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4-14

●4-14


 広間の一番大きい扉を開ける。


「……あ!」


「え!?」


「そんな」


〝どういうこと?〟


 あまりの眩しさに目を瞑ってしまった。これは、蝋燭でも松明でも、炎の明るさでもない。強烈なオレンジの光。沈みゆく太陽の色だ。


 僕は混乱しながらも上を見上げた。橙色に染まりつつある、薄紫の空。幾筋もの雲が、ゆっくりと流れて行く。


「外……?」


「みたいね」


 そんな馬鹿な。


 でも。息を吸う。花の香り。土の香り。


 現実だ。本当に、僕は、ダンジョンの外にいるのだ。


「あ、後ろを見て下さい……」


 クーリカの声に振り返る。僕らが今出てきた、邸がそこにあった。でも邸の上には、全く別の材質で出来た建物(?)が乗っかっており、さらにその上には粘土質の層が乗り……と言うように、何層にも重なった、奇怪で巨大な建造物が聳え立っていたのだ。


「こ、これって、ダンジョン……なのかな?」


「地下から、地上へせり上がってきたの!?」


 建造物というよりも、超巨大な蟻塚のようにも見える。


「あはは……」


 もう笑うしかなかった。上手くは笑えなかったけど。


「きっとこれは、『堕天の力』が起こした奇跡なんでしょう。だって、ほら」


 僕は周りを振り仰いだ。


 僕らが立つ大地。そこは、見渡す限り、花々が咲き誇っていた。花畑になっていた。


〝ここって、荒野だったわよね……? 周りに何もない、忘れ去られたような土地で……〟


 そうだった。花どころか草木も生えていない、荒れ果てた土地だったのだ。


「綺麗ね。本当に、綺麗……」


 サーラさんの目が、きらきらと光る。咲き誇る花の中を、ゆっくりと歩く。


 蝶やミツバチが驚いて飛び上がり、それからおっかなびっくり戻ってきた。


「僕も、もう一度、こんな甘い景色を見たかった」


 すさまじい懐かしさが僕の心に溢れていた。失われた故郷の、一番優しい思い出の風景だった。


「ギスタ、君も……?」


 サーラさんが振り返る。


「きっと、お父様が最後に……」


「あ、見て下さい。人がいますよ。ほら、あっちにも」


 クーリカが指を差す。


 あちこちに、武装した探索者の群れと、同じく武器を持った狂信者の一団がいた。このダンジョンを探索する為にやってきた連中だ。


 商人の天幕がいくつもあって、バザーが出来つつあったようだ。


 彼ら、海千山千の欲深く乱暴な者達が、一様にきょとんとした顔をしていた。手に花を摘み、不思議そうに見ている。


 恐らく喧嘩の最中だったのだろう、武器を手にしたならず者と宗教者が、お互いの顔を見て、周りの花々を見て、それからまた互いの顔を見て、怪訝そうな顔をする。それから武器を下ろし、首を振って、笑い合う。


 花の中に座り込む者、大の字になる者もいる。


 皆が皆、気の抜けたような笑みを浮かべている。もう馬鹿馬鹿しくて、笑うしかない、といった顔だ。


 全ての笑顔を、夕日が染めて行く。


「平和ね」


 サーラさんが言った。


「仲良しね」


「そうですね……」


「おーい、あんた達!」


 太って、口ひげを蓄えた、いかにもあくどい商売をやっていそうな男が声をかけてきた。


「今日は商売はやめだ! こんな奇跡を見せられちゃあ、小銭を稼ぐのが馬鹿馬鹿しい。皆で飲んでくれ!」


 男に呼応して、他の天幕の商人達も声を掛け合う。


 金はいらん。全部飲んで食ってくれ。こうなっちまったらもうしょうがない。


 男達、女達、汚い奴、小洒落た奴、有象無象が、今ばかりは開けっぴろげな顔をして集まっていく。


〝アタシらも行こう! 明日には敵になるかもしれないんだ。今だけは仲良くやろう〟


「うん、そうだね。さあ、サーラさん、クーリカ!」


 僕は二人の手を取った。


 これも、きっとサーラさんが望んだ光景なんだ。僕らがこうして一緒にいるのも、きっとそうなんだ。



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