表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

終末のひとつの物語

作者: 明音

マスクの下は呪詛を吐いている。私刑の連鎖が、どこかで起こっているかもしれない。

夜を待っている。真っ白な空が首を絞めてくる3月の歩道橋で、口を隠した集団の視線に射られながら、眼下の自動車の流れに足下を掬われそうになりながらも、待っていた。今日、少しでも世界が終る可能性がある。それを確かめるために僕は待っている。世界が終るのは夜だというのは僕の妄想の産物で、実は、昼下がり、雲間が割けて、青空が現れた次の瞬間、全ては粉末となって霧散するかもしれない。


守る者のある集団が、スーパーマーケットから大量のティッシュを抱えて、広大な飛行場みたいな屋上駐車場に進んで行く。彼ら善良な市民の皮を被った者は、表面的に口を塞ぎ、その下で呪詛をまき散らす。呪詛は彼らのスマートフォンから電子を介して正式な呪いの言葉として世界に拡散され、繊細な少女を殺す。呪いは改変され、創作され、リツイートされ、彼らの脳に少しずつ返って行く。そのプロセスの中で死んだ少女を僕は知っている。僕には何の関係もない、ただ監視していただけの少女だったが、僕は悼んでいる。僕は彼らを恨んでいる。


「ハンバーグ食べた。日本に帰って来たよ♪」

ファミリーレストランで鉄板に乗ったハンバーグとクリームソーダを前にして頬を膨らましながら、上目遣いで液晶を眺めている。この写真が最後だった。ツインテールの艶も、原宿辺りで8000円くらいするワンピースも、今は世界に存在しない。既に無に帰すという死の概念は僕にはまだあまり実感が無い。ただ、写真の更新はそこで途絶えていて、二度と僕は彼女の新しい場面を見ることが出来ない。更新主の途絶えた廃墟となったそこには、ナイフとして投稿されたコメントが無数に散らばっている。僕はそれら全てを読み、少女の代わりに飲み込み、彼らの唯一の痕跡となるIDを覚え、やり場の無い苦しみ全て血肉として取り込んだ。


僕が少女に出会ったのは、SNSに軽い嘲笑とともに引用された記事がきっかけだった。ずっとゴスロリを着て、長い髪をツインテールにして生活しているとプロフィールに書いていた。英国に憧れて、ヴィクトリア朝に生まれ変わることが夢と語っていた。お世辞にも英国的ではない小さな目に、付け睫毛とアイラインを重ね、いつも真っ赤に瞼を彩っていた。混じりのない赤のそれは、アリス、と名付けられたアイシャドウらしい。少女自身も自分をアリスと名乗っていた。何をして生活をしているのか、学生なのか、何もわからないように生活していて、可愛らしいテディベアやペガサスのぬいぐるみを抱いたポートレートや、下手糞な風景写真を投稿していた。

「早くイギリスに行って、いつか葬られるお墓を見つけなきゃ。」

定期的に少女アリスはそう呟いていた。少女にとっては今しかなかったのだ。その判断は裁かれた。


僕は宇宙からの声を待っていた。突き刺す閃光と啓示と、そして訪れる終わり。曇天はやがて割れ、薄い青と紫が混じり合った空は、無理に高く見せようとしている人工の天井みたいだ。徐々に恋い紫に染まり、昼間が終わる。世界は静かに騒々しいまま続いている。人々はマスクをし、その下で他人を罵り合っている。街にはウイルスが溢れ、それに怯える平和主義な大衆は、マスクに隠したナイフを掲げて僕たちを狩る。アリスは狩られたのだ。アリスは殺された。僕は殺されない。殺されるくらいなら。僕はそっとボディバッグに隠したあれを確認する。切り裂かれる皮膚、抉る内臓の妄想を巡らせながら、僕は歩道橋を降りた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ