鬼兎の仕事
ああ。
やっと
見つけた。
さて。
分かれ道にて、上げた手を下ろす。
すれ違いざまに、頼んだと伝えた。
「……。」
二、……いや、三人か。
一人はあちらの方に行った。もう二人はこちらの跡を付けている。それ以外の増援は未確定。こちらは身の安全を十分に守れるが、彼女の身に危険が及ぶ可能性が高い。今更ながら、彼女を守りながら撤退できる可能性を考えたが、……無理だろうな。
そっと、耳に指を添える。
流れてきたのはノイズ音。普段着を着飾っているため、いつもより軽いが、意識は戦場の真っただ中に帰る。硝煙の匂いは無いが、肺を焼くような感覚を伴う。
人通りが目立つ街道
ここはもう、戦場の一部だ。
「相棒、緊急事態だ。追手が増えている。所属は先程から不明。明らかに素人じゃあない。至急彼女に対しての援護を求む。敵の目的は、どうやら札束の様には見えない」
『此方こちらイナギ。デート中か?』
「ポイントはすでに部長が護衛している。アイツら、いつの間にか増えていやがった。こちらは二体を確認。彼女の方に一匹。そっちは殺すなよ?先行している部長と一緒に情報を吐かせろ」
『了解。そっちの奴らも殺すなよ?』
「公衆の面前ではやらないから大丈夫」
『公衆の面前じゃあなくても控えろ。縛り上げてお巡りさんに突き出せ』
「お巡りさんが機能してくれるかね?」
『さあな、少なくともミンチよりはマシだろ?』
インカムから流れる声に敵は気づいていないはずだ。
通信先の相棒は、今頃所定の位置で待機をしている。
「戦闘に入る。敵の目的はおそらく彼女だ。こちらが気づいていることには気づいていると思っていい。戦力を分散しているという事は、そちらの方が手練れの可能性が高い」
『了解。派手に暴れるなよ?相棒』
それは保証できないと、俺は笑う事にした。
道行く人に紛れ、川のように流れる人混みを進む。ちょうど夕時で、引きこもりの連中さえもこの時間は食糧を買いに商店へと向かっている。俺はそれに紛れるように歩き、狭い路地へと入った。
もちろん袋小路の中で蒔いてもよかったが、それよりも早い手段がある。その手段は実に俺好みで、趣味に合っているものだ。
……曰く。
「おーっと。すいません。大丈夫でしょうか?お怪我は?」
相手は十代後半程度の青年。身長は俺よりも低く、顔の傷が嫌にでも目に入る。堅気の方々ではさすがに無い。青年はおちゃらけた様子に動じる事は無く、こちらの挑発に乗ることも無く。虎視眈々と目を光らせながら、ぶつかった拍子に落ちたニット帽を拾う。
こちらにそれを渡すと、彼はようやく口を開いた。
「……お前が、ラドか?」
「ええ! よくご存じで! ラット・ハット同好会副部長のラビットドール。通称ラドと言います。以後お見知りおきを。」
「……」
その横にいるのは大男。
どちらにしてもその体格は堅気じゃあない。つまりは理由があって俺を付けていたわけだが……この理由は簡単に説明できる。
俺達へのけん制。もしくは、彼女の護衛に対する妨害。
どちらにしろ、彼等から逃げるよりもとっ捕まえる方が理にかなってもいる。
「これはいかがなさいましたか?……確かに私からぶつかった無礼。晴らさずにはこのラド一生の不覚だとは自負していたところでありましたが、……そのような危ないものを活用するとは、少しばかりご冗談が過ぎるのでは?」
「……」
青年は、腰の達を抜こうとした。
鮮血に花を添えるのはこちらとしても了承するところだが、先の話で騒ぎを起こしてはいけないと言われている。……そして、彼等には騒ぎを起こしても構わない自信がある。
それが何なのか知らないが、俺がやることは一つ。
彼が抜く前に太刀の塚を抑える。
青年は、驚いた様子でこちらを見る。
何時の間にやら近づいた俺に、驚きの目を隠せない。
「大物は間合いを詰めすぎると効力を失う。覚えておくんだな。クソガキ」
そうして、渾身の一撃を見増値に叩きこもうとしたところ。
その腕は、大男にさえぎられていた。
……握力が強い。
「……。おい、あんた。その手を放してくれないか?俺は今から、このクソガキに対して説教をするところなんだ。教育的指導を邪魔するってんのなら、あんたにも同様の指導をしなきゃあいけない。……意味わかるか?」
「……」
フードの大男。
体型的には、がっしりとしたケルファニア人と同様の巨漢。……ちらっと表情が見える。
訂正だ。彼は如何やらケルファニア人のようだ。そしてこの少年もよく見ればケルファニアの面影が見える。相手はケルファニアの勢力。……もうすでに潜り込んでいた?斥候?それにしては、様子がおかしい。
……なぜこの城にケルファニア人が居るのに、町の者は反応を示さない?
南フェルナンドには、確かに少数ながらケルファニア人が居た。なにせ、元々は彼等の領地であり、かの王国が領地を占拠した後、大半が本国へと渡った中、少数ながら残った者が居るのは知っている。
しかし、堅牢たる要塞。この町に住む人々は、固有種族のフェルナンド人がほとんどを占め、少数の民族も、大半が首都から移住した貴族である。
比較的人間に近いフェルナンド人とケルファニア人の様相は違い、過去の惨劇でフェルナンド人からの目は厳しいものがあるはずだ。
……これは、魔術?
刹那、大男の拳が此方に向かう。
突然の反撃。ぎりぎりでこれを躱し、懐からナイフを取り出そうとする。魔術殺しという別名を持つわが愛剣。ドラゴンソード二号”解”。初陣の敵としては申し分ない。
……いや、待て。
俺はこれの使い方をレクチャーされていない。
こういった所謂、魔剣は、その性質上素人が扱うと暴走の危険をはらむ。彼らの話によると、これは相当な魔力と術式が入った魔剣であり、何もレクチャーを受けず暴走させた場合、最悪周囲の人間を巻き込んでしまう可能性さえある。
……まずは、あれだな。
これは認識に対して働く術式が使われている。彼らが魔術を使っているという事はないから、術者にそのような術式を使って、解き放たれたと考えられるのが自然だろう。
大概は面倒くさい解呪方法を使用しなければならない。……だけど、そのような高度な魔法を使用しているようには思えない。
その証拠に、彼等の認識は、彼等がの存在をで栗限り目立たなくする至極限定的な魔術だからだ。認識を薄くする従来の高度な魔術ではなく。そこら辺の中級魔術師ならだれもがなせるレベルの意識障害魔法。
……それを目立たせるには。
一撃を躱し、砂誇りが舞う。
道行く人は少しばかり一瞥するが、興味もなしに前を向く。
………やはり妙だ。
「お前ら、ケルファニア人か?」
「……」
だんまりをキメる……か。
なら、こっちも考えはある。
懐から取り出したのは、最愛の娘。
九ミリダムダム弾。武器商人作成オリジナル銃”アルカバレット9”
威力は45に劣るが、精密性においてその威力を発揮した九ミリ弾の異端者。御自慢の精密性を犠牲に、連射力を高めた逸品。武器制作を主に生業とするクラン曰く、九ミリの長所を全て壊した欠陥品。
だがしかし。彼女にはこんな使い方もある。
待ち行く人は険呑な雰囲気に気付いていないのか、淀んだ眼を手放すことなく波を作っていた。……それが術中にはまっているのか、戦時固有の状態なのか判断に苦しむ。
なので俺は。
ケルファニア人に向けて、銃弾を放つ。
実包火薬によって推力を得た九ミリ弾頭は、比較的フラットな軌道を描き敵の腹に吸い込まれていく。
数秒で十五発を撃ちきるのだから、その反動はすさまじいものだ。重い弾丸。火薬の量によって、弾丸威力は変わり、それにより反動も比例するのだが、それは連射力も例外ではない。一発の弾丸と、一瞬で放たれる十発の弾丸では、照準のブレによる射撃精度も変わってくる。
九ミリはたいして重い弾丸でもなく、火薬も平均的だ。
しかし、パラベラム弾とは異なり、俺が撃ったのはダムダム弾。
簡潔に述べるなら、弾丸威力の最大限を引き出す弾だ。
大男は苦悶の表情を受けながらも、それを躱した。
青年はもろに浴びたのだろう、腹部から血流を流しているものの効果は薄いように見える。やはり、何か魔術的な保護を受けていることは間違いない。
「お前らが何処の使者なのか。……まあ、それ以外にも聞きたいことはあるんだがな」
……さて、どうするか。
銃声は響き、いつもとは違う雰囲気に通行人の足が止まる。野次馬は野次馬を作り、俺達を囲むように円型となった。……彼らはその場所を動かない。
野次馬を殺してまで逃げるか。
それとも、人の目の中で殺し合いに発展するか。
穏便に消えるか。
三択以外の答えで、目的のために準じるのか。……この二人は確かに使い捨ての駒ではない。主力級の実力があるのが理解できる。非武装の状態で、九ミリ弾を受け止めるほど弾丸の威力はやわなモノじゃない。魔術的な様相で物理を強化しているとしても、目の前の大男は不意打ちに対応し、青年はどうにか内臓系だけは守った。
彼女たちが目的なのなら、このレベル以上が行っているはずだ。
『おい』
「どうした?」
『銃声が聞こえたんだが?』
「まさか。気のせい気のせい」
不真面目にそう答えると、
『……まあ、いい。こっちは一人掴まえた。複数人で襲ってきたが、問題はない。そっちは片付きそうか?』
「善良な市民を巻き込めば」
『……何かあったのか?』
「こいつら、魔術的支援を受けている。九ミリがほとんど通じてない。武装はないけど、苦戦を強いられている」
『……そんなにか?』
「ご自慢の九ミリちゃんを、無効化されているからね。……正直、泣きそう」
……まて。
いくらなんでも早すぎる。このレベルの強者相手に、彼等は瞬殺したのか?……だが、向こうは複数人で襲ってきたと語っている。仲間がタイミングを合わせて襲ったとして。俺たちが網を張っていることは考慮しているだろう。
『そんなお前に朗報だ。”2”4”3”』
数字を言い終えると、かの弾は吸い込まれるように着弾をする。
弾丸威力は、主に三つ。
距離
弾丸の重さ。
弾丸のスピード。
それらを併せ持ち、且つ高威力を重視しているのが、かの有名な対戦車ライフル。それは今でも対物ライフルとして、遠方からの狙撃に流用されている。
しかし、市街戦において対物ライフルというのはあまり使用されない。市街戦に有効なのは、アサルトライフルでは狙いにくい敵の排除であり、有効射程距離は四百メートルと短いモノが多い。
彼が愛用している銃種は、ライフルと呼ばれる武装の中でも比較的狙撃に特化したもの。対物ライフルとは比較にならない低威力ながらも、狙撃銃として有効な武器。
かの有名な、モシンナガン。
7.62の弾丸は、複雑な軌道を描くことなく一直線に敵の頭を捉えた。
四百メートル先。三階建ての建物。モシンナガン系の特徴的なコッキングをし、次の弾丸を込める。ふらついた大男に対して、青年は少しばかり驚愕の目を向ける。
その刹那をねらい、俺は懐に入った。
襟と腕をひねり拘束の構えで無力化。ふらついた大男は、何とか体制を戻しながら俺を掴もうとするが、その腕めがけて、7・62は狙いをつける。
弾丸が手の甲を貫通し、苦悶の表情を浮かべる。一名負傷一名確保。野次馬の中から、治安維持兵が罵倒と共に突入してきたのが見える。
あれだけの大騒ぎをしたのだ。それは目を付けられて拘束をしに来るだろう。
「傭兵の者です。少々お騒がせをしましたが、この方々を拘束していただけないでしょうか?」
「事情は?この負傷はお前の仕業か?」
「それについては、規定に則り説明しますので、まずは拘束を手伝ってくださいませんか?其処の方はけがをなされているので医術者にお願いします」
聞き覚えがある声。
其処に居たのは、身に覚えのある知人の人。
「おい、らど!」
「エルネさん。ちわっす!」
「何がちわっすだ。おい、シャルネル。そいつらは重要参考人だ。縄で縛っておけ」
なんだかんだと賊は掴まり、彼等のの姿は明けが残る町の中心へと消えていった。
人仕事を終えた俺は、タバコを取り出し火を付ける。
煙はいつも通り肺を満たし、黒煙が漂う。
『んで?あいつにはどういう言い訳をするんだ?』
「まあ、問題ないでしょ……多分。」
骨だけは拾っておいてやる。
彼はそれだけを言うと、三階からいなくなる。
溜息を吐いて、事態が収拾した事に安堵する。
この事態に至った経緯を語るには、二日前にさかのぼる。