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僕がなかなか頼りになる男だという事を、サーラさんも分かってくれただろうか。
戦闘以外にも、ダンジョンは危険がいっぱいだ。小さなネズミや虫だって、どんな恐ろしい毒を持っているか分からない。
「サーラさん、水溜りです!」
腰を持って持ち上げてあげようとして、
「そんな事せんでよろしい!」
三角長剣の柄頭で殴られる。
「疲れたでしょう? おんぶします!」
「いりません!」
どうも上手くいかない。難しいなあ。
「君の行動には下心が見えます!」
「え!? 誤解です! 冤罪ですって! 真心でやっているだけなのに!」
そりゃ、確かに女の子に触れるとドキドキはするけど、そういう事を抜きにしても、助けるのは当然じゃないか。心配だもの。
だって、マントの下は素肌なんだもの! 女の子だよ? 傷ついたらどうするのさ。たとえモンスターが相手でなくても、ダンジョンには危険がいっぱいなんだから。
「心配なんですよ」
「心配って……君は私の召使じゃないんだから」
「召使じゃなくても心配はしますよ」
どうも噛み合わない。
村では子供だって、年長の者が幼い子の面倒を見るのは当たり前だった。家畜の世話だって真心がなければ出来ない。そもそも助け合わねばどうにもならない貧しい村だったので、持ちつ持たれつ、気を使わなくてもそれが自然だったのだ。
「こう見えても僕は、村の婆さん達からの評判は良かったんですよ。まあ、こき使われていただけかもしれないけど」
「そしてお小遣いをもらって?」
「小遣い? そんな物くれるはずないじゃないですか。そもそも街まで行かないとお店がないんだから」
「お菓子をもらったり?」
「それも、別になかったです。意外に甘い物は多かったんですよ。ミツバチを飼っていたし、どの家もジャムを作っていたから。とは言え、お菓子ってわけじゃなくて、蜂蜜もジャムも冬の間の命綱だったんですけどね」
田舎の村とは言ってももちろん領主はいて厳しい税もあった。物納だったから、これら甘い物が納められた。蜜蝋も、ロウソクの原料となるので物納された。
そもそもが痩せた土地だった。花は咲いたが、作物の実りは少なかった。ジャガイモと豆でぎりぎり生きていくだけだった。家畜を太らすのも困難だった。養蜂と、森での木の実や茸の採集が大事な栄養素となっていた。
「とは言え、それで腹を膨らませるのは大変でしたよ」
それから、村の話をいくつかした。
彼らがいかにのん気で馬鹿だったかを、街に出てから始めて知った事を。つまり街から来る商人との取り引きでどれだけ損をしていたかを。
「酷いわね」
「でも騙されている事も知らなかったから、誰も嫌な思いはしてなかったんだと思う。逆に、取り引きが終わるたびに、儲けた儲けたって大騒ぎしていたもの」
「私の家族とはまるで反対ね……」
サーラさんが言う。
「サーラさんの家はお金持ちだから、貧乏村とはえらい違いなんでしょう。羨ましい」
それにサーラさんの物腰から見て、ただの悪徳商人の家ではないんだろう。悪徳じゃない商人なんて会った事ないけど。
「君は優しい人達に囲まれて育ったのね」
僕の方を見ないで、サーラさんが言った。
「優しいと言えば優しかったのかな。今にして思えば、うん」
「私も、私も、お父様は優しかったわ!」
強い口調に少し驚いた。
サーラさんが真っ直ぐ僕を見ていた。
「あ、はい。良かったです、サーラさんのお父さんも優しい人で……」
やっぱり、サーラさんの親も立派な人だったんだ。それは良かったんだけど……。
ちょっと、変な間があった。
「ええと……」
何か言わなきゃと思っていると、
「故郷は遠いの?」
とサーラさんが言った。
「まあ、遠いです。もう、ないから」
「それって」
「全滅しました。堕天使がやってきたんです」
僕を残して、一人残らず。
「堕天使が、地上の村を!? だって……」
「彷徨う堕天使だったんです。どこから来てどこへ向かっていたのかは知りません。僕の村を襲った理由も分かりません」
そんな事はどうでもいいのだ。大事なのは、僕の大切な人達を皆殺しにした事。
「奴は、僕から父さんと母さん、皆を奪った。だから僕は、彷徨う堕天使を倒したいんです。仇を討ちたいんです。その為に、魔剣を手に入れたいんです」