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23.再び

「おや」

 というところで、意気込んでいた四十万はトークの勢いを落として一つそう呟いた。

「そういえば八代はなんでここにいるんでい?」

「文化委員だからだよ!」

 そこかよ。

「いやぁ、そういうことを聞いているわけじゃあねえんだ、が。まあいいか!」

 彼女は言葉を濁したが、どうせものすごく失礼なことを考えていたに違いなかった。まあとりたてて失礼だ、ということでもないのかもしれないな。僕自身今こうしていることは相当稀有なことだと思っているし、実際そうなのであるからして。

「それで、留意してほしいこととは何なんですか?」

 四十万が作った妙な間を取り繕うように、畑中が冷静に問うた。

「おうよ! 二組の出し物の案は、換言すればオリジナルトランプを作って教室に展示する、というものだったな?」

 関田から聞いた感じだとそうらしいな。

「しかしぃ、それだけじゃあ余りにも簡素で、淡泊で、オブラートに包まない言い方をしちまえば面白みとインパクトに欠けまくるんでい! だからこう、何かエンターテインメント的なものを合わせてやりやがれ! ということなんでい」

 四十万は一息で、切れ目なく言い切った。

 実に正論だ。なんちゃって文化委員の僕が反駁できる余地など些かもない。

「つまりあと一週間でクラスのみんなが出来るような簡単な余興を何か用意すればいい、ということなのですね?」

「そういうことだぁ!」

 畑中が綺麗に要約してくれたようだ。

 ふうん。

「……それなら」

 僕は静かに口を開いた。

「カードマジックとかはどうだ? トランプ繋がりで不自然ってこともないだろう。初心者でも簡単に出来るのならいくつか知ってるし」

「良いですね。それで構わないんじゃないでしょうか」

 すぐさま畑中が賛成の声を上げてくれる。でもいいのだろうか? こんなこと僕らの独断で決めちゃって。

「べらんめい! いいんでいそんなことは。どうせ話し合ってる時間もねえしなあ」

 四十万は腕組みして、一本にまとめて後ろに提げた黒髪を揺らしつつうんうんと頷いた。

「じゃあ!」

 その言葉と同時にはっ! と勢いよく顔を上げると彼女は、

「会長にはそいうことで言っておくんでい!」

 そう続けて、そして前に突き出した握りこぶしの親指をビシッと立てた。

「よろしくお願いします」

 隣の畑中が律儀にもお辞儀をしだしたので、僕もそれにつられて頭を下げる。

 よろしくお願いします。

「てやんでい! これがあっしの役目というものよぉ、お気になさるなお二方」

「おう。じゃあまあ、帰りがけのホームルームにでも言えばいいのか?」

「そうですね」

 ああ、そもそも今日から放課後は文化祭の準備にあてるんだったっけ。

 あれ。

「じゃあどうするんだよ。美術準備室行かなくていいのか、僕」

 僕は四十万を前に平然と言う。

「文化祭の準備を終えてから向かっても問題ありません。それにトランプマジックを教える程度なら別に今日じゃなくてもいいでしょうし」

 畑中も、全くの些事を扱うがごとく冷静なしゃべり口である。聞かれて別段困るような単語は今のところ僕ら二人の会話にはない。毎度思うことだが察しのいい娘だな。

「大体八代君ならサボっても違和感ありませんし」

 悲しいかな、事実である。

「おうおう、二人してサボりの相談かいお二方ぁ。聞き捨てならねえなあ!」

「いや、違うよ四十万」

 違わないけど。

「ええ、違いますね。サボるのは八代君だけですし」

 そこかよ。

「べらんめえ。せっかく改心したと思ったんだがな、八代の旦那よぉ」

「改心ってなんだ」

「ふぅむ……」

 そう唸って、眉間にしわを寄せた四十万の顔が怖い。もともと釣り目気味なこともあってか、般若とかその周辺を彷彿とさせた。テンションが若干下がってるのも威圧感を無駄に助長している。

 とりあえず力なく笑っておいた。こういうところ(恐い顔)は友人同士で似るものなのだろうか。そうだとして、果たして影響し、影響されたのはどちらのほうだろう。まあ正直そんなことはどちらでも構わないのだが、いつまでその怖い顔で僕を睨みつけているつもりなんでしょうかね四十万さん。

「ったく。もっとしっかりしてくれよな。仮にも」

「四十万!」

 だしぬけに素っ頓狂な叫び声をあげたのは畑中だった。若干裏返ってたぞ、声。

「おっとっと。こりゃいけねぇ」

 名前を叫ばれた当人はにししと邪気のない笑い方をして、ふわふわのメイドスカートを翻して僕たちに背を向ける。

 何故か畑中の顔が少し赤い気がする。気がするだけだろうか。

「あ。一応、これ」

 と、何かお茶を濁すように畑中が言って突き出されたのは、筒状に丸められた例の企画書? だっけ。だった。

「おうよ! しかと承りやしたぜ!」

 四十万が体半分振り返り、勢いよくそれをひったくる。

「そろそろ責務に戻るんでい! 他のクラスの奴らもそろそろ来るだろうしなあ! お二方も教室に戻りねえ」

 言うなり、彼女はポニーテールを揺らしながら、どこか賑やかな声の飛びかう生徒会室の中へと消えていった。その後ろ姿がドアに遮られるまで眺めてみる。暑苦しくないのかな、あのメイド服。通気性がいいようには見えないが。

 なにはともあれ。

「……あいつは何をしてても楽しそうだな」

 羨ましい限りだ。

「八代君とは正反対ですね」

 そうか? 僕も楽しんではいるけどな、今の生活。

「またそうやって嘘をつく」

 全部が全部嘘じゃないさ。そうだな、それなりに楽しいってのは少なくとも本音だよ。

「それなりに、ですか」

 僕は再び教室へ向かって歩きだした畑中を追う。

「ああ、それなりに、ね」

 それなり、それなり。世の中それなりが一番いい、というのはよくあるありがちな話だろう。何にしろ極限を味わった人間は、多かれ少なかれ世俗感覚を狂わせる。

 そう、狂わせてしまうのだ。

 食事を終えて部活に行くやら他のクラスやらへ移動する生徒たちが、先ほどよりも多く目についた。御苦労さまである。

「八代君は、何がしたいんですか」

 多くの生徒とすれ違う階段の半ばにして、畑中は唐突にそんなことを言った。

「なんだよ、いきなり」

 よく意味の分からない質問の仕方はやめてくれ。

「では、どうしてジョーカーの言うとおりに動くのですか、と言い換えます」

 畑中は足を止めると、えらく辛気臭い声色を使う。なんだ、そういうことか。

「別に。僕だって生に執着がないわけじゃないからね」

 当然のことだ。

「そうじゃなくて。ジョーカーの言うことを聞いて、私が護衛について。それで」

 それで?

「それで……結局八代君はどうなりたいんです? 何がしたいんですか」

「どうなりたいって」

 そりゃあ。

 元の生活に戻りたいに決まってるさ。魔術なんて、アーティストなんて、メルシングなんて忘れて。

 元の、何もない、平和な生活に。

「戻りたいに決まってる」

 もっとも、その願いは一昨日君自身にすっぱり否定されたけどね。

「だったら――」

「だったら、か」

 何がしたいのか、ね。まるで教師の台詞だな。

 僕は一瞬自嘲してから、畑中の目を見て言った。

「強いて言うならば、恋愛がしたい」

 言ったとたん、畑中の整った顔面が凍りつく。

「……れ、……はあ?」

 そして如何にも人を蔑んだような目で僕をじっとりと睨むなり、ぷいとそっぽを向いた。

「もう。いいです。……や、八代君にはもうこの質問はしません」

 禅問答だった。

 まあ僕が禅問答にしたんだけれども。

「そうかい、助かるよ」

 僕は別におかしなことは言ってないはず。そう考えつつも、顔が少しにやけた。畑中のああいう表情を見るのは嫌いじゃない。視線を左下に逸らして、少し頬に朱の刺した、そんな顔。

 人をからかうのは大好きなくせに、いざ自分がああいうことを言われると恥ずかしがるんだな。恋愛に関しては僕と同様に未熟者らしい。意外だ。けど、おもしろいやつ。

 確かに、今畑中をからかってみた感じ、言うという行為に関してはそこまで抵抗はない。自分の口から出た言葉は冗談だ、と分かっているからなのだろうな。他人から言われたことは良かれ悪しかれ真偽不明なのだ。社交辞令の難しさもここに極まれり、である。あの畑中がああも照れるのは、だからなのかもしれない。

 クラスの皆も食わず嫌いせずにもっと畑中と話せばいいのにな。彼女を放っておくのはいろんな意味で勿体ない。でもそれだと彼女自身が迷惑なのだろうか、よくわからないが。

 とまあ、そんな考える必要もないようなことに思いを巡らせつつも、僕らはそのまま無言で二年二組まで歩き続けた。

 教室に入ると、クラスの女子たちが集まって、何やらジャンケン大会が開かれているようだった。その辺にいたクラスメイトを捕まえて聞いてみれば、「八代の手作り弁当争奪ジャンケン大会」だそうだ。なんと哀れ、何の罪もない彼女たちは塩漬け弁当の被害を被る運命にあるらしい。さして助言してやる義理もなければその気もないので、僕はその群れを遠巻きに、見て見ぬふりをしてから再び教室を出ることにした。

 次の瞬間一際大きな歓声とも悲鳴ともつかぬ猿の奇声が巻き起こり、しばらく歩いているとはるか後方から明らかに悲痛な叫び声が廊下中に轟いたが、その結末は僕の知る由ではない。

 むしろ変に僕の弁当を欲しがるおかしな輩が減っていい機会なのかもしれなかった。

 弁当食べた人、ごめんなさい。

 関田はしね。

 僕は結局学食で空腹を満たし、午後を過ごした。八代味覚異常説が微妙に漂っていた気もするが、気にしないことにする。気にしたら負けだ。(?)

 授業中、関田も美咲も優雅に船を漕いでいらっしゃったが、友人の睡眠を妨げるような無粋な真似はしないのが僕である。さぞ気持ちよくお眠りなことであろう。

 授業が終わった後、寝汗をたっぷり掻いた関田に、殴られた。理不尽だ。

 そして、嵐のごとく学校で過ごすべき一日の工程は終了し、放課後がやってくる。

「美咲さんたちとのお話は終わったんですか?」

 僕はカバンを手にしつつ、近寄ってきた畑中に声を返した。

「ああ、ま、大した用事じゃなかったからね」

 それよりも。

「いいのか? 本当に」

「何がですか」

 いや、文化委員が二人していなくなっちゃってもさ。

「何を言ってるんですか、八代君じゃないみたいですよ」

 そこまで言われるとさすがに僕も自分が他人からどう見えているのか気になってくるな。

「M」

「違うよ!」

 それだけは絶対にない! うん、さすがに引っ張りすぎだろそれ。

「……そうですね、さすがにそろそろ笑いが取れなくなってきました」

 もともと取れてないけどそこは突っ込んじゃダメなところなんだろうな。

「八代君がどう見られているか。そうですね」

 言いながら畑中は教室を出る。僕もそれについて美術準備室へと向かうことにした。

「真面目だけど不真面目」

 なんだそれ。ものすごい矛盾を感じるな。

「でもニュアンスは伝わるでしょう?」

 まあね。痛いほど伝わってくる。

「冷たい」

 ほう、それは久しく耳にしない印象だ。

「固い」

 お堅いってことか?

「死んでる」

「おい!」

 固いの漢字がおかしいと思ったよ! 冷たくて固いって完全に死後硬直だもんな!

「何も返事がない。まるで」

「屍のようじゃないからな!」

 この娘、Mの次は僕を死体に仕立て上げる気か?

「八代君、顔色が悪いですよ。ひょっとして死んでるんじゃないですか?」

「どんな状況だよ!」

「元から白かったですもんね、八代君」

「過去形にしないでください!」

 怖いから。

「ああ、あとあれです。M」

「何回目だよ」

「何言ってるんですか? Mは『マゾヒズム』のMじゃなくて、『もしかしたらこの人死んでる?』のMです」

 無理からー!

「そんなに顔色悪いかな、僕」

「顔色が悪いといいますか、肌つやが綺麗ですよね。白いですし」

 そうなの? 全然分かんないけど。

「……ムカつくくらいに」

 ぼそっと小声で何か付け加えたよ、怖い!

「髪もさらさらですし……ああ、なんか腹立ってきました」

「外見の話じゃなかったですよね畑中さん」

「ああ、八代君って鼻もちならないっていう話でしたっけね」

 恐るべし話題のすり替えマジック。

「ってほら、もう着いちゃったよ、馬鹿な話ばっかりしてるうちに」

 見覚えのある、古めかしい木の扉が目前にあった。ただ昨日と違うのは、美術室周辺をうろつく生徒が多数である点だろう。おそらく美術部の部員たちだ。

 木造校舎の昼下がりは緑色の夏の光であふれている。こうして冷静に眺めれば、木造というのは実に趣のある視界だった。田舎とはいえこの町は所謂ニュータウンだ。その中に残る昔の名残、と言えば聞こえも悪くない。

「ドア、開けてくれないか」

 畑中をチラ見して、催促する。

「構いませんが」

 一瞬ハテナという顔をした彼女だったが、僕の要求を飲み、白い手を伸ばし古びたドアを開けてくれる。

「畑中だって十分白いと思うんだけどなあ」

「はあ?」

 いや、手だよ、手。

「男の八代君がそんなに綺麗な肌色をしてることが許せないんです」

「ついに許せないまで来たか……」

 ガチャリ、とノブが回り、お化けでも出そうな感じで軋みながらドアは開く。鍵とかはかってないのだろうか。美術準備室なのに。

「ほら、何をしてるんですか。入りますよ」

 畑中に手招きされ、僕は急いで埃っぽい部屋へと踏み入れた。

「マーリン」

 僕が入るなり、畑中はドアを閉めてそう呟く。狭くごちゃごちゃした部屋では反響もしないが。そして彼女は高々と右手を振り上げた。

「レアルクイール」

 次の瞬間、本当に何が起こったかもわからないまま、畑中の手には白い羽根のようなものが握られていた。鍵と合言葉が変わったのだろうか。昨日はこんなのじゃなかった気がするのだが。

「いいえ」

 しかし畑中はきっぱりと言い切る。言い切りながら、その羽根をドアの鍵穴に差し込む。

「中から外に出る時と、外から中に入る時では違うのです」

「へえ?」

 カチャり、と音がしたかと思うと。

「……」

 久しぶりに驚かされた。

 新鮮だな。

 ドアをくぐったわけではない。僕も畑中も。

 立っていただけだ。なのに。

 僕たちはあの、白く、そして無機質な小部屋のパイプ椅子に座っていた。

 しんと静まり返った小部屋。ソファーと、パイプ椅子と、小さなテーブルの上にコップが三つ。何も変わらない、あまりに印象的すぎるこの無機質な部屋。

 忽ちのうちに、僕と畑中は世界から外れていた。

「如何にも魔法っぽいな」

 こういうのも嫌いじゃないさ。

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