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16.任務完了、そして

 フーの声に顔を上げてみれば、

「ちっくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 覚えてやがれえぇっ!」

 丁度向こうも捨て台詞を吐き終わったところだった。当たり前ながら少年の台詞である。街灯から公園の周囲の樹木へと飛び移り、尻尾を巻いて逃げかえる少年の姿はやけに小さく見えた。今までこの比喩を使うことは意図的に避けてきたものの、ここまでされれば猿のようだと言わざるを得ないだろう。

 というか、遁走の動作までいちいち無駄にアクロバットなんだよな。

「おー、畑中。お疲れ」

 バイト上がりのお兄さん風に声をかけつつ、不安定なシーソーの上に立ち、肩で息をする畑中へと歩み寄る。

「……あの餓鬼……」

 なんかすごく怖い声でつぶやきが聞こえてきたんだけど気のせいだよね。

「今度会ったら…………してやります」

 きっと気のせいだ!

「畑中さーん」

「ああ、八代君」

 ようやく僕の声が届いたのか、畑中はころっと穏やかに気色を変えてこちらに振り返る。

「さすがですね。大丈夫でしたか?」

「大丈夫じゃなく見えるか?」

「頭の方は大丈夫ですかという意味です」

「その質問が今来るとは思ってなかったな!」

 畑中は、冗談ですけどね。とか言いつつ、シーソーからひらりと降りてこちらへ歩いて来る。その姿を見てか、白猫毛玉がまたキィキィ金切り声を立てた。

「この、悪魔! 『封じ屋』なんてつぶれてしまえ!」

「なんですか、その胸糞の悪い毛玉は」

 一々恐ろしい言い回しをするのはやめてほしい。切にそう願う僕であった。

「いや、まあね。さっきの猫耳の男がこうなった、と言いますか」

 そうとしか言いようがない。

「人心に依存しないタイプ、ですか」

 そう言って、畑中は顎に人差し指を当てる。何やら思案顔だ。

「…………」

 そのまま何かを考えている様子である。いったいどうしたというのだろう?

「畑中?」

 黙って深く考え込んでしまった畑中に、話の続きを促す。

「ああ、ええ。それで、そいつを保護しなければならないのでしたね」

 ああ、らしいね。僕は、右手に摘まれてなお声を上げ続ける毛玉に目を落とした。目玉が小動物のそれというか、黒目だけになっていて非常にくりくりと可愛らしいため、僕はそれを見て少し癒される。

「でもどうやって説明するんだ? ジョーカーに脅されていますとでも素直に言うつもりか?」

「ええ」

 ええ、って君。

「別段問題はないと思います。それに少し気になることもありますから」

「気になること?」

「……いえ、個人的な見解ですのでお話しするようなことでもありません」

 そうなのだろうか。

「まあいいや。当面、僕はどうすればいいんだ?」

「月曜日までは自宅待機、ですね。そのメルシングは私が責任を持って保護しておきますので」

 保護という言葉に、右手の毛玉がビクついた気がした。

「そうか」

 まあ、それならそれで僕としては気が楽でいい。

 そういえば。

「礼を言うのが遅れたな。サンキュ、畑中」

 ふと思い出して、そんな言葉を口にする。

「何のことでしょうか」

 聞いた畑中は、キョトンとしていた。そう言えば、頼むだけ頼んできちんと説明をしていなかったかもしれないな。そういうことならば、この反応は頷けよう。

 ふむ。

 一端回想に入ると言うのも物語の常套手段だろうから、ここからしばらくを回想シーンとしようではないか。


 公園4周目。

 そろそろさすがにだるい。

「畑中ぁー」

「蟹」

「蟹!?」

「いえ、しりとりかと」

「なんでいきなりしりとり開始だよ!」

 しかも自分の名前に蟹を続けるとは、なかなかやるな(?)畑中。

「そうじゃなくてだな」

 植栽に落ちる石を拾ってはポケットに入れる作業を、猫探しと並行しつつ言った。

「ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

「Bまでなら大丈夫です」

「何言ってんの君!?」

 しかもそれ、Bってあんまり分かる人いないと思うぜ。

 っていうか、本当にBまでなら大丈夫なのか? え、マジで?

 ……いやいや、馬鹿なことを考えるな僕。

「そうじゃない」

「伊勢エビ」

「君は海産物が食べたいのか!」

「いえ、八代君に似てるなあと思いまして」

「酷くない!?」

「伊勢エビ」

「アウト! 二回も伊勢エビ言ったらアウトー! ていうかそれ以前にしりとりはもういいよ!」

「そうですか、残念です」

 声がびっくりするほど残念そうではないので、僕は気にせず話を続ける。

「可能性の一つとして、猫単体でこの公園に来ることはないと思う」

「と言いますと?」

「あくまでもそうなるかもしれない、という話だけど。僕がジョーカーなら、ああいう話し方をする場合、追跡者が一人、あるいは二人と被追跡者が一人の場合だ。そして恐らく、ジョーカーは僕に猫の相手をするように言ってきた」

 茂みの間に首を突っ込んだりしながら、僕は適当にだらだらと話す。畑中にもそこまでの真剣みは感じられないが、僕の話には一応耳を傾けてくれているようだった。

 少なくともしりとりを無理やり再開しない辺り、まともである。

「根拠は薄いし、そうならない可能性のほうが高い。ついでに、僕はその上で喧嘩沙汰になった場合を考えてる。だから仮にそうなった場合、対策の一つでもあったほうがいいと思うんだ」

 つまりは、最悪のパターンを考えておけば後はそれなりに対応できる、という話だ。そしてその対策とは勿論、僕の為のものである。畑中にそんなものが必要とは思えない。そうじゃなければ護衛は務まらないだろうし、護衛の手に負えないものが僕の手に負えるはずもないだろう。

「そういうわけで、ここからが頼みごと」

「私に出来ることならなんでもどうぞ」

 心強い言葉だった。

「一つ。最初は出来るだけ猫と追跡者を離してほしい。相手を分析する時間が欲しいんだ」

 少しの間を開けて、数メートル離れた茂みを捜索していた畑中から返答が返ってきた。

「わかりました」

 こうもあっさりと承諾してくれると頼もしい限りである。

「二つ。これは念のためだけど、もし僕がブランコの前までダッシュで移動したらその時は、シーソーの上がってる方を思いっきり踏ん付けてほしい」

「シーソー?」

「ああ。ま、これはあくまでも念のためだ」

 そもそもあの仕掛けが残ってるかどうかも怪しい。シーソーの方は確認したが、ブランコはさすがに撤去されている気がしないでもない。

「……解りました。私自身が出来るかどうかは分かりかねますが、出来る限りご期待には添えるようにします」

 そうか、助かる。

 僕は会話をこなしつつ、石をポケットに詰めていった。

 可能性は多い。多いが、予測がつかないほどではない。その場の展開に応じて考察を切り替えられる程には多くない。だったら、下手を打って僕がどうにかなってしまうということもないだろう。

 僕はもう一つ、石を拾った。


 回想終わり。

 さして意味のない回想だった気が……しないことにしておこう。

 はてさて、事が僕の狙いどおりに運べたことは喜ぶべきことであり、つまりは畑中に感謝すべきことだと言うことで。

「おい」

 彼女はきっちりと僕の頼みをこなしてくれていたのである。

「ブランコにそんな仕掛けがあったのですね……」

 ああ。

 結局、例のブランコとシーソーの仕掛けを回収しつつも一通り話した終ったあと、畑中はようやく納得したのか、僕の感謝を受理してくれたらしい。

「でもしかし、いったい何のために?」

 何の為に、だったっけ

 そうだそうだ。

 確かその昔、ピタゴラスイ○チという番組が流行ったことがあってだな。

「その仕掛けを模倣して、まあリスペクトして。僕と親父で勝手に公園の遊具に改造を施したわけだ」

 だからというわけではないが、本来、シーソーに至るまでの仕掛けもあったのである。しかしながら、それはさすがに隠ぺい不可能な大きさだったので早々に撤去。

「おい」

 なごりとしてシーソーを踏めばブランコが動き出すという仕掛けだけが残っていたのだ。それもたった今回収したが。

「なかなかエキサイティングなお父様なのですね」

「ああ。まったくだよ」

 思い返せば返すほど危険極まりないな。

「おい、無視するな」

「畑中、何か言ってるぞ、この毛玉」

 持ち上げつつ、言う。

「毛玉じゃない。俺の存在を忘れやがって!」

 忘れていたわけではないぜ。意図的な無視だ。

「そっちのほうが酷いぞ!」

「五月蠅いですね……」

 その甲高い声を制したのは畑中。

「八代君、貸して下さい。少し静かにさせましょう」

 言われたとおり、僕は迷いなく、右手で喚き散らす毛玉を畑中に手渡した。お気の毒さまであるが、名目上保護であるので、その点に関しては逆に感謝を被りたいくらいだ。

「シエロフュージー」

 渡した瞬間、抑揚のない声と共に畑中の左手が強烈に光ったかと思うと、何本もの白い光の筋が急速に白猫毛玉を包みこんだ。

 いや、包み込むと言うよりもこれは――

「術牢です。簡易ですが」

 あ、牢屋か。

 僕はてっきり虫籠か何かかと思ったよ。

 瞬く間に完成した檻はタルのような形状で、側面が歪曲した格子になっている。通常との相違点と言えば、それがやけに光り輝いているという点だろう。闇に映えて綺麗だ。

 中に封じ込められた白猫毛玉はちんまい両手で牢をつかみ、何やら騒いでいるようだが、その声は僕の耳に届くことがない。僕の家にかけられた隠ぺい術と同じで、防音効果が付与されているようだ。

 その上部から鎖のような物が伸びていて、畑中の左手がそれを握っている。それだけ見れば提灯とも取れそうな有様である。彼女がそれを手にしている様は、さながら風変わりなキーホルダーを持っている女子高生だ。

「おぉ……すごく魔導師っぽい」

「ぽい、ではありません。魔導師なんです」

 そりゃそうなんだろうが、やはり僕には目新しいものなのである。

 ではこれで一応、ミッションコンプリートってわけだな。

「やれやれ……仕掛けも回収したし。とりあえず帰るか」

 いい加減シャワーでも浴びたいところだ。と、僕は出入り口へと方向転換して、一歩踏み出した。そして。

 踏み出したその脚が地に着いた途端。

 あれ?

 突如として明確な違和感と、足先の曖昧な感覚が僕を襲った。

 なんだ――?

 ついた脚は、僕の身体をしっかりと支えることなく。

 カクリと。

 膝から折れて、僕の上半身を空中へと投げ出してしまう。普段ならここで咄嗟に左足が出る。出るはずなのに。

 秒速120mで神経を通って到達したはずの僕の命令を、僕の脚は無視した。

 よろりというわけでもなく、ただただ。ふにゃふにゃに力が抜けて、直線的に落ちるのみ。言うなれば、金縛りとは対極の現象に陥っている感じ。だが、結果的に身体はびくともしない。目の前迫ってくる地面。見えない石膏で固められて、手すらも出ない。

 あれ、あれ。

 動かない。

「八代君!」

 畑中の澄んだ声に、エコーがかかって聞こえてくる。

 その細い両手が僕へと伸びて、僕の決して小柄ではない体躯を支えてくれた。一度は勢いで畑中ごと沈みそうになった重さも、彼女のがんばりのおかげか再び持ち直し、なんとか落下が阻止される。

「お、重いです」

「悪い……畑中……」

 うんしょ、と可愛らしいかけ声をかけつつ、畑中は右腕を僕の肩に回す。そして僕の左腕を彼女の肩へと。

 酔っ払いが担がれているようなポーズだ。

「格好悪いよ……」

 ただでさえ昨日から畑中には世話になりっぱなしだというのに、こんなことで彼女の手を煩わせてどうするのだ。そもそも女子に肩を貸されるなんていう構図が既に恥ずかしい。

「言える立場ですか、あなたは」

 呆れたような、あるいは少々苦笑も含まれているだろう声で、彼女は言う。少し揺れた彼女の髪が、僕の首筋に触れてくすぐったかった。

「歩けそうですか?」

「……歩けなさそうれす」

 うわ、やばい。ろれつもなんだか怪しくなってきている。その上瞼におもりでも付けられている気分だ。

「……なんで……」

「無理して魔弾なんか撃つからですよ」

 まったく。と、密着しているはずなのに、耳朶を打つ畑中の声はひどく遠い。その短い台詞の内容ですら、ほとんど頭に入ってこない。

 言語としてではなくただの音声として、僕はその声を聞いていた。頭がぼうとして、力がどんどん抜けていく。もう目を開けているのもつらい。急激すぎる眠気の波状攻撃で、僕は陥落寸前だった。

「あれは作るだけなら難しくないんです。問題はそこじゃないんですよ。何の為に段階を踏んだ練習方法を教えたと思ってるんですか?」

 優しかった。絶対的に優しくて、マシュマロみたいに柔らかい声だった。心の底から温めてくれるような、そんな声。

 もし母親がいたら、こういう声を僕にかけてくれたんだろうか?

 なあ、母さん。

「…………んうぅ……」

「後は私がなんとかしますから、今は――寝なさいな」

 とどめだった。

 その言葉が、僕とかろうじて繋がっていた意識の鎖を断ち切る決定打となった。

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