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6.お前は「誰」だ

 ああ。

 正直言って、嫌な予感はしてたさ。

 唐突に一つ。人の見る夢の正体を知っているだろうか。結論から言えばそれはすなわち、REM睡眠中に、自分自身に蓄積した記憶を組み合わせて脳が勝手に作り出す幻想なのである。これについてクリック博士は脳の集積情報の緩和という意味合いもある、といった内容を提唱していた気がするが、まあそんなことは実にどうでもいいので適当に放置プレイしておく。

 正確にはREM睡眠中でなくとも僕らは夢を見ているわけだけど、その内容を思い出すことは非常に困難を極める。ともあれ、それこそが記憶整理のための脳の働きらしい。

 話の矛先が定まらないけど、予知夢だとか正夢だとかいろいろ言うものは、結局すべてザ・迷信である。

 僕がこんな曖昧極まる知識を記憶の押し入れから何とか引き出してきて、自分自身に発生している不可解な出来事が夢でないことを確信したのは、目が覚めて三十秒ほど経ってからだった。

『いい加減さっさと起きろ、このガキンチョが』

 どこかで聞き覚えのある声が耳元で不機嫌そうに朝の挨拶(か?)を垂れる。僕はううんと唸ることによってこれに抗議の意を唱えた。

『起きろ』

 せめてあと五十分。

『長いわ。起きろ、私は腹が減った』

 毒舌な夢だった。ひどい出来事があった夜くらい、夢の中では幸せな目を見たいものだと日頃から所望しているはずなのだが。大体僕は食事ならほんの数時間前に済ませたし腹なんか減っていない。

 そこで僕は目を開けた。目を開けて、完全に副交感神経上位から交感神経上位へと移行した。つまりは目が覚めたわけだ。

「………………?」

 わけだが。

 一文で状況を書き表すと、ブルーの髪を伸ばしたぬいぐるみが僕の枕を座布団替わりに胡坐をかいて座っていた。

『ようやく起きたか、早く飯にしろ』

 そして僕は自分の体勢を確認するまでもなく、当然のように固いフローリングに横になっている。

 もはやこの手のセリフに回す語彙が僕には足りなくなってきていることを痛切に感じつつ、言わせてもらいたい。

 何だこの状況。

「……なんだ、君は」

 体を起こしてぼんやりと、目は覚めているのだがまだ夢の中にいる気分で呟く。少なくとも目の前の蒼髪人形が僕の父親でないのは明白だけど。いや、多分人間じゃないよな? こいつ。

『お前に危害を加える存在ではない、安心しろ。そして飯を食え』

 流暢な日本語を話しながら悠長に食事を要求してくる、ずいぶんとフレンドリーな人形だった。

 危害を加えてこないなら、さして焦る必要はないな。などと既に頭のねじが数本外れたような納得を得る僕。

 ……おい、寝起きから発生してほしくもない強制イベントか。

 フラグはどこで立ったのだろう、とか考えるまでもなく昨日不必要に乱立しているので、それに関しては焦る必要も、まして意味すらもない。

 しかし一六年と八か月の人生を過ごしてきた僕であるが、自分がエマージェンシーに対してここまで楽観的な対処をできる存在だということには、自身に畏敬の念をすら覚える。これは決して『鈍感』だとか『能天気』などという無粋な単語で置き換えてはいけない、僕の新たなる長所と捉えるべきだな。

 大きな目と、低い鼻に、小さめの口。長髪を上げるためかカチューシャらしきものをつけている。着ている服はベストのようなものに半ズボンと体育会系のものだけど、子供のように高い声と見た目から性別を判断するなら、目の前の不吉な有機物はどうやら♀のようにみえなくもない。人形に雌雄の別があるならの話だが。

 じゃなくて。

「僕はもうちょっとやそっとのことじゃ驚かないと思っていたが……今現在の自分の心理状態を驚愕以外の言葉で言い表せる自信がないよ」

『その割には落ち着いているな』

「……ああ。おそらく驚天動地に対する抗体が有り余るほどできたんだろう」

『一日足らずでそれを作りだすお前の精神のほうにこそ仰天だ』

 ナチュラルに人形と会話を交わす僕。

 これってどうなんだろう、なんつーか人格的に。

 これは、なんだ、古典的にほっぺたを抓る必要性も感じられない程度にはわかる。とりあえず夢じゃあないということが。先ほどの夢の話に基づくならば、僕の記憶にこんな人形は現存していないし、僕にはこんな見た目だけがかわいらしい小人を脳内で造り上げられるような殊勝な妄想力も備わっていないのだから。だけどなんだろう。なんとなく、だけど。

 ――僕はこいつに会ったことがある?

 気だるく体を起こすが、固いフローリングで寝ていたせいで体のあちこちが凝り固まった痛みを訴える。そして自分がまだ制服を着ていることを思い出す。だらしないことにカーテンすらも閉められていない部屋には、さわやかな陽光がさんさんと降り注いでいる。

 あぁ、そうか。こいつは。

 会ったことがあるんじゃない。

 声に聞き覚えがあったんだ。僕の脳裏に呼び起される先日のワンシーン。

 ――死を覚悟するにはまだ早すぎるな。

 このセリフ。それと脳内声紋照合でぴったり一致する目の前の声。間違いない。そうだと分かった瞬間、僕は完全に警戒心を解いた。

 どういう形であれ、恐らく助けてくれたんだ、コイツは僕を。

 道理で寝起きとは言え、気が入らなかったはずだ。無意識下でなんとなくだけどそれをわかっていたからなのだろう。必要以上に気を置く必要など初めからなかったのだから。

 そして窓から入るこの光の感じ。……どうもこれは朝じゃない気がするな。物語の開始から数えて既に四度目か五度目になるこの疑問なんだけど。

「……今、何時かな?」

 机の上に設置してある目覚まし時計に目をやる。

 おや。

「なんだよ、この時計壊れてるぜ。もしくは電池が切れてるのか……」

『都合のいい状況解釈は時として人に思わぬ不幸をもたらすものだ。その時計はいたって正常な状態に置かれているとだけ言ってやろう』

 人形がえらく平坦な口調で真実を告げた。

 壊れてるのは初めから僕の体内時計のほうなんだろう、これはもう間違いなく。

「……十五時間睡眠なんて生まれて初めてだ」

 こんなもの、出来るなら通りたくない通過点だったけど。時計の短針はどんな捻くれた見方をしてもアラビア数字の3を指している。

 そしてこの光に満ち満ちた部屋。PMじゃないとなればAMなのだろうな。

『だから腹が減っていると言っとろうが』

「だからは僕のセリフだ……自己紹介くらいしたらどうなんだよ? お前が普通の人間じゃないことくらいはわかるが、僕だって窓からお前を放り出すくらいの未知に対する防衛策は持ち合わせているぞ」

『大した防衛策だな、やれるものならやってみろ』

 僕は迷いなく人形の服の首根っこを掴み、窓を開いて投げ捨てた。

『この鬼ー。悪魔ー』

 窓から身を乗り出し庭を覗く僕に、地面から聞こえるはずの棒読みのセリフは真横から聞こえてきた。

『自分の半身をぞんざいに扱うのは褒められたことではないな、椎奈』

 僕の右肩に腰掛けながら、耳元でささやく小人。重みはほとんど感じない。

 一応名前を知られているようだが、僕の部屋に易々と忍び込んでいる時点で、それを知ることの難易度はガクッと下がっている。机の上に無防備に散乱している教科書の裏面を一目でもちらりと目にすれば、そこにマジックで律儀に書かれた僕のフルネームを発見することはいとも容易い。まあ名前を知られていたからと言って、この世界にはデスノートは存在しないわけだから別に深刻な話でもないし。

 まさか、ないだろうな? デスノートなんて物騒なもの。

 だって魔法使いがいるんだぞ。

 ない、よな。

「……もう好きにしてくれ、って感じだよ」

 さらりとした長髪が首筋を撫でる。気持ちいいような、悪いような。

 で、なんだって?

『私はお前の半身だ』

「あー、なんだ。冗談は休み休み言ってください。頭が痛くなるからやめてほしいんだけど」

『よく冗談だと見破ったな』

 冗談だったのか?

『当たり前だ、私の半身がこんな冴えない顔をした上に制服のままフローリングで寝るようなだらしない学生風情ではテンションもうなぎ下がりだ』

 ひどい言われようだった。

 ……全部事実なんだけど。

「ていうかなんだ、その日本語がおかしい感じの表現はひょっとして今巷で流行ったりしちゃってるのか?」

『なんだ、うなぎ下がりはもう時代遅れなのか』

 いや、その時代は始ってすらいない。

 会話中の引っ掛かりに一々引っ掛かっていてはそれこそ再び一日の終わりを迎えかねないので、すべてを力ずくで無視しつつ適当に会話をこなしながら、僕は一階へ降りた。

 いい加減自分の適応力の高さには逆に呆れかえれる物があるな、と自分で自分の冷静さを幾度に渡り褒め称えつつ、洗面所で顔を洗い、歯を磨く。のだが。

「…………」

 僕はもう一度肩の上の小人に目をやった。そいつは素知らぬ顔でそこにいる。髪とお揃いのブルーの瞳が美しく輝いた。

 僕は鏡を見た。

 僕は小人を見た。

 僕はもう一度鏡を見た。

「……なるほど」

 そして口をすすいだ。

『納得が早いな』

「ああ、まあね。こういう変化に強いのか、あるいは疎いのか、それかただ単に鈍感なんだろう。別に朝起きて幻覚が見えていたところで、私生活には影響がないしな。必要なら病院に行くさ」

『なるほどな。ってそうじゃねーだろ』

 ペチン。と。頬を叩かれる。かわいらしい裏拳で。

 祝・今日は僕が幻覚から初ノリツッコミを受けた日になった。

 うわあ、全然嬉しくないや!

「だってお前、鏡に映らないってなんなんだよ……まさか吸血鬼か? お前」

 朝起きたら吸血鬼が僕の枕の上で胡坐をかいていた、なんてのもかなり嫌だけど。

『吸血鬼よりはまだ幻覚のほうが近い。が、とりあえずお前は飯を食え。いい加減我慢できない空腹度だぞ。不思議なダンジョンシリーズなら一歩歩くごとにヒットポイントがどんどん減りゆくくらいの空腹だ。しかもこういう時に限っておにぎりが出ないのがミソだな』

 満腹度0%だ! 死んじゃうよ!

 ていうか、またそれか。確かにお腹は減ってるけど、急かさずにまず自己紹介くらいしてくれないか。ご飯は逃げたりしないし。

『だめだ。我慢できん。すぐに食わなくてもいいが何か飲め』

 僕は耳元で喚く人形の言い回しがいい加減耳についたので反論する。

「飲めとか食えとかなんなんだ? 腹が減ってるのはお前なんだろう、だったら用意してやるからお前が食えばいいじゃないか」

 とはいいつつも、僕だってお腹は空いていた。まあ、ほぼ一五時間飲まず食わずなんだ、当然と言えば当然である。

 どことなく重くなりゆく足取りで床を鳴らして、リビングへと踏み込む。

『半身というのは真っ赤な、むしろ真っ青な嘘だが、私の生理的感覚のほとんどはお前のものをシェアーしているのだ。例えば食欲。だから腹が減っているのは私であると同時にそもそもお前なのだぞ。お前が食えば私も満たされる。言ってみれば私はお前のビュアーであるがごとき存在なのだ。簡単かつ明朗快活な話だろう』

 なるほど言っている意味はよくわかるけど、いや、やっぱりよくわからないな。というか理解したくない。

 真っ青な嘘ってどんな嘘だ。僕のほうがよっぽど真っ青だっつーの。

 ついでに、明快と言いたかったのだろうが、明快は明朗快活の短縮系じゃない。全然意味が違うよ。

 カーテンは閉められていたが、電気をつけずとも十分に明るい三時のリビングはそれが当たり前であるかのように無人だった。あの親父はいつ帰ってくるつもりなんだろうか。

 とりあえず冷蔵庫を開け、適当な飲み物のパックを一本取り出した。洗ったまま流しに置きっぱなしだった昨日のコップにそれを注ぐ。

『理解するもしないもお前の勝手だ。……実は私はお前がすごーく気になっているその腕輪に関わる存在なのだが、まあ話を信じないならしてやる価値もない』

 危うく口に含んでいたオレンジジュースで、ダイニングキッチンの床に芸術を描くところだった。

 ……まさか腕輪の精だとか言いだすんじゃないだろうな。

『私はその腕輪の精だ』

 言いだしたぞ、おい!

『無論、冗談だ』

「お前は何をするよりも先にもっとわかりやすい冗談のメイキングを体得すべきだ!」

『お前の理解力がないのが悪いのだ、ガキンチョ』

 会話が全く成り立たないよ。

『平たく言うと、私はお前が導力を得たことで顕現している』

「……頼むから、わかるように説明してくれよ」

 僕はオレンジジュース入りのコップを机の上に置き、まだ食べられる物があっただろうかともう一度冷蔵庫の戸を開いた。

『聞く態度というものを知らんのかお前は。まあいい、というか話すと長いからもう腕輪の精霊でいい』

「いや、さすがにそれはおざなり過ぎるだろ!」

『あーお腹すいたなあ。話す気力がないなあ』

「わかった、わかったよ! わかったから、僕がなんか食べればいいんだろ? 食べるから、だからさっさと話せ」

 言いつつ、朝ご飯――いや、これはもうどう考えても昼ご飯だけど、気分的にあえてそう表記する――の準備を済ませていた。昨日冷蔵庫を開けた時に、ラップに包まれたサンドイッチを見かけたことを思い出したのである。なんだかんだいって準備の良い父だ、その辺は抜かりがない。これが僕の朝食用だなんて保証はないのだが、飢え死にしては説教も受けられない。食べることにした。

 食卓に付き、それとなしにテレビをつける。軽快なアナウンサーの声がリビングに響いた。食事時にかかわらず一人で家にいる時はBGMがあった方がなんとなく安心できるのだ。電気代を考慮すれば家計的にはよろしくないのだけど、まあそんなことを気にする子供は可愛げがないので気にしない。

『人の話を聞く態度というものを知らんのだな、貴様は』

 断定されてしまった。その上二人称が『お前』から『貴様』へと、もともと高くもなかったのにさらに格下げされていた。口調には先ほどからびっくりするほど起伏がないが、その辺から地味な怒りを読み取れなくもない。

「いいじゃないか、別にお前の話を集中して聴かないわけじゃない。言ってみればテレビはただのBGMさ。それにお前は人じゃないだろ」

『そういうのを詭弁というのだガキンチョが。人のなりをして人の言葉を喋る、これがなにゆえ人でないと言えるのだ?』

「人にしては小さすぎる。それに人間というのは基本的に鏡に映るもんだ」

『む……それもそうか』

 あっさり論破されてんじゃねえか。

『まあいい。私は簡単に言えば、貴様が魔法を使えるようになったからここに存在しているように見える。そんな感じの存在だ』

「そんな感じのって……またえらく曖昧だな」

 まあ、何が起こったって不思議じゃないと言う心構えは装備しておいて正解だったのかもしれないけどさ。じゃなきゃ僕は警察呼んで、今頃精神病院送りだ。だがしかし。

「そもそも、僕は魔法なんて使えないぞ?」

『だから、なった、と過去形で言っとろうが。お前は昨日の一連の出来事のせいで魔法が使えるようになったのだ。その過程に本人の意思は介入出来ない』

 そんなことだろうとは思ってたけど。やっぱり龍ちゃんの言ってたことは本当だったのか。

 全くもって迷惑な話だ。

 異能の力というものに対する、いや、それが異能の力じゃないとしても。陸上競技であろうと、水泳だろうと、シンクロナイズドスイミングだろうと、はたまた美しいバレエだろうと、オーケストラの演奏だろうと、すばらしい絵画だろうと、書道だろうと。

 僕の好奇心はあくまで傍観者としての好奇心だったのだ。

 パフォーマンス側に回りたいといった好奇心では、決してなかった。

 サンドイッチで口をもぐもぐさせながらそこはかとなく不快に思う。まあ、結局は自分の責任で、自分の意思で踏み込んだことだ。後悔はしてないさ。だが軽率に諸々の行動を取った自分に対して、腹ぐらい立てたって誰も構わないだろう。

 そして不快に思うが、その感情をすら凌いで口の中に広がるおいしさ。卵とマヨネーズ、そしてパセリのバランスが絶妙すぎる。おそらく他にも隠し味やら手の込んだ作り方があるのだろう。この親父、シェフになってレストラン開いたらどうだ? とたまに真剣に思うことがあるくらいだ。それ程までにおいしい、三時に食べるには勿体ないくらい贅沢な食事だった。

「まあ……それはそうとして、実際そうなんだとして。仮定して、だ。それがどうお前と繋がるんだ」

『そうだな』

 肩からひらりと、まるで質量がないかのように机に飛び移る。

『まず』

「ちょっと」

 僕がその説明口調に待ったをかけた。

『なんだ』

「名前だ、お前の名前を教えろ。やりにくい」

 背丈の小さな人形だか吸血鬼だか幻覚だかは、その発言の意味をわかりかねる、といった風に小首を傾げ、僕の顔を見上げる。

『昨日もそんなことを言っていたな、貴様。別にそんなもの必要ないだろう』

 昨日? ……ああ、龍ちゃんに対してそんな発言をしてたかもな。

「呼び名がないといざという時にやりにくいんだよ。って言うか、そんなときから居たのか? お前」

『居たもなにも、貴様が昨日あの部屋で目を覚ました時からずっと見ていた。ただ、今日の朝になるまで顕現できなかっただけだ』

 なんだかよくわからないが、結局名前はなんなんだ?

『好きなように呼ぶがいい。決まった名前はないからな』

 そうなのか?

『ああ、ない。案がないならカギを召喚する合言葉だったか、アーサーとでも呼べばいい』

「それはだめだろ、お前女の子っぽいし」

 その発言にも、小人は理解を示さないようだった。

『私に性別の概念は存在しない』

 反応を見る限りそうだろうとは思ったが、やっぱりアーサーはだめだと思うぜ。

『ならとっとと決めるのだな』

 もともと平坦な調子だったが、そこにさらに『興味がない』というあからさま過ぎるスパイスが加わったせいで、その声は果てしなく味気ないものになっていた。スパイスが加わったのに味気ないとはこれいかに。

 僕はサンドイッチの最後のひとかけらを口に押し込み、テレビの天気予報を見つめ、今日は一日晴れか、と半分以上過ぎ去った土曜日のこれからを考えつつも、口を動かしながらうーんと唸った。

「とはいえ……」

 面倒臭い。という言葉をハムサンドと一緒になんとか飲み込む。

 提案者がそんな無責任な愚痴をこぼすわけにもいかないからな。

 しかし、なんというか特徴らしき特徴もないし。再び上から下までその容姿を眺めるが、相も変わらずかわいらしいという月並みな感想しか湧いてこない。今はそっぽを向いているせいで、そのかわいらしさすらも消え失せそうな不遜な雰囲気を放っている。まさか『そっぽ』とか『不遜』だなんて名前をつけるわけにもいくまい。それでは『やりにくいから名前をつける』という当初の目的から大きく外れ、本末転倒どころか起承転結だった。

 誰なんだよ、お前。

 ふむ――誰、か。

「よし」

 僕はオレンジジュースで最後のカツサンドを胃に流し込み、そいつの呼び名を高らかに宣言した。

「『フー』ってのはどうだ」

『そうか、では』

「なんて美しいスルーなんでしょうか!?」

『では、何でそんな捻りのない名前になったのか聞いてやろう』

 一言余計だし、せめてセリフに感情のひとかけらでも込めてくれと言いたいがそこまでの要求は少々贅沢だろうか。

「しかし……。なんとまあ」

『どうした、どうしてそんなに捻りのない名前に決定したのかさっさと言え』

 一々捻りのないって言うな。

「ああ、うん。いや、知り合って間もない話し相手に質問をさせておいて、それに答えるってのがこれだけバツが悪いとは思ってもみなかったよ……。まあ捻りがないっていうのも間違ってないけどな、間違ってないどころか実に的を射てるけど。英語のWHOからとっただけだし」

 いやあ。

 口にしてみると本当に捻りがないな、我ながら。

 ふうん、の相槌もなく、美麗な容姿を持つ蒼髪人形もといフーは僕を睨みつける。

『……まあいい、これからはそのように呼ぶがいい』

ああ、そうさせてもらうよ。

『時に椎奈、理科は得意か?』

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