さん
「 ネ、ネーロ。ボクどうなっちゃったの? 」
「 ああ、大丈夫だよ。魔素を吸ったせいで体が成長したんだろう。」
「 成長? 」
「 ああ、お前みたいな白いヤツは魔素を一定量吸わないと成長できねえんだよ。その代わり一気に成長するから注意が必要なんだとよ。」
「 へえー、そうなんだ。ネーロは物知りだなあ。」
普通は段々と成長するもので、ボクもてっきりそうなんだと思ってたけど、違ったのか。どうりで大きくなれないはずだ。ボクはこんなのだから周りとは違う事は知っていたけれど、成長の仕方も違うっていうのはわかっていてもショックだなぁ。
下を向けば肩から白い髪が零れ落ちる。さらさらしているけれど艶があるその髪はちょっと前までの慣れ親しんだパサパサなくすんだ白髪ではなくてちょっと銀色がかっていて光に反射して綺麗に光っている。今までと違う髪質に少し気持ちが上向きになる。これはこれでいいのかな。今までなかった胸も少しばかりふっくらとしていて、ガリガリだった腕にも柔らかそうな肉がついて全体的に丸くなった気がする。
わー、すごーい。胸がある~。あるだけで自分が女だってわかるのってすごいよね。ああ、なんか制服が窮屈だなあ。う、シャツの丈が短くなってちょっとお腹が見えちゃいそうでいやだなぁ。でも成長するってなんか気持ちがいいな。手足が伸びている感じがしてすっきりする。えへへ―。嬉しくて頬が緩んでいるのがわかる。へえ、そうなのか、一気に成長するんだ。・・・あれ?
「 ・・・ん? 」
まてよ、何でネーロはそんなことを知っているのか。何度も細くて非力な体をどうにかしようと相談にのってもらったりして、ボクが小さいままで悩んでいることを知っているはずなのに。
ネーロを睨み付ければ、気付いたか、って、今言った?
目をそらすネーロの頬を両手で挟みつける。思いっきり。バチン、と響いた音とかネーロが痛そうに顔をしかめたとか、そんなことはどうでもいい。
「 説明してく、れ、ま、す、か、? 」
そんないじけた目をしてもごまかされないんだからね! ちゃんと説明してください。
「 だって、教えたらハクは大きく成長したくなっちゃうだろう?」
「 当然でしょう? いつまでもネーロに守ってもらうのは悪いし、自分の事は自分でしたい。」
「 ・・・だから教えなかったんだよ。」
「 なに? 聞こえなかった。」
「 なんでもねえ。」
今だって高いところの棚のものが取れないと取ってくれたり、背後から持ち上げられて取ってるのに、大きくなったらネーロの手をわずらわすこともないんだから大きくなりたいに決まってる。
なんでネーロがそっぽ向いて怒ってるんだよ、怒りたいのはこっちだよ!
段々と腹が立ってきてむかむかしてきた。目をつぶって唸っていると覗き込む気配がする。ふん、ボクは怒ってるんだからね、そう簡単に目を開けたりしないんだからね。
まったく、何のつもりなのか、ボクの困っているところを見て楽しむなんて趣味が悪すぎる。一度世話を焼かれる立場になればいいんだよ。いつも感じるいたたまれなさに、申し訳なさに苦しむがいいよ。
「 それなら聞くけど、俺がお前の世話を焼くことに不満があったのか? 」
「 ・・・不満というよりも、引け目を感じる。」
「 引け目? 」
「 うん、ボクがいると世話ばかりかけてしまうだろう?」
ボクの面倒を見て、そのあと自分の事をしなくてはならないなんて大変だ。魔素が吸い取られると虚脱感に襲われることも知っている。深夜と早朝に欠かさず鍛錬をしているのも知っている。でも、ボクの世話がなかったらもっと早くに鍛錬もできて、体を休めることもできるのに。そう言えばネーロは驚いたみたいだった。
「 な、おま、知ってたのか!」
「 鍛錬の事? 知ってたよ。」
ボクは昔からネーロの気配だけはわかるんだ。早朝に目が覚めたとき、庭からネーロの気配がしたからのぞいたら剣の素振りをしていた。真剣な表情でただただ黙って素振りをしているネーロは本当に大きく見えて、かっこよくて、ますますボクのそばにいてはいけないんだと思った。
「 ・・・ハクは俺から離れたいのか?」
「 うーん、離れないとネーロが困るでしょ。」
ボクから離れればネーロは自由になれる。また旅に出ていろいろな経験も積んでネーロ自身の力で立派に出世もするだろうし、慕ってくれる仲間もできるだろう。ここに来てからもよくネーロに舌打ちはされたけれどなんだかんだ言ってもネーロはボクのそばにいた。
あー、ネーロが旅に出たら淋しいな。一人ぼっちになっちゃうし、いつも一緒にいてくれたネーロがいないのは少し、いや、かなり淋しいかもしれない。
自分が皆と違う生き物だと知った時、一人だと思った。でもそんなボクのところにネーロが来てくれた。そのことがものすごくうれしかった。みんなと違うことでどうしていいのかわからなかったけど、ネーロがいてくれれば異端でもいいや・・・。
そこまで思ったら視界がにじんだ。
あれ、何だこれ。目が熱い。
見えづらい中で一生懸命にネーロを見上げる。ネーロ助けて、なにこれ?
「 はあ、これだから・・・。」
ネーロが大きなため息を吐く。でも今のは嫌な感じじゃなかった。
名前を呼ばれるのと同時にあたたかいものに包まれる。ちょっとごつっとして痛いけれど、安心できる匂いとちょうどいい温かさ。
「 なあ、ハク。 お前は俺が邪魔なのか?」
あわてて首を振る。違う、違う。ボクがネーロにとって邪魔なだけなのに。でも、離れて行ってしまうのは嫌だって思ってしまう。わがままなのはわかっているのに、ネーロの為になってないこともわかっているのに。そう思ったらもっと目が熱くなった。
「 なんか勘違いしてるみたいだからはっきりと言っておく。いいか、一度しか言わねえからしっかりと聞けよ?」
今度は首を縦に振る。何を言われるのか、今生の別れを言われるのか。頭の中が混乱してきた。さっきからの態度はいつもの自分らしくない。いつだって我慢できたはずだ。こんな事ではまたネーロに迷惑をかけちゃう。
「 俺がお前の世話を焼くのは当たり前なんだよ。お前は、ハクは俺の唯一の番なんだよ。」
「 つがい?」
「 ああ。だから俺の魔素をお前が吸うのは当たり前なんだよ。むしろ俺のしか受け付けねぇとか、どんだけ俺を喜ばしたのかわかんねぇだろ。」
「 え?ああ、うん。」
「 わかんねぇって顔してんだろうな。」
顔を上げようとしてもネーロにつかまっていて動けない。
ふう、と息を吐いてネーロはつづけた。
「 あのな、俺たち神狼族は番の世話をすることを無上の喜びとして生きてんの。だからお前の世話をするのは俺にとっては喜びで、頼んでもしたいことなの。それなのに俺の世話から逃げようとか、何? 俺の息の根を止めようとしてる? 」
いや、そんなことはしてない! 絶対にしないよ!!
口を開くともごもごとしか声を出せないから違うという事を伝えたくて首を横に動かす。
「 そう? まあいいか。今、ハクがこうして俺の中にいることが重要。」
体をぐりぐり動かすとネーロが慌てて腕の力を緩めてくれた。なんか成長したこの体は厚みが出たせいか動きにくい。もうちょっと小さくてもよかったかもしれない。少しネーロから体を離して顔を見れば、ネーロは何か眩しいものを見るように目を細めてこっちを見ている。何を見ているのかと思ってきょろきょろすればクスリと笑って、いつものように大きい手が、乱暴でそれでいて優しくボクの頭を撫でていく。うっとりと見上げれば、そのままネーロの顔がゆっくりと近づいて・・・。
ガブリ
と、鼻の先をかまれた。