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サーラさんの横顔。目は油断なく周囲を探っていながら、顔は真っ直ぐに前を向いて、とても凛々しい。やはり綺麗な人だ。この、やけに湿っぽく気味の悪いダンジョンで、サーラさんは涼やかな雰囲気を纏っていた。
「サーラさんは一人でこのダンジョンにやってきたんですか」
「そうよ」
僕のような男ならまだしも、女の子が、しかもこんな高貴そうな人が一人でなんて。どうかしてるよ。
そもそもお金持ちがダンジョンに潜ることなんてないんだ。彼らはならず者を雇ってダンジョンに派遣するか、勝手に潜っていった連中からお宝を高い値段で買い取るだけだ。だから探索者が後を絶たないんだ。
「君は?」
「僕もです。他に信用できる相手がいなくて」
「そうね。碌な連中がいなかったから、早々に別れたわ」
「ですよねー。……って、他の探索者もいるんですか!?」
「ええ。私が潜る前にも、何組かいたみたいね」
なんてこった。
確かに僕よりも前にこのダンジョンに潜った人はいたようだ。だって、ミミックの中に僕以外の装備類が入っていたわけだし、それは僕よりも前にミミックの犠牲になったって事だ。
それでも、僕が潜った時にはこのダンジョンはまだ新しかったはずなんだ。
このダンジョンは草木も生えない荒野の真ん中にある。忘れ去られた遺跡だ。近くに集落はない。でも、空に流れる『堕天石』の軌跡を見て、その堕ちた先を正確に探し出すのが探索者という奴らなのだ。
僕がミミックの餌食になってから、どのくらいの時間が経っているのだろう……。
ダンジョン探索者には二つの大きな集団がある。金で雇われるならず者の群れと、教会から派遣される狂信者の団だ。
どちらもダンジョンを独り占めしたいのだ。だから、彼らがやってくる前にダンジョンに乗り込む必要がある。じゃないと、入る前に彼らと命懸けの戦いをしないといけない。事実、探索者はダンジョンに入る前に人間同士での争いで命を落とす事は多いのだ。
それに、仮にでも一度組んだ相手を、ただで別れさせてくれるわけがない。ひと悶着、どころではない争いがあったはずだ。サーラさんはそれを征して、今一人でここにいるんだ。
「あの、サーラさんは、騎士なんですか?」
サーラさんはかなり強い。あのミミックをいとも簡単に倒してみせた。道楽で剣を習ったってレベルじゃない。
それに、僕の今着ているこの破邪の鎧。ランタンの明かりにも銀色に輝く装甲。特別製で、教会で聖別してもらったと言っていた。ただのお宝目当ての探索者が着るような鎧じゃない。
「騎士? いいえ、違うわ」
「そうですか。なんだか場違いな気がして……」
「場違いって?」
「ええと、僕とは生まれが全然違う気がして」
「ま、君ほど田舎者じゃないって事よ。気にしないでいいわ。あ、別にどこぞのお姫様って事はないから、安心してね。君の村の一番のお金持ちと同じくらいにはお金があるわ。その程度」
僕の故郷のコドー村で一番の金持ちは、村長さんか司祭様だけど……。絶対そういうレベルの金持ちじゃないよ。
僕だって村を出てあちこちを旅して回って、あれほどお金持ちだと思っていた村長さんも、実は全然大した事がなかったって事を知った。ヤギを多く持っているとか、子供を街の学校に行かせたとか、そういう話じゃないんだよな、世の金持ちって。
でも、僕が旅先で知ったお金持ち、大概はお店をいくつも持っているような商人は、どいつもこいつもいけすかない連中だった。高価な服を着ていても中身は山賊と同じだった。
サーラさんは彼らとは全く違う。こういう金持ちもいるんだな。
「まあ、こんな格好でお金持ちなんて言っても説得力ないけれど」
サーラさんがマントをより一層きつく巻いた。
「あ、ええと……。そのマント、早く脱げるといいですね!」
どうしてもマントの下の事情を想像してしまう!
それにしても呪いのマントか。呪いのアイテムなんて本当に存在するんだな。サーラさんが言うには、これもまた『堕天の力』を受けた物なんだろうって事だ。マジックアイテムってやつだ。
これらマジックアイテムはダンジョンの中でしか発見されない。いわゆる「お宝」だ。
ダンジョン探索の最大の目的は『堕天石』だけど、そんな物まで辿り着けるのは極一部の探索者だけだ。このマジックアイテムを手に入れるだけでも大成功と言える。街に持ち帰れば物凄く高い値段で引き取ってもらえるからだ。
ダンジョン最深部まで行かなくても、一生遊んで暮らせるだけの富を手に入れる事は可能なんだ。
しかし、呪いのマントか。
「聞いた話だと、呪いを解くには教会でお祈りしてもらうとか、聖水を湧かして湯浴みするとかって事だけど……」
と僕。
「確かに、教会に呪いを解いてもらう為に通い詰めている人はいるわ。だけど、一体何度祈ってもらえば効果があるのかは分からない。大概の人は、途中で財産が尽きてしまうから」
「そうでしょうね」
僕は、はっきり言って教会に良い印象を持っていない。
いくつもの街を回って、その度に『堕天石』を見せてもらおうと大きい教会に足を運んでみたけど、金のない僕は全く相手にされなかった。そのくせ甘くて心地の良い言葉で、『堕天石』に関係のない護符やら絵葉書やらを買わされそうになる。街の人達もそれになんの疑問を持っていない。
とにかく金、金、金だ。
多分だけど、このマントの呪いを解くのだって、一度にはやってくれない気がする。まずは手袋をはめられるようにするだけでいくら。次に靴を履けるようにするのにいくら。次に……。その頃には、こちらは破産だ。
僕の村の司祭さんはそんな事はしなかった。口やかましかったけど、とにかく、ただの水に無茶な値段をつけたり、「早寝早起きで頑張りましょう」なんて当たり前の説教で金を取ったりはしなかった。
「私は、そんな悠長な事をしているほど暇じゃないのよ。だから、自分で『堕天石』を見つける方が近道だと思うの」
ダンジョンの最深部に行くのが「近道」って。そんな事を他の探索者連中に言ったら笑い者にされて、殴られて身ぐるみ剥がされて、身体を汚されてしまう。
だけど僕は笑わない。
「そうですね。『堕天の力』で、こんな呪いなんて簡単に解けますよ!」
僕の目的もダンジョン最深部にしかないからだ。僕もそこへ行く事以外に考えていないからだ。
それまでには、あと何度かサーラさんの裸を見るチャンスもあるだろう。
……チャンスって、いやいや、ピンチの間違いだ! 僕とした事が、何を不埒な事を思っているんだ。
「君は、どうして『堕天石』なんて探しに来たの? 死ぬかもしれないって分かっていたでしょう?
リザードマンにも苦戦したようだし……」
サーラさんが言う。
「リザードキングです! ……多分。僕は『堕天石』を見つけて、それで魔剣を打つんです」
「打つ? ああ、君は鍛冶屋だったわね。魔剣ねえ……。『堕天石』に辿り着くまでにはモンスターも強力になるわ。『石』のそばにいるモンスター程、『力』を強く受けているのよ」
「ミミックよりも……強い……ですよね?」
「君はその、ミミック最強という思い込みから離れなさい」
だって……。僕の命を奪う程の相手だったんだもの。強敵だったって思わないとやってられないじゃないか。