さん (ネーロ視点)
学校に通う日がやってきた。
学校まではおじさんが送り迎えの手配をしてくれたおかげで同じ走獣車で通う事になった。
走獣車というものは俺みたいに移動ができない種族のもの達が使っている乗り物で、走獣が車輪のついた箱のようなものを引いて進む乗り物だ。
ただ、問題が一つ。この乗り物の中で俺とハクは二人きりなんだ。
以前の俺なら二人きりだ、と喜んだだろうけど、今の俺は素直に喜べない。なぜなら俺がハクを喰っちまうかもしれないからだ。衝動が抑えきれなくなってしまっても防いでくれるおじさんやおばさん、それと親父がいないという事だ。
嬉しいけど、辛い。こんなことになるなんて思わなかった。俺が一番信用ならないなんてヤバすぎるだろうよ!一緒に学校に通いたいって言ったやつはどこのどいつだ!ぶん殴ってやりたい。握った手に力が入る。せめてもの抵抗でハクに露出の少ない服を、と考えて出た答えが俺と同じ長袖のシャツと長いズボンだった。これがほかの女共が着るような服だったら危なかった。俺はハクに喰らいかかっていたかもしれない。・・・ちょっとだけお揃いってところを喜んでなんかないんだからな!本当だかんな!
苛立っている気配を感じたらしいハクが小さく口を開いた。
「・・・ごめんなさい。」
小さく頼りない声で謝るハク。違うんだ。そんな表情をさせたいわけでも、そんな声を出させたいわけでもない。ただ俺自身が信用ならないんだ。何も言えなくて、安心させたくてハクの方へと伸ばそうとするけれど、今の俺はハクを乱暴に扱ってしまうのかもしれない。それを考えると怖くて伸ばしかけた手をもう片方の手で押さえつける。いっぱいいっぱいになってこれ以上ハクの顔を見ていることができなくて、見たくもない外の景色を見る。
「オマエが謝ることじゃない。」
これを言うので精いっぱいだ。
学校生活が始まると、これがまた大変だった。
神狼族が珍しかったのもあるのだろうが、ハクの白い髪と白い肌は(長い布で隠されているはずなのに)目立った。
不特定の輩に赤い目を見られるのを嫌がったハクは長く伸ばした前髪で顔半分を隠していたし、大勢のモノと接することになれていないハクは俺の!後ろにひっついて離れなかったけれど、とにかく目立った。
「おい、ネーロ。お前の後ろにいるカワイ子ちゃんは誰なんだよ?」
「・・・うるせえなあ、死にてえのか?」
「いいじゃんかよ、少しくらい教えてくれよう、なぁ~。」
「見んな、触んな、聞くな、黙れ、消えろ。」
追い払っても睨み付けても殺気をにじませても聞いてくる馬鹿がいる。そんなに俺のハクを掠めたいのか?
イライラするのを武闘の時間に発散していたら半年も過ぎたころにはハクに近づいてくる奴はいなくなった。大いに結構。イライラすることもだんだん減ってきて俺の心の余裕も少しは出てきた、はずだった。
学校から帰ればいつも通りにハクの世話を焼く。何か欲しそうにすればうまそうな焼き菓子を出すし、散歩をしたそうに外を見れば黙って抱き上げて庭まで連れていく。
これまでと同じ、いつもと同じ・・・はずだけど何かが違う。
ハクも学校へ行くようになってから何かを言いたそうに俺を見上げることが多くなった。それに気のせいでありたい、けれど、ちょっと、少し、避けられてる、気がしないでもない。
俺が世話を焼いても前のように笑顔が返ってこない。下を向いてお礼の言葉を小さい声で言うだけだ。それに単独行動が増えた。俺も心がそんなに狭い訳じゃないから少しくらい、例えばこの邸宅くらいなら自由に動けばいいと思う。そうしないと駄目だって昔、近所の爺さんが言ってたし。それにこの邸宅内だったら何があっても安心だ。俺もハクの気配は追えるし、おじさんやおばさんもいるから外敵が来たとしてもハクに指一本触れさせることもなく排除できると思う。
ここに通うのもあと半年。あとちょっとだけ我慢すればまた心穏やかにハクの事だけ考えて過ごす日々がまた始まるはず、だった。ハクがあいつの魔素を吸うまでは。
「 えと、ボクは端っこにいるからネーロはみんなのところにいなよ。」
「 ああ? てめえに言われなくても行くよ、うるせえな。だまってろよ。」
ハクの声を他のやつに聞かせたくねえ!
「 あ、うん。ごめんね。」
おう、頼むからこれ以上俺の心を逆なでしないでくれ。ハクはいつも俺の為にいてくれればいいんだから・・・。
そんなことを思っていたらチャラチャラした甘ったるい匂いのする奴にハクがぶつかった。
ほら、見たことか! だからハクは俺の言う事だけを聞いておけばよかったんだよ!
「 へえ、噂の二人組は仲が悪いのかな?」
「 あんたに関係ないだろ。こいつが迷惑かけて悪かったな。」
なんだよ、コイツ。ハクにぶつかってきて、変なこと言いやがって。俺とハクは相思相愛・・・ってね!く、照れてんじゃねえかんな、事実を言ったまでだかんな。
「 おい、お前いつまでやってんだよ。」
そんなところに座ってたら体に悪いだろ。まったく、手がかかる姫さんだぜ。・・・なーんちゃって、なーんちゃってな!
お、それよりもハクにいつまで触ってんだよ、この野郎。俺からハクを奪い取ろうとするなら容赦はしねえぞ。
ん? 俺の腕の中でもぞもぞ動いているハクも可愛いけど、今はこいつを測っているところだから邪魔すんなよ?
「 キミは・・・いま私の魔素を吸い込んだのか? 」
「 は? 」
な、なに言ってんだコイツ、ふざけたこと言うんじゃねえぞ、ハクが魔素を吸うことが出来るのはハクが認めた伴侶ってやつだけなんだぞ。
あ、最近避けられてたのはこいつのせいなのか? でもハクからコイツの甘ったるい匂いは嗅いだことないし・・・。どうなってる! とりあえずここから離れなければ。二人きりになって落ち着かなければ訳が分からなくなって俺の中のモノが破裂してしまいそうだ!!
「 あ、あの、オラムさん。すみません、また改めて・・・! 」
おい! そんな奴に声をかけなくていい!
頭に血が上った俺はその時のハクの様子も見ることが出来ず、そのままとにかく人気のないところに連れていくので精一杯だった。