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「鹿乃、コンビニ行こう。なんでも奢ったげるよ」

「……なにが目的で?」 

「目的ってやだなぁ。優しいお姉様が妹のために何か買ってあげるのは当然のことじゃないか~」

 なんて言うけど、もちろん目的は由仁のことを諦めてほしい、とお願いするつもりだ。

 気付いたことがいくつか。まず由仁はそりゃもう真面目で優しい、そして人に対して真剣になれる。鹿乃のワガママを聞いて自分がぐちゃぐちゃになっちゃうくらいには。

 私の中で鹿乃と由仁を天秤にかけたら、ギリギリというか普通に鹿乃側に傾くけれど、今回の件に関しては鹿乃を抑えるべきだと判断したわけである。


 ので、結局。

「それでさ鹿乃、由仁のことはもう諦めてくれないかな?」

 安いグミ一袋だけ買ってあげて言ったけど、鹿乃はその値段分のお金を私に押し付けてきた。

「そんなことだと思った」

「おおっとそのお金は受け取れない! たとえ百九円でも姉妹であってもお金の関係というのは……」

「甘く見んな!」

 鹿乃は小銭とグミの袋を私にぶん投げて、そのまま一人で歩きだす。

「うわわ、鹿乃、ちょっと」

 グミを受け止めてお金を拾って、慌てて追いかけて声をかけるけど鹿乃は私をすっかり無視した。

 もう一度呼びかけたら物凄い険相で睨みつけてきて、声をかけることもできなくなった。

 置いてかれて一人、ポケットからスマホを出す。

「……あ、もしもし。由仁? うんわたしわたし。あのさ、家来れる。え? いや泣いてないって。うん、うん……うぅ……」




「由仁のせいで鹿乃と喧嘩した」

「それはどう考えても馬希が悪い」

 あんまりショックだったからすぐに由仁を呼んで合流してしまった。だって鹿乃があんまり怖いからとりあえず由仁連れてきたら機嫌治すかな、みたいな……。

 貴重な休日でも彼女は嫌がらず来てくれる。私が悪いと言いながらちょっとは責任を感じているんだろう、と思うと私の罪悪感も多少薄れる。まあテスト勉強に関しては由仁より私のがヤバいから気にしてないけど。

 部屋で話していると、恐る恐ると言った様子で扉を半分くらい開けた鹿乃が覗いてくる。由仁と友達である私には鹿乃の弱味を握っているようなものなのだ。ふっふっふ、由仁と友達である以上立場は私の方が上ということだ。

「……それより、どうするの。鹿乃さんを納得させる言葉、私は思いつかないけど」

「それなんだけどさ、聞いたよ~? だって由仁、好きな人がいるんでしょ!? 言ってたじゃん! 黙ってるなんてひどいな~もう。好きな人の話してやったら一発じゃん!」

 好きな人が自分ではない好きな人の話をする、なんてそれはそれは苦痛だろう。百年の恋だって冷める気がする。

 ところが、由仁は答えない。

 ちょっと待ってみても、何も言わない。

「……由仁さん? 由仁さーん」

「…………………………言えない」

「……エッ!?」

 驚いた。とにかく、まず、驚いた。

 苦しそうに腕を抱えて押し黙っている由仁は、重い病気なんじゃないかってくらい苦しそうで、唇をかみしめて辛そうに重い沈黙を守っている。

 隠し事なく、嘘もなく、本音の付き合いをしようという彼女が、言えないことがあるなんて。

 むしろ成長したなぁってちょっと感動したけど。よりによって今か。

「……は! いやいやいや、言えないってなんで!? え、ここで乙女心発揮しちゃうの!? いや無理強いはしないけど……」

 いや良くはないけど。言えないってなんだ。私が平気で言っているのに、私に言えない好きな人とは一体。

 ……いかん、気まずい雰囲気になってしまった。そこそこうまく行くと思ったのにまさか隠し事されるとは。

 あの由仁に、隠し事。

「……あの、私は由仁お姉さんに……」

「はいダメ! 今は私が由仁と遊んでる時間だから妹は来ちゃダメサヨナラー」

 部屋に入ってこようとする鹿乃を追い出して締め出す。滅多にしない鍵も閉める。

 どんどんと扉を叩く音がしたけどしばらくするとそれも収まる。さて今日中には鹿乃のご機嫌取りを由仁にしてほしいところだけど……。

「どう由仁、弁明する? 私は無理に追及はしないけど」

 なんて厳しめな言葉だけど、こうでも聞かないと彼女はずっと部屋の真ん中で蹲って震えているかもしれなかった。私としては、一番優しい言葉をかけたつもりだ。

 弁明、という言葉は私達の関係において適切だと思った。由仁はいつも真剣に私達の関係性を憂いていた。

 そしてさっきの言葉は――隠し事は、私以上に由仁の方がダメなことだというのは重々感じているだろう。だって隠し事はダメだと言った当人が隠し事をしているのだから。

 しかし、由仁の好きな人間、まるで想像がつかない。人間嫌いの代表みたいなやつだし。

 まず私は、散々由仁の前で別の好きな人の話してるしなぁ。それに私にだったら平気で好きとか言ってきそうまである。こんな苦しそうに我慢することはないだろう。となると、実は鹿乃を好きになったとか。……あれだけ強く拒否していたのも、自分の気持ちをごまかすため、とか。うう恐ろしい。でも親友と妹の恋愛ならうーんロリコン同性愛……応援するかしないか死ぬほど悩むけどそこはまあ……応援してやりますか。

 他の人間ならそれこそ隠すことはないと思うけど、まあそういう可能性もある。恥ずかしくて言えない、なんてのは由仁にありえないと思うけど。

「……弁明もできない。……私、何も言えない」

「あらーあららー。乙女チックですね、由仁さん。…………ええと」

 凍り付いた空気を溶かす術を知らない。

 ……こういうことが起こらないと思ったから、由仁のこと好きだったんだけど。

 で、いつもの私ならちょっと遠慮して、適当に場を濁して、適当に済ます。

 そういう由仁が大っ嫌いなことをしないと、落ち着かないんだけど。

 ……それは、それで由仁への裏切り行為になるような気がして。

 言葉を選んで、切り捨てるようで、けれど決して彼女を突き放さないような、そんな距離感で言葉を選んで。

「……由仁、変わっちゃったの?」

「……………………………………」

「変わらないって言ったのに」

 責めるように言って――自分の責める気持ちが、予期せぬほどしっくり来た。私は由仁を責めたかったんだ、とちょっと納得した。

 いやまあ、好きな人言えません。

 それは、ふざけんな、でしょ。

「由仁のこと嫌いになっちゃおっかな~」

「……! 冗談でもそんなこと、言わないで」

「隠し事したのは由仁の方じゃん」

 気丈なフリして言い返す由仁も、てんで気が弱くなって覇気がない。自分が全部悪い、自分が責められて当然だと理解しているから、強く言うことも適わない。

「……由仁が隠し事したことより、由仁がそんな風になっている方が腹立たしい」

 ……恋愛の話で戸惑うって、年相応の女の子らしいかもしれない。だけど由仁は、人間のことを、もっと雑にしていると思った。関係を大切にするからこそ嘘も隠し事もしない人だから、こんなことで関係にヒビを入れるとは思わなかった。

 ……好きな人を伝えると、関係が崩れる?

 じゃあやっぱり、鹿乃なんだ。

「由仁の好きな人って、鹿乃でしょ」

「え、違うけど……」

「あ、そうなんだ……」

 なんか普通に否定された。普通に間違っていたっぽい。うわ、恥ずかしい……。

「じゃ、誰? 私?」

「はぁっ!? そん……! ……! ………………!」

 驚いた風に目を開いたり閉じたり、口を開いたり閉じたり、わざとやってんのかってくらい明らかに狼狽してくれて。

 私は反射で尋ねたことを後悔しながら、そんな露骨すぎる彼女の反応を見て、やっぱり嘘が吐けない人なんだな、なんて思って。

 困った。

 こんな事故みたいに由仁の気持ちを知るなんて、どうしようもなかった。

「……私、いつも言ってるけど好きな人いるし、由仁の気持ちには応えられないんだけど」

「だ、だから私、別に馬希のことなんて……」

「嘘まで吐かれたら本当に嫌いになるかもしれない。だから正直に答えて。好きな人って、私?」

 ただ由仁はうんともすんとも言わず、唇を震わせながら、涙を一粒、落とした。

 もう嘘も吐けない、だけど正直に言うこともできない。

 どれだけ、私達の関係を大事に想ってくれているかがよくわかる。

 よくわかるけど。

「答えて」

「あ、うう……」

 彼女は涙を流し始めた。ぽろぽろと。子供みたいに。

「お願いだからそれだけは答えて」

 それだけはきちんと確認したかった。確信することと、事実として受け止めて由仁の口から直接聞くことは天地の差があった。それはある種のケジメであり、嘘も隠し事もない私達の関係を守るために必要なことであった。

 けれど、彼女は涙しながら首を横に振るだけだった。そうじゃない、ということではなく、何も言うことができないという意思を伝えているのだろう。そう思った。そうじゃなかったら、私は彼女を認めることもできないのだけど。

 でも、彼女は変わらず……。

「由仁、一旦帰れ」

 それ以外に言うことはない。

「まあ、また明後日。とりあえず落ち着いて、今日はほら突然だったし、ま、学校でまた何かしら言うこともあるでしょ。そういうことで落ち着いてほしいって言うのと、ふざけんなっていうので、一旦帰れ」

 呼びつけておいて帰れって言うのもめちゃくちゃかもしれないけど、私から今出せる言葉はこんなものだった。

 彼女は不安そうだった。泣いていた。何か弁明をしようにも適した言葉が出ないようだった。そんな姿を見るのも辛いけれど、強引に押した。押して無理矢理追い出した。

「ま……馬希っ! 馬希!」

 そんな売られていく子牛みたいな目すんなよー。売られていく子牛、見たことないけど。

 悪いのは由仁だよ。由仁が変わったんだから。

 彼女が無事家に帰るかどうか、それすら不安なぐらいだけど、私はもう祈るくらいしかできない。

「……お姉ちゃん、これ……私のせい?」

「ああ、鹿乃。いや完全に由仁のせい。……それより、さ」

 心配そうな妹に告げるのもどうかと思うけど、それこそ由仁の言う通り、嘘も隠し事もなし、だ。


「由仁は、私のことが好きらしいけど。まだ由仁と恋人になりたいの?」


 好きな人に好きな人がいる。

 それって、たぶんそれだけで辛い。

 いてもたってもいられない。胸が苦しくて耐え難くなるに決まっている。


「お姉ちゃん他に好きな人がいるよね。じゃあ私が由仁お姉ちゃんをもらうね?」


 鹿乃は驚くほどまっすぐだった。ショックを受けるとかの過程を飛ばして、どこまでもポジティブに自分の目的にまっすぐ突き進んでいて、それは子供ならではの無邪気さというか、私には邪悪にすら映った。

「……や、鹿乃ちゃんなんていうかパワフルだね」

「お姉ちゃんと由仁お姉さんが仲悪くなっても私はあの人と仲良くなりたいの。……だから家の場所とかまた教えてね」

「まあ、気が向いたら」

 すげなく答えたけど、たぶん鹿乃の気持ちの強さは、いつか由仁に勝る。

 由仁が今のまま潰れて、泣いているようだったら、鹿乃は願いを叶えてしまう。

 それはどうなんだろう、こんな状況で二人が結びつくと、それはやっぱ違うじゃんって気持ちになる。

 もう少し、由仁が気持ちを固めてくれればいいんだけれど。

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