。はっきりとは分からないが、これだけは分かる。
やらなければならない。
彼女は否定するだろう。だが、これだけはだめだ。彼らは一線を越えてしまった。あの彼女に対して、扱ってはいけない扱いをした。
それが、俺にとっての対価であることを知らずに。
「オーダー了解だ。副部長代理」
苦悶するその顔を、彼は肯定と捉える。
俺も又それを、肯定だと扱う。
「僕らの戦争を始めよう。とびきりゴージャスで。鉄の香りをまき散らして。損害を与えたものに同様の対価を払わせよう。剣を握った物に死を。指をさしたものに死を。嘲笑った物には、死よりも恐ろしい拷問を。……僕らにはその権利があるのだからね」
”縁”が次の犠牲者を作るまでは時間がある。
クラフトノーツを守らなければならない。犠牲者を出さないように。あの面々に報いるために。
「僕だ。スナイパー。彼はやる気になった。ポイントの護衛を続けてくれ。命令は変わらず。事態が動いたら、どのような人物であれやってくれ。彼女たちの護衛が最優先だ」
「……もう護衛を付けているのか?」
「何時事態が動くか分からないからね。君もさっそく、護衛任務に就いてもらう。僕らの接触が分からないように、装備あ4で行く。君は普段着で大丈夫。混合弾は仕入れてあるよ。三発だ」
「……用意周到だな」
「何時実行されるかは分からないからね。彼女専属の部隊は、暗殺に特化している。日の目を浴びるのが嫌いな奴らだ」
「それは殺しかいがありそうだな」
「最悪一人生きていればいい。後は僕が聞きだす」
楽しそうに手を動かす彼に、俺は止める言葉をかけることなく答える。
「……程々にしとけよ?」
「爪の中にシャーペン入れる位に抑えとくさ」
それは実に楽しそうだと、表情を変えずに答えた。
顔を押さえて、表情を戻す。いつも通りの明るい表情に戻る。
世界は今日も平等に、残酷だ。