表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

 調子が悪そうなまま帰った由仁も心配だけど、やっぱり泣きながら部屋にこもっている鹿乃が心配だ。

 また彼女の部屋に行ってノックしてちょっと扉を開いてみる。部屋にはこんもりとドーム型になった布団しかいない。

「……えっと、うん。なんというか。性格悪いでしょ? 由仁」

 言うことはそんなに多くなかった。私とすれば、由仁と恋人になる、っていうのをまず諦めてほしいと思うけど。

 由仁は決して悪いやつじゃない。が、変なやつだ。すこぶる変なやつだ。家族とか大事な人と親密な関係になってほしいとは思えないタイプだ。よしんば親密になるとしてもこの可愛い妹とは親密になってほしくないと思うくらいだ。

「……悪口言わないで」

 布団からこもった声が聞こえた。あんな風にされてもまだ由仁を庇うのだから、むしろ鹿乃も充分変なやつで、案外お似合いだったりするのかもしれない。

「……私とだったら、犯罪になるから嫌なのかな」

「犯罪……。いや、まあ年齢差もそうだけど、そもそも性別」

「お姉ちゃんが羨ましい。由仁お姉さんと同い年のお姉ちゃんが」

「いやだから性別。そもそも女同士じゃ恋人になれないからね?」

 と言う事実を言わなかった分、由仁なりに優しさを見せていたのかもしれない。まず否定するならそれを言えばよかったのに、と思うけど。だって年齢だったら、いずれ解決する。

「……どうして?」

「どうして……って。子供できないし、とか……知らんけど」

「キスできるのに」

「それは、……できるけど」

 そりゃ、そういう恋愛もあるって言うけど、私はそれを普通だと思わない。鹿乃の世代はもうそういうのが普通なのかな? いやそれは、ちょっと私には想像できないけど。

 なんて問答していると、布団からガバッと鹿乃が出てきた。

 もう泣いてはいない。

「だったら私、お姉ちゃんより仲良くなれたらいい。お姉ちゃんより仲良くなって、由仁お姉さんとキスできる関係だったらそれでいい。恋人じゃなくても」

「……え、ええー、なにそれ」

「なんでもいい」


――――――


「というわけなんですよ由仁お姉さん。なんとか言ってやってくれませんか」

 学校でそんなことを馬希に言われて私はまた眩暈がするような気持ちになった。

「……めげないのね、妹さん。ちょっと驚いてる」

「私はもうちょっとどころじゃないよ~! もう、本当に、どうしたらいいのかって。危ない火遊びみたいなものだから飽きてくれたらいいんだけど、なにせ鹿乃がこんなこと言い出すの初めてだからさ~」

「どれくらい本気か確かめてみるとか?」

「それはそれで怖いね。鹿乃がレズ……ってことでしょ。しかも面食いじゃん」

「……それは褒め言葉として受け取っていいの?」

「半分褒めて半分けなしてる。由仁は中身がダメだし」

 私としても笑い半分、なんか嫌な気持ち半分だ。まあ性的少数者の近親者なんてこんな気持ちなんだろうけど。

 もし鹿乃さんが本気だったとしても、私の気持ちは変わらない。話はするつもりだ、真剣に、自分の気持ちは話さないにしても、気持ちを確かめるための話を。

 ただそれで私が彼女を好きになるとかっていうのはないのだ。そもそも彼女は幼女だから。私には好きな人がいるから。いくらでも理由はある。

「なんでもいいわ。要は恋人にはならないし、馬希より仲良くもならない。あなたは友達の妹でしかない、とはっきり言ってしまえばいい。でしょ?」

「ま、そうかなぁ。じゃあ今日もよろしくお願いしますね、由仁お姉さん」

「その言い方、気持ち悪いからやめて」

「はいはーい」



 由仁は意外と人付き合いが良い、って思うようになった。

 だってテスト期間なのに、鹿乃がこんな状況になってから毎日のようにうちに来てくれる。

 やっぱり彼女なりの責任感というものがあるのだろう。自分や親友には変なルールを課す分、そういうのは律儀に守っていくのだろう。

 嘘を吐かなければ隠し事もしない。こっちもそれが必要ないから抜き身のコミュニケーション、慣れれば一番楽だ。たまにちょっと怖いけど。

「……姉の貴女は好きな人に告白できないのに、妹さんは堂々と告白してきたわね」

「若さってやつかなぁ。私ももう少し若かったら……」

「充分若いでしょ」

「気安さが違うのかも。だって先輩、王子とか呼ばれてたりするし。その点、由仁は由仁だしねぇ」

「どういう意味?」

「私も由仁が好きだったらすぐ告白してたかもねぇ」

 なんて、ふざけて頬をくっつけてみたら凄い勢いで振り解かれた。少し頬を打たれる形になって、痛い。

「冗談はやめてって言ってるでしょ!!」

「ご、ごめん。痛い……」

「……全くもう。最低」

 言うと彼女はすたすたと早歩きを始めた。

 こういうのがあるから、やっぱり由仁と一緒にいるのは難しいとも思う。



 今日は馬希を抜きにして、鹿乃さんと一対一で、しかも鹿乃さんの部屋で話をすることになった。

 妙に懐いている私の言葉なら聞くだろうと馬希の提案だ。私が間違いをしない、という信頼もあるのだろう、と考えると少し胸が暖かくなる気持ちだった。

「……私は貴女と付き合いません。もうキスもしない。だって、愛してませんので」

「じゃあ好きになってください。お姉ちゃんよりも、仲良く、大事にしてほしいです」

 私の言葉に、小賢しく、面倒臭く、熱情的に返事をする鹿乃さんに、いい加減私は思っていた疑問をぶつけることにした。

「どうしてそこまで? 貴女は私のことをどうして好きだと思ったの?」

 馬希の言葉を鵜呑みにするなら、面食いだけど。

 彼女はしばらくの間をおいて、強気に言った。

「理由が必要ですか? 好きに!」

「できれば欲しいけど」

「ないです! 好きです!」

 悔しいのだけど。

 本当に悔しいのだけれど。

 笑ってしまった。

 だってあんまり一生懸命で、馬鹿馬鹿しくて、何も考えてなくて、勢いでどうにかなると思っているような、実に幼稚で馬鹿げている子供のすることに、あどけなく愛らしく感じてしまうなんて。

 会話の通じない子供の戯言だと切り捨ててしまえるのに。

「笑っている顔も可愛いです!」

「うるさい」

 要は、特に理由はない、と。

「だって、好きなのに理由なんて必要ないです。好きだってきづいた時から、ずっと好きだって思っているんです」

「それはもう気にしてないからいい。あとは前にも言ったけど、私犯罪者になるんですけど。キスだけでも」

「でも、してくれたじゃないですか」

「それは、諦めさせるために……」

「同じじゃないですか。いいじゃないですか。諦めさせるために何度もしてくれたらいいじゃないですか」

「もう、ワガママを……」

「いいじゃないですか、いいですよね、キス」

「……前みたいなキスでもいいの?」

 私が鹿乃さんを泣かせたキス。私も、少し傷ついたキス。

 聞かれた鹿乃さんも言葉を詰まらせた。そんな悲しいのはいらない、と泳ぐ目が正直に語っている。

「貴女を好きじゃない以上、私にはああいうことしかできない。貴女に優しくしようとしても傷つけることしかできない」

「……どうして」

「どうして?」

「仲良くすることもできないんですか……? 好きなのに……」

「好きでもない人にできることは限られている。……私、あまり大事な人を作らないから」

 これは、本当だ。大事な人を作らないというか、基本的に嫌悪から入るから。

 ……本当は、今の鹿乃さんなら、充分友達の妹として普通に接することができると思う。だって馬希の妹なんだから、好きになれるとも思う。

 でも馬希の妹だからこそ好きにならない。仲良くなろうとも思わない。

 そして下手に仲良くなると、それはますます彼女を傷つけることになるだろうから。

 私みたいに、辛い気持ちをずっと抱え続けさせることになるから。

「私のことは忘れてもっと素敵な恋をしなさい。片思いなんて辛いだけでしょう?」

「そんなことない! です。だって、由仁お姉さんのことが好きで、由仁お姉さんのことを思っている時も、一緒にこうして喋っている時間だって、特別で、大切で、私にとってそれが本当に大事で……」

 真剣な言葉に、視線に、少し気圧される。彼女にとって私がどれくらい大きな存在なのか、そんなのを知った気になってしまう。

「………………………………」

 私にはこれ以上何か言うことも難しい。片思いする辛さも、通じなくても思い続ける気持ちもわかる。私が言えない感情を、こんなに一生懸命伝えようとしている健気さにも胸打たれてしまいそうな。

 だって私にはもうこれ以上否定できない。

「もうやめて」

「……やめてって、何をですか」

「好きになれるわけがないでしょ! 女同士で、しかも子供相手に! そんなに一生懸命になっても必死になっても無駄だってわからないの!? もし私が貴女のことを好きになったら、私が不幸になる! ねえ、私のことが大事だって言うなら、諦めてよ……、私他に好きな人いるのに……」

「……諦めません。不幸になってでも、仲良くなってほしいです」

「好きな人がいるって言ってるでしょ!」

「私のことも好きになってください! だって女の、子供ですから、いいじゃないですか。他の男の人を好きになったって」

 彼女は優しく、そんな贋物の浮ついた関係を提示してくる。私の嫌いな、嘘の関係。

「私はそういうのが一番嫌いなの!! 妥協するみたいな諦めるみたいな中途半端な関係! ふざけるな!! そんなので妥協できるなら……最初から告白なんかするなッ!!」

 本気だった。

 もう子供とか大人とか、ない。本気で私は叫んでいた。

 そしたら部屋の外から馬希が出てきた。

「ストップストップ、ごめん、二人とも大丈夫?」

「馬希! 私は、私は……!」

「ごめんね。……由仁」

 馬希がそっと私の頭を撫でてくれた。優しい手つきにほっとさせられる。馬希、馬希。

 馬希のことが好きなのに。

「馬希……」

「ちょっと、出ようか」

 馬希の手に引かれて私はそこを後にした。他に、もう何も考えることはなかった。


――――


 それこそ、幼い子みたいだった。思い通りに行かなくて癇癪を起こすみたいな由仁。

 部屋に残された鹿乃が驚いて絶句していた姿も印象的だった。その場を見た瞬間、由仁の方が幼いんじゃないかって思ったくらいだ。

 ……由仁は本当に真面目な子だ。たぶん、だから鹿乃の告白に対しても必要以上に真面目に受け取ったんだと思う。いや、詳しく聞いてないから知らないけど。

 でも、そもそも人間関係の話を由仁一人で解決させようという時点で無茶だったのかもしれない。

 ……私から鹿乃に言い含めるのが一番、なのだろう。なんか妹の夢を壊すみたいでヤだけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ