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 帰り道どうやって帰ったか覚えてない。

 と。

 朝起きてまずそんなことを思った。なんなら昨日の記憶もなかった。

 嘘、記憶はちょっとだけある。

『隠し事したのは由仁の方じゃん』

『変わらないって言ったのに』

『嘘まで吐かれたら本当に嫌いになるかもしれない』

 昨日言われたことばかり考えていた。いつも穏やかでゆるくて優しい馬希が詰問するように私を責めてきて、それは今までにないことでとても耐え難いことだった。

 弁明の言葉はなく、釈明の余地もない。私には何が許されているのか、それすら想像もつかない。合わせる顔がないとはこのことだろう。

 明日にはまた学校で顔を合わせることになるが……。

 土になりたい。

 誰か助けて……。

 スマホがメッセ受け取ってる……。

 見れない。

 放り投げて、またベッドにこもる。

 勉強でもして気分転換、なんて考えたけどダメ。うじうじ籠っている方が多少は落ち着いた。

 疚しい、疚しいよぅ。

 私、嫌われて平気なんじゃなかったんだ。今まで嫌われたくない人がいなかっただけだったんだ。初めて好きな人ができて、初めて友人ができて、初めてみんながどうして嘘吐いたり社交辞令言ったりするかをやっと学んだ。

 馬希にだけは嫌われたくない。

 嫌われたくなかった……。

 あ~~~~~~……。

 あぁ……。





 母親の「友達来てるよ」という言葉で起こされた。

 友達、そんなの私には一人しかいない。馬希しかいないから慌てふためいた。

 なぜ来る!?

 どうしよう、出るか出ないか。まだパジャマだし。人様に見せられる顔でもないし。でもわざわざ来るっていうことは心配してくれたとかちょっと良いこと言ってくれるんじゃ、なんて期待しちゃうし。

 わざわざ別れを告げるのに直接会うとかないしそれなら弁明のしようが……いやいや弁明の言葉が私にはないし。

 でもこうしていざチャンスが見えるとどうにかこうにかして縋りたい。

 パジャマでも、出る!

 玄関扉を開けて一瞬、視線を落としてまた一瞬。

「こんにちは! 由仁お姉さん!」

「……だれ?」

「誰!? 射場です! 射場鹿乃!」

 そう言われると記憶がダム放水みたいにだーっと流れてきた。ああいたいた、そんなの。

 でも違和感の方が強い。馬希がいると思っていたから、下着の棚を開けたら羊羹が入っていたっていうくらいここにあることが謎すぎて困惑して頭が真っ白になった気持ちだ。

「……なんで?」

「なんで、って。昨日大変そうでしたから、様子を見に来たんです。家の場所もお姉ちゃんに聞いて」

「馬希!? 来てるの!?」

「いえ、途中までです。……お姉ちゃんが好きなんですよね?」

「聞いたの?」

「いえ、昨日の今日ですから、わかりました。……言われましたけど」

 それは、そうか。好きな人がああだこうだという話をして私は泣きながら家から閉め出されたんだし、家に残った馬希の様子を見れば鹿乃さんなら気付くわけだ。

 なるほど……。

「……で、何しに来たの?」

「なので、様子を見に」

「この通り。じゃあ……」

「待ってください!」

 扉を閉めようとしたところで腕を掴まれた。結構強い力でがっちりと、子供は遠慮がないから好きじゃない。

「テスト勉強しなきゃなんだけど」

「パジャマで?」

「パジャマで」

「待ってくださいよ~!」

 鹿乃さんは腕を離しそうにない。少なくとも私が何か好意的な素振りを見せるまでは帰りもしないだろう。

「ガキはすぐワガママ言うから嫌い。なんでも自分の思い通りに行くと思うから嫌い」

「……仲良くしたいだけじゃないですか」

「仲良くしたくないやつもいる。帰って」

「じゃあどうしてお姉ちゃんを好きになるんですか!? どうして」

 馬希。

 なんで馬希を好きになったのか。

 そもそも鹿乃さんを好きにならない理由もあるけど。

 第一、馬希はいつも頑張り過ぎない人だった。なんでも適当にふわふわとこなしているけど、することはきちんとする責任のようなものがあった。私との約束は守るし、バスケ部でたまにユニフォームを持ち帰って洗濯したり。柔らかい笑顔でいつも楽しそうにしていながら、私相手にははっきりと物事を言うし、他の人相手には平気でおべんちゃら言えるけど、それでも彼女自身の態度は何も変わらないようでいた。

 彼女の人付き合いの上手さに憧れたとか? いやそれはない。けどいつも楽しそうなところには、憧れみたいなものはあった。

 ――馬希は、今の鹿乃さんがしているみたいな必死な顔はしたことない。馬希に好きな人がいても。

「似てないね、馬希と鹿乃さん」

「…………!」

 腕から力が抜けた。じゃあ、と扉を閉めて部屋に戻る。

 鹿乃さんを好きにならないもう一つの理由。

 私、鹿乃さんじゃオナニーできないし。



――――――――――――



 お姉ちゃんと私が似てない。

 それは、よく言われる。でも、いっつも良い意味で言われる。お姉ちゃんはいつもヘラヘラして適当だから、鹿乃ちゃんはしっかりしてるね、えらいね、って。

 だからお姉ちゃんと似てないって、私が嫌われるみたいに言われるのは初めてだった。私がお姉ちゃんに似てないから、私じゃダメだって。

 悔しい! 悲しすぎてぼーっとしちゃったけど、炎が燃えるみたいに熱くなってきた。

 お姉ちゃんが良くて私がダメなところなんて年齢以外ない! はず!

 だから、今度こそ、と私は扉を叩いた。そのままお邪魔した。

 おばさんに挨拶して部屋の場所を聞いて、そのままさらにお邪魔した。

「こんにちは、由仁お姉さん」

「えっ、えっなんで入ってきてるの? お母さんは?」

「お部屋の場所教えてくれました」

「えー……」

 由仁お姉さんは嫌そうな顔をしていますが、気にしません。この際今の由仁お姉さんの気持ちは何も気にしません。いつか私を好きになってくれるのでその時に考えればいいのですから。

「っていうか勉強してないじゃないですか!」

「あとでする」

「そういうのは勉強しない人が言うことですよ」

「うるさいなぁ……」

「おばさんには秘密にするので仲良くしましょう」

「……うっとしー」

 言われても、気にしません。昨日、泣いて、大きな声を出して帰ったお姉さんがこんな風に私に悪口を言う元気があるなら、それで充分だと思います。

 と、ふと部屋を見ているとあるものが目に入りました。

「あーっ! 同性愛……これって私のことを気にしての本ですか!?」

「なわけないでしょ……」

「じゃあ、お姉ちゃん?」

「…………」

 お姉ちゃんもたまにこの家に遊びに来ていましたが、その時からあった本なのでしょうか。

 一体由仁お姉さんはいつからお姉ちゃんのことを好きだったのか。初めて会ったのはもう去年のことになるのでしょうが。

 私はゆっくりゆっくり由仁お姉さんが好きになりました。家に来るお姉さんを見ては憧れました。かっこよくて、かっこよくて、この人がもっと私を見てくれたら、私を目的に家に来てくれたらと、お姉ちゃんにありもしない怒りを覚えたりもしました。

「私、私は」

「鹿乃さんって平気なの? 私に好きな人がいて鹿乃さんじゃ無理って言っても。何度もフッてるわけじゃん」

「平気です。私のこと好きになってくれますもん」

「嫌いじゃないよ。いや子供なのは嫌い。でも諦めない気持ちとかめげないところは見てて凄いなって思う。でも好きにはならないよ。だってそういうの何も想像できないもん。キスも、キス以上のことも。鹿乃さんの好きなところも嫌いなところも全部ガキだからで説明がつく。ガキでしかない。そこらへんの黄色いリュック背負って歩いている小学校に三百人とか五百人くらいいる全部のガキと同じでしかない。ただ馬希の妹なだけの」

 その他大勢。

 登場人物の端っこの方に出てくる小学生A(馬希の妹)。

 小学生A。

「小学生Aですか?」

「小学生A?」

「小学生BとCと変わりませんか?」

「えーっと……うん」

「私にとって由仁お姉さんは由仁お姉さんだけです! 全国に何万人いる高校生の中で由仁お姉さんは私にとって一番特別なんです!!」

 悔しい。悔しい。私は私の全部でお姉さんの中にいたい。ずっと。

「そんなことない。私はあなたにとって高校生A。馬希の友達ってだけ。……そういえば馬希って他に友達呼ばないの」

「……それは、あまり見ませんけど。もう一人くらいは……」

「どうせ鹿乃さんはそういう人みんなに憧れたりする。私がたまたま回数が多かっただけ」


「違う! 私にとってのお姉さんは……本当に特別で……」


「じゃあ私をどうしたいの? 私に何かされたいとか?」


 お姉さんはイライラするみたいに聞きました。

 由仁お姉さんとしたいこと。されたいこと?

「……優しくキス、してほしいです」

「優しくなんてわからない、キスに優しいも酷いもない」

「……お姉ちゃんにするみたいに」

 ここでお姉ちゃんを引き合いに出すことが、一番悔しかった。

 だけど、由仁お姉さんは笑った。

「私……同じね。私も、馬希にキスされたいから」

 だったら。

 だったら私が。

 する。

 お姉さんの方に歩いて、ベッドで寝ている傍に立って……。

 彼女は身じろぎ一つせず、私の想いを受け止めた。

 由仁お姉さんとキス。

 私からのキス!

 痺れるような感覚は、離れても何も変わらない由仁お姉さんを見て一瞬で冷めていった。

「私は鹿乃さんのこと、何にも思ってないから」

 だから何も伝わらない。

 好きな気持ちも想いも伝わらない。

 キスなんかじゃ想いは伝わらない、それは前にお姉さんが言っていたことだった。

 悔しい、悔しい――悲しい。

「うっ……うう」

「泣くなら外で。子供が泣くの嫌いだから」

 私だって泣きたくて泣くわけじゃない。泣くのは惨めだし辛いし恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。

 視界もぼやける中で、なんとか歩いて、歩いて、とりあえず由仁お姉さんから離れた。

 どうしてなんにも伝わらないんだろう。本当に、本当に好きなのに、由仁お姉さんの目にすら私は映っていないのでした。

 


 帰り道、お気に入りのグミを買って家に帰った。

「お姉ちゃん、お金」

「え、なに?」

 グミの袋を見せる。あの時お姉ちゃんに投げつけたのと同じ種類のグミ。

 するとお姉ちゃんも色々察したみたいで、「お、おおー!」と急いで財布の中から百円と十円玉を渡してきた。

「何があったかはまあ聞かないけどさ。やめといた方がいいよ実際。由仁も鹿乃ももっとちゃんとした男の人と健全なお付き合いをだね……」

「諦めてない」

 グミを食べ尽くして、お金もきちんと私の貯金箱に入れて、ようやく腹の虫がおさまった。

「……え! お金!」

「私は由仁お姉さんみたいにふてくされても諦めない! だって好きなんだもん! ひどいこと言われても、好きなんだもん!!」

 ひどいことを言われてショックだった。悔しいし悲しくなる。だけど諦めません、諦められません。だってそれでも、好きだという気持ちがどんどん出てくる。離れたら一緒にいたいって思うし泣いてたら励ましたいって思う。この気持ちはまるでなくならないから。

「お金……なんてズルい子に育ってしまったの……」

「……お姉ちゃんにとって、私って小学生A?」

「え、なにそれ。鹿乃は鹿乃だよ。可愛い私の妹」

「そう、私は可愛い。うん……」

 ぼけーっとしながら、なんかヘラヘラしているお姉ちゃん。何もわかってない。でも私は大丈夫、私は小学生Aじゃない。

 由仁お姉さんにとってまだそんなその他大勢でも、ずっと一緒にいればいつか変わる。だから大丈夫なんだ。

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