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26.礼は零のままで

 結論から言えば、美鈴さんは大爆笑だった。

 まあ、いいけど。さすがに質の悪いあれだったのは認める。

 それで気をよくしたのか、彼女はもう一つだけ僕の頼みを聞いてくれると言いだし、僕は一冊、目に付いた魔導専門書とやらを読ませてもらうことを提案してみたのだが、僕がそれを読むことを許された時間は三秒であり、三秒故に出来る事といえばどこかのプロレスラーよろしく「ダー!」と言ってみるとか、あるいはパラパラ漫画の如くページをただめくり落とすことだけで、なんだかんだ彼女は僕をからかっていたにすぎなかったわけだ。

 そんなこんなで帰宅したのが数時間前。大したことはしていないのに、どっと疲れた。

 まだ父は帰ってこない。もうそろそろ帰ってきてもいいのではないか、とか極淡すぎる希望も気まぐれで抱いてはみるものの、やはり現実は非情である、一週間は帰ってこないだろうというのが僕の本心というか達観の至りだ。

「なあ、畑中」

 何故か台所でエプロンをつけて、さらに鼻歌混じりで食器を洗っている栗毛の居候に、僕は声をかけた。

「君はいつまで僕の家にいるんだ」

 食後、ソファーに腰かけたまま正面に見るテレビのチャンネルを適当に回しつつ、何度目になるかわからないその質問を繰り返す。

「だから、言ってるじゃないですか。八代君の身の安全が保障されるまでは私が護衛としてこの家にいなきゃだめなんです」

「何なんだよ、その安全が保障されてる基準ってのは」

「例えば八代君の手首が突如大爆発して腕輪ごと吹っ飛んだら、それはそれで安全なんじゃないでしょうか」

「せめてハッピーエンドで終わりたいなあ!」

 振り返って思いきり叫んだ。この際突っ込むポイントを分散させるのはやめておく。

「しかし、八代君は元々死んでるようなものじゃないですか」

「何が、しかし、だ! さすがに僕も傷つくぞ」

 それこそしかし、だんだん酷くなってきてないか、僕に対する罵詈雑言のレベル。

「八代君、シンデレラですもんね」

「脈絡がなさすぎるせいでそのセリフには非常に明確な悪意を感じざるを得ない!」

 どうせ死んでれら、とかだろ。

「っっ! 心を読まれました」

「僕にも心を読む才能があったなんてな!」

 なんでだろう、全然嬉しくないや!

「例えば八代君が死んでれらだったとしたら」

「いや、まずやめてくれよその不吉な表記は」

「ではシンデレラだったとしたら、どうします?」

 どうしますと言われてもな。そもそもシンデレラって女の子じゃないか。

「シンデレラって確か『ガ、ガラスの靴を置いていったのは王子様の為なんかじゃないんだからねっ!』ってやつですよね」

 もはや使い古されたネタを持ってきやがった!

 小学生の時いたよな、シが上手く書けない奴。シとツ。ソとン。今でも上手く書けない女子を僕は多数知ってるが、そんな奴らはきっとロクな大人になりはしないだろう。

「そこから地を這うような努力を重ねた結果シンデレラは立派なフレイムヘイズに」

「ならない!」

 ほら見ろ、やっぱりロクな大人にならないじゃないか! いや、まさかツンデレラはそれを言うための複線だったのか?

「でも最後、継母さんはお姉さんたちにガラスの靴を履かせる為に足の指と踵をそれぞれ切り落としちゃうんです。結局ストッキングが血で濡れているっていう理由でばれちゃうんですけどね」

「継母はヤンデレラだったってオチか」

「? 何言ってるんですか、八代君」

 ここ一番でとぼけただと!?

 畑中は、場に似つかわしくないほどにっこりと微笑む。

「全く八代君ったら、たまによく分からない気持ち悪いこと言いますよね」

「気持ち悪さだけは伝わってるのかよ!」

 最悪だ!

「でも実際八代君がシンデレラだったら一生奴隷のままでしょうね」

「Mだからな」

 僕は先廻りして開き直る。

 そうだ、逆に畑中がシンデレラだったらどうだろう。

 ……どちらかと言えば継母か。

 まあ、そんなことを言われればさすがの畑中と言えど怒るだろうな。結構女子から見ても嫌なタイプの人間だろうし。ここは彼女を立てておいてやることにする。

「畑中、君にはシンデレラ、結構はまり役だと思わないか?」

「私はどちらかと言えば継母です」

 自分で言っちゃった!

「美鈴姉から教わったことですが、人生何事も経験です。嫌われ者の役回りを演じることも時として人を成長させるのですよ。だから私は敢えて継母を選ぶのです」

 なかなか良いこと言うじゃないか。

「のこぎりで人の身体を切り刻める経験なんてそうそうありませんし」

「僕の関心を返して!」

 ていうか露骨に美鈴さんの影響がでてるよ怖い!

「そして私は言うんです、中に誰もいませんよ」

「そりゃ指先や踵の中に人がいたら怖いよ、って君絶対ヤンデレラ分かるよね!」

 さて、閑話休題。

「この前も聞いたけどさ、君嫌じゃないのか? 僕と一緒に寝泊まりするなんて」

「別に気にすることないじゃないですか。むしろ血気盛んなお年頃なんですから、喜び勇むべきですよ、八代君」

「わーいうれしいなー」

 畑中秘伝スキル、棒読み発動。

「む。その反応、私に女性としての魅力が足りていないということですか」

「そういうわけではないよ」

 いや、逆。真逆だ。君が魅力的な女性じゃなかったらむしろそれこそ僕としては万々歳。

 なんてそんなこと、言えるわけもなく。

「君こそ、僕みたいな美青年と一緒に寝泊まりできるなんて喜び勇むべきじゃないのか」

「しんでください」

 間髪入れずに!?

「身の程をわきまえろと言っているのです」

「待ってくれ、話せば分かるよ!」

「問答無用です」

 五・一五事件の再発だった。八代死せども自由は死せず。

 いや、その事件で殺されたのは犬養毅だけど。

 台所からの水音が聞こえなくなったと思ったら、畑中はいつの間に近づいてきていたのか、外したエプロンを腕の中で畳みながら僕の隣に腰を下ろす。ソファーの布地が、女の子一人分の質量だけ隣にふわりともっていかれた。今日は至って普通のTシャツに、至って普通のジーパンを着用している彼女。僕はチラリと隣に目をやってその服装を確認、再び視界にテレビを映す。

 なんで何の躊躇もなく物理的接近を図ってくるのかね、この娘は。

「ふふ、こうして並んでいると夫婦みたいですね」

 その上そんなことを言うのだからけしからん。

「……残念ながらそのアンチATフィールド攻撃にはもう慣れたぜ」

 と返したのが逆効果だったのだろうか。畑中は一瞬押し黙って、諦めて立ち上がるのかと思っていると。

 トン。と。

「?」

 僕の肩に何やら重量が加算される感覚。何やらさらさらした何かが僕の腕を撫ぜる感覚。

 はて。

 この感覚は一体。

「…………?」

 肩に乗った物体の大きさはスイカ大か。ふむ、人間の頭のような。

 すべすべしたの手の平が半袖から出た僕の腕をゆっくり撫でる。気持ちがいいような。

 女子特融のなんかいい香りが僕の鼻腔をつき、畑中の柔らかい頬が僕の肩に。

 …………。

「っはははははは畑中さんんん!?」

「どうしたんですか、八代君」

「あれ、この部屋クーラー効いてるはずなのに超暑いよ、あっつい、なんでだろう!」

 ていうか、なんだか温かいし柔らかい!

「これは健全なインターンシップというものです」

「全然健全じゃないどころかむしろ昂然というか超然というか完全に万全に十全なまでに欣然かつ一方的な、ってそれを言うならスキンシップだろうが!」

 まず完膚なきまでに健全の意味を辞書で調べてこい!

 ついでにインターンシップの意味もね!

 ていうかよく舌回ったな僕!

「ふふ、八代君の腕、あったかいですね」

「ややややめ、やめるんだ」

 僕の理性がまだ少しでも残っているうちに、離れるんだ! 君を傷つけたくない!

 覚醒系のキャラクターが言えば格好いいのかもしれない台詞も、今の僕が口にすればそれはただの変態的台詞でしかないわけで、僕は半妖から妖怪になってしまうのを必死になって押さえつつ、無我の境地に立ち無意識のうちに様々なテニス技を繰り出しながらも、オーラ力を行使して畑中を振り払い、立ちあがった。

 つもりだったのだが。

 いや、立ちあがったのは立ち上がったのだが。畑中も僕に身体を密着させたまま、というより纏わりついたまま一緒に立ち上がっていたわけで。しかもほっぺたどころか、何かもっとマシュマロみたいに柔らくてふんわりしたものが薄いTシャツ一枚を隔てて僕の腕に当たっているような――

 これはまさかひょっとしてひょっとするといやしなくても。

「……」

 僕は。

「…………逃げるっ!」

 全力で逃走した。

 ああ、逃げたさ。

 全力で畑中を振り切り、リビングの戸をぶち破りロケットスタート、そのまま全速力で階段をどたどたと駆け足で登りきって、部屋に入って電気をターンオン、瞬間鍵をクローズド、ベッドにダイビング。そして僕の身体が理性をとり戻し鎮まるまで、しばしの時を置く。

『無様だな』

 馬鹿みたいに火照る顔を枕に押し付けていると、腕輪から罵倒を受けた。 

「……何とでも言ってくれ」

『あの程度の色仕掛けにも上手く対応できんとはな、失望したぞ』

 何でクラスメイトで僕の護衛役のはずの畑中が僕に色仕掛けだよ。

 しかし畑中も何のつもりなんだか。じゃれ合うには度が過ぎている。

「――実際、だめだよな。もしもの場面で色仕掛けなんてされたら、確実に思考力が鈍る」

『冴えない男ほど色仕掛けに弱いものだ。経験がそもそもないのだからな』

「ぐ」

 フーの言葉には棘があったが、いやむしろそれは棘そのものだったのだが、案外真理を突いている気がした。事実を指摘されることほど悔しいことはない。何せ反論ができないわけで。僕はさらに強く、枕に顔を押し付けた。

 ああ、なんだかあの柔らかい感覚がまだ腕に残ってるや。

 じゃなくて。

「……お前にはもういろんなことを聞いたけどさ、もう一度だけ教えてくれないか?」

 口がタオルケットでもふもふして声が変に籠る。少し息苦しい。

『私が貴様の疑問を退けたことが今まであったか? いや、ない(反語)』

 どこかがおかしな台詞だったが、それは何とも心強い、心嬉しい気分に僕をしてくれた。フーは少なくとも僕に対しては、至誠的な対応を心掛けてくれている。助かる話だ。

 僕はベッドの上で寝返りを打って仰向けになり、蛍光灯の眩しさを手で覆い隠す。

「メルシングは、導力を持たない人間には知覚出来ないんだよな?」

『確かに私はそう言ったかもしれないが、本当はそれは正確ではない』

 その声と同時にふと気付くと、蒼髪人形と化したフーが僕の腹の上で胡坐をかいていた。

「というのは?」

『今、私のこの声も、あるいはこの姿も。これは他の人間に見えては困るものだ』

 そうだろう? とフーは僕に向かって首をかしげる。僕は頷いてそれに返した。

『だが、これは厳密にはメルシングだから、ではない。メルシングであれば、その趨勢を一般人に発見されることを好まない物が大多数だから、だ』

 僕は何も口を挟まぬまま、ただ耳を傾ける。

『この具現化している体は、前も言ったように、貴様の力を借りてやっているものだ。しかしその力をどれほど使うかは、こちらで調整していることなのだよ。つまり、導力を持たず、魔導師としての素質のない人間には見えない程度に、自身がこの視覚的に存在する濃度を意識的に決定しているのだ』

「ほう……」

 つまり、意識的に僕の力を多く使えば、その分君らはこの現実世界により深く干渉できるようにもなれる、ということか?

『ああ。だが多くのメルシングがそんなことをする意味はないし、利益もない。大体そんなことをしてしまえば早々に『封じ屋』に発見され、討伐されるのがオチだ。メルシングの知能は概して高くないが、それが分からぬほど低くもない』

 フーはそれだけ言うと、再び僕の腹の上からその姿を消した。彼女の言葉を借りれば、自身の濃度を低くして僕の視覚では捉えられないようになった、ということなのだろう。

「なるほどね。解った。ありがとう」

 これで。

 これで大体の目星は――ついた。それに一応、冷静にもなれたしな。

「後は時が来るのを待つだけ……か。口に出してみるとなんだか拍子抜けだな」

 でも、まだやるべきことはある。僕は寝転がったままジャージのポケットをまさぐって、銀色の携帯電話を取り出した。折りたたみ式のそれを開くと電話帳を起動し、ある人物の名前を検索。

 ちなみにこの辺の操作方法は畑中から教わった。さすがは畑中、万能のアーティストにして華の女子高校生、けーたいもお手の物だ。携帯電話使い方講習を開催していただくにあたって軽く愚弄を受けたことは言うまでもない。もっともそれは甘んじて受けるのが筋だと思ったので、僕はさして反論することもしなかったのだが、それが原因なのか、気がついたら僕の携帯電話のプロフィールに「機械音痴」などと書き加えられていたのは間違いなく畑中の犯行だろう。

 とにもかくにも。

 ジョーカーの名を液晶画面に表示させ、僕は通話ボタンを押す。

 一回のコールの後、それはあっさりと繋がった。

「……これはこれは。君の方からお電話頂けるとは、いたく重畳」

 毎度の如く、熊が唸るような、それでいて艶のある低い声が僕の鼓膜を揺らす。

「本当は電話なんかしたくはなかったがな」

 それは本心であり、確かな真実だった。

「そう言うな。私は嬉しいよ、ジョーカー君」

 あんたが嬉しいのが嫌なんだ。しかしそんなことをいちいち言うのも面倒だし、スマートじゃない。僕はすぐに本題を切りだした。

「今日、美鈴さんと会ってきた」

「ほう。行動が早いな。それで、動向は如何だったかな?」

「彼女を殴ってきた」

 即答してみせた。正確にはそうではないのだが、そう表現しても差し支えはないだろう。するとジョーカーは急に黙りこくり、そしてしばしの静寂の後、独特のくつくつとした笑い声が響き始めた。僕はそれをやり過ごすべくベッドから起き上がり、開きっぱなしだったカーテンを閉める。

「殴った……美鈴をか。そうか、殴ったか。ふ、くく」

 そして再びベッドに腰掛け、受話器を左手に持ち変える。ツボにでも入ったのか、僕の言葉を聞いてからジョーカーはしばらく小声で愉快そうに笑い声を立てていた。

「ふ……いや、失礼した」

 そして調子を元に戻し、まだ少し笑いの混じった声で謝罪の言葉を口にする。

 これでさらに、確信をもって核心に近づいたと言える。いや、もはやただの確認か。

「あんたと長電話するつもりはないからな。もう一つ、要件は手短に済ませる」

「ほぉう?」

 本当は言いたくない。こんなこと。

「感謝はしていない。助かったとも思っちゃいない、だけど」

 あんたからは散々、プレゼントを頂いたからな。

「礼だけは言っておこうと思ってさ」

「…………」

 沈黙。当然だろう。僕だって本当は寡黙な科白を貫きたい。

 でも、僕がこれを言わなければ僕は僕でない気がして。

 気がして。

「ありが」

「それを最後まで口にすれば私は大いに失望する。それは推奨できないな。それどころか私がその言葉を受け取る日がやってくることは、永久にない。それを理解しないのは賢明ではないと私は考える」

 ゆっくりと、しかし強引に割り込まれた。

 口から半分以上出かかっていた言葉を無理やり飲まされる。

「どういう、意味だ?」

「字面そのままの意味だよ、ジョーカー君」

「……」

 僕は何か言おうとして、やめた。急激な敗北感に苛まれて、言葉にならなかった。

「それならそれで、僕だって積極的に言いたかった言葉ではない」

 強がってみるも、そうかね、との返事を口にしたジョーカーの声には、あからさまに不満の色が見えた。

 どういうことだ? 僕はまだ何か見落としている、のか。だとすれば一体何を。

「長電話はしたくないのだろう?」

「……、ああ」

 僕は気が乗らないままに返答し、

「ふふ、それではグッドラック、ジョーカー君」

 ジョーカーはお決まりの台詞で僕との通話を終えた。

 僕は携帯電話を耳から離して、片時それを眺め。

「Fh2g6I8ial-bangle@kll.ne.jp――このメルアドにでも何か隠されてるのか?」

 画面に表示されたままの無為な文字列を、だるい心持でなんとなく口ずさんでみた。が、特に発見はなかった。

 そして不機嫌にそれをパチンと閉じる。

「……」

 礼は受け取らない――その言葉の意味するところはなんだ。考える。考えろ。

 頭の中のチェス盤。これではまだ、チェックメイトじゃない?

 僕がまだ見落としていること、か。

「ふん、まあいいさ」

『短時間に考えすぎだぞ、椎奈』

 僕のしかめっ面に声を投げつけてきたのは、久しぶりに僕を名前で呼ぶフーだった。

「なんだよ……僕が起きてる間は思考と記憶は読めないんじゃなかったのか」

 大体、今の僕のモノローグは決して量が多いわけでもなかったはずだ。

『実際言語化して処理している情報などたかが一片に過ぎん。そもそも、貴様の考えのベクトルが動いた時は分かると言っただろう。貴様は時折、頭の中で複雑に物事を考え過ぎている。そして一度に様々な方向にベクトルを向けすぎだ。そのせいで私まで気持ちが悪い。ひどい吐き気を催す』

「精神生物に吐き気なんかあるのか?」

『物の例えだ、馬鹿者』

 そんな事を言われてもな。複雑に思考しすぎ、なんて僕にはどうにもしようがない。こんなものは、もはや体質みたいなものだろう。

『ふん。私が知るかそんなもの。とにかくもう少し頭の中を静かにしてくれ』

 ずいぶんと我儘な注文だった。

「はあ、わかりましたよフー先生」

 しかしまあ、こいつもこいつで発言は辛辣だよな。いざとなったとき僕の味方でいてくれているのか時々不安になるくらいには。僕はそんなことを独白して、もう一度辺に対して直角になる感じで、ベッドに背中を預ける。

「疲れたな」

 ふと、本音が漏れる。弱音ともいうか。僕は視覚情報を遮断するために、目を瞑った。十五分だけ寝て、それから勉強しよう。と思ったところで。

 コン、コン。

 木製の音が、ドア付近から鳴った。もしかするとこれは所謂ノックというやつだろうか。そしてこの家には今僕と畑中しか存在しておらず、僕はその行為を実行していない。ということは、だ。

「…………疲れたなあ」

 僕はベッドに倒れたまま大声でもう一度呟く。

 コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン。

「畑中さぁん!?」

 目をかっ開いて飛び起きた。君は狐か。

 絶え間のない超高速ノックを無視し続けられるほど、僕は図太い神経の持ち主ではないし、放っておいてドアをぶち抜かれる(決して誇張表現ではない)のも嫌だ。僕はしぶしぶベッドから立ち上がってドアの鍵を開け、ノブを回そうとして。

 ゴン。

「ぅぐあっ!」

「八代君!」

 ドアは僕の意思とは全く関係なく開け放たれた。

「くぅー、つつつ……」

 三回目だぞ、このパターン。

 ドアを開ける際の警戒を怠っていたとはいえ、いい加減前頭部がジンジンするよ。自室のドアを開ける、という穏健かつ平和的な行動に警戒が要ること自体おかしいけど。

 額の被災地を手でさすりつつフローリングを数歩下がり、どういうわけか怒声を上げながら僕の部屋へと飛び込んできた彼女と対峙する。

 って。

「……あ」

 その頓馬な声の主は、僕だった。

「これ、どういうことか説明してくださいますよね」

 睨みに加えて凄味を効かせる畑中の手に持たれている物は――

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