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27.雨降らせて地固める

 薄い、一冊の本。だが、それはただの本ではない。

 勿論、健全な青少年が読む、不健全な本でもない。

「それは……所謂、魔導書。だな」

 カバーには何も書かれていない、無地の黒い本。

「そういうことを聞いているのではありません」

 ピシャリと言い返されてしまう。まあ、そりゃあそうか。

 僕はこれからの展開を頭に思い描いて、苦笑した。

「どうして」

 畑中は激昂とまではいかずとも、その一歩手前くらいまではいっているのだろう。普段穏やかな声が、何かを堪えるように震えている。

「こんなものがこの家にあるのですか」

「まあ、隠していてもどうせ見つかると思ったしさ」

 畑中の静かなる怒気を正面から受け続けるというのも色々とつらい気がしたので、僕はもう一度ベッドに腰掛けて彼女から視線を外す。

 実を言ってしまえば今畑中が持っているそれは、美鈴さんからこっそり借りてきたものだった。それを母の部屋の机の上に無造作に置いておいたのだから、畑中がそれを見つけない理由はどこにもないだろう。

「どうしてですか」

「どうして、ってそりゃあ、借りてきたからと言うより他はないな」

 正確には、本を持ち出そうとした僕に対して美鈴さんが何も言わなかったのだ、と言うべきだったのだろうが、そこは曖昧糢糊であって何も問題はない。

「借りて……きた」

 彼女は、今度は呆然として、いや、愕然としていた。逆立てられた柳眉も、いつの間にやら平生の状態へと戻り、それどころか少しハの字に為りかけていて。力強く胸の前に掲げられていた魔導書も、力なく体の横に揺れているのみで。そのままその場に座り込んでしまいそうなくらい、身体を弛緩させて。

「私は……私は、八代君に。これ以上、踏み込んできてほしくありません」

 そして俯いた畑中は、力なくそんな風に呟いた。

「そう。僕はこれでも好奇心の旺盛な人間だからね」

 畑中とは目を合わさない。

「用件はそれだけ?」

 そのまますっかり覇気を失くした彼女に、追い打ちをかけるような言葉を投げつける。

「……私は」

 顔に深い影を落として、深く項垂れて。彼女の語尾は今にも消えてしまいそうだった。それでも僕は、彼女を突き離すのをやめない。

「悪いけど、今から少し仮眠をとろうと思ってたところなんだ。用がないなら出て行ってくれないか」

「私は!」

 その声に籠った悲痛な響きに、僕は怯む。

「……なんだよ」

 机の上で時を刻み続ける父から貰った懐中時計を睨みながら、僕は言葉を紡いだ。

 畑中の顔をまともに見ることなんて、もうできなかった。

「魔術について教えてほしいと言われた時、私はあなたに言ったはずです。八代君が踏みこんでいいのは、ここまでだと。さわりを知る程度なら、ひき返すことはできなくても、それでもまだあなたの片足はまだ一線を越えていなかった。でも! それで、こんな本に目を通したりして、これ以上深く携わってしまえば。関わってしまえば。あなたはもう完全に――『こちら側』へきてしまう。きてしまうんですよ。それだけこの本を読むと言うことは、あなたにとって危険なことなんです」

 僕は腰かけていたベッドの縁から立ち上がり、フローリングを見つめたまま乱雑に言い返す。

「いいじゃないか。何をどうしようと僕の勝手だ。さっきも言ったろう、僕は好奇心旺盛なんだよ。魔術。魔導師。すばらしいじゃないか。これほど感興をそそられる物もない。大体、君は僕の護衛だろう? 僕が魔術を学ぼうと何をしようと、君の迷惑にはならないはずだよ。むしろ逆だろ、役に立つスキルを会得しよ」

「あなたは分かってないっ!」

 その声に、僕は言葉の端を呑み込んだ。

 頭がガンガンするような、叫び声だった。頭がクラクラするような怒声だった。それでいてどこか哀願を含むような、そんな悲しげな声音が、不意を打って僕の耳をつんざいた。

 畑中が、爆発した。

「分かってない……解ってないです!」

「……何が」

 ここまで来たら、もう後には退けないな。本当は退きまくりたいところだけど、彼女からはある言葉を聞かなければならない。僕は意を決して顔を上げ、畑中の顔を見た。

 そこにあったのは、今にも泣きだしそうな、女の子の顔。

「……!」

 衝撃を、受けた。

 僕は芯から揺さぶられてしまった。彼女のあんな顔は見たことがない。見たことがない上に、ここまで僕の決心を揺らがせてしまうものだとは思わなかったから。僕はまた、彼女から逃げる。彼女のその表情から、目を逸らす。

 目を赤くして、唇を震わせ、眉根を寄せて、それなのにそこまで昂った感情を、彼女の理性はせき止めている。

 筆舌し難い熱い何かが、僕の口を勝手に滑らせようとした。

 彼女に謝れ。

 たちの悪い冗談だったと。その魔術書にはまだ目を通してないと。

 謝れ。と、言う。誰が? 他ならぬ、僕自身が。

 僕自身の本心が、僕の建前を押しのけて、勝手に出て行こうとする。

「……何を、解ってないと、言うんだ」

 だけど。ここでそれをしてしまう訳にはいかない。一時のくだらない同情などに流されてはならない。

「私は、あなたの護衛です。それは確かです。だから、あなたを守りたい。それが私の本心です。これは任務ではありますが、それでも私があなたを守りたいと思う気持ちに、間違いはありません」

 言葉を少しずつ区切りながら、何度も息つぎをしながら。

 本当に、心から僕へ訴えかけるように、彼女は続ける。

「でも、あなたがこれ以上、こちらにきてしまえば、私は私の力だけではあなたを守れなくなってしまうかもしれません。余計に、守るのが難しくなるかもしれない。こちら側へきてしまうというのは、そういうことなんです」

「要領を得ないな」

「聞きなさい! ……あなたには何も分かっていない。この本を読むということが、どういうことなのか。何の覚悟もしていない。世界の『影』になるということが、どういうことか。何の宥恕(ゆうじょ)もしていない。こんな本でも、読めば読むだけあなたの世界は壊れてしまうということを、理解していない」

 そういうことなら、僕の世界はとっくに壊れている、と思う。

 だってそうだろう? この状態が正常だなんて、誰にも言わせない。

「それでも八代君はまだ――決定的な欠落を経験していません」

 僕はその言葉に、若干顔を上げて彼女の姿を視界に入れる。

「魔術を使える人間は……絶対的に壊れているんです」

 壊れている?

「壊れた人間がすべからく魔術を使えるわけでは、ありませんが、その逆は真。だから、一線を跨いで完全にこちら側にきてしまうなら、あなたは、確実に……」

「壊れるとでも?」

 畑中の言葉が切れた。沈黙は是なり、ということだろう。

「……それに、そんなことはあなたの一存で決めていいことじゃないんですよ」

 しばしの緘口(かんこう)の後に、悲哀な声は再開される。

「あなたには、お父さんがいる。お友達もたくさんいる。あなたの命は、自由であるが故に自由ではありません。他人に縛られないということは、自分で自分を縛るということです。あなたが自由に振る舞うということは、自律しなければならないということなんです。自分の勝手で他人に迷惑をかけないなんて言いますが、あなたの勝手は少なからず他人に影響を及ぼしてしまう。あなたがそれだけすごい人間だからです」

 君は、どうなんだ? 君だって友人はいるだろう。家族のような存在だっている。

「君はどうなんだ、畑中」

「私は……八代君とは違うんですよ」

 もう、と俯いてから。

 本当に、本当に寂しそうに、そして申し訳なさそうに、諦観した風に。 

「私はもう、壊れてるから」

 彼女は笑った。

 僕は再び、心臓を冷たい鉄で貫かれたような痛みを覚える。

 壊れてる。壊れてる?

 馬鹿な。なんて、そんな一言でさえ口に出すことは出来なかった。出来るはずがなかった。鬱屈をかき集めて飲み込んだような、そんな無理のある笑顔に、どうしてそんな馬鹿げたことを投げかけられる。

「あなたは私とは違う。あなたはもう、こちら側へきてはいけない人間なんです。それだけの価値を持った人間なんです、あなたは。表にいるべき人間なんですから。本当は、あなただって解ってるんでしょう、八代君」

 なんて。

 なんて悲しそうな表情をするんだ。

「僕は君とは違う……確かに、それは事実だろうな」

 そんな顔をするのはやめろ。

「でも君が僕を守るなんて言うのは、それともこれとも訳が違う……そうだろ?」

 やめてくれ。

「どういう、意味ですか」

 目を腫らした畑中が発するのは、涙声。どうして。

 どうしてこんなに胸が痛む。どうしてこんなに不愉快なんだ。

「君が僕を守る、なんて言うのは、罪の意識からだ。違うか?」

「…………」

 何も言わない畑中の悲愴な眼が、どんな鋭利な武器よりも深く、鋭く、僕の心の軟い部分をぎりぎりと抉る。

「違わないな。僕が今こうしている原因は、今君が僕の護衛なんて役回りを演じている理由は、元はと言えば、君が僕をジョーカーだと勘違いしたからだ。違うか?」

 僕はそのまま歩いて、物言わぬ彼女へと近づく。

 悲哀さを漂わせる彼女は、僕を見ないで、どんどん俯いていって。

「これも違わない。君は、君が僕を守ることは、罪滅ぼしのつもりなんだろう。自分が僕を巻き込んだ、巻き込んでしまった、そのどうしようもない罪悪感を打ち消すために。八代君がこんな世界に首を突っ込んだのは、自分の責任だから、責任を果たして重荷から逃れたいから。所詮その程度なんだよ。例え僕がもう元の世界に戻れないとしても、取り返しのつかないことをしてしまったとしても、僕を危険から守ることでそれを相殺できるのなら。そう思っている。僕を守りたいのは本心でも、それは僕のためじゃない。違うか?」

 彼女の目と鼻の先、本当に身体がくっついてしまいそうな距離まで、歩み寄る。

「違わないよな。君はただ自分の責任でこれ以上事態が肥大化するのが嫌なんだよ。自分があの時、もっと的確に行動できていたら。そう思ってしまえば、僕が深入りすることも君の責任だったと帰着できてしまう。それが嫌なんだ」

 畑中は、顔をあげようともしない。反論をしようともしない。

 ただ、僕の前に黙するのみ。

「甘えるなよ」

 まだ、止められない。

 君が口を開いてくれなければ、僕は止まれないんだ。

「罪滅ぼしなんて馬鹿馬鹿しいことを考えるな。一度被った罪は絶対に消えたりしないんだ。僕はこれから一生君を恨むかもしれない。君が僕を守ることでその恨みが恩に上書きできるとしても、そんなことで罪がなくなったわけじゃあ決してないぜ。それはただのすり替えだ。姑息で、そして浅ましい考えなんだよ、そんなのは。僕と君が放課後の美術準備室の前で出会った六月三十日、その日をなかったことにしてしまわない限り、君が犯した罪の意識だってきっと消えてなくなることはない」

 そう。

 一度犯した罪は絶対に消えてなくならない。

 絶対に。

「そんなものの為に僕を止めようとしてくれているのなら、そんな制止は不愉快なだけだ。君は僕の命の安全を保証してくれれば、それでいい。それ以上は必要ないんだよ、迷惑なんだ。僕がどう壊れようと、そんなことは君には関係がない。それとも」

 僕は、右手を彼女の顔の前へと持っていって、そして頭一つ分下に見える彼女に向って、台詞を吐き捨てる。

「君がこの腕輪を外してくれるのか?」

「っ!」

 腕に衝撃が走り。

 気付けば、彼女と目が合っていた。

 畑中は僕の右手の腕輪を思い切り掴んでいて。

 見ていた。僕の目を。

 ガラス玉のように麗しい栗色の瞳に、今にも零れ落ちてしまいそうな雫を潤ませて。

「さ……さっきからっ! 黙って聞いていればぁ!」

 鼻の頭も頬っぺたも林檎みたいに真っ赤にして、それでもまだ絶対に涙だけは流すまいとして堪える声は、ほとんど泣き喚いたような叫び声に近かった。

「確かに、私が八代君を、守るのは、罪滅ぼしのつもりなのかもしれません。私が八代君を引きこんだことに罪悪感を感じているのも、じ……事実ですっ!」

 癖っ気のある栗色の長髪を振り乱しながら、彼女は僕の腕を離さないままに、続ける。

「で、でも、そんな言い方をされる、覚えは……ありません!」

 掴んでいた僕の手を、畑中は投げるようにして乱暴に振りほどく。

「あなただって嫌でしょう? 親しくしていた人が、じ、自分の目の前で絶対に踏み込んではいけない道に、それがどれだけ危険なことか、き、気づかずにっ! そこに入っていくのを、黙って見ているなんて、嫌じゃないですか? わ、私は嫌です! そんなこと絶対にできませんっ!」

 畳みかけるように、彼女は言った。

「人が、それも自分の知り合いが壊れていくところを見てみたいだなんて、そんなこと思うはずがないでしょうっ!」

「それが理由か?」

「え……?」

 間髪を入れずに、聞き返す僕。

「君が、僕を守り、僕が踏み入ってはいけない世界へ踏み入ろうとしているのを静止してくれる、理由だよ」

「理由……って」

 畑中は一瞬、ぽかんとしていた。していたが、やがてその目を厳しく細め、僕を睨む。

「なんなんですか。理由がそんなに大切ですか」

 それから、指の背で目じりに溜まった涙を拭って。

「人が人を……同種の生物を助けたいと思う気持ちに」

 言った。

「理由なんて必要ないでしょう!」

 とたん、トンネルを抜けた時の明順応にも似た、温かな光に包まれるような、そんな晴れやかな錯覚を、僕は覚えた。吹き抜けた風が、僕にまとわりついていた負に染まったモノすべてを持ち去ってくれたような、そんな感じだ。

「そこに何かあるとすれば――あるとすればそれは」

 とにかく。

「……ふっ」

 これで、彼女とこなすべき掛け合いはすべて終えた。

「そうかい。もういい、君の言いたいことは解った。これ以上話すこともない。母の部屋に帰りなよ」

 そのまま僕は、無防備にぶら下げられていた畑中の右手から魔導書を抜き取って、

「え、あっ!」

 空いた手で肩を掴んで彼女を部屋の外に押し出し、

「じゃ、ちょっと早いけどおやすみなさい」

「ちょっ……」

 有無を言わさずドアを、閉める。勿論鍵も。背を木戸につけて、僕は一つ嘆息した。

 外から畑中の怒号が聞こえる気もするが、もはや知ったことではない。何をどうしようと、それこそドアを魔術でぶち破りでもしない限り、彼女自身のかけた結界術も手伝って僕の部屋は難攻不落だ。

『痛々しい』

 僕の傷心にぐさりと突き刺さってくる青色腕輪の透明な声は無視して、僕はベッドに寝転がった。今度は枕に顔を押し付けることはせずに、枕元の目覚まし時計をぼんやりと眺める。

『そして馬鹿馬鹿しい』

「……うるさいなあ」

 言われるまでもないことだった。

『貴様は何をやっているのだ』

「聞いてたんなら分かるだろ? 痴話喧嘩」

 で、済んだだけよかった。はたかれるくらいは覚悟していたのだが、少し彼女を低く見過ぎていたようだ。

「で、僕は壊れちゃうんだってよ」

『今でも十分壊れていると思うがな』

「気持ち悪いくらい同意見だ」

 フーの言葉には含みがあった。どうせ僕の昔の記憶でも読んだのだろう。

 僕だって一度、壊れている。

 畑中の言葉に従えば、だからこそ僕は魔術なんてものが使えるようになったのかもしれない。往々にして、この世に壊れていない人間など存在しないだろう。誰もがどこかに何らかの、決定的な欠陥を抱えて生きている。

 欠陥がない人間がいるとしたら、そいつは既に人間という群れからは逸れているだろう。

 欠陥とは相対的な不備であり、絶対的な欠落ではない。さらば、人間である限りにおいて相対評価から逃れることは絶対に出来ない。完成品があればこそ、欠陥品が存在する。この世に一つしか『それ』が存在しなければ、それがどんな形体をしていようと、どんなに壊れているように見えようと、不良だの良だのの評価をつけることは絶対に出来ようがないということだ。それが『壊れている』と評されるには、必ず誰かがそれが『正常』だった時代からの変遷を観測している必要があり、そもそも『正常』というのも相対的に人間に対して有益であるかどうかを示したような言葉であるのだから、益体もない。

 全事象において完璧といえる人間がいたとしても、そいつもまだ人間だ。

 何故ならば『欠落している』という事実が欠落しているから。完全を手にした人間は、不完全を手にすることが出来ない。前を見ながら後ろを見ることが不可能なのと同じである。結局人間である以上の絶対性を手に入れることは出来ないのだ。

 だからこそ、「欠陥」という相対性に縛られないものがいるとすれば、そいつは世界において唯一無二の存在で、斗南一人の人でなしということになる。

 すべての人間は壊れていて、壊れていない。

「……なに訳のわからないこと考えてるんだろうな、僕」

 さっきの畑中との言い争いは、僕のヒットポイントに相当なダメージを残していったようである。またフーに怒られるのも癪なので、この辺で思考は打ち切り。

「ま、いいさ。目的は果たせたからな」

『目的、か』

 まあ、あれで十分だろう。僕の見立てが間違ってない限りは。うん、変に同居人のことを考えるのはやめだ。気持ちの切り替えは大切である。

『目的といえば、ジョーカーの目的だ。あの思わせぶりな言い方からして、私を満足させるだけの回答が用意してあるのだろうな?』

 フーが、僕の黒い目覚まし時計の上に腰掛けていた。僕は少しだけ驚いてから、フーの青い双眸を見つめる。

「それ、まだ分かってなかったのか?」

『貴様が授業中に寝なかったからな』

 寝なかったことを非難されたのなんて初めてだよ。

「どうせ文化祭にはわかることじゃないか。ていうか僕の記憶を読めばわかるんだろう?」

『それではつまらないだろうが』

 フーは目覚まし時計の上部に付いているアラームを止めるボタンを、小さな両手を使ってカチカチ連打しながら、如何にも退屈そうだ。

「じゃ、ヒントだけな」

 僕は龍ちゃんに習って、右手の指を三本立てる。

「一つ。猫耳の男と少年の関係」

 おそらく、僕の予想が正しければこの二人はまだ登場の機会がある。

「二つ。僕が美鈴さんにした行動と質問の内容」

 これはさっきの電話と合わせて考えると分かりやすいかな。

「三つ。僕と畑中の痴話喧嘩」

 後はこれくらいか。

『……全然解らんぞ』

「考えろよ、少しは」

 勿論、今出したヒント以外にも、朝話してたこととかをいろいろ総合してな。

「僕は勉強するから」

 言って、目覚まし時計の上で考える人のポーズを取り出したフーはそのままに、僕は勉強机についた。勉強している間は少しはさっきの喧嘩のことを忘れていられるだろうから。

 だめだなあ、僕って案外芯の細くて弱い人間だった。今更だけど、それを思い知らされる。

 畑中の泣き顔がふと思い浮かんだりすると、その度に胸がちくりと傷んだ。

『お前に芯などあったか? 筋があるかどうかも怪しいところだな』

「僕は軟体動物かよ」

 さすがにそこまで言われる覚えはねえよ。というか、フーに励まされてしまっているのか、これ?

 どうにも落ち込んだ気持ちを奮わせて、僕はペンをとる。

 こんなのは文化祭までだから。きっと。

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