エレワーノ嬢の戦争
フェルナンド一帯の緊張は高まり、時世は戦争へと突入する。
変えられない事実。
変えられない状況。
それでも、彼女はあきらめないだろう。
何せ、策が無いとは言っていないのだから。
カルタ・テレ・エレワーノ陛下。
北フェルナンドに居城を構える”王女”であり、フェルナンド一帯の実権を担う政治家でもある彼女は、その政治的手腕からフェルナンド一帯の観光業や農業改革に力を示し、発展に次ぐ発展で民衆の支持を集めていた。
フェルナンド一帯の農業資源は元から有益であったものだが、そのほとんどは農益税として、国からの徴収が激しい一面があった。しかし彼女はこれを撤廃し、国主導の面が強かった農業政策の改革。他国が遅れる中、主産業を観光と農業に絞る事で、その分野に対する充実的な発展を助けた。
結果、農村における他国への貿易品としての側面が強くなり、本国からも一目置かれた地帯となる。
「失礼します」
ノックと共に扉を開ける。
普段公的な仕事場として使われるエレワーノのオフィスは、デカデカとした絵画の他に物がない。執筆用の机、彼女専用の椅子。そして照明の為のランプと、大人しめのカーペット。
彼女自身地味であると言わざる負えない居城は、警備の手薄さも相まって訝しい部分が多いようで。他の貴族に引証される至極きらびやかな上級の人間。……という当たり前が無い。エレワーノが身に着ける羽織も常に似たようなものであり、常に隙のない執事以外、周りには誰も居ない。
「女王陛下。ご無沙汰しております」
「活躍は聞きました。…災難でしたね」
「ええ。まことに力不足で申し訳ございません。首を切る覚悟はありますが、その前にご申し付けたいことが一件ございます。発言をよろしいでしょうか?」
「……変な探り合い話にしましょうと言ったのはあなただとおもいますが?」
公的な語句を入れた他人行儀のお話だが、……どうやら好みではないらしい。
どちらかといえば自分もそうだ。こういう話し方は、頭が固い殿方に対してと相場が決まっている。無論、彼女がそういった類の人間だと思っているわけでもないし、理解しているわけでもない。
しかし、僕なりの小粋なジョークが彼女に伝わらなかったのは少しばかり残念だ。
「確かに。そういう話でした。……んじゃ、口調も今まで通りに」
簡潔な立ち話で済ませる彼女は、公式な対談以外をここで済ませる。
つまりはこの話が非公式のものであり、筆を進めるエレワーノにとって記録に残したくない対談であることを意味している。
何せ、今からする話は、そういった類の話だからだ。
「今回のフェルナンド攻防戦。こっちの情報が全部筒抜けだったのは報告書にも書いた通りだ。魔道大隊に対しての奇襲。味方近接の主力が、僕達を含めなければ治安維持兵だけ。中央政府にはもちろん連絡をしたんだろ?
確かに地方大隊とはいえ、例の魔術大隊は優秀だ。だけど、千人程度の精鋭を集めた所で、五千の精鋭に勝てる理由があるわけない。戦略的に買っていたとしても、地理的にそうだとしても、情報的にそうだとしても。人数の差というのは恐ろしいことに変わりはない。しかも、我々はその全てに負けている。
これはなぜか
敵が優秀だったのか。それとも、こちらの情報封鎖が甘かったのか。……唯一言える事は、情報戦に強いはずの魔道大隊が負けている時点で、向こう側の情報網は僕らの比ではないという事だ……。少なくとも、三か国中商戦線の中ではね」
三か国中商戦線は、四か国協定に対応して出来た比較的新しい貿易、および軍事的協定だ。互いの領土内の関税を撤廃。物資の輸送を従来よりも簡略化し、同盟国内の軍事訓練、兵員輸送。共同作戦。それらに対して力を入れている協定。
四か国協定よりも幅広いバックアップが期待でき、その範囲は一国の大国を思わせる。
「これは農金の彼らが得意としていることではない。唯一あるとするなら、昔から魔道額に精通しているサラザニア連邦だろうね。今回、攻めてきた奴らが異様に固かったのも、彼等の魔道的支援のおかげだろう。……そこでさ」
それに対抗できるのだからこの始末なのだろう。
そう思いたいが、……現実的にいえば……。
「そっちが隠している、切り札の正体を教えてほしいな」
其処に対処の意思は無く。
別な意味の方が匂っていた。
「これほどまでに攻勢に出ている敵軍に対して、本国の考えは浪漫に近いところがある。連戦連勝。攻めきれたことが無いかの国に対しての認識が甘いような気がしてならないんだ。何百年もその国土を維持してきた巨人を、いくら彼等が無能だからと言って、そこまで甘い考えでいるとは思えない。
……何せ、この領土が取れたのは彼等の内戦が一番激しさを増していた時。国の内政が、機能していなく万全ではない状態で、ようやくって感じだったのだろう?
君の領土に対しての兵力についてもそうだ。魔道大隊がたった千。それ以外は、各領土に駐屯する治安維持を目的とした兵。……結構ふざけているとしか思えないんだよね。」
理由を知っていたとしても、言葉は出るものだ・
察しはつくけど。そういう前置きを入れず、聞くことにする。
「この国は、何故楽観的になれる?一度も攻めたことが無い国が、弱い国だとでも思っているのか?」
「……」
少しばかりの沈黙。
彼女は筆をすでにおいている。
そして、彼女は口を開く。
「先ず、前提として。私たちの国の切り札というのは、彼以外に他ではありません。あなた方は戦力に数えられていないし、期待もされていない。……それが、数ある内戦を渡り歩いた英雄だとしてもです。」
「知っているよ。彼が国を背負う逸材だという事も理解している。……だが、肝心の彼は何処にいるのかな?主役は遅れて登場するのかい?」
「……そしてもう一つ。我が国にとって、……いえ。少なくとも、中央政府にとってあの土地は必要最低限ではない」
フェルナンド攻防戦の意味は。
少なくとも、領土防衛でも民主の時間稼ぎでもない。
四か国協定が直接かかわったのはフェルナンド防衛線ではなく”彼女たち”クラフトノーツに対しての武器協定。彼らにとっての利益は、自国や他国の領土ではなく、現代兵器に対しての威力。及び戦略的な価値にあった。
だから彼らは彼女たちに要請し、そのような現代兵器がある事を再確認したに過ぎなかった。
はなからこの戦争は、それだけのとどまっていたのだ。
「……ああ、成程。」
「戦争というのは、体感できるからこそ現実的であるのです。現実的ではない彼らに、この惨劇の想像は出来ない。なぜなら彼らにとっては、他人事に他ならないのですから」
「現実的ではない戦争ね」
「ええ。あなた方には、常に現実的であると思いますが」
現実的な戦争。
現実的な平和。
身に置く者しか分からない体験。常に隣り合わせの危機感しかないモノしか、その意味は理解されない。隣りの芝生が理解できなければ羨ましくなる事は無いし、持たないモノを想像できることはない。それは上に成り立つものもそうで、国民に対しても言える事だ。
「……エレワーノ。君は、それでも正義に準じるのか?」
「少なくとも最善は尽くしています。国民が生き残る手段を考えるのが私の務めです。……諦めるわけにはいきません」
「……大変だね。お嬢様ってのは。……まあ、いい。僕らは給料の分働く。その分の報酬は請求する。……悪いけど、其処に忖度は含めないよ?」
知り合いにサービスはしない主義だ。
足元を見られる場合、責任はすべて自分に来るのだから。
「ええ。分かっています」
「んで?こっちの話はそれだけ。そちらの話は何?」
つまるところ。
本当に聞きたいことはそれではなかったのだが、どうやら彼女はその事について聞いてくれるようなので、ついでの形を取ったにすぎない。
「……似たようなことです。報告によると、数名の救助に成功したようですね」
「まあね」
「彼らに、不自然な点はありませんでしたか?」
「……その話か」
「ええ。その話です」
そうしてエレワーノは、本題に入る。
「貴方は、”日の少女”という神様を知っていますか?」