7.コップとコインの正体みたり
理科? 理科ってやっぱり理科だよな。
「まあ、そうだな。得意かどうか一概には言えないけど、ある程度理解はしてるつもりだよ。でも理科って括りだと範囲が広すぎないかな?」
『そうか。とりわけ突っ込んだことを喋るつもりはないからいいのだ、理科で。では、コップとコインの実験はしたことがあるか?』
コップとコイン? 頭の中にそれらのイメージを作り出す。その二つを使って出来ることなんざ知れてるが、それと『実験』というワードだけでは想像に限りがある。憶測なら立つけど。フーは裸足でペタペタとサンドイッチの乗っていた皿の周りを歩いて、オレンジジュースの入っているガラスのコップの元へとたどり着いた。
「どんな実験だ?」
『コップの底にコインを置き、それに水を注いでいくことによって視線を変えずにコインが見えるようになる。大体そんな感じのやつだ』
ふむ、どうやらフーが言っているのは光の屈折について説明する時とかにしばしば用いられるあれだな。
水中と空気中では光の相対屈折率が違うので、光は水面で屈折する。つまりコップの中に水を注ぐと、コップの側壁にさえぎられて見えなかったコインがまるで浮かび上がるようにして見えてくるのである。
その実験を授業で行った覚えはないが、小学生の自由研究等でも頻繁に取り上げられるお題目ではないだろうか。その内容を目にする回数は多かったように記憶している。内容自体は小・中学生レベルだから、確かに『理科』という大雑把な括りで問題はないと言えよう。
「うん、わかるよ」
僕は答えた。
『そういうことだ』
「うん、わかんねえ」
『思っていたより物わかりが悪いな、貴様は』
それだけで解るやつが居てたまるか!
『そうだな、この場合、コップは腕輪。水はお前の導力、と置き換える』
フーは普通の人間の親指くらいしかない小さな手を握りしめてコップの表面をコツコツと叩いた。
『その腕輪は現在、所謂魔具として機能している』
魔具――という漢字を当てはめるのだろうか。僕は聞きながら漢字を思い浮かべる。よもやマグカップのことではないだろう。
『元々腕輪なのだから当然腕につけるのがちゃんとした役割だったのだが、その腕輪を拾ったあいつらは、それを二つの世界を結ぶドアのカギとして利用したのだ。お前も見ていただろうが、あいつらがカギとして使う時以外、この腕輪は一時的な異次元に隔離されていた』
異次元っていうのは世界の裏側のことなのか?
『その理解で構わない。まるで無防備に保管されているのを見つけて、そこに私が住みついた。カギとして呼びだされても、もともと何も満たされていなかった空っぽの器だ。私が入っていても奴らは気付かなかった』
住みついた、という言葉ではイメージが湧きづらい。そもそも腕輪に入るって意味がわからない。どう見積もっても、この腕輪よりは目の前で雄弁を振るうフーのほうが数倍でかいんですけど。
『当然、私はこの世界において物理的に実態のある生き物じゃあない。言ってみれば精神生物。アーティスト共はメルシングとか呼んでいるな。お前の導力を借りれば軽い実体化程度なら可能だが』
精神生物、物理的な実態がない。幻覚の方が近い、といったのはそういうことなのか。
メルシング。現在進行形なのか、はたまたメルという人が歌っているのか。
何しょうもないこと考えてるんだろうなあ、僕。と、自己嫌悪に走ろうかどうか迷っていた僕の目にあまり好ましくない光景が写った。
「ちょちょ、おい! 何やってんだ!」
次の瞬間にはポチャン! と、まだ半分くらいオレンジジュースが入っているコップの中に、フーの手によって僕の食べ残したプチトマトが水没した。ただでさえ嫌いなのに、これで食べる気がさらさら失せたぞ。
『濁っている水だと、逆にコップの中身は見えない』
いや、確かにその通りだけど、少しは自分の行為を悪びれろよ。そもそもそれはガラスのコップだから実験には使えないし。
『そういうわけで、私がお前のもとにいる』
「説明のステップを一気に三つくらい飛ばした気がするんだけどそれは僕の気のせいか?」
『ここまでくればもう大体わかるだろう。残りは貴様の口から言ってみろ、私に理解度を示せ』
いや、わかるだろう、と言われてもなあ。
哀れにもオレンジジュースに浸されたプチトマトは、さながら水死体のように水面へ浮き上がってくる。我ながら的確な比喩だった。僕は(主にトマトの件で)困ってフーを見るが、同じく見返すフーの瞳には、お前はもうわかっているに違いない、と言わんばかりの、どこか言い逃れできない気迫があった。
アイ・コンタクト失敗。
昼のワイドショーに切り替わった賑やかなテレビ画面をちらりとみて、僕は渋々口を開く。
「……さっきお前は言った。この腕輪はもともと空っぽだった器。それに入っていても全然気付かれなかった、って。でもこれは普通に考えればおかしな話だ。もともと空っぽだったのなら、それに何かが入れば違和感がないはずがない。つまりは――そこでさっきの例え話が生きてくるんだろう?」
僕は話の合間に嫌々、プチトマトを飲み込まないようにオレンジジュースを飲み干し、コップの中に残ったそれを睨み倒した挙句口に放り込む。口の中で混じりあうオレンジとトマトの味のコラボレーションを出来るだけ味わわないようにして机の上の食器を持ち去ると、それを流しに置いた。気付けば、またフーは僕の左肩に乗っかっている。
「っ……、こりゃひどい味だよ」
『いいから続きを話してみろ』
さっきまでこちらが受け手だったはずなのにいつの間にか立場が逆転している。こんな得体のしれない存在から話の催促を食らうとは、どうも昨日から自分のペースで話を進められないな。僕は食器を洗いながらどこを見つめるわけでもなく、喉越し最悪のオレンジトマトを呑んで語る。
「コップに入ったのがコインだったら。それを持ち上げたところでそんな微妙な質量の変化には気付けない。ましてやコップを、本来の使い方ではなく、例えばただの重しとか、インテリアか何かに使っていたなら、なおさら。つまり、腕輪に住みついたお前はそれだけの存在で、彼ら――『封じ屋』とか言ったか――にはお前の存在に気付くだけの術がなかった、ということでいいんでしょうかねフー先生?」
洗った食器は再び水切りに並べ、代わりに放置されていた昨日の食器を食器棚へと返却する。行動自体は毎朝のそれだけど、今は三時だ。時にあまりにも似つかわしくない行為である。
『いいだろう、ほぼ正解だ。多少の理解力はあるようだな』
余計な御世話だ。
『だが一つだけ誤りがある。確かに奴らに気付かれはしなかったが、私はコインのごとき軟な存在ではない。それは頭に叩き込んでおくことだ』
「ああ……? はいはい」
フーの話は右から左に受け流し、僕は頭をかきながら風呂場に向かった。昨日は風呂にも入らなかったし、服だっていい加減着替えないとまずいよな。
「で、次に出てくるのが……なんだ、どうりき? だっけ?」
『ミチビくチカラ、と書いて導力だ。わかりやすく言えば準自然固有魔導優力のことだ』
あー、うん。なんていうか。
「全然解り易くなってない」
『そうか? では貴様ら表の人間がよく読むマンガとやらに頻出する単語で言いかえよう。そうだな、それなら魔力、というのがそれに一番近いニュアンスを持つ』
魔力。
「ゲームで言うMPみたいな?」
『正しくもあり、間違ってもいるがほとんどそういうものだと考えていいだろう』
魔法の源。バトル物やファンタジーのお話にはそれこそ頻出の便利な言葉だ。
このままじゃ魔力が足りない。
あいつは魔力が強すぎる。
魔力を使うまでもない。
こんな風に並べると、なんとなくそれっぽい。あくまでも「ぽい」ところがミソである。
「コップに注がれる水がそれってことでいいんだな」
『そう。つまり器たるこの腕輪を貴様の導力が満たしたから、私が貴様に見えている。例え話を使った説明はこれにて終了だ』
終了らしかった。結局こいつが僕に見えているということは、僕に『導力』などと言うけったいな力が宿ってしまったということの証明に他ならない。だけど、その導力とやらが一体どういう代物なのかは今はまだ聞かないでおくことにした。それに、聞かないまま、使わないまま終わるのなら、それが一番に決まっている。問題は、『終わり』という単語をこの際どう定義すべきか、であったが。
まあいいや、そのうちなんとかなるだろう。
風呂場に着いた僕は、フーを肩から払い落して洗面台に乗せ、制服を脱いでは洗濯機に投げ込んでいく。
「なあ、一つ聞いていいか」
『なんだ』
シャツに手をかけ、まくり上げる。
「世界ってのは――2つだけなのか?」
僕が服を脱ぐ衣ずれの音だけが、聞こえる。
『――貴様は昨日の金髪の話を聞いていなかったのか?』
ヒンヤリと冷えた洗面台の上に胡坐を掻きながら、フーが相変わらず平坦な口調で応えた。その背中が写るはずの背後の鏡には、淡々と服を脱ぐ僕の姿だけが映し出されている。さっきと同じ光景だ。
「いや、そうじゃないさ。そうじゃないけど、お前は知ってるんじゃないのか? あの学校で見た草原のことを」
なんでもないように口にする、最大の疑問。
銀の草原。僕がこの腕輪を付けられた場所。
これは勘だ、他の何でもない。
でも。あの世界はなんだ。
裏か。表か。
『さあな。私は知らん』
「……そうか」
別に過度の期待もしていなかったが、実際聞くとやはり期待外れの返答をフーはした。幸せが逃げないよう、溜息だけはつかないようにする。だが、今それを知らなければまずいということもない。その疑問に言うほどのこだわりは持たなくていい。
その失望は思考から切り離し、ズボンは洗わなくてもいいよな、そう思って僕が制服のズボンに手をかけて降ろそうとしたら。
ピンポーン。
玄関の呼び鈴が鳴った。
「あー、親父かな?」
ったく、なんでこういう面倒臭いタイミングで帰ってくるかな。そう文句を垂れつつズボンも脱ぐと、玄関に向かうついでにリビングに寄って、壁のハンガーにそれをかける。やっぱりズボンは酷いしわになっていた。最悪だ。
「おい、フー」
『なんだ』
玄関へ歩きつつ、確認するまでもなく僕の肩の上に腰掛けているフーに聞いた。
「さっきのたとえ話を使った説明だけだと判別しかねるんだが、結局のところお前の姿は僕以外の人間にも見えるのか?」
『導力を持たない人間には見えない。持つ人間には見える。安心しろ、おそらくお前の父親に私を視認することはできない』
そうか。と、その返答を軽く頭に入れておいて、僕はトランクス一丁で玄関のドアの鍵を開けた。
「はいはい」
と、いつものように軽い調子で裸足のまま三和土に足を付き、玄関のドアを開け放つ。
「おかえ、り…………?」
いつものように。
だがそこに親父は居ず。
私服姿の畑中が立っていた。
え?
親父はいない。畑中がいる。もう一度その事実を頭の中で繰り返す。玄関先には畑中が立っていて、僕はトランクスしか身につけていない。畑中は薄めの桃色の長袖ティーシャツに半そで皮ジャンを羽織り、同系色のプリーツスカートを身に纏っている。なかなかに似合っている。小柄な畑中とその服の組み合わせは、小動物のかわいらしさを彷彿とさせた。
ここでもう一度確認してみよう。僕は裸同然の格好をしている。
「…………」
これは僕の沈黙。
「…………」
これは畑中の沈黙。
『…………』
ついでにこれはフーの沈黙。
え、なにこれ。なんですか。
やばい。いや、やばいというか、まずいというか、きついというか。
沈黙が痛い。痛過ぎる。死すら覚悟できるこの冷やかさ。何だよ、この間は。
――とりあえず挨拶でもしとくか?
「や、やあ。こんに」
「……ってーな、くそ」
あんなに勢いよくドアを閉めることはないじゃないか、と。僕は額を氷で冷やしながらぼやいた。とりあえず、クラクラした頭で部屋まで戻り適当にチョイスした服を着た僕は、白い眼差しを向けてくる彼女をなんとかリビングまで通し、朝食をとった机に座らせていた。
「ごめんなさい」
「いや、いいよ。僕も悪かった」
しおらしく謝る畑中に、僕も詫びを入れる。それと同時にやかましいテレビの電源を落とした。
「その……知らなかったんです。八代君……」
確かに、僕がパンツ一丁で家に居てしかも親父を待機中だなんてことが畑中にわかるはずはない。
「八代君にあんな変態趣味があったなんて」
「そっちかよ!」
セリフに失望した感じを乗せるのはやめてくれ!
『まあ、見られるのが好き、という個人的趣向を否定はしないがな』
お前少し黙ってろよ。
フーに続いて、畑中は僕の出したお茶のコップを静かに机に置いて、言った。
「安心してください、誰にも言いませんから」
「……ああ、そうだな。是非ともそうしてくれ。あれは不幸な事故だった」
「八代君がドMなんてことは」
「話がねじれてるし!」
僕はドMじゃない。というか、どちらかと言えばSだ。
『ドSでなおかつ見せるのが好きとなるとこれは将来露出魔になる可能性も出てきたな』
「そんな馬鹿げた可能性は出てこない!」
というか、いちいち「ド」をつけるのはやめてくれ。なんでそんなに極端な性癖持ちなんだよ僕。
「まあ、お馬鹿なお話はこの辺りにしておきましょうか」
もう一杯お茶を口に含むと、畑中は少し真剣な面持ちで僕を見た。
「……本題に入る前に、その肩に乗ってるものは何ですか? なかなかのギャクセンスをお持ちのようですが」
畑中の目線が僕の左肩にちょこんと腰かける小人に移る。ああ、こいつね。
「この腕輪の精霊」
「それは嘘ですか?」
すごい切り返し方だなおい。か? ってなんだよ、か? って。嘘ですよね、とか本当ですか? ならまだわかるけど。
「そうだなあ、嘘なようで本当なようで、ごめんなさい、嘘でした。だからやめてくれ畑中そのダーツを投げるような構えは」
畑中は見えない「何か」をつかんだ手で僕に照準を合わせる。思わず手に持つ保冷剤を目のガードに回してしまった。
「そういえば昨日は当たりませんでしたよね。当ってみると案外結構気持ちいいかもしれませんよ?」
重ねて言うが僕はMじゃないぞ。
「というか、何で君はこういう得体のしれないのが僕の傍らに居ることについてそんなに落ち着きはらっていられるわけだ?」
「あなたが落ち着いているからに他なりません。例えばこの家のドアを開けた瞬間に八代君の悲鳴が聞こえてきたとしたら私ももう少し気をおいたでしょうけれど」
ああ、なるほどね。さすがに、こういう光景には慣れていると見える。
「実際あなたは裸同然の信じられないくらい変態的、それももし私が思慮分別のない器の小さな人間だったら迷いなく警察をお呼びしてご自宅からご退去頂いているでしょう程度の変態的な格好で私の前に姿を現しましたから、その心配はないと判断しました」
「…………」
変態的って二回も言っちゃった!
というかそのセリフを一息で言えることに関心するぜ、逆に。
「それで、何なんですか? それは」
『それ、とは失礼な』
しばらく口を閉じて傍観していたフーが反論する。
『私はこの腕輪を住処にしていたら、たまたまこんな騒動に巻き込まれてしまった不幸なメルシングだ。何か文句でもあるか』
何で喧嘩腰だよ。
「そうですか。ならばとっとと裏の世界に帰るか、それとも私に強制送還させられるか、どちらかを選んで下さい」
まるでなんでもない雑談をこなすかのような畑中の声の軽い調子に、一瞬僕は彼女が何を言っているのか理解できなかった。だが、字面を見る限りでは畑中はフーにあらん限りの敵意を向けているようだ。
「お、おい……何を物騒な」
「八代君」
一転、畑中のセリフが昨日学校で対峙した時の、ナイフのような鋭さを帯びる。圧力をはらんだ、低い、脅しをかけるような呼びかけ。ただ名前を呼ばれた、それだけなのに口をつぐんでしまう。
「昨日龍から聞いたのではないのですか? 『封じ屋』のことを」
封じ屋。その単語が昨夜の龍ちゃんの発言を喚起した。ワンテンポ遅れながらも、気圧されないよう気丈に返す。
「もちろん聞いたさ。――その存在が意識的にこちらの世界に害を及ぼすものでなくても、それが存在していることによって第一の理念が侵されるような場合にはその不穏分子を速やかに排除する。だろ?」
龍ちゃんのセリフを引用する。一字一句間違えることなく、そのまま完璧に。心の中で自嘲が洩れた。僕なりの嫌みのつもりではあったが、そんなことはわかるはずもない畑中はとりたてて驚いた様子もなく、また目の奥に冷たい色を称える。
「それで、あなたはそれが『そういう存在』ではない、と?」
「それはわからないけど、今のところ見る限りこいつが世界に与えてる影響なんてコップの中のオレンジジュースにプチトマトが落ちるくらいのもんだぜ」
本当はそれだけじゃないかもしれないし、それを知る術などあるはずもない。でも無駄な争いごとは好きじゃないからな。僕は適当に返したが実際、そんなところなんじゃないだろうか。それを聞いた畑中は黙ったままだったが、やがて言った。
「……まあ、いいでしょう。今日はそのことで来たわけではありません。それに、この家に入って姿を見るまでそのメルシングの存在は感知できませんでした。それ程に弱い存在なら放っておいても問題はありません」
『私はお前のことが嫌いになったぞ、封印術師。不愉快だ』
せっかく穏便に終わりそうだったのに何故そう絡むかな。しかも畑中は『不愉快』をそのまま声に乗せて飛ばしたようなフーの発言を露骨に無視するという芸当を見せてくれた。余裕で聞こえているのに、フーの方を見向きもしない。僕が口を挟む隙など1ナノメートルもなさそうである。
『結構だ。それならば私は消えていよう』
え?
と声を出す間もなく、フーは僕の視界から消えていなくなっていた。裏の世界に帰ったのだろうか。表裏の出入りっていうのはそんなに気軽なものなのか? そうだろうとそうでなかろうと、僕は自宅のリビングに畑中と二人きりになってしまったことになる。
何を隠そう、僕は昨日、今目の前にいる少女にダーツを投げつけられた少年だ。
そう考えるとフーのような存在でもいないよりはマシだったと思えてくるから不思議である。
「……なんだかなあ」
僕は嘆息した。せざるを得なかった。
「私のいるところであれを呼ぶようなことは金輪際御遠慮頂きたいのですが」
僕の意思でどうこうできることじゃないから約束はできないけどな。
「とにかく。本題に入ります」
僕ら二人の話声を除けば、音らしい音のないリビングは嫌なくらいにしんと静まり返っていた。僕を襲った女子と同じ空間で二人きり、ということを意識するのには十分すぎるくらいに。
十分すぎるくらいに。
なあ、畑中。無駄に間をとるのはやめてくれないかな、心なしか心臓に悪いんだけど。それを口にしようかどうか思い迷っている間に溶けてきた保冷剤を机の上に置いてみたところ、意を決したように顔をあげた畑中の方から沈黙を破ってくれた。
予想外な言動を振り回して。
「今日からあなたの護衛をしなければならなくなりました」
はい?