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CRAFT/Notes  作者: 式式
ルシア城町要塞戦
12/56

エレワーノ嬢の苦言

彼女は語らない。

私は、語る言葉が見つからない。



何時しか、この言葉を語るのだろう。

だけど、今語る事は無い。

それは今ではないし。

多分、予定は未定となるかもしれない。


それでも語る未来を願いながら。



私達は、互いの立場を貫くのです。

 肌寒い風が目立つ。


 庭の手入の最中、談笑に励む下手人。いつも通りに努める使用人。あくまでも平和である街の様子。そういったモノを時折眺め、書類に目を通しながら頭を悩ませる。宛先人は同じような貴族。都に住まい、中央政府の管理下の貴族たち。

 フェルナンドの惨劇についての原因。及び、協力性が皆無な現状についての危機感。貴族同士の癒着が疑われるこの頃の様子をまとめていた。住民同士の会話の中に有るのは戦争の話だけど。それは現実的な話ではなくて、どこか遠くの国で行われているような。そんな間違った平和の中に埋もれていた。


 私は、機嫌を装う。

 少なくとも、今の表情は無に等しい。


 私は、カルタ・テレ・エレワーノ。

 カルタ国の第一皇女。この広い古城の持ち主。北フェルナンドの一角を担うこの領地は、国王であるカルタ王を中心とした”中央政府”から任命を受けた貴族が代々管理を任されている。

 私は、北フェルナンドの領主として、十八の年から務めている。三年間の領主生活は、肩荷が下りることはないほど神経を使う。

 今回の問題は、通常のそれとは違いモノだった。

 フェルナンド南部に対しての武力攻撃。それは、フェルナンド北方のこの領土にも無関係な問題ではない。南部に対しての武力攻撃は、フェルナンド一帯の領土返還を主張する彼らにとっても、それにとどまる訳もない。

 

 「お嬢様。先程、使いの者がこのような伝令を飛ばしてきました」


 仕事中は、よほどのことが無ければ入室禁止だと言ってある。

 そのよほどの事に当て嵌まる要件なのだろう。……声の主は、よほどのことに似合わぬ落ち着きのある声で私のそば絵足を進めた。いやになるほど礼節に忠実な紳士。私の前ではジョークを欠かさない秘書も務める彼は、顔を覆う特徴的な紙袋を外さず手紙を見せる。


 「肥溜めの領主から?」

 「思い当たる通りの要件かと。読み上げますか?」

 「上げなくて結構。大体の文面は予想できますね。大方、フェルナンド南の事でしょう?」


 覆面、もしくはマスクと同様。紳士服を着崩さず純白の手袋を愛用する彼にとって、唯一のおしゃれという事らしい。紳士であるなら被り物を室内に持ち込むのはルール違反だと思うけど、彼にとって外せない一線がある。

 それは昔からの流儀であり、私が生まれるよりも昔から国に仕えている彼は、国の王でさえ素顔を見せたことが無い。だがしかし、彼の使い人としての能力は高く、国王のそばを十分に支え、国の繁栄に一役をかった事から、領主の称号も検討されたことがあるほどだ。

 しかし、彼はその権利を破棄し、国王に仕える事だけを選ぶ。……以降、彼は執事として、我々王族専用の使用人となった。



 人は彼を親しみと実力への敬意を込めて。

 ”袋の紳士”と呼ぶ。


 「さすがお嬢様。先見の明という奴ですな」

 「……紙袋かみぶくろ。からかうのは止めてもらえますか?」

 「からかうなんて滅相もございません。お嬢様の執事として、主を称えるのは当然の責務でございます」


 手紙の内容は、思った通りの内容だった。

 フェルナンド一帯の兵力での防衛。首都からの援軍は期待できない。この事態に対して、自力での解決に臨むべし。自力での解決を図る。……かき集めても、敵主力に勝るものはいない。例の傭兵が、撤退兵の援護でいくらばかりか役に立ったようだが、たった一人で帰られる戦場はない。

 少なくとも、フェルナンドの人間が生きる事が出来る道筋は、中央政府からの援軍を頼るしかないのだ。

 

 「肥溜めの彼に伝えなさい。今すぐ、第十二大隊。及び、王聖特務の彼を呼び出す事を了承するようにと。今すぐ呼び出さねば、この国が滅びます。」

 「ですが、内地にいる彼等には理解できないでしょうな。こういっては相手方に失礼でしょうが、彼らは、お嬢様が思う以上に申し開きだけが得意な殿方です。金目の物に目が無く、自らの保身にしか興味がありません。

 以前の領地分割の際にも申したとは思いますが、彼らのような政治家は面倒くさい。

 ……という表現が一番かと存じます」

 「言われなくても分かっています。しかし、議会制度。及び、領主同士の契約には私でも逆らえません。それに、最終的には父君が決める事です。希望が無いとは言っていません」

 「議会制度については、お嬢様の参考された意見が通されたと聞きましたが?」

 「ええ。案としては出されたでしょう。……しかし通ったからと言って、採用されるかは別問題です。現に、二年前から何も変わっていません」


 改革を進めようにも、人の欲というのは確実に邪魔をする。

 実感がない民主にとっても例外ではなく、実益が伴わないモノに関心はない。

 だがしかしそれは、確実に進めなければならないモノで。人的損益。及び、将来投資の上では重要な話だ。無碍にする事は出来ないし、礼節丁寧な説明をしている余裕もない。

 この世界を変えるに至る理由が、多少なりとも含まれているのだから。


 「実に難しいですな、世の中というのは」

 「……貴方が文句を垂れるのは理解が出来ます。このままでは、かの国はこの城にまで手を伸ばすでしょう。しかも、こんな時に私の立場を利用して責任を追及する動きがある。……残念ですが、どれもこれもが事実です」

 「ははっ!そうすれば、我々は負けた責任で打ち首でしょうか?」

 「打ち首どころか、我が国の終わりです。笑い事ではありません」


 形式的な笑みを浮かべる老紳士。

 表情は分からないが、この状況を理解して落ち着いているのは彼くらいだ。

 紙袋執事かみぶくろしつじという個性的な名前を持つ彼は、傭兵たちと同じような存在。

 物腰低い彼は、頭を下げ言葉を述べる。


 「ご心配には及びません。お嬢様。既に彼には言伝を運んでいます。又、第十二大隊にも、内密の様を呈しています」

 「……仕事が早いですね」

 「紙袋執事かみぶくろしつじ。お嬢様の為に粉骨精神で過労死する所存でございますので。……それと、午後のティータイムですが。西側の良き茶葉が手に入りました。いつもの時間でよろしいでしょうか?」

 「……構いません」

 「分かりました。それでは失礼します」


 私は、呼びとめた。


 「紙袋」

 「どうされましたか?」


 紙袋執事は、奇麗な直立不動と所作を以てこちらに向かう。

 対する私は、椅子を対面に向けながら”彼女”の様子について質問をする。


 「彼女はまだ、黙ったままでしょうか?」

 「こちらとしても最善を尽くしているのですが、一向に話される様子はありませんが、お付きの方から事情を聴いております。それと、お部屋の件ですが、今夜中に私の知り合いの家に預けた方がいいかと。お嬢様の苦手な方が来られる前に、こちらで手配をなさいますが?」

 「……そうですか。そちらに任せます」


 やはり、私ではないと話しさえできないのだろう。

 ……何を話していいのか分からない私は、言葉に詰まりながらも話さなければならない。

 だけど、何を話せばいいのか。……何処から話せばいいのか分からない。


 「中央政府に気付かれた様子は?」

 「屋敷の者さえ知らぬ事実です。情報が洩れていることはありません。どのような魔法を用いようが、お嬢様とご友人の秘密は我々の間に留まるでしょう。ご安心ください」


 ……実をいうと、私には秘密がある。

 後に響くような秘密ではなかった。ただ、自分であればこうすることは分かっていたし、実際に後悔はないような秘密だ。

 私の友人は、私のようにくらいを持っていて。

 私以上に、重責の中で生きていた。


 私は、勝手に彼女を救おうとし、その結果、最悪な結末を迎えるかもしれない。

 老紳士は、そんな心境を知ってか知らずか。次のような言葉を語る。

 

 「老人の独り言ですが。言葉は何よりも伝えるべきものです。……例え、なにも浮かばなくても。何かを話したという事実が、何時か役に立つでしょう」



 分かっていると、私は小さく答える。

 老紳士が部屋を出た後。私は、小さく溜息を吐いた。

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