兎達のナイフ
血を食んだ。
特に意味の無い行動を、彼は繰り返す。
腕を振り、その度に鮮血をまき散らし。
そうして、死体となった彼らを踏みつぶす。
彼は、鬼と呼ばれていた。
「さーて。次のお客様は誰だ?」
興奮に溺れながら、恍惚とした表情を崩さず、勇猛果敢に戦った隣人の肉塊を踏む。
先程まで緊張をほぐすための世間話に勤しんでいだもの。
神とやらの不確かな存在に、祈りを捧げたもの。
その全てが動かぬ屍となり、タンパク質とカルシウムが豊富に含まれた残骸となっている。何時かは忘れたが、人が人でなくなる瞬間がどのようなモノなのかを友人らと論争に励んだ事を思い出した。
立派にただの混合質となった彼らは、その意志だけを残して散って逝った。
思いは引き継がれ、血肉は意味を無くす。
だからこそ、彼らの無念は無駄ではない。
「なかなかやるではないか。坊主。名前は?」
「九ミリ愛好家事務局次官。又の名を、ラビットドール。あんたらみたいな悪党の首を刈る兎だ。よくもまあ此奴らを虐めてくれたな。この借りはあんたらの首で返してもらう」
「随分と古臭い口上を垂れるガキだ。……口でなく手を動かしてみろよ」
挑発する彼は、仲間の死体を無造作に潰す。
口の中に含んだ鉄分を吐き出し、素直に答えた。
「言われなくたってそうするさ」
軽い音が連続して、それは眉間に吸い込んでいく。
サブマシンガンの連射力を誇るわが娘は、弾丸威力は無いに等しいが制圧能力において一流だ。
吐き出された弾丸は、直進的な軌道を描き口が減らない大男の顔面を塞いだ。
その間に、流れるように横に移動。大剣を振り下ろす大男はさらに反応が遅れ、またもや弾丸を食らう。だが、それだけでは致命傷にならないことを知っている。
首筋。
脇下。
鎧が覆われておらず、動脈や静脈がつながれている一定の場所を切断する。筋肉質が取り柄の敵は、鋭い刃にいともたやすく断絶される。数十秒も経たずに敵は倒れた。
一呼吸も置かず、次の敵は大型の武器を振りかぶりこちらを狙ってくる。
それを軽くよけ、彼が装備していた盾を利用し視界を切る。目線をこちらに向けながらも、正確な位置を理解していないケルファニア人。しかし、それが致命的に遅い。
彼が気づいたのは、自身の首筋にナイフが当たる感触を感じたその瞬間の身であり、その一瞬は、彼の大きな頭を落とすのには十分すぎる時間だった。
そうして戦利品を獲た俺は、唯々顔色を変えることなく叫ぶように語る。饒舌だと認識していた自身の言葉はさらに加速し、その舌使いに拍車をかける。
「きったねぇ汚物だなぁ!肉豚共!」
首筋から滴り、湯水のように湧き出る血潮をかぶりながら、口角をさらに上げ戦利品を掲げた。
大男たちはその迫力に押されてか、一歩二歩と足を下がる。しかし、歴戦の兵は、恐怖こそ見せるモノの闘志は失っていない。その眼には、明らかな火が灯っている。
その反応に満足げにナイフを振り、次の獲物に対して剣筋をなぞった。
「お前らが撒き散らした臓物の分返してもらうぜ?!血潮と肉袋になりたい奴だけ前に出な!!フレンチには出来ねぇが、ぶつ切り肉にはしてやる!!サービス満載だぜ?早くかかってこいよ!」
先程の血潮が衣服を濡らす。
それでも気にすることなく、ナイフにこびりついた血痕だけを汚れきった衣服
で拭い、奇麗になった刀身を彼らに向ける。視界は返り血で少しばかり悪い。風に当たったせいか、赤黒い液体は乾いて肌に張り付く。
血液が口の中に染みる。
鉄の味が広がる。
含んだそれらを吐き出す。
「醜い豚共が」
「はっ!」
飛んできたのは鋼鉄の盾。
先程のケルファニア人共とは違う戦闘スタイル。突然の殴打は的確に腹を狙らい、吹き飛ばされる。短剣で防ぐことが出来た。
内臓系は無事であり、骨の損傷も見られない。が、少しばかり呼吸は止まる。
地面に叩きつけられそうになる。
体制を変え、勢いを殺した。
「……クリティカルヒットとはいかないか。」
「……っつ! いてぇじゃあねえか。」
「もう一発。」
その盾を構えていたのは幼気な少女。
クランよりも年端も言っていない黒髪の少女は、その勢いを余す間もなく、全身全霊で鋼鉄の塊を振りかざし、跳躍。今度は頭上からこちらの頭を狙う。
短剣で受け止め、受きれなかった衝撃は体の軸をそらすことにより流す。こういった鈍器に似た武具は、大立ち回りをしたのちの硬直時間がネックだが、彼女は構うことなく強打を続けた。身の丈以上の力。そして、技術を身に着けているようだが、それでは倒せない。
残念ながら、その程度では無意味だ。
「ちっ」
「痛かったなぁ! お嬢さん!」
マガジンはすでに交換してある。
拡張マガジンは、その弾数を十発程度増やしている。連戦に対応している。という意味合いもあるが、それ以上に大きいのが制圧能力の向上だ。
弾数が多ければ多い程、敵に対しての圧力が長く行える。それは、けん制の意味合いもあり、大きな音と弾丸威力は敵に対して隙を生ませる。
身の丈と同じくらいの盾を持つ少女は、弾丸に対して身を守ろうと盾を構える。少しばかり上を向いた盾は、弾丸を真正面から受けず滑り込むように弾いた。
振りかぶる事が出来ぬ距離。
近づくなら、その瞬間だ。
小型のサバイバルナイフは突き刺し内臓系にダメージを与える事に有効だ。サバイバルナイフ事態、様々な使用法が出来る万能な刃物であるが、突き刺し、切り、近接戦闘においてこれ以上のものは無い。
「じゃあな。」
「っ!」
彼女は、どうにかこれを防ぐ。
互いの距離は離れ、ハンドガンで詰める距離ではあるが、あの身のこなしではまた塞がれる可能性が高い。このまま持久戦に持ち込むか。
先程の戦いで、彼女はすでに息が上がっているが、こちらは体が温まる程度の差し合い。このまま押せばこちらが有利。そんな事を考えながら、状況を把握する。
味方の方が、苦戦を強いられている。
こちらが敵主力の十分の二を相手取っていたとして、味方が抑えきれるほどの練度ではない。今も、あちら事らから悲鳴は聞こえる。……相棒は狙撃で事態の改善に取り組んでいるだろうが、それにしても限度があるだろう。
『タクシー。止まるよ!』
聞き覚えのある声と共に、聞き覚えのある音が聞こえた。
エンジン音。加速した車体は、こちらを襲おうとした大男を吹き飛ばす。
「遅刻だ! 三十二秒!!」
『早めの乗車をお願いだね。当車は間もなく出発しまーす』
マローダー装甲兵員輸送車。
治安維持、偵察任務などで使用されるその車は、三メートル強の巨体を吹き飛ばして見事にドリフトを決めた後に目の前で駐車をする。運転席から親指を見せる男は、早く乗れと言わんばかりに後部席を指さした。
「早く乗れ!」
数名の生存者にそう答え、押し込むように誘導する。
襲おうとした連中は、14.5mm機関銃が火を噴き、彼らに近づく暇もない。
押し込むだけ押し込んだ後、装甲車の上に乗る形でもう一人を抱きかかえ、その場を後にした。