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「今日は散々だった」

「嫌味言わないでよ。ひどいなぁもう」

「……じゃあ、帰る」

「うん。またね」

 せっかくのテスト勉強が、妹の告白のせいで……なんて不服そうな雰囲気を隠すこともせず、溜息まで吐いて由仁は帰って行った。根は悪い子じゃないんだけど、後ろから泣きそうな顔で見ている鹿乃を見ると、やっぱり文句の一つも言いたくなる。それは言わないけど。



 鹿乃の部屋、というか数年前までは私の部屋だけど。

 もともと二人の子供部屋だった、私が中学に入った時ワガママ言って自分だけの部屋を作ってもらったんだ。あの時は鹿乃もごねたなぁ、なんて思い出す。

 自分からここに来るのは、だからもう数年振りなんだけど。ノックしてすぐに布団にうずくまっている鹿乃がいた。

「えっと、元気?」

「わたしのせいで、けんかした?」

 いきなりそれか。昔はよく人の顔色を伺う子だったから気にしてるんだろうけど。それにしても最近の鹿乃はああいう告白した時みたいな元気な子な気もする。

 そっと布団から顔を半分出す鹿乃に、私は努めて明るく、問いただすことにした。

「してないしてない。……っていうか、鹿乃は本気なの?」

「なにが?」

 鹿乃はまだ小学生で、と言ってももうすぐ中学生、何も知らないくらい馬鹿じゃないけど、私らより全然子供。

 多感な時期、でもある。にしても、恋人になってくださいはセンセーショナルだった。

「由仁のこと、どれくらい好きなの」

「……お姉ちゃんの友達、とっちゃうみたいでごめんなさい」

「とられてないとられてない」

 鹿乃の答えは、答えになってないようで、やっぱりそういう気持ちであるらしい。私よりも由仁と仲良くなりたい、ってことなんだろう。

 鹿乃の恋人なんて考えたこともなかった。最近の小学生が進んでいるって本当だったんだ……、あんな告白、私にだってできない。

 一方、由仁に恋人ってどんなんだろう。こっちも別の意味で想像がつかない。学校では由仁が私以外の人間と一緒にいるのを見たことがない。他の誰に対してもつっけんどんで、全ての人間を嫌っているかのような素振りさえある。

 由仁に恋人ができるならそれはきっと私になるんじゃないか、って思ってたくらいだ。私にその気はないけど。

「由仁、確かに顔と頭は良いけど性格悪いよ。恋人にしない方が良いと思う」

「悪口言わないで!」

 ぴしゃりと叱られた、原因は全部鹿乃なんだけど、そんな態度を見てるとどうやら彼女はこれっぽっちも由仁と親密になることを諦めていないらしい。

「いや、うん、私はもっと普通の男の子がいいと思うけど」

「私は由仁お姉さんが好きなの! お姉ちゃんは邪魔しないで!」

 私がいなかったら由仁と出会えなかったくせに……。めっちゃ強気だ。

 あの社会性皆無ガールがそんなに好きなら勝手にすればいいさ。私は鹿乃のためを思って言ったんだからな!

 という気持ちで、妹の部屋から渋々逃げるように出た。


――――――――――――――


「妹のこと慰めた?」

 学校で会えば、まずそんなことを由仁は聞いてきた。

 私は正直に答えるしそれに嘘を吐く理由もない。

「一応。全然聞く耳持ってくれなかったけど」

「私の悪口言った?」

「性格悪いって言ったかな。社会性皆無人間とか……言ってはないか」

「ふふっ、最低」

 彼女はそれを聞いて嬉しそうに笑う。マゾなのかな、なんてのは冗談で思うけど、そう言っても彼女は嬉しそうにするだろう。

 悪口を言われたいわけではないだろうけど、それが真実であれば彼女は喜ぶ。嘘を吐かれることが嫌いだから、彼女が真実って思えることならなんだって嬉しいのだろう。

 変な人だ。

 でもそういうところが好きかもしれない。面白いから。

「由仁はどう? 鹿乃、可愛いし優しいよ」

「冗談は嫌い。……いや、馬希はいいの? 私が貴女の妹と付き合う変態ロリコン野郎で」

「良くはないかな。でも鹿乃が全然諦めなさそうだから」

「手を焼かされているのね」

「ほんと、子供は知らないうちに育つんだねぇ」

「おばさんみたいなこと言ってる」

「手がかかる子をいつも見てるからね」

「それ、私のこと?」

「うん」

「じゃあ離れればいいでしょ」

「そこが可愛いのかもね。鹿乃も、由仁も」

 なんて笑うと、彼女はムッとした風に睨んでいた。

 妹扱いされたのが嫌なのかもしれない。私にとっては対等な人というよりも、やっぱりどこか手のかかる妹みたいな印象だ。

 ――でも、冷静にそういうの考えたことないな。

 私にとっての、由仁。

「由仁は私が離れて平気なの?」

 そんなことを聞いてみた。彼女はしょっちゅう嫌なら離れろ、飽きたら離れろ、そんなことを言う。

 じゃあ、離れて平気に決まってるんだろうけど。

「……………………そりゃ、全く平気、ってわけないと思うけど。でもたぶん、一人に戻ればまた慣れる」

 由仁にしては歯切れの悪い言葉だった。その言葉を出すことのできなかった間が、由仁から伝えられた数少ない信頼のような、友愛のようなものだと思った。

 彼女は社交辞令やら嘘やらを極端に嫌う。だから人に対して優しい言葉を言えなくて、そんな言い辛い言葉でも真実としてきちんと言ってくれるのは、彼女なりの誠意の証明なんだろう。

「ま、一人に戻さないから安心しなよ」

「……逆にさ、馬希は私がいなくなったら、どう?」

「どう? って言われても……。学校がちょっとつまんなくなるかな」

「ちょっと、なんだ」

「めっちゃつまんなくなるかもね。いなくならないからわかんないけど。もしかして転校するとか?」

「いや、そんなのはない」

「ただの例え話でしょ? じゃ、安心だ」

 由仁にしては珍しい例え話だった。私が変なこと言ったから乗せられたのかな。

 それとも、こういう嘘のない関係で、はっきりそういうことを日々言い合わないと友情を確認できない、とか。

 だとしたら、由仁は寂しいやつだなぁ。

「おー、よしよし、可愛い奴め」

「なに、急に。べたべたしないで」

 触れ合ったりすることも嫌がるくせに、言葉は信じる。自分が信じられる言葉だけ信じる、そんな不器用な由仁はやっぱりどうも可愛らしい。


――――――――――――――――――――


『聞かれてもないけど言わせてもらいます。好きな人ができました』

 ある日突然、というに相応しい日だった。

 雷が直撃する日、宝くじの一等が当たる日、片思いしている親友から好きな人ができたと言われる日。

 きっとそんなのは誰にとってもある日突然なんだろう、なんて思った。

『私のことずっと好きでいるって言ったじゃん』

『由仁も好きだよ。私の好きな人は男の人だけど』

 血の気が引く、っていうのはこういうことなんだろう。もう高校生なんだから、好きな人なんてできて当然なんだろうけど――私にも好きな人がいるんだから、当たり前のことなんだろうけど。

『誰?』

『え~聞いちゃう~? 聞いちゃいますか~。じゃあ言うけど……』

 馬希は幽霊部員みたいに軽くやってるバスケ部の先輩の男子部員の名前を言った。いかにその男が快活で運動神経が良くて爽やかで、まるでバスケの王子だよなんて下らないことを言っているのが耳から耳へと抜けていった。

『ま、好きな人ができたってだけの話だけどね』

『……邪魔もしないし応援もしない』

『そんなもんでしょ。私もふわふわ好きだな~って思いながら、気が向いたら告白するかしないかって感じ』

『そう……なんだ』

『そんなもんじゃない? 人を好きになるって、まあ初めてなんだけどさ。なんかこの気持ちを大切にしようって思う気がする。この気持ちって伝えたら何かしら終わっちゃう気がするんだ。伝えないまま終わっちゃうのももったいない気がするけど、伝えた時点で終わっちゃうし。断られた場合は特に』

 珍しく饒舌になる馬希の言葉に私は心の中で同意した。私は、自分が嫌う嘘や隠し事の世界に身を潜めて馬希が好きな気持ちというぬるま湯に浸り続けている。彼女の傍で彼女の好意を一身に浴び続ける幸せを享受していた。

 その先の更なる幸せなんて掴める気がしなかった。いやきっと馬希は掴めるのかもしれない。

 私には絶対に掴めない。約束を破って変わってしまった私は、変わらないと約束した馬希を裏切っているのだ。しかも馬希には好きな人がいるときた。絶対に成就しない気持ちになってしまった。

 それでも、でも私はこの気持ちを隠し続ければ、馬希の好きを受けることができる。馬希に好きでいてもらえる。

 その対象が私だけじゃなくても、私より強い気持ちの好きを受ける人がいるとしても、私の気持ちさえ黙っていれば馬希は私から離れない。

『気が向いたりするの? それ?』

『わかんない。なんなら初恋の思い出をそっとしまって大事にするかも。あ、でも向こうから告白とかされたら喜んでOKするかな』

 それは、私もそう思う。という感じだった。

 結局のところ私の恋愛はとことん歪だった。ただでさえ、友達の、女の、なんていう時点で私にとっては変なのだ。変、変、同性なんて変。そんな気持ちだってある。


 な、の、に。

『恋人になってください』

 馬希の妹の言葉を私は受け入れられなかった。当たり前だった。好きでも何でもないのだから。

 以前に、同性で、しかも年の差で、姉の友達に告白なんてもうわけもわからない。

 クソガキのワガママかと思いきや、それでも鹿乃は全然懲りずに私に執着しているという。

 意味不明なガキと思ったのが一つ。

 家に帰って色々考えてから私に込み上げてきたのは様々だが、まず悔しかった。

 私にはできなかった同性への告白をいともたやすく行った鹿乃に嫉妬していた。私にも、そんなことを言える勇気があれば――なんてことを日に何度も考えた。

 あいつが私を好きなのに、馬希は私に告白することはない、というのも嫌だった。姉と妹だから趣味が似てたり、とかしないかな、なんて。馬希はきっと私のことが好きだから私と一緒にいるんだろうけど、でも。

 馬希が鹿乃を庇うのも嫌だった。鹿乃とかいうのが子供だからってありふれた言葉で適当に庇い立てて、私達にある関係はそんなんじゃないだろ。私達は嘘も隠し事もなくて、オブラートに包む言葉なんかもなくて本音で語り合って――なんて考えては自分の裏切りにまた胸が痛くなる。

 何もかも、うまく回っていないような気がした。私の気持ちの一切がどこにも通じていないまま胸の中でこんがらがって絡まって蠢いて抜け出そうとして体中をズタズタに切り裂いていくような。

 ただ私が馬希に好きと伝えて、馬希がそれに答えてくれて、あんな男いなくなって、あんな妹もいなくなってしまえばいいのに。

 そんなこと、絶対にない。だから、苦しくて辛い。

「……はぁ」

「溜息珍しいね。悩み事?」

 貴女のことだよ、なんて言えるわけもなくて、でも溜息の理由は考えなくちゃならない。だって嘘も隠し事もない本音の関係だから。

「貴女の妹のこと。私はもっとばっさり切り捨てて良いと思うけど、それじゃ泣いちゃうから嫌なんでしょ?」

 なんて、いなくなっちゃえばいいと思っている女に気を遣ったフリをすると、彼女は大袈裟に感動するフリをして泣き真似までした。

「由仁が人の気持ちを考えて行動するなんて……成長したねぇ」

「だから! そういう演技やめてって言ってるじゃん!」

 何もかも見透かされているみたいで、私の言葉が嘘だとバレてるみたいで怖いから。

「ごめんごめん。……んー、まあ、もう一度会ってみるのが一番かな。家で鹿乃、うるさいし」

「……はぁ。気が進まないけど」

「オッケーよろしーく!」

 彼女は私を信じて、前向きになった私に喜ぶように笑ってくれている。

 嬉しそうで楽しそうな馬希の顔が、今の私を苛む。

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