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いち

「 あ、」


何かにつまずいて体が傾く。次に来るであろう衝撃に耐えようと目をぎゅっとつむり、体を硬くすると腕を思いっきり引っ張られた。

掴まれた腕から温かくてとてもおいしい魔素が流れ込んでくる。ちょっと吸い込んでうっとりしていると、すぐそばで短い舌打ちが聞こえて慌てて目を開ける。目の前には浅黒い肌の立派な体格の青年がいた。


「 あ、ご、ごめん、なさい。」

「 なんだよ、腹空いてんのかよ?」

「 え、う、うん。」

「 朝のあれじゃあ足りねえのかよ。」

「 え、うん、ごめんね。」


そう言って少し距離を置けばまた短い舌打ちが聞こえた。


「 おい、お前、そばにいないとどうなっても知らねえよ?」

「 え? でもネーロが嫌なら・・・。」

「 ああ? いやに決まってんだろ? お前に俺の魔素を喰われる気持ちがわかんのかよ・・・!」

「 ・・・ごめんなさい。」


舌打ちをしてボクから目をそらすネーロは今日も魔素がキラキラと体の周りに光っていてとてもおいしそう・・・じゃなくてかっこよく見える。


ネーロは引き締まった体を持ち、性根もまっすぐな神狼(フェンリル)族の青年だ。運動神経も抜群で頭の回転も速くてボクはとても尊敬している。

対してボクは吸血族なんだけれど、異端だ。みんなと違って色がない。体の色が抜けていて全身真っ白だ。いつもおなかが空いているし、性別はたぶん女だとは思うけど、体は小さくて痩せているせいでまるで棒切れのようだ。普通は吸血族は息をするように世界の生き物から少しづつ魔素を取り込むことができるのに、ボクはそれができない。普通にしているだけでは栄養補給ができず、死にかけていたところを通りかかった神狼族の親子に助けられた。

その時のことはよく覚えていないけれど、キラキラした光に包まれたネーロのことだけはよく覚えてる。暖かくて優しいものに包まれて初めて満たされた気がした。ネーロは黒い目でボクのことを見て驚いていたと思う。

目が覚めた時、視界に入ったのは生命力にあふれたネーロの顔で、心配しながらもボクの手を握ってくれていた。実は倒れたときボクの命の危機だったみたいでおもいっきり吸い込んじゃったんだって。ネーロの魔素。魔素がないと生き物は気絶しちゃうからボクと一緒にネーロも倒れちゃったんだ。ばったんって。そんなめにあったのに、ボクの目は赤くて気持ち悪いはずなのにまっすぐと見つめて心配してくれるなんて本当にネーロはいいやつだ。


それからネーロのやさしさで一緒にいてくれることになったんだ。ボクはネーロから発せられる魔素がないと倒れてしまうから。

目の前で倒れたボクにびっくりしちゃったんだろうし、きっと吸血族の長に頼まれて断れなかったんだと思う。優しいネーロはボクを見捨てることはできなかったんだ。でもボクのせいでネーロは行動に制限が付くことになっちゃった。神狼族は旅する部族だ。吸血族に隠されるようにして育ったボクを旅には連れていけないと、ボクのせいでネーロは親と離れて暮らすことになってしまった。半日くらいなら平気だけど、それ以上離れているとボクは気を失ってしまうんだ。だからボクから離れることが出来ないネーロは好きなことができないし、行けない。きっとストレスもたまってるだろうし、ボクのことも嫌いなんだと思う。できればボクがネーロ以外の魔素がたくさん取り込めたらいいんだけど。


「 えと、ボクは端っこにいるからネーロはみんなのところにいなよ。」

「 ああ? てめえに言われなくても行くよ、うるせえな。だまってろよ。」

「 あ、うん。ごめんね。」


はあ、また怒らせちゃった。ネーロは学校に通うようになってから機嫌が悪い。2年間だけ通うこの学校は、この世界のことを勉強して将来の職業の適性を見るために入るところだ。どんな種族も一度は入らなければいけない所で、ここを出ないと一人前と認めてもらえない。ボクの体質のこともあるから悩んでいたんだけれど、ネーロが入学したからボクもおまけで一緒に入った。ネーロがボクと一緒に入ることを望んだんだ。確かにボクの為に二回も同じことを習うのは時間の無駄だもんね。

制服を身に着けたネーロはかっこよくて見とれてしまった。ボクの方はと言えば、それはもう惨敗という結果だったな。何にと言えば、女の子用の服を着たら細すぎてみっともないってネーロに却下されたんだよね。だからボクはネーロと同じシャツとズボンの制服を身に着けている。スカートに興味はあったんだけどね、残念。

せっかくだからここでいろいろ勉強させてもらってこの体質のことを調べるつもりだ。皆よりも年下でワケありなボクを視界にいれることはあっても話しかけてくるモノはいない。だからいつもネーロのそばにいるんだけど、はやくネーロを解放してあげたい。ネーロはかっこよくて素敵だから皆に好かれてるしボクなんかがそばにいてはいけないのだとこの場所にきて思い知らされた。ネーロはいつもボクの事を考えてくれているのがわかるし、気を使ってくれているのもわかる。もっとネーロ自身の事を優先させてほしいのに、ボクのせいでそうもいかなくて申し訳ない気持ちがどんどん膨れていく。


ネーロは将来どうするつもりなんだろう。

ボクはどうしたらいいのだろう。


とにかくこれ以上ネーロを不機嫌にさせないためにネーロのすぐ後ろをついて歩く。建物の中庭に差し掛かると強烈な日差しにまたもくらっとする。足がもつれそうになるけど、ネーロにまた迷惑をかけてしまうのは嫌だ。

倒れない様に踏ん張ったけれどボクの努力もむなしく、やっぱり足に力が入らず地面に膝をつく。そのまま横に倒れそうだったボクを支えてくれたのは誰なのか、ネーロとは違う甘い味、あでやかな花の香りの魔素が触れた肩から流れ込んでくる。


「 へえ、噂の二人組は仲が悪いのかな?」

「 あんたに関係ないだろ。こいつが迷惑かけて悪かったな。」


ボクを支えてくれたのは現王の子のオラムさんだった。なんというか、甘いもの、ああ、熟れた果物を食べたらこんな感じの匂い、味なんだろうなって感じだ。魔素は美味しいのかもしれないけどボクはちょっと甘すぎて駄目だなあ。


・・・え?

ネーロ以外の魔素を受け付けた?吸い込んだ?


今起こったことが信じられなくて、自分の手と、オラムさんが触れているボクの肩を何回も見てしまう。なんで? なんでオラムさんの魔素が吸えたんだろう。ボクの手とオラムさんの手を見比べても、何回見ても答えがわかるわけもなく、ますます混乱していくだけだ。


「 おい、お前いつまでやってんだよ。」


グイッと腕を引かれて無理矢理立たされれば、足に力が入らずによろける。またネーロの舌打ちが聞こえ、次の瞬間にはネーロの腕に抱え込まれていた。

こんな風に触れてしまうといつもおなかが空いているボクは無意識にネーロの魔素を吸い込んでしまう。これ以上ネーロの機嫌を損ね無いように離れようと手を突き出してもがいても、何故か今はボクを離してくれない。


ネーロ、離してよ!


そう思ってネーロを見上げるけど、ネーロは鋭い目でボクがぶつかってしまったオラムさんを睨んでいて動かない。


「 キミは・・・いま私の魔素を吸い込んだのか? 」

「 は? 」


ネーロが発したその言葉を聞いた瞬間にボクの体が勝手に震えた。ネーロがものすごく不機嫌になったのがわかる。こんなに不機嫌なネーロはボクが死にかけた時ぶりかもしれない。これから先に起こることに憂鬱になりながら恐怖に震える。なんでオラムさんの魔素を吸ったことがばれてしまったのか。

そりゃそうか、自分の魔素を吸い取られて気付かない者なんていないもの、ばれているに決まっているのになんで隠せると思ったのか、なんでネーロに知られたくなかったのか。でもちょっと、こっそりボクだけに言ってくれたらよかったのに。

わけがわからないままネーロにどこかへ連れていかれる。ボクの腕をつかむネーロの手は熱くて力がこもっていて痛い。でも痛いとも、離してとも言えずそのままネーロに引っ張られるまま歩いていく。

視線を感じて振りむけば、オラムさんがボクの方を見ていた。何かを考えるようで、でも目にこもった力でボクの体も焼けてしまいそうだ。

あ、ボク、オラムさんに謝ってない!ぶつかったのに謝罪がないから怒っているんだ!


「 あ、あの、オラムさん。すみません、また改めて・・・! 」


ちょっと声を張り上げてオラムさんに言えば、ネーロのボクの腕をつかむ手にさらに力がこもったのを感じた。い、痛い。オラムさんはそんな僕たちを見てどう思ったのか、それはボクにはわからなかった。




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