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●4-13
僕らのミミック細胞は、すでに獲物を取り込み、消化中だった。だけどそれは、糧食なんかじゃない。
僕らの体を満たすのは、キルカムナ卿を構成していた、堕天使の肉体の一部だった。
キルカムナ卿が行ってしまう時、僕らに言ったのだ。
〝私には無用のものだ。くれてやる。好きにしろ〟
と。
僕らに拒否権も迷う暇もなかった。気付けば、僕らのミミック細胞と一緒に、鎧の中に詰め込まれていたのだ。
〝気味が悪いし頭に来るけど、背に腹は代えられないからね〟
エルは現実主義者だな。頼もしいよ。
だけど、この事はサーラさんには絶対に言えない。
〝ふう……〟
エルの艶めかしい吐息が聞こえる。
「はああ……」
僕も吐息で応えてしまう。
腹の中で獲物の一部を消化し、吸収し、それが僕らの血肉となっていく。それ以上に、湧き上がってくるものがあった。
僕らが食べたのはキルカムナ卿の人間の体ではない。単なる哺乳類の肉体じゃなかった。もっと恐ろしい、得体の知れない物を食べたのだ……。
「あ、あああ、ああ……!」
その事を、今、僕らは実感する。
体中を『力』が駆け巡る!
体が熱い! 体の奥から、何かが溢れてしまいそうだ!
「どうしたのギスタ……牙が……! その目は!?」
「いけません! これは、『堕天の力』を持ち過ぎているんです! このままでは……」
自分でも分かっていた。犬歯が尖り、皮膚が硬くなり、頭部からは何か硬く尖ったものが生え、兜を内側から貫いてしまいそうだった。
〝どうなってんのよ! アタシはこんな悪魔みたいな姿になりたくない!〟
僕だって嫌だよ!
だけども、僕らの肉体では、この『力』は手に負えないようだ。
「ギスタ! 私はその鎧をあなたに託したのよ!」
サーラさんが言う。
でも、今はそれどころじゃ……。
「君はその鎧を着ているから命があるの。その鎧は君の体の延長よ。『力』をミミック細胞の中だけに閉じ込めようとしちゃだめ。鎧にも分けるのよ!」
『力』を鎧に……。
そうだ。
この鎧は破邪の力などなかった。サーラさんは嵌められたのだ。教会からも家族からも。
でも、キルカムナ卿だけはサーラさんを愛したのだ。
だから僕は、この、サーラさんのお父さんの力を使って、この鎧を本物にしなくちゃいけないんだ!
「あ……! 鎧の色が、黒く……!」
クーリカが息を飲む。
バキバキと、鎧が鳴った。金属が、軋み、悲鳴を上げる。
「面頬に、目が六つ……!」
「変化」していく。
「鎧に文字が……。これは文字なの!? こんな字、クーリカは知りません!」
一際大きく鎧が「鳴き」、全身の文字が光った。それから、光は消え、静かになった。
〝どうやら落ち着いたみたいね……〟
「うん……」
僕は体を起こした。両の手甲を見る。指先が尖っている。そして、全てが真っ黒だ。光を反射しないのだ。天井には豪奢なシャンデリアがいくつもあるのに。
これは、破邪の鎧と呼ぶには禍々し過ぎるな。
「ギスタ?」
サーラさんの声に顔を向ける。
「どうでしょう。僕の顔、狂っちゃいませんか?」
「ええ……もちろん」
「わーん! ギスタ様ー!」
「わっ」
クーリカが首にかじりついてくる。
「ギスタ様はやっぱりこのお顔が一番素敵ですー! きらきらしてますー!」
と言う事は、例のピンク色の半透明のミミック細胞丸出しの顔なんだな。
〝容姿に対する意識が低いからだよ。いつまでも坊やなんだから〟
そんな事言ったって。
「ギスタ様~」
しがみ付いてくるクーリカの髪は、ところどころ硬く尖っていたけれど、子供らしい元気なくせ毛にまぎれている。皮膚に浮き出ていた血管も消えているし、歯も尖っていない。何より、くりくりとよく動く、涙に濡れた瞳は、人間の子供そのものだ。
「好き! 好き! ちゅ!」
「わ、ちょっとクーリカ!」
元気が良すぎるよ!
「エル、助けて!」
僕は自ら意識を下がらせた。代わりにエルが浮かび上がってくる。
「しょうがないわねー。意気地なしで」
女の体になる。相変わらず完璧だ。
「クーリカもアタシじゃ仕方ないわね」
「いえ、問題ありません! だって……」
クーリカが修道服をめくり上げる。黒光りする貞操帯。
その鍵を、開ける! そして露わになったのは……!
「クーリカは女の子と男の子のどっちのパワーも持っているので!」
「ええええ!?」
「それって、それも『堕天の力』の影響で……?」
「そのようですね!」
「そ、そのようですって……、う、うう~ん」
エルの意識が遠くなる。
入れ替わりに、僕の意識が表に出る。
「わ! エル、気を失わないでよ!」
「あー、やっぱりギスタ様ー」
サーラさんが笑っている。涙を流しながら、本当に幸せそうに笑っている。
僕ももう、仕方がないから沢山笑った。
さあ、帰ろう。




