私の親友の話
ハッピー?なにそれ。
そんなお話です。最後に少し過激なシーンがありますので、注意してください。
「何故です!どうして、ユリアが追放なんて」
静寂が包み込むきらびやかな空間に、私は思わず悲鳴のような声を上げた。
だって、あんまりだ。ここは沢山の貴族が集う場なのだから。非常識だと思うのと、今の言葉の意味が理解出来なくてぐらりと視界が揺らぐ。
貴族ではよくある舞踏会で、突然の婚約破棄の宣告。そして、私たち貴族の通うセントリア学園と王都からの追放。
私の親友であるユリア・マーチェスは、婚約者であるアライス・セグネールからその異例な宣告をされたのだ。
アライス様が仰っていた理由によると、ユリアの神子様への嫌がらせが1番の原因とされていた。
『ユリア・マーチェスは、私の婚約者であることをいい事に、数々の横暴な行動が目立っていた。ここにいる神子のサクラ嬢にも、酷い行為を行った。私はそれが許せない。悪いが、君はもう昔のような妖精の姫では無い。
――――――ただの悪女だよ。ユリア』
そう呟いたアライス様の目にいつものような温かさはなく、冷たく失望した視線が真っ直ぐユリアに降り注いだ。
「アライス様はその神子の味方をされるのですか!?わたくしはただ、貴方を誘惑していると聞いてっ……!」
ユリアは必死の形相で声を上げ、アライス様と神子、そして愉快な仲間たちとも取れる有名貴族の子息たちと対峙した。
神子様。
元はと言えば、この子のせいでは無いだろうか。
ある日突然異世界から来たと言う少女が、セントリア学園にやって来たことが始まりだった。最初の印象は、平民のくせにやけに良い容姿と、可憐さ。彼女、サクラ・イイジマは稀に見る美少女だった。そして、貴族にはない人懐こい性格と珍しい光属性の魔法を使える特別さで、次々に周囲を魅了していった。
ユリアとは違い同じクラスではなかった私は、その光景を外から見て不気味さを感じた。まるで、彼女が支配していくような、恐ろしさを。
勿論、今の状況の通りアライス様も例外ではなかった。
彼を初めとする学園の有力子息達も彼女の虜となったのだ。彼女と一緒にいることが多くなり、それは次第に学園中で噂となる。
『先程アライス様が神子様と一緒に居るのを見ましたわ』
『えぇ?わたくしは先週、キト様と買い物をしているのを……』
『神子様ってば、いくら魅力がおありでも流石に、ねぇ?』
『えぇ。女性から人気の高い、しかも上位貴族ばかりと仲良くなさるなんて』
もちろん、ユリアにもこの噂は届いた。
「……そうよ。そこからだわ」
思い返すほど、明らかにユリアはあの時から変わったのだ。あの日噂を知る前までは、ユリアは温厚で思いやりのある令嬢だったのだから。
以前より周りや、噂を気にするようになり、アライス様とやたら接触することをするようになった。神子様に対しては厳しく当たり、取り巻きを使い陰湿ないじめをしていたようなことも耳にした。
親友であると思っていた私は、悔しいことにその異常さに気づくのが遅れてしまった。友人から聞くまで、何も知らなかったのだ。
「ユリア、サクラ様に嫌がらせをしているって本当なの?」
直ぐに寮のユリアの部屋を訪れて、嘘であることを確認しようとした。嘘に違いない。あの優しいユリアはそんな子ではないのだ。
「っ、、」
扉を開けた、ユリアを見て思った。
「なぁに?もちろん本当よ。ふふ、わたくし神子が嫌いですもの。まさか、もしかしてあなたも?」
ちがう、この子はチガウ。
ユリアはこんなふうに苦しそうに笑わなかった。
どれだけ苦しんだのだろう。あのユリアが人に手をあげるほどに追い詰められている。
彼女はただ、1人の男性に恋をしているだけなのに。確かに家どうしの婚約でも、ユリアはアライス様との未来をしっかり見ていたのに。
【泣くことは恥。声を上げてもいけない。常に心を清くし、美しい淑女であれ。】
私の大好きな彼女は、完璧な令嬢だった。
「ユリアさん!私は確かに平民で、出来損ないで、魔法しか取り柄がない。私はアライスたちとは違うことも知ってる」
はっ、とトリップしていた意識を戻す。どれくらい経ったのだろう。静寂は、意外な人物が破った。
今まで黙っていた神子のサクラがアライス様たちから1歩前に出て、ユリアへ強い意志をぶつけたのだ。
「でも、私はアライスたちとの出会いを大切にしたい。恋とか愛とか、そんなんじゃなくて、私は私を必要としてくれた皆の仲間でありたいの。少しでもこの国の助けになりたいの」
彼女の言葉は、正しいのかもしれない。
仲間。確かに、彼女は皆と平等に接していた。
彼女が悪い子ではないのは知っている。じゃなきゃ、あんなに人は集まらないし、嫉妬される人はだいたいそれだけ本人に魅力があるのだ。
今の彼女の言い分に、恐らくほとんどの人はいい印象を受けたに違いない。平民ということを忘れるほどのオーラと堂々とした振る舞い。そして、それだけの力をちゃんと持ってる。同情しないわけない。
「あなたなんか、消えてしまえばいいのよ……」
「……」
崩れ落ちるユリアの元へ、1歩近づく。
人混みの中にいる私の行動に、中心人物達が気づくことは無い。
また1歩、その悲劇の舞台へ登る準備をする。
こつ、こつ、こつ。
きっとこの靴の音は、誰にも聞こえていない。ユリアの泣き声と、サクラ様の声だけが、この空間を占めているから。
「?っ、そこの君」
「なんでしょう」
まさか声をかけられるとは思わなかった。振り返れば心配そうに見つめている青年がいた。格好からして、見習いの騎士だろうか。
「今行くと巻き込まれてしまう」
「……いいえ。私が巻き込むのです。」
優しい青年だ。心配してくれるなんて。もし私の何かに気がついたのなら、きっと彼は騎士に向いている。
「あ、君!」
微笑んで、また1歩足を進めた。もう、振り返ることは無い。今までの人生で1番の優雅な歩きで、ユリアの元へ寄った。
「ユリア」
「え、シシリー?」
「私はユリアの味方だよ」
「……え?」
私はいつまでも、あなたを裏切らないから。
グサリ。
ぐちゃり。
ユリアの信じた恋も愛も、そんなものなんかじゃない。
ユリアは悪女なんかじゃない。
どうして、彼女だけが救われないのか。婚約破棄も追放も、意味がわからない。
一途にアライス様を愛し、こんな私にも優しく接してくれる普通の女の子なのに。
もう、あなたが苦しむ必要なんてない。
私の手からナイフを伝って、あの子の血は滴っていた。