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 結局言われるがまま馬希の家にまた来てしまった。本当はあの妹さんのこと、もう好きになる要素なんてないくらいに心の底から嫌っているのだけれど。

 だけど私は彼女のことを嫌えない理由のようなものもあった。叶わない恋に一途なところなどがそうだ。けどそれで私が鹿乃さんに好感を持つということは、私にはない好きな相手から得られる好意ということで、ますます憎しみめいた感情が沸き立つ矛盾するものだった。

 あと、馬希の妹というだけでポイントがある。馬希ともっと仲良くなるには彼女からの好感も多少は必要な気がしたからだ。馬希にはもう、好きな相手がいるのだけれど。

 つまるところ、私には必要ない存在だった。意味のない恋愛、意味のない関係に付随するちょっとしたメリット。

 成就しない恋愛を意味がないということも、馬希との関係を無意味と決めつけることも憚られたが、最終的にはそういうことなのだ。

 だけどまだ、私には馬希に冷たくすることも離れることもできない。いつか彼女の恋愛がうまくいって、私がそんな彼女の傍にいることが耐え難くなったり、幻滅する日が来る。きっと来る。その時までは、私は今このまま、彼女の望むように行動するのだろう。

 そんなことを思っていた。

「あ、あの、おひさしぶりです……」

「久しぶりです」

 子供が嫌いだ。馬鹿みたいにうるさくて(実際馬鹿なんだけど)何も考えてない行動をするから。でもこうやってビビって静かにしていると大人ぶっているような気がして。そんなところは、少し私にもあるけれど。

「よしよし仲良くね。ってかなんで由仁は敬語なの? 子供相手に」

「距離感、わからなくて。子供って苦手で」

「私と同じでいいよ」

「同じって……言われても違うし」

 流石に小学生の子と高校生の親友を同じ扱いはできない。

 子供って、厄介だ。すぐ泣くし、そうなるとこっちが悪者。恋愛だって私が本気になれば向こうから誘っても悪者はこっち、何をしても私が悪者になる。そのくせワガママはいくらか聞いてやれ、なんて雰囲気。

 しかもその自覚がない。自分がいかに大事にされているかとかも知らない。それに、私もそんなガキだったっていうのも悲しい事実だ。だから子供を見ていると昔の自分のことを考えてますます恥ずかしくなる。

 今だって、自分が間違っているかもしれないって不安なのに。

「あの、わたしは由仁お姉さんに、お姉ちゃんと同じ風に扱われたいです。お姉ちゃんみたいに、仲良く……」

「あのですね、私は馬希とは友達なだけで恋人ではありません。だから同じ風に扱うとそれは別です」

「あ、う、えっと……」

 見るからに慌てふためいて、二の句も告げれない子供を追い詰めるように私はますます語調を強める。嫌いだから、どんどん責める言葉が出てくる。それを悪いとも思わない。

 結局、子供を倒すには理詰めが一番なのだ。子供は考えることができないから。なんだっけ、意思決定権がない、だ。

「だいたい、恋人になりたいと言いますが、具体的にはどうなりたいんですか? 恋人になって何がしたいんですか? したいことなら、恋人にならずとも付き合いますが」

「由仁、言葉きついよ」

 窘められてしまったけど、私は屈せず馬希にも同じ視線を向ける。これが私だと、言わんばかりに。

「そもそも私、恋人とか友達って、なる、と言ってなる関係じゃないと思うの。自然とそうなる、そんな関係。恋人になりますと言った日から恋人になるの? 私はあなたと仲良くなって、時間をかけて、やっと今友達だって断言できた。関係ってそういうものだと思うの。恋人になってください、なんて浅はかで薄っぺらな言葉だと思わない?」

「全ての恋愛する人に失礼な言葉だ……」

 なんて、馬希は引いてるだけだけど、もう妹さんはあっぷあっぷになって言葉も出てこないでいる。

 だからガキなんだ。自分の言っている言葉の意味も分かってないクソガキ。早く部屋から出て行って欲しい。

 でも彼女が一途で、本気というのは確からしくて、決意を決めたようにこっちを向いて言った。

「キス……したいです」

 なるほど、そう来たか。

「おおう。……マジで? いや、うーん、私ちょっと二人がキスしてるとこは見たかないけど」

 小学生の妹と友達がキスしているところなんて、そりゃあ馬希は見たくないだろう。私だってしたくはない。

 いや、子供とキスなんて、考えてみれば大した問題じゃないか。特に、全く恋愛感情を抱いていない相手なら。

「いいですよ、キスくらい」

 私は即答した。馬希も妹さんも驚いているけど。

「あなたは、キスが恋人の関係なんですよね。それで満足するなら恋人にならなくてもキスくらいしますよ。でも、どうしてキスが特別なんですか?」

「だって、恋人がすること、ですし……」

「子供なんですし恋人じゃなくてもしますよ」

「き、気持ちが通じ合う、と言いますか……」

「……なら、通じますか? 私がキスをして、私の気持ちが通じるか、試してみますか?」

 言いながら、私は妹さんの方へ体を寄せて、そのおぼこい顔に近づいた。緊張しているようだけれど、彼女は軽く身を引くだけで逃げようとはしない。馬希は、うわー、あらら、なんて言っているけれど、止めようともしない。

 キスで気持ちが通じるなんて、それこそ馬鹿げた幻想だった。気持ちが通じるならば、私がどれだけ馬希が好きか、馬希に伝えることができるのに。

「おねがいします」

 私はキスをした。友達の妹の小学生に。

 何の意味もない。理由だってくだらない。何も伝わらない。

 愛のない、悲しいキスだ。

 ……自分から口から口へのキスなんて初めてだから、緊張はするけど。

 触れて一秒ほどだろうか。

「何か伝わった?」

 伝わったのなら、どの道あなたの恋愛は破綻するのだけれど。

 これは、いじわる問題のようなものだ。気持ちは決して伝わらない。勝ち目のない土俵に引きずり込んだようなもの。

 このガキはどんな気持ちでいるのだろうか。

 そう思ってしばらく待っていたならば。

 彼女は、泣きだした。

「こっ、こんなの……違う、こんなの悲しい……!」

 そう言い残して、彼女は去った。

 そんなに私は素っ気なく見えただろうか。

 そりゃ、確かに気持ちはなかった。愛してもないし、冷たい女だと思われていただろう。でも向こうはそれを承知で告白してきたはずだ。それなのに、こんなに嫌がられるなんてあるだろうか。

「……あらら、なんかごめん、妹がおねだりしてたのにあんなワガママ言い出して。由仁なりに融通利かしてくれたみたいなのに」

 融通、なんて利かせてない。私はきっと彼女に愛がないと分からせてやるつもりでキスしたのだ。なのに、それが通じてしまった。私の気持ちがないことが、通じてしまった。

「……由仁? どったのさ」

「いや……、馬希はキスで気持ちが通じるって思う?」

「え。いやそこまでロマンチストじゃないよ。今の由仁がちょっとひどいかも、とは思うけど」

 傍から見ていた馬希でさえそう思うなら、ガキの妹さんが泣きだすのは、道理だろう。

 私の気持ちが伝わったわけがない、キスで気持ちが通じるなんてくだらないこと。

「……どう? 勉強する?」

「……それ以外に何かあるの?」

「はっきり言うけどなんか平気じゃなさそうだから。……由仁もなんか泣きそうな顔してる」

「泣きそうな顔? 馬希の前で泣いたことがあった?」

「なくても、泣きそうな顔くらいわかるでしょ」

 それは、その通りだ。何より私も、目頭が熱くなっているのを実感している。

 悔しい。

 ガキに、気持ちが分かられたことが悔しい。いや分かられていなくても、変なキスされてショックを受けたとかそんなだったとしても、私はもうアイツに気持ちを分かられたとしか思えない。気持ちを分かられたという屈辱しかない。悔しさしかない。

 あんな子供に何がわかるんだ。あんな、子供に。

「……そんなにチュー嫌だった?」

 キスではない。……子供を軽んじていた、のだろうか。それとも子供ならではの勘の鋭さ、なのか。子供だから直情的に感じたことを言ったのか。何も分からないけれど。

 だけど、私の薄っぺらい気持ちが看破されたのはどうも確かなようで、それは素直に屈辱として受け取っておこう。

「キスよりも、あなたの妹が嫌い。っていうだけかもね」

「それはひどい。可愛がってあげてよ。可愛い妹なんだから」

「ええ。努力する。つもりでいる」

 あの子をかわいがる、なんてことはもう到底できない気持ちでいた。

 もう私にとってあの子は、鹿乃さんは、あまりに惨めで、可哀想で、哀れで――だから可愛く思えるのだろうけど、だから手を付けずにいたい。

 哀れさを笑ってやりたい。実らぬ恋を無様だと蔑みたい。だけど私はそれを知ってしまっている。実らない恋の辛さを。届かない想いの辛さを。

 だからもう、私に気持ちを伝えないで欲しい。諦めてほしい。あなたが潔く諦めてくれたなら、きっと私も諦められる。

 その方が、私もあなたも幸せでしょう?

 なんて、自分と重ねてしまった時点で、もう私はダメなんだろうけど。

「努力て。子供を大事にするくらい努力せんくても」

 まあ、こうだ。子供を大事にして当然だとかっていう風潮が嫌いだから、子供も嫌いなのだけど。

「はいはい。今は勉強、でいい?」

「ん。まあ無理はしなくていいよ。無理して子供と仲良く、なんて由仁らしくないし」

 私らしさ、なんて言われると確かにそうだ。無理して周りに合わせるなんて私のすることじゃない。

 でも単純に考えると私は既に十分すぎるほどあの子に同情する余地ができてしまった。でも同情するということは、私の馬希への想いを肯定することになるのだから、やっぱり許されないのだけれど。

 馬希が好きだという気持ちが、あの子への同情の気持ちに変わって、ますます私の気持ちが抑えられなくなるなんて。こんな気持ち、消し去るべきなのに。それは私のためで、馬希のためで、鹿乃さんのためになるのに。

「……仮に私とあの子が恋人になったら馬希はどう思う?」

「え……え……。………………………………………………応援はできないかもしれないけど余程本気なら不満を抱きつつ認めるくらいには」

「ふふっ! そんなことないから安心して」

「なんだよも~」

 そうだろう、そうだろうなぁ。私だってそうだ。あの子の想いを耐えることすらできない。

 ……でも、私自身が今の気持ちでは収まりがつかない。鹿乃さんに同情心を抱いて、自分と重ねている以上見捨てることができない。それは自分の淡い恋心を大事に想っているから。

 自分の気持ちを完全に殺しきるように、もう一度鹿乃さんと話してみて、彼女がガキだと、そんな感情は下らないと言い切って、それでやっと全て解決できる気がする。

 彼女の気持ちを殺すことで自分の気持ちも殺せる。きっと馬希と良い友人になれる。そう思った。

酔っぱらいながら書いているのでめちゃめちゃなところがあったら言ってくださいね

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